Gikoohの見聞記

「法隆寺(斑鳩)と勝福寺(総社)の花まつり」の巻

勝福寺では4月7日に総社市仏教会による花まつり法会が、そして、翌日8日には奈良の斑鳩・法隆寺の仏生会(ぶっしょうえ)を見学してきました。


画・勝福寺蔵


灌仏会(かんぶつえ)」「花まつり」の起源


4月8日はお釈迦様のお誕生をお祝いする仏教徒の大切な行事です。この日に行われる法会(ほうえ)を「灌仏会(かんぶつえ)」、「誕生会(たんじょうえ)」、「(りゅう)華会(げえ)」とも称し、この由来は釈迦誕生の時、天龍が現れて甘露(かんろ)(そそ)いだという故事にちなんで始まったものです。

お釈迦様は、今から2550年昔(西紀前566年4月8日)、インドのカピラヴァットウ国のルンビニー園においてご生誕されました。

父君はこの国の王、(じょう)(ぼん)(のう)(きさき)摩耶(まや)夫人(ぶにん)です。仏伝によれば、摩耶夫人が出産のため、里のコーリ国へ向かう途中に立ち寄られたルンビニー園で休息され、純白の無憂(むゆう)()を愛でておられる時に、急にご生誕されました。この時、大地の花は満開に咲き、天からは龍王が現れて清浄な甘露を降り灌いだと伝えています。

摩耶夫人は懐妊を知る前に、白い象が飛来し、ご自身の胎内へ入るという不思議な夢をご覧になられました。インドでは、白象はとても神聖な象徴として考えられていたことから、偉大な人物の誕生を予感させるものでした。

 お釈迦様は、生まれてすぐに東方に七歩歩まれて右手で天を指し、左手は大地を指して「天上(てんじょう)天下(てんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)」と宣言されました。この言葉は、私という人間は古今東西を通じてただ一人の人間であり、かけがえのないない存在である。そのような自覚にもとづく本当の生き甲斐を実現しなくてはならない、という人間の尊さを意味しています。(仏陀・百華苑より)

さて、日本において灌仏会が行われるようになったのは推古(すいこ)天皇の14年(606)4月8日、元興寺(がんごうじ)(奈良)での灌仏会が起源とされています。(日本書紀第22)

仁明天皇の承和7年(840)4月8日には、朝廷の清涼殿で灌仏会が催され、その日は一尺五寸(約46cm)~二尺(約60cm)の仮堂を設け、桃や時節の種々を飾って(はな)御堂(みどう)と名付け、その中に仏誕生をかたどった即ち片手は天を指し、他の片手は地を指している仏像を銅板の中央に安置し、これに都梁香の(青色水)、鬱金香(赤色水)、丘隆香(白色水)、附子香(黄色水)、安息香(黒色水)の五香水を灌いて法会が営まれた、とあります。

江戸時代になると、鉢に甘茶を(たた)え、参詣者は小柄杓を持って仏像の頭より灌ぐようになりました。甘茶は本式には香湯を用い、桃・(すもも)・松・柏・柳の五木に香木(白檀(びゃくだん)沈香(じんこう)等)を加えて煎じます。しかし香湯を作るのは大変手間がかかる上、飲用には適さないため、昔の僧が工夫し、灌仏のあと参詣者がこれを戴いて無量の功徳を感じられるように甘茶で代用されるようになったのです。

そして、この甘茶を硯に注ぎ、「ちや」等と紙に書いて雨戸に貼り付けておくと(むし)はこれを避けると言われ、更に「(はち)大龍(だいりゅう)(おう)(ちゃ)」と書いて天井に貼ると、落雷の災難を免れるというように、御利益をかつぐ風習を生じました。




その1 

勝福寺の花まつり「花まつり法会(ほうえ)

勝福寺では、毎年4月8日に花まつりを行っておりますが、本年は総社市仏教会による花まつり法会の当番に当たり、去る4月7日に修行しました。仏教会より12ヶ寺院が一堂に揃い、般若心経をお唱え致し、お釈迦さまのご生誕をお祝いしました。檀家さんや近所の方々にも多数お参り頂き、とても有意義な1日となりました。
その時の様子を少しではありますが、ご紹介しましょう。

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境内の様子。近年は、催し物も増えつつあり、昨年からベンチを増やしていますが、今回は思い切って新たに6脚新調しました。

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この白象は、仏教会の備品です。仏教会の花まつりは、寺院を始め、企業各社のご協力を頂いているお蔭で毎年充実した内容になっています。有難いことです。

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お寺さんが次々とご来山され、お菓子とお抹茶をお出ししました。この日は、茶道の大先生、常々お世話になっているご夫人、母、義母、それから子供茶道から7人が、席を支えてくれました。子供達は今春から新中学1年生になりましたが、頼もしい存在に成長しました。

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お寺さん達の雰囲気に、少し緊張気味…。

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本堂。中央に花御影堂。

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花御堂と誕生仏のお釈迦さま。

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午前10時。法会。勝福寺に一遍にこれだけの和尚様が集うことは珍しく、とても有難かったです。次回は30年以上先だと思います。Gikoohは75歳くらい…。まだこの世に居られれば良いのですが…。

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お寺さんがお一人ずつ、灌仏されています。

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厳かなひと時です。

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参詣者に振る舞われたお接待の甘茶とパン。

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勝福寺の茶道Family一部。顔写真は小さくしています。

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桜もこの日に合わせてくれたかのように、8分咲き。本当に良い1日でした。皆さま、有難うございました。

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その2

法隆寺(奈良・斑鳩(いかるが))の花まつり「仏生会(ぶっしょうえ)

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法隆寺で午前10時からの仏生会に参加する前に、法隆寺の西側(徒歩10分弱)に位置する中宮寺へお参りしました。法隆寺は修学旅行等でお馴染みですが、周辺の古刹へお参りすることは少ないでしょう。中宮寺もその一寺院。Gikoohは2回目ですが、familyは初めてです。奈良はとにかく古刹・名刹の寳が沢山ありますから。

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中宮寺。このお堂の中には、あの有名な菩薩半跏像(重要文化財)がお祀りされてあります。Gikoohが心惹かれている仏像の一体です。内部は写真撮影禁止です。

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菩薩半跏像を拝した後は、参道を歩いて再び法隆寺へ。、

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もう少しで満開という好季に訪ねられたことに感謝。

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この先にある建物が、「仏生会」の会場で法隆寺境内の食堂(じきどう)。奈良時代に建てられた食堂は重要文化財で、普段は非公開ですが、この日のみ、一般開放されています。奈良時代は寺務所として、平安時代になって僧侶の食堂として使われていた貴重な建物です。外観も内観も、歴史の分厚さを実感し、圧巻されます。

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堂内に入ると、誕生仏、そしてレプリカではありますが、あの有名な摩耶夫人と天人像がすぐ傍に置かれてあり、とても荘厳な雰囲気を醸し出しています。写真撮影禁止ですので、これ以上ご紹介出来ないのは残念ですが、機会があれば是非訪ねてみられることをお勧めしたいです。
さて、当日、10時前に法会の開始を知らせる鐘が鳴り、僧侶達が続々と静寂な堂内へ。法隆寺はもともと法相宗のお寺ですが、1950年に聖徳宗として独立。どんな法会なんだろうとわくわくしながら、進行を見守りました。声明、読経などの進行が真言宗の法会と似ており、とても親近感を持つことが出来ました。この日は約15名ほどの和尚さま達により、約50分の内容で構成されていましたが、法会全体のクオリティが抜群でした。とにかく皆の声が合い、厳かな空気に身も心も洗われる思いがしました。感動です。

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昼食は法隆寺門前に位置する松鼓堂にて。民芸調の落ち着いた店構えに心も一休み。

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Gikoohは名物「梅うどん」と、「葛きり」を頂戴しました。いずれも美味しかったですが、特に本葛はさすが産地の絶品でした。
こうして、Gikoohファミリーの奈良旅は幕を閉じました。天候が良ければ、この後に、友人に紹介頂いた「馬見丘陵公園」でチューリップ祭りを訪ねる予定にしていたのですが、空模様がすっきりしなかったので次回の楽しみにすることにしました。奈良最高です。