おわら風の盆in向島
(2004年10月23日)

墨田区向島の見番通りで二十三日、初のイベント「おわら風の盆in向島」が開かれると新聞に載っていました。

「おわら風の盆」は、九月一日から三日にかけて八尾町の旧市街で行われる伝統行事で、
二百十日の台風の季節に、哀調漂う胡弓と三味線の音に合わせ、編みがさをかぶった男女が、
風の神を鎮め、五穀豊穣(ほうじょう)などを祈りながら踊ります。
七十五年前、向島の師匠が、踊りの手直しをした経緯があり、向島花柳界の活性化の一助にと、
向島墨堤組合や地元町会らで実行委員会を結成し、開催の運びとなったそうです。

 今回の催しは向島墨堤組合、向島二丁目睦町会、向島五丁目西町会が企画しまた。
つややかで情感あふれる越中おわらを、見番や料亭が並ぶ花街の新たな名物にしようというもの。
都内や近県を中心に活動する「越中おわら節同好会」の協力を得て踊り手と地方合わせて四十人が、
「豊年踊り(旧踊り)」「男踊り」「女踊り」を披露するというものでした。

 

見番通りを、三囲神社の隣りから長命寺までの300mを流すと云うので、三囲神社にまずお参りし、
見番通りを会場へ向いました。せまい歩道は人で一杯でした。

やがて半玉さんが奇麗に着飾ってご挨拶。踊りは前半は遠くてよく見えませんでしたが、
一旦休憩の後はすぐ目の前を通りました。

 

 

女踊りと三味線と胡弓と男踊り、それに歌い手です。

 

 

 

この時新潟では震度7の大地震が起きていました。向島でもそうとう揺れ、
踊り手も見物人も上を見上げて信号や電線が揺れるのをみていました。

1990年八尾へおわら風の盆を観に行きました。
前日富山の簡易保険保養センターに泊り、朝のうちに八尾へ入りました。河原の臨時駐車場に車を停め、
街をぶらぶらしながら夜になるのを待ちました。下の写真はその時のものです。1枚目は昼間ですが、
他のは夜も更けて、町々を流した後、酒盛りをしている処です。

 

 
昼間は観光客でごったがえしていましたが、夜も更けると地元の人を中心に、暗くなった町を胡弓の音と
三味線と歌が静かにながれそれは幻想的でした。越中おわら節のはやしことば
「唄われようー  わしゃはやすー」  が今も耳に残っています。

踊りが始まる前に三囲神社の写真をとって来ましたので、それも見て下さい。

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