斉  王  群  行

 

                      

滋賀県甲賀市土山町で行われたお祭りを広くみなさんに知っていただきたいとこれを立ち上げました。

「斉王」とは、歴代天皇のご即位ごとに天皇の御名代として、天照大神の御杖代に遣わされた未婚の皇女または

女王のお方のことで斉王制度は第40代天武天皇の御代に制定されており、この制度は、第96代後醍醐天皇の

御代まで続いた。

 この斉王が平安京から伊勢斉宮までの5泊6日の旅を「斉王群行」と呼んでいて、多いときで随員が500人余り

と言われています。斉王がお泊まりになられた処は「頓宮」と言われ、土山の垂水頓宮は唯一、頓宮跡地と実証さ

れています。

この貴重な史跡を広く発信すべく行われている行事で、今回が9回目となります。

                           ー あいの土山斉王群行実行委員会編集パンフより抜粋 ー

                                                      平成18年3月26日

            

 

           〜〜〜〜〜 斉 王 群 行 随 行 〜〜〜〜〜

 近くに住んでいながら、斉王群行を見るのは初めてで、お天気も悪かったので、午前中の斉王の禊ぎシーンを

見ることが出来なかった。昼頃土山の群行お発ち式会場(大野小学校)に着くと、もう行列の参加者の方々が衣

装も華やかに集まっていた。沢山の人が見物に来ていたが、その人達が動き出した。斉王が禊ぎから帰ってきた

のだ。

お発ち式が執り行われる。

小学校の体育館に群行の方々が役名プラカードの後に続々と入場。それはそれは見事である。それぞれの役者

さん達は皆素人さんなのに役になりきっていて、滋賀雅楽会の演奏が始まると平安の昔に吸い込まれてしまっ

た。

    

お発ち舞いが土山の小学生扮する童女(わらわめ)5人で行われ、中嶋甲賀市長も平安の衣装で挨拶をされた。

     

群行コースは大野小学校を出て、国道1号線と平行している旧東海道松並木を通って、垂水斉王頓宮に向かう

約4kmを歩いてゆく。

           

旧東海道の1号線と反対側には野洲川が流れ、すぐ其処に天下の鈴鹿連峰が見える。 ここが旧東海道である石

碑もあり、今も残る東海道の松並木の中を行列は進む。平安の世を彷彿とさせてくれる。

                  

           

行列は市場地区に入って来た。道幅は自動車がやっとすれ違い出来る程度だが、これでも、平安の世であれば、

すごく大きな道であったに違いない。

  

市場地区の公民館で行列は休憩となった。普通、休憩ともなると、列が乱れて、てんでバラバラになるものだが、

さすが、斉王の行列である。休憩中にもかかわらず、行儀良く座ったままで、周りの素人カメラマンがあちこちとう

ろうろしている。これだけの衣装ではトイレ休憩もままならぬ事であろうとお察しします。斉王などは輿から出るた

びに、着付け役の人から衣装直しや、かんざしなどの手入れをしてもらっている。いつも美しくなければならないの

だ。この役者になった方は土山町の方とか。役になりきっておられ、立ち振る舞いがとても優雅であった。

            

 

 

     この市場公民館の道中休憩所では木の臼で餅をついて、

     一般客に振る舞われた。黄粉と大根下ろしがあり、列が違っ

     ていた。ちょうどお腹もすいてきていたので、私は両方に並

     んで、お腹が一杯になった。

     お餅を配っている方がおっとりとしているので、並んでいる子

     供さんが、”早くして!”と、餅をちぎる手を見つめている。

 

休憩が終わり、釆女(うねめ)たちによる道中舞が披露された。目立った衣装を着ているのが釆女である。

    

 

釆女は地方の豪族の娘の中から選ばれ、宮中では主に食

事に関する仕事をしていたようである。

この役者の方は湖南市から参加されて、いかにも威厳ある

存在として演技されていた。

道中舞が終わると、行列のお発ちである。

世が世なら、こんな位置で写真を撮るなんて、直ちに手打ち

であったろうに!

 

 

群行はとっても長い。狭い旧東海道をしづしづと進む。主催者の話では、参加者は約80名だそうだ。実際には

500名に及んだこともあるという。当時はすごかったんだなぁ。

   

                  

この辺まで来て、ファインダーを覗きながら、ふと気が付いた。出発の時のあの大勢の人が、いやに少なくなって

いる。行列のじゃまになるほど歩いていた見物の人たちがいやに少ない!

少し経つと、次の休憩所、前野集会所に着いた。ここの広場はちょうど地安禅寺の前に当たり、ロケーションとし

ては良いところである。ここにはすごい人が待っていた。カメラマンは早く行って、いい場所取りをせねば・・・。

そうなんです。途中で人が少なくなったのは、みなさん先回りしていたのです。初めての私にはそれが判りません

でした。

この道中休憩所でも、いかにも斉王に遠慮してか、トイレに行く人は居ませんでした。整然と休憩されているのが

印象的です。ここでも休憩が終わると、道中舞が披露されました。踊りは先ほどの市場公民館での踊りと同じもの

です。

ここを少し進んだところから、群行はお茶畑のそばを進むようになり、こんどは国道1号線を越えて、お茶畑の中

            

を進みます。もうこの辺になると、付いて歩く人が疲れたのか、群行関係者の人数の方が目立ちます。

    

いよいよ垂水頓宮跡に近づいてきました。この辺り一帯は土山茶の産地で、お茶畑が山を覆います。その中を行

く群行は何ともいえない趣がありました。

    

いよいよ、垂水頓宮に着きました。 頓宮跡は今は大きな杉林の中にあります。ここでお着き式が執り行われま

す。

              

お着き式では女別当らによるお着き舞が披露され、地元で採れた土山茶の呈茶の儀が執り行われた。

   

平安の雰囲気を醸し出している豪華な衣装。それをまとって演技している人々。そしてそれらを総括、進行してい

るスタッフ。ここまで見事にやり遂げるには、大変な努力と、経済的援助、練習を積み重ねられたのだろうと推測

いたします。まさに、京都の葵祭りにも匹敵するかに思えます。いち、土山町の行事、いや、甲賀市の行事として

はもったいないとおもいます。今後、ますます盛んになり、500人の群行が見られるとうれしいなぁ。

みなさん、本当にご苦労さまでした。

    

 

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