新説!源氏と平氏の謎 〜 『源平物語集』之注釈 平成19年卯月11ノ日(水)〜

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雑誌小説「平治の乱は清盛の陰謀!」はガセネタ?特ダネ?

<「源氏は三度(みたび)罠に陥る」説は成り立つか!?>マジどーなのよ?

戦後僅か3年半足らずの'59年末,京廷は再び戦火の蹂躪を受けます。当時天下有数の武家「源氏」が結集・束になる形になり、再建したばかりの大宮城と帝-院以下を押え、対し六波羅方は圧倒的不利にも関らず、見事・完璧に大逆転-圧勝します。叛乱方の敗北は、六波羅方を攻撃できなかった1事に尽き、最終決戦以前、帝-院ら脱出迄、既に決していたと思われます。それは一体なぜなのでしょう?後(に敗者として消え去る「平家」の、特に当時を直接見知る者もいなくなった時)代、諸軍記物語の作-視聴-読者達には尚更疑問でしたかも知れません(勿論それ以前に、意図・積極的に「源氏」方の強大さの誇張、正当・美化の為捻じ曲げる余り、平家を貶める努力が相当ニ積重ねられていたでしょう)。そこで出てくるのが、「六波羅方が仕掛けた罠に嵌められた」というものです。
或は最初から共謀していた可能性は本当に無いのでしょうか?
例えどれ程強大でも不意・騙し的に焼討され点火延焼してたら受け手側が圧倒的に不利で、仮に戦闘自体では無傷温存、むしろ優勢であっても、火煙は増大し続け、地方や戦国近世の城郭要塞と違って退去・放棄せざるを得ず、家宝・財産・婦女子らを抱え(皆絶滅覚悟なら兎も角)、消火や救助庇護運搬移送に相当の手を割かれながらの退却以降でむしろ多大の損害を受けたでしょう。

増して、清盛一行は武装どころか(女)院宮公卿でさえ車馬を降り徒歩でこそ意義有る巡礼「年(越参)篭(としごもり)」で、宗盛頼朝同様実戦どころか狩猟等の経験も怪しい京生れ育ち出仕の13歳)や担夫らを含めても15<50人、無防備(仮に内実護衛、或は沿道周辺で土豪等が一応警備してても、院宮公卿でも無い1大夫に、往来者の管制権限等無く)同然で、例え弱小部隊十数騎だけでも充分殺傷捕獲できたでしょう。例え内通密約共謀してても、それ(や六波羅の実力・恐れ)を知らない末端や東国等の地方武者(極秘事前に呼掛けられてた)が(決起に間に合わず)功名を焦り、決起(の急報が届く)直前に独断暴走(或は所詮叛乱で口さえ封じ、最悪やってしまえば後の祭り、私怨利欲等で裏切り)しない保証等無く、そんな危険を冒す必要などありえません。

決起を誘うなら、相当兵力だけ残し、現職地方長官や狩猟等物見遊楽として公然と家宝妻子-郎党等と遠出を装い、途中で停滞(-集兵)し事後帰京(-挟撃)すればよく、そもそも信西家との縁や武威名誉信頼は、夜襲焼討(直後逃げ込み頼り縋った婿成範の召喚)を許容黙認看過した時点で事実上損失しており、面倒で危険な茶番をせずともその少し前に離縁絶交等を叛乱方に予告暗示(共謀なら内示)しとくだけで充分でしょう。

また、奇襲焼討が怖いのは叛乱方も同じ、むしろ(兵力的に劣勢の上、大宮城以下諸家等要所迄、密集混雑の京都市内を警備する必要上)不利で、例え信頼や二条帝辺の近親(で密約共謀済)でしたにせよ、実際・積極的に協賛-参加しない以上、危険・脅威に変りなかった筈です。

つまり、攻略できなかった訳は唯1つ戦力の問題でしょう。それでも勇気を奮って敢行すれば失敗したとしても、旗幟を明確にし、敵対ならば帝-院や信頼らも将兵も腹を括って義朝の総指揮下に一丸となり、参内したとしても同格に並び立てたでしょう。万一、討ち捕りか六波羅炎上も絶対不可能では無かった筈です。

一旦地方に落ちれば、戦力は完全に逆転したでしょう。勿論遥に軍事向きの要衝城塞等に拠り反攻-抵抗を続ける可能性も皆無ではないでしょうが、殆どが「保元の乱」等同様、戦闘自体では仮に生存無傷でも敗退逃走分散の過程で追撃掃討各個撃破・離脱反乱もされ、自然消滅しており、いまだ朝廷-正式命令「官符・宣旨」の権威勢力は他を圧してました。

殆ど(兵站不要の1日どころか)見張りの急報も役に立たず、一瞬たりと警戒防備を緩めたら命取りの近距離に相当の戦力を保ってたからこそ、睨みも利き、叛乱方は無論、発行-通達(の過程での関知者)も含め、最大多数である局外・無党派・浮動層の意見動向も把握・留保-抑圧牽制阻止できてたのであり、その基盤以下京都内外の拠点を失い落されたら、希望・期待してた者も含め、皆旗幟を確定し(少なくとも表向き)京廷は一色に塗潰され染まる訳です。

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