2つの『ヤイリ』に関する情報、募集!

(2004/06/19 up)
(2004/09/25 re-issue)

一人のギターオヤジとして、ギターにまつわる “薀蓄” というのは調べれば調べるほどに深みにはまっていくもの。
本件は、拙サイトの掲示板か日記帳でサラリと済ませようと思ったのだが、調べるにつれ “謎” は深まるばかりとなり、
無駄と知りながらも一つのコーナーとして独立させた次第…。
けっして特定団体に対する誹謗・中傷の意図はなく、あくまで個人的探求興味を満たすために書き下ろした原稿ゆえ、
ご興味ある方だけ、お立ち寄りくださいますよう…。

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* 参考になる写真がなかなか見当たらず、まずは少しだけでスタートです。
今後、不定期に関連写真を増やしていく予定です。







NHK特番での
矢入一男社長。








K.Yairi 2003年版カタログ
(ダイジェスト版)








S.Yairi 2004年版カタログ
(新生初版)








BEGIN
(比嘉栄昇氏)








人気殺到の
“一五一会”








“新生・Sヤイリ”
の廉価版







NHKテレビでの '04年春の2回の特番(*1/*2) 放映以来、最近とみに “K.YAIRI” の人気が高くギターショップでも売れまくっているという。 '70年代のギターブームの頃を知らない若い店員に言わせれば、『ヤイリと書いてあるだけで説明も聞かずに買われていくんで、売上げ的には助かるが、売れ方として面白くない』 といった状況である。 最近は当方のような素人板までもが、各方面から 『“K.YAIRI” と “S.YAIRI” は違うメーカーなんですか?』 などという質問を受けるようになったから驚きだ。 この両社の関係についてはなんとなく知っている気でいたものの、詳細を知ろうとすればするほど、実は何も知らなかったということにあらためて気付いた次第である。
以下、当方が個人的に調べた範囲での情報を記させていただく。 誤認箇所があれば、是非ご指摘いただければ幸いである。 広くギターファンに読まれていることを期待し、何卒ご教授をお願いいたしたい。

*1 NHK総合テレビ にんげんドキュメント (2004/2/27放映分) 『弦よ響け 〜手作りギター工房の挑戦〜』
*2 NHK教育テレビ ETV特集 第49回 (2004/5/8放映分) 『新しい音が生まれた 〜BEGINとギター職人たち〜』




まず、 “S.YAIRI” というメーカーなりブランドの公式サイトが見つからない (“K.YAIRI” は立派なサイトを公開している (*3))。 このことが、 “S.YAIRI” のことを調べる上での最大のハンディである。 かくして以下の内容は、各プライベートサイトからの情報の “切り貼り” によるものである。

とりあえず よく知られている話ではあるが、両 “ヤイリ” の創業者は肉親同士でありそもそもは “同族” の会社である。 もともと “鈴木バイオリン” (*4) の職人であった 矢入儀市氏は、1935年(昭和10年)に独立し、“ヤイリギター蝓 を創業。 そして、長男である一男 (かずお)氏 が、現社長として “K.YAIRI”ブランドを引き継いでいる。 一方で、儀市氏の弟、すなわち一男氏の叔父である 貞夫(さだお)氏が 1938年(昭和13年)に興したギター製造会社が “矢入楽器製造 (ブランドは “S.YAIRI”)” なのである。 (*5/6)
その後、“S.YAIRI” が舶来銘器 “MARIN” の忠実なコピーに執着し標準的なギターを作り続けたのに対し、一方の “K.YAIRI” は、“MARTIN” をベースにしながらも実験的・先鋭的な楽器作り (異素材ギターやダブルネック、トリプルネック、“分解式”携帯型等…) にも邁進したこともあり、両社の考え方・方向性は一致を見なかったようである。


*3 “Kヤイリ”の公式サイトは、こちら…
*4 “鈴木バイオリン”は、現在も楽器造りを続けています…

*5 '04年5月の公開時には、一男氏こそが“K.YAIRI”の創業者との記述をしていたが、読者 gakuさん のご指摘により誤認であることが判明。 遅ればせながら '04年9月に、上記のように修正させていただきました。 謹んでお詫び申し上げます。
ところで、“S.YAIRI”の創業者であります “貞夫”氏 が、同社の最新版カタログである “2004 S.YAIRI Acoustic Guitar Collection” の冒頭で “貞男” と表記されており、大いに悩みました。 これについては、有名な “志賀さん”のHPにあります同社の 1970年代のカタログに、“貞夫”氏 と表記されていましたので、こちらこそが “正解” と認識しております。 人名の漢字については、その他 多くの個人サイトで “貞雄” との誤記、その息子さんである “寛(ひろし)”氏 を “博” と、勝手な当て字が目立ちます。 当方を含め、人名は正しく記載したいものだと痛感いたしております・・・。

*6 '04年11月発売の『ACOUSTIC GUITAR MAGAZINE vol.22』の “K.YAIRI” 特集記事に矢入一男社長のインタビュー記事があり、社長の発言より儀市氏と貞夫氏の兄弟関係が判明したため、あらためて修正させていただきました。ただしこの記事では、“貞夫”氏が “貞雄” と表記されております。もはや何を信じてよいか分からなくなりました(笑)。とりあえずここでは、“S.YAIRI”社の古いカタログにある “貞夫” を “正解” としておきます。 各位より、さらに確かな情報をいただけましたら幸いに存じます。
(special thanks to Mr.gaku, Mr.RYOMA, Mr.疾風.)




さてその後の “S.YAIRI” であるが、'70年代には デビュー間もない頃の 井上陽水 が “S.YAIRI” を愛用するなどで知名度が上がっていき、その品質の評価も高まっていくのだが、'70年代後半に入りフォークギターの人気にやや陰りが見え始めると、“S.YAIRI” ブランドのみならず “Morris” や “Lawden” といった内外のライバルブランドの OEM (製造委託) を受け入れて工場稼動率を維持するようになる。 実際、 “Morris” の “W80” ・ “W120” ・ “W150” といった定番機種に “-special” と付くものがあり (*5)、それらが “S.YAIRI”製 であったことは昨今のギター関連サイトやネットオークションの出品説明文等でもよく語られてきている。 余談ながら、'70年後半に 『アリス』 現役時代の 谷村新司 が歴戦を共にした “Morris (MG-300S)” が、“S.YAIRI” のエンブレムがついたハードケースに格納されているという事例もある。

“MG-300S” は “Morris”製 であるが、“Morris” はケースまで内製できていなかった。 なおさらに余談ではあるが、この “MG-300S” 現物は、矢沢透氏 が経営するVintage Guitar Shop “Rim Shot” (東京・神田)に展示されている…)。
なお、前出の “志賀さん”のHPにて 1970年代のカタログをよく見ると、裏表紙に、『製造元=<高級手工ギター専門メーカー>矢入楽器製造株式会社、総発売元=株式会社モリダイラ楽器』 と書かれているのを発見! また逆に同年代の “モーリスギター”のタカログには、“Sヤイリ”のモデルが紹介されていたりしている。当時のモーリス社はメーカー専業というよりは、大卸業的な役割も担っており、当時のカタログにもこうした関係が見て取れることは興味深い。)



ところが、'80年代に入るとフォークギター離れはますます顕著になり、日本のギター史に一時代を築いた幾つものメーカーが没落・閉鎖・休業していくことになる。 “Cat’s Eyes” しかり “HEADWAY” や “YAMAKI” しかり、そして “S.YAIRI” しかり…。 さらなる需要拡大を見込んでの投資拡大策が裏目に出たメーカーもあれば、火災により工場そのものを失って再建を断念したメーカーもあった…。 その頃、“S.YAIRI” の経営は創業者の貞夫氏から息子であり専務であった 寛(ひろし)氏 に移っていたが、もはや相当にシュリンクした日本のギター市場の中で、事業継続することもできなかったと思われる。

そんな中で、創業以来コンスタントな出荷本数を維持し (つまり、売れまくっている時も出荷数を拡大せず…)、'80年後半以降のギター不況を生き抜いたのが、一方の “K.YAIRI” であった。 早い時期から前衛的な楽器制作に挑んだり、“Alvarez (アルバレッツ)” のブランド名でアメリカに逆進出して、 P.マッカートニー や R.ブラックモアらビッグネームにオリジナルモデルを提供する等、おもて立った販促活動が派手に見られがちな同社ではあるが、こと国内での営業活動は極めて地道に、無用な拡大投資に走ることもなく、 『作れる分しか作らない』 という姿勢を貫いてきたといえよう。

さて、時が流れ世の中のバブル景気も終わり、音楽シーンにおいても “打ち込み” 全盛のダンス系楽曲が飽きられてきた '90年代の末期になると、“癒し” をキーワードにまたもやアコースティック楽器の人気が再燃してきた。 若者の間では、“ゆず” や 山崎まさよし らの登場を受けいわゆる “アコギ” への興味が急速に高まり、一方でオヤジ達はネット等を介して若かりし頃の思い出を語り合った。 そして、往年の銘器を懐かしがる声の高まりとともにそれらの “復活” を望む動きも大きくなり、“休業” 状態のままどんどん職人をリストラしてきた、“Cat’s Eyes (東海楽器)” や “HEADWAY (母体はディバイザーに改称)” といった古のブランドが相次いで “復活” を果たす。
そして新世紀の幕開けである 2000年、矢入寛氏は遂に “S.YAIRI” ブランドのアコースティックギターを再び世に問うたのである。 ただし、ブランドこそ名門 “S.YAIRI” の復活ではあったが、寛氏は技術畑の経験がなかったため自らを 『監修』 という立場に置き、会社そのものは中国の 李氏 という人物に譲るという形をとった。 現状、“新生 S.YAIRI” のエンブレムを付けるギターのうち、10万円を切る廉価版については中国の工場での委託生産であり、一部の高級機種については 名古屋の 蟷田楽器製作所 に製造を委託しているという。 ここで、寺田楽器というメーカーもまた有名な老舗で、自らの “TERADA” ブランドを冠した商品よりも、海外を含む他社からの委託を受けて供給している OEMブランド でかなり名の知れた会社である。 現在、有名なブランドで言うと “VG” や “THUMB” があるが、かつては“SIGMA” ・ “Jagard” ・ “Burney” といった古のブランドのほか、“Morris” の絶頂期にもその製造を助けたようである。

ただ、一部の高級機種をその寺田楽器が担っているとはいえ、圧倒的に販売の主流となる廉価機種は中国製である。 品質的にはけして悪いものではなく、その価格帯の “まがい物” ギターと比べれば良心的であり コストパフォーマンスに優れているものの、ショップでの扱いは “初心者お買い得セット” であったり、通販での格好の目玉とされているのが現状。 反面、往年の “S.YAIRI” の素晴らしさを知っている古くからのファンは、“新生 S.YAIRI” の “寺田ギター” よりも、ネットオークションを含む中古市場にて '70年代の高級機種を捜し求め、それらが比較的高値で取引きされているのが現状なのかもしれない (もちろん、そこには 『あの頃、買えなかった憧れのギターが今なら買える!』 というノスタルジーが多分に含まれているのであるが…)。

一方で、話を再び岐阜県の “K.YAIRI” に戻すと…、 上記のような “S.YAIRI” の “意外な形での復活劇” を受けて、まずは世間からの問合せが殺到したのだろう。 ただでさえ、 “K.YAIRI” と “S.YAIRI” の険悪な関係は業界でも有名でありながら 誰もその真相を解明していないのに、2000年の “S.YAIRI” ブランドの復活により、古くからのギターファンからも新世代のアコギファンからも、あらためて両社の関係についての疑問や確認の問合せが入るようになったのだと思われる。 それに対し、矢入一男社長のコメントは明快である。 2000年4月には自らのホームページ上に 『いっさい無関係』 を明言し (*6)、今も公開されたままになっている。

*6 同社の “公告” は、こんな感じです…



“K.YAIRI”は、中国製のコスト重視製品を量産する “S.YAIRI” の営業活動には目もくれず、長渕剛 や 桑田圭祐、 BEGIN といった新しい “顧客” を得てますます信用を増していったが、それでも月間・年間の製造本数は変わることなく、持てる設備と持てる職人の範囲内での出荷を続けてきた。 矢入一男社長のこだわりは、あくまで 『国産 (同社の言葉では、“純日本製”)』 であり 『手工』 なのである。
ところが、一男社長が久々にその独創性を発揮する。 2002年に沖縄出身のバンド 『BEGIN』 の 比嘉栄昇氏 が持ち込んだアイデア、沖縄の民族楽器である 『三線 (さんしん = 蛇皮線)』 をモデルとした 4弦ギターの創作である。 このアイデアは、'04年春に NHK で放映されたとおり、“一五一会 (いちごいちえ) (のちに廉価版の “音来(にらい)” を追加) として商品化され、'04年夏現在で半年分のバックオーダーを抱えるという異例のヒット商品となった。 岐阜県可児市のヤイリギター工場では、若手から老練の職人まで総力を挙げてこの “一五一会” の増産に対応する一方で、波及効果で増加しているレギュラーモデルの注文、あるいはさらにコアなファンからのカスタムオーダーにも対応しなければならない…、 という盛業ぶりに悲鳴をあげていると聞く。 もっとも、そういう状態に至っても性急な増員や機械化を避け、『時間はかかりますが、しばらくお待ちください (同社のカタログより)』 という姿勢を貫くところが、同社の強みなのであろう (ちなみに、 “一五一会 (10万円)” 増産の代替策として開発した廉価版 “音来 (45,000円)” は、近隣の折詰箱メーカーに技術指導して委託したが、そこにも 『国産手工へのこだわり』 とともに 『地元木工産業の復興』 という矢入社長の高い志が伺えるのである…)。

さて、以上に書いたことを、幾つかの事実誤認が含まれることは覚悟の上で誤解を恐れずに総括するならば…、 創業当時は 『保守的堅実経営の “S”』 に対し 『先進的チャレンジ経営の “K”』 という形で反目していたものが、現在では、 『商業的大量生産主義の “S”』 に対する 『職人集団による国産手工主義の “K”』 という図式の反目に逆転した…、 と理解していた。 ところが、この稿を書いて今一度両社の現状を振り返るに、“新生 S.YAIRI” の目指すところは 『リーズナブルで本格的なギターを供給し、若い世代に裾野を広げたい』 という思想であり、“K.YAIRI” については、『確かな技術、確かな品質を後世に残し、世界に誇れるギターを作り続けたい』 ということではなかろうか…。 そのためには、伝統の枠には収まらないチャレンジャブルな試みも極めて重要なのであろう。 “K.YAIRI ”のカタログをご覧になった方ならお分かりかと思うが、同社の “作品” には、ボディ全体がハカランダでできているギター、指板やブリッジやヘッドまでもが全て象牙でできているギター、ネックジョイントのボルトにより自由に弦高を調整できるギター、“桶”型 や “人”型等々、“意欲的” なモデルを多数見ることができるのである。


いずれにせよ いちギターファンとしては、日本のギター産業の繁栄のため、両社がそれぞれの方針で無理なく末永く頑張っていただくことを祈るのみである。
冒頭にお断りしたとおり、両 “ヤイリ” ギターに関してネット上にバラバラに存在する非公式な情報をかき集め、自分なりに編集した文章に過ぎない。 文中、いずれの特定団体をも誹謗する気は毛頭なく、万一そう受け止められたなら、それは筆者の表現力の不足によるものである。
どうか、このコメントが広くギターファンの目に止まり、誤認箇所についてのご指摘とともに正確な情報を提供いただけることを期待してやまない。




【参考サイト】

愚行連鎖
(“S.ヤイリ” 研究サイトとしては、おそらく随一の私的サイト)
Kヤイリギター・ファンサイト
(“K.ヤイリ” HPからもリンクされている、“公認”応援サイト)
Tetsuzo.Shiga Accoustic World
('70〜'80年代の膨大な国産ギターカタログデータを公開)



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