「なんだぁ、それは?」
学校からの帰り道。
いつもの寄り道の途中、歩きながら、昌人は妙な噂を話題に挙げた。
「だから、最近なぜか皆がしてる噂だよ」
「ばっかばかしい」
「そりゃ、そう思うけどさぁ。何でこんなありえない話が、さも真実であるかのように噂されてると思う?」
どうやら噂そのものより、そっちの方が気になるらしい。まあ、昌人らしいといえば、らしい反応だ。
「さぁな。興味ない。オレンジの猫を捕まえたら、未来が分かる?オレンジの猫っての自体、俺は見たことが無いぞ」
「そうそう」
「しかも未来が分かるって、なんだそれ」
「うん。そうなんだよなー。なんであいつら、信じてるんだろう?」
「げ。信じてる奴いるのか、こんな都市伝説」
「それがさ、オカルト嫌いで有名な山中くんとか、北村さんとか」
「はぁ?!おい、一体どうしたってんだ」
「さぁ。結構な人数が、憑かれたみたいに猫探ししてるんだよ」
「・・・・・・・・・???」
「とゆうかこの噂、バージョンがあってさ。オレンジの猫を捕まえたらってのは変わらないんだけど、願いが叶うとか、お金持ちになれるとか、成績が上がるとか、他にも色々」
「オレンジの猫、ねぇ・・・・・・ん?」
空き地のそばを通り過ぎようとして、中になにか異質なものを見つけた気がした。思わず、立ち止まってみる。
「どうした・・・・・・って、え?」
同じく立ち止まった昌人も、驚いてまじまじとそれを見る。
見事な、オレンジ色の毛並みの猫が、そこにいた。
空き地の中こちらに背を向けて、凛とした姿で座っている。
ふと、視線を感じたのか、猫は振り返った。
ゆっくりと振り返ったその視線は、見つめていた啓吾の視線とぶつかった。
キレイな、不思議な眼の色をしていた。夜の色に見えたのに、一瞬後には森の梢の色。小首を傾げれば、深い暗い海の色。
視線が合うと、猫なのに口元が笑んだ気がした。
「・・・ほう。最初に我を見つけたのは、汝らか」
「・・・・・・?!」
オレンジの猫
しゃべった。猫が、しゃべっている。
「上手く隠れたつもりだったのだが、我もまだまだか。このような子供に見つけられるとは」
猫の口調は、言葉のわりに愉快そうだ。
「・・・隠れた、って、堂々と空き地のど真ん中に座ってたじゃないか。逆に目立つぞ」
なぜ普通に言葉を返しているのかと思うが、つい言ってしまった。ちょっとおかしいと思ったらすぐに言葉に出す気質を、この時ばかりは恨む。
ふふ、と猫は笑う。
「そうか、気づかぬか。気づかずに我の結界を破って来たのだな?我は、何人が目の前を通り過ぎても気づかぬように結界を張っておったのだが」
「ほ、本物・・・・・・?なんでしゃべってるんだ・・・・・・?」
ここにきてようやく、昌人が復活したようだ。
猫は笑う。
「我を捕まえるということは、この結界を破り、我を見つけること。汝らの望むものは、何だ?」
あの噂が、本当だったとでも言うのだろうか。いいや、あんな噂はありえない。ありえない・・・・・・はずだ。
「望みを、言え」
「えっ?あ?は?」
昌人はまだ混乱している。
とりあえず今のありえない状況は考えないようにして、使えない昌人の代わりに啓吾は答えた。
「無い」
「・・・・・・なに?」
猫は、驚いた表情になった。目が丸くなっている。
「お前みたいな、訳の分からない奴に頼んで叶えたい望みは、無い」
きっぱりと言い放つ。猫は啓吾の顔をまじまじと見ていたが、急に破顔して、言った。
「正解だ、人間の子供。汝のような望み多きものに、よもや正解されるとは思わなかったぞ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「分からぬか?望みは、なにかに頼って叶えてもらうものではないという事だ」
「・・・ちょっと待て。俺が何か望めば、どうなったんだ」
「その望みを、我が喰う。望みが消えれば、叶おうがどうなろうが構わんだろう?」
「・・・まず、初歩の質問だ。お前は一体何者で、最近の噂とそれを信じてる奴らは何なんだ?」
「いいだろう、質問に答えてやる。お主は正解したからな。我は・・・さて、何と言えば良いかな?なにしろ人間の言葉に、我の呼び名は無い。・・・フム、一番近いのは、獏というところか」
「バク?っつったら、あの、夢喰いか?」
「そう。ただし、我はそう手当たり次第に喰っている訳ではない。噂を流し、少々心に呼びかけて我を探させ、結界を破れるだけの力と執念をもった者の望みだけを喰う。そうして我は力をつけた」
「凄い・・・この世に、こんな夢物語みたいな話が実在したなんて」
いつの間にか話に聞き入っていた昌人の言葉に、啓吾はハッと我に帰った。
そう、なにをこんな怪しい生き物相手に話しこんでいるのだろう。
「・・・行くぞ、昌人」
啓吾は踵を返して、歩き出した。
「け、啓吾?!どうしたんだよ、急に!もっとこの獏の話聞いてみようって!」
昌人の知的探究心は、どうにかするべきだと思う。こんなわけの分からない物とは、関わり合いになるべきじゃないんだ。
「・・・そうだ、言い忘れてた」
足を止め、顔だけ猫に向けて啓吾は言った。
「もう、ここら辺に出るのはやめろよ。とゆうか、早く消えろ」
「・・・・・・言われなくとも、な。我は望みを喰らって生きてきた。いわば、成仏できぬ望みの塊だ。我が問いに正解した人間は汝らが最初で最後。誰かが正解すれば望みは消える。我の存在は消えるのだ」
「・・・ふうん」
「えっ?!き、消えるって・・・」
「気づかなかったか?先程から我は、少しずつ薄くなっている」
猫の言ったとおり、その体はだんだんと透けてきていた。
「・・・名前くらい、聞いてやるぜ」
なんとなく、気まぐれで、言った。
ふっと、猫が笑う。よく笑う猫だったなと思う。
「希翔だ。だが、呼ぶなよ。後悔するぞ」
「?・・・分かった。じゃあな」
「ああ。礼を言うぞ、人間の子供達」
「え?な、何で・・・?消えちゃうのに」
「ただ生きていくのには飽いていた所だ。そろそろ、我も消えたかったのさ。あまりに永く生きすぎたのでな」
希翔の体は、もうただ色が滲んで見えるだけだ。
「だから・・・・・・礼を言う・・・・・・」
そのままスゥッと、周りの景色に溶けるように消えた。
「・・・・・・・・・一生分の不思議な出来事に遭遇した気分だぞ」
「・・・・・・・・・おれも」
変な奴だったが、悪い奴ではなかったのかもしれない、と思った。
ぽつり、と啓吾は呟く。
「翔ぶ希望・・・・・・希翔、か・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・呼ぶなと言っただろう」
「「・・・はっ?」」
気づけば啓吾の肩の上、いつの間にやら希翔が澄まして座っている。
「名は契約の証なのだ。存在の確立にもなる。汝が我を呼べば、即ち汝は我の主となる。我は汝の使い魔のような存在として、もう一度存在する。・・・だから、後悔すると言ったであろう」
「・・・・・・ちょ、ちょっと待て・・・使い魔、って・・・」
「これから汝に付き従うぞ。用があれば呼べ。 ・・・まあ、お主は面白そうだ。もう少しくらい、消えるのが伸びても構わんさ」
「俺が構うわーッ!!」
「うわー。いいなぁ、啓吾」
「ならお前が貰え!ほら、昌人の所に行け、希翔!」
「無理だ。もはや契約は成された。諦めろ、主よ」
「納得できるかぁーっ!!!」
「我は釘を刺しておいた。それを無視した主が悪いだろう」
「がぁあああっ!!」
まだまだこれから、色々と面倒が起こりそうな気がする。
啓吾のこういう嫌な予感は、腹立たしいことに外れたことが無い。
だが、そんな予感を感じつつも・・・・・・どこかで、希翔が消えずに安心している自分がいることに、まだ啓吾は気づいていない。
ある日の、哀しい生き物と優しい少年たちの話。
|