
円周率の計算はなぜ終わらないのか?
参考書
A History of the Circle
『円の歴史』 アーネスト・ゼブロウスキー著 松浦 俊輔 訳 河出書房新社
2006/06/01 作成
【円周率の計算の仕方? 基本概念(コンセプト)】

ここで、例えば、16個のマスでは、できないものかと、考えました。
実際にやってみると、最後の一列で駄目になります。偶数マスの時は、できないの?
では、問題です。25マスの時は、できるでしょうか?
25マスに、いきなり挑戦する前に、法則を探します。

5は、1から9の中心、9は最後、横3マスで、割ると、丁度15になります。
上の図は、15-5=10 を :予測して、5を中心に、両サイドの数字を足して、10になる組み合わせを、現しています。
この法則は、25マスでも、使えるでしょうか?

この図で求められた「65」を、あてにして、25マスに挑戦

いきなりですが、これが完成図
ちゃんと、縦横斜めから5つの数字をたして「65」になってます。
できるかどうか、分からない事を、やるから、学習なので、はじめから、分かりきったことを強いられるのは、労働に等しいと思います。
教育の現場では、毎日が真剣勝負でないと、教わる方も、退屈です。
かと、言って、毎日が真剣勝負では、過労死で亡くなるかもしれません。
数学は、他の学問に比べれば、教えるのが楽です。ので、各教科の仕事の重さにも違いがあります。
一番大変なのは、本当は「国語」の先生なはずですが、手抜きでも、生徒にバレナイのもこの、日本語が曖昧なことにも原因があると、思います。
「教えることは、実は、本当の勉強なんです。」
生徒のうちは、見習いの生徒で、本当に勉強している生徒は、実は、先生なんですよ。
授業料を払うのは、本当は先生の方で、本来は、生徒が、お金をもらう方なんです。
生徒の皆様。先生に騙されてはなりません。
しっかりと、元だけは、取って帰りましょう。
この遊びから、数学と算数の違いが少し、理解が深まったのではないでしょうか?
実は、「数学」は、文学的なセンスを必要とします。
単純な算数の力だけでは、歯が立ちません。
さて、気短な私は、「円周率が、なぜ終わらないのか」それを、先に、したくなりました。
古代ギリシャ直系の「科学の歴史」を辿ってからの方が、本当は、面白いのですが、それは、また、後日にして。
【ユークリッド】
参考書
『数の体系 (上下)』 彌永 昌吉 著 岩波文庫
この本は、なかなか入手できない本で、内容はかなり古いので、今更読む人も少ないと思いますが、ギリシャの哲学者から説明されている貴重な本です。
ユークリッドの原論なんて、今更読み返したところで、と、思われるかもしれません。
しかし、この原論の「穴」を知らないと、大変なことに、なってしまいます。
この「穴」について書いてある本は、私が知る限りでは、本書だけです。
【定義】
「点は部分のないものである」
この証明はどこにも見当たりません。「原論」では、考える時は、点も線も無いものとして、図形を描く時は、ちゃんと書きます。これが、幾何学を支えている定義なのです。
ので、この「点」と「1」の概念は、同じものと考えて良いでしょう。
実際、これから、自然観察をはじめて、点とか直線とか、発見できたら、凄いです。私は見たことが在りません。
つまり、直線とは、人間が考えた「理想像」に過ぎず、「点」も、古代からの認識に倣っただけで、常識だろ!と、言われれば、返す言葉がないわけで、証明しなくても、理解されていたと思われます。
点を虫眼鏡で見ても、顕微鏡で見ても、便宜上、同じ大きさで無いと、駄目なのです。
これは、便宜上の問題で、定義としては、何の説得力もありません。
虫眼鏡の時は、点で、顕微鏡の時は「円」では、使いにくいわけです。
幾何学の基礎には、無いものが有るわけで、
古代ギリシャの哲学者達は、有るものを定義としていましたから、当然の如く、ゼロを拒絶しました。
彼等は高等な数学を求めたのですから、ゼロの存在に気が付かないはずがありません。
パルメニデスと言う古代のギリシャ人が、面白いことを書き残しています。
彼はホメロス等の叙事詩に倣って、「ある」「ない」の区別をどうするか、長い詩にして書いてます。
パルメニデスは、ピタゴラスの影響下にあったとか、彼独自の説だとか、約2500年も前の話ですので、想像に近いのかもしれませんが、彼らの基本概念は「あるものを分割する思考」だったと、私は解釈しています。
無いものは分割できないわけで、確実な道では無かったわけです。
確実なのは、あるものを分割することだと「信じた」わけです。これは、自分で決めて、他人様を説得して、無理やり納得させる方法に、似てます。
点は部分をもたない。分割不可能な特別の存在。1神教のもとがこれですね。
キリストだけが特別だった。
時節柄、ダビンチコードの話になりますが、キリストに弟がいたとか言う本も出版されてます。
現在「ピタゴラス教団」として、彼らの活動は宗教活動だったとする説が有力です。
それらの関係出版物を読んでみると、「ピタゴラス教団」が滅んだ後、その後の、宗教団体が、知識を吸収しながらキリスト教まで続いているとか。
確かに、バチカンには科学アカデミーが存在してるし、キリスト教が科学実証主義を推進しているとは思えませんが、真実は、どうなってるの?
ダビンチコードの話に登場する「秘密結社」の歴代総長の名簿に、あの林檎で有名なニュートンがいたとか?
彼らが秘密を守ってきた理由とは何なの?
現代学問の総量も半端なものではないが、その大本は謎だらけで、根拠らしい、根拠が、見当たらない。
だから、デカルトさんが「我、考える。故に、我あり」から、理論を据え直している。
この言葉だけでは、何の理解も深まらないのが、哲学をより深遠で困難なものにしている。
哲学の基礎は数学なんだけど、微分積分も知らない文学者が言葉遊びに埋没しても、何の進展もあるわけではなさそう。
より確実な道を選択したのが、ドイツの哲学者カントさんです。ヘーゲルの数学理論は、素人くさくて、読んでも吐き気がします。それで、シルクロードのお坊さんのこんな話もあります。
密教のお経、サンスクリット文字から、漢字に変換する作業は、その言葉の意味に正確で忠実し過ぎると、読むと吐き気がする。とか、私も日本語でギリシャ哲学書やドイツ哲学書を読んでいたとき何度か、吐き気がしました。
それ以来。言語の意味に忠実であるより、概念を読むことに主眼をおいてます。
コンセプトは芸術作品からも読み取れますので、思想書に頼らず芸術作品からも学ぶことは可能です。
現代芸術は、アメリカの「根無し草」「はりぼて」「メッキ」などの、いかに伝統の無い国から、出発するかの模索が影響されていますので、ある意味では、学問の真髄に共通なものを持っているとも考えられます。
私の10年に及ぶ哲学書集めの結果、から。
根拠と言えるものは、何も無い。
これは、哲学史上有名な哲学者が生前一度は発見していることで、そのつど、改善されたものでもあります。
つまり、哲学史を読むと、根拠の無いところで、いかに理論を構築するかの技法が学べるわけで、単純に、ドイツ語の勉強ついでに、ヘーゲルを読んでも、宗教家にしかなれません。と、書くと叱られそう。
【合わせ鏡】
鏡を向かい合わせに垂直に立てると、永遠に続く縮小された世界をのぞき見ることができます。
我々の「見る行為」も、これと、同様な現象を作り出すことが可能です。

この図は、黄金矩形の描き方の図
一般的に言われている黄金比とは、正5角形の、各頂点からの、垂線の交点が、そのレシオ [ratio]
に成ってます。
土着の宗教には、この5角形が魔よけの効果があるとか、信じられているところもあるとか?
確かに、アメリカのペンタゴンには、ジェット機がよけた?
それ以来、私も建築設計に多用してます。
それは、ともかく、下の図をどこまでも拡大しても、中心にはたどり着けません。渦巻状ですから、物理的には限界がありますが、何と言っても、幾何学はその基礎に、部分を持ちませんから、この渦巻きは永遠と続きます。
幾何学には、無限に繰り返す図形が沢山あります。例えば、IBMのマンデルブローさんが有名にした「フラクタル」図形があります。
基本は三角形で学習可能ですが、コンピュータでシュミレートすると、意外な模様が発見されたわけで、話題になったものです。フラクタル図形は19世紀の数学者の発明らしいのですが、使い道が無かったとかで、ほったらかしだったのでしょう。
数学は「埋蔵教」
使われる日の前から存在している。
数学の基本は「概念」ですから、コンセプトが分からないと、誰も使えません。

これは、円の面積を計算する為の基本概念です。
この等角度分割を無限大にすると、円周は、限りなく直線に接近しますが、何と言っても、幾何学が定義する線は、幅を持ちませんので、どこまで、拡大してみても、円周の曲線と、直線が同じになることは、ありえません。
これは、幾何学の「定義」にも、問題を感じなくてはなりませんが、この方法で円周率を計算したとしても、絶対に終わる筈がないのは、私にも理解できます。
簡単ですが、円周率の計算が終わらないのは、幾何学の無証明な「定義」から発生するものだと、又、黄金矩形やフラクタルのように無限に繰り返される図形が存在します。
幾何学を使用して、渦巻状の図形を描くと、無限に続く連鎖「スパイラル [spiral]」が、発生します。2次元の平面で考えるから、終わりが見えます。3次元の立体模型を見れば、終わらないのは、誰でも理解できます。
私が観察を続ける限り、この渦巻きは、終わらない。
と、言うことにして、説明を終わります。
詰まらない話に、付き合ってくれて、ありがとう。
でも、でも、まだ、私が生きている限り、この話は、終わりません。
現実的に、真円は、存在不可能です。その理由は、ミクロな世界は波打っているからです。
詳細については「サイエンスチャンネル」で、ご覧ください。
原子の波が見えてきた
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