写本に挑戦!番外
ルネサンス期のソルミゼーション


しばらく暫定版として公開します
早速かなり訂正しました。申し訳ありませんm(_ _)m

はじめに

 ルネサンス期の音楽家たちはプロフェッショナルな歌手でした。楽譜を自在に読める事がプロの音楽家として当然の前提なのは、当時でも今日と同じで、現代の音楽大学の入試に初見視唱があるように、ルネサンス期でも、教会などでの歌手の採用試験には、楽譜の初見視唱も含まれていました。「写本に挑戦!」の本編で既に解説している通り、ルネサンス期の楽譜の書き方も、基本的には現代と同じで、音の長さの解釈の問題についてはそこでふれた通りです。音階についても、微妙な音律などの違いを度外視すれば、これも基本的には同じ音階でしたが、その読み方となると、実は現代とはやや異なるものでした。

 音階は当時も現代も、基本的にはC D E F G A B cが1オクターブ内にあり、C=DとD=Eの間に全音が来た後に、E-Fの間に半音、次にF=GとG=AとA=Bの間に全音が来た後に半音が入って1オクターブ上のcに戻ります(以下、2度で全音・半音を区別する場合は、全音間隔を=、半音間隔を-で表すことにします。例えばC=D=E-F=G=A=B-c)。

 これにそれぞれ名前をつけて楽譜を読む時の手がかりにするとなると、C=D=E-F=G=A=B-cの7つの音に名前をつけてやるのが一番合理的で、現代ではそれぞれに、小学生時代からおなじみのドレミファソラシの7つの名前を階名にする方法が一般的となっています。つまり、この階名はド=レ=ミ-ファ=ソ=ラ=シ(-ド)で、C=D=E-F=G=A=B-cの1オクターブにぴったりあてはまります。

 ところが、なぜか中世・ルネサンスで一般的だった楽譜の読み方はそうではなかったのです。当時は音階構造は現代とほぼ同じだったのに、ソルミゼーションで用いる音階名はド(当時はウトと呼ばれていました)レミファソラの6つのみがあり、これはCからAにまで対応していました。つまり、ド=レ=ミ-ファ=ソ=ラで終わりで、シがないわけです。この6つの音階名をヘクサコード(ヘクサは6を意味します)といいます。bの音をとる、あるいはこの範囲以上の音域については読み替え(ムーターツィオー)といって、本編で改めて説明しますが、現在のいわゆる移動ドといわれるソルミゼーションに似た独特の方法を使っていました。

 一見面倒くさそうな方法ですが、中世・ルネサンス時代には、このヘクサコードと読み替えを使ったソルミゼーションは音を取るためには必要不可欠なものとして、11世紀頃から使われ始め、左手を使って教える特徴的な教授法を用いながら、代々教えられていました。ルネサンスでも若干の拡充を伴いながらも基本的には同じ方法が使われ続け、ようやく16世紀ごろから、現代のヘプタコード(ヘプタは7を意味します)、つまりそれまで存在しなかったシが使われるソルミゼーションが使われはじめることになりますが、なんと18世紀の歌唱法の本でも、いまだに面倒な読み替えを使うソルミゼーションがある、と嘆かれているとおり、余命が長いものでした。

 フランドルの音楽家たちも、もちろん基本的にこの方法によるソルミゼーションを身につけていました。これらは、当時の音楽鑑賞や演奏には不要に見えますが(そして実際分からなくても十分楽しめます!)、曲のいくつかはこのヘクサコードによるソルミゼーションを利用した技法を用いたものもあるので、知っておく事は決して損ではないと思います。ここでは彼らが習ったであろう、基本的な「手」を見てゆく事にしましょう。



中世・ルネサンスのソルミゼーションの基礎

 ヘクサコードの説明の前に、楽譜の歴史についても少々知っておかなければなりません。まず、楽譜はその起源においては、現在のように音程や音価を正確に転写するものではなく、聴いた感じを何となく線状にするところから始まりました。ですから、この頃は聞き覚えが基本でした。実際、初期のグレゴリオ聖歌の「楽譜」のいくつかには、歌詞しか残されていないもの(!)もあります。音をしめす線なり点が書かれた場合にも、歌詞に、旋律の輪郭が書かれただけで、特に音程に関しては、知っている歌を思い出すためのヒントのようなものでした*註1

 しかし、音階は言葉と同じように、それなりのきちんとした体系をもっており、それを正確に反映した転写方法があれば、知らない歌でも読んで歌うことができるようになるであろうことは、既に古の音楽理論家も気付いており、記譜法の発達と平行して読譜の方法が模索されます。

 おそらくそれ以前の様々な音楽理論家・教育者の功績を集約して、一番最初の、センセーショナルな読譜方法の開発者・教育者、ならびに読譜を可能にするための記譜法開発者は、有名なアレッツォのグィドー(グィドー・ダレッツィオ Guido d'Arezzo, 991/8-1033以後)と呼ばれる修道士でした。彼はその著書で、使われる音を客観視し(そのために一弦琴(モノコルディウム)の使用を勧めています)、開発したソルミゼーションの体系をよく理解することで、いわゆる初見歌唱を可能にできると主張しており、実際に彼は短期間で歌手に驚く程の読譜能力をつける事ができたため、遂にはローマ教皇にまで招かれる栄誉を得、イタリアはフェッラーラの近くのポンポーザという田舎の一修道士から、中世・ルネサンスにまで名を残す音楽教育者のみならず、聖人とさえ崇められることになり、その著書Micrologus「小論考」は、音楽理論ならびに音楽教育理論の古典の一つとして、中世・ルネサンスを通して読まれており、デュファイの遺品にも含まれています。

 彼の業績はのちに引継がれつつ拡大され、以下で示すような、中世・ルネサンス期にわたって一般的に使われるソルミゼーションのシステムに発展します*註2

 グレゴリオ聖歌や、極初期のポリフォニーの場合は、音階の構造はまだそれほど複雑ではありません。転調など、今日では必要とされる半音階は出て来ません。音域については、次のΓ(ガンマ)からeeに至る、3オクターブ弱の音域が使用範囲と認められ、また使われる音は次のものでした。

ΓABCDEFGab♭bcdefgaabb♭bbccddee

 この音階の構造は、基本的には今日と同じです。B-C, F-G, e-fとb-c, bb-ccに半音が入ります。また、bとbbには♭がつく事が可能なので、その場合はa-b♭、aa-bb♭に半音が来ます。ですが、他には臨時記号は使われません(例えばf♯などは使用されません)。また、一番下のBについては、B♭はありません。グレゴリオ聖歌などでは、これらの間の音程が取れさえすればよいので、最初の読譜法の課題もこれらの音を取るだけのものでした。

 <註>このシステムは本来はAから始まるものでした。オクターブ上のaから小文字、そのオクターブ上のaaからを文字を二重にしてゆくのはそのためです。一番下のΓ(ガンマ)はのちに加えられたものですが、ここにGを置くと、Gが二回使われることになるため、ギリシア語にされています(一部の中世・ルネサンスの理論家は、音楽の発明者であるギリシア人に敬意を表するためと解釈していますが)。

 多分、昔の理論家たちも、上の使用される音全てに(つまり現代のドレミファソラシのように)名前をつけることを考えたことはあると思います。また、グィドーはどうも上のアルファベットをそのまま使っていたようです。しかし、そうしなかったのは、bには♭がつく場合と、ナチュラルのままの場合があっても、旋律の中はb-b♭がすぐに隣り合ってあらわれることは決してない(多少離れてならある)ので、Bに二種類も名前をつける気にはならなかったことがあったと思われます。もう一つ、見過ごされない理由の一つは、簡単に全てに階名を振り分けてしまうと、現代ではファ-シ、あるいはシ-ファであっさり取れてしまう、3全音(tritonus)と呼ばれる増4度、減5度の音程(つまり、全音を3つ重ねた音程)が取れてしまうためだと思われます。この音程は、中世では悪魔の音程とまで呼ばれ、嫌われていたものでした。

 さて、これらの問題を効率良く処理するのは、ソルミゼーションの時に、現代のシにあたるものを用いない(つまり、bとb♭を用いない)方法でした。まず、c〜aの間にあてはまるような、ut, re, mi, fa, sol, la の6つの音階名をあたえます。これは、ut=re, re=miの間は全音、mi-faの間は半音、fa=sol, sol=laは全音、つまり、ut=re=mi-fa=sol=laという組み合わせです。*註3

 これは6つの音階からなるので、ヘクサコード(ヘクサは6を意味します)と呼ばれます。このヘクサコードut=re=mi-fa=sol=laはc=d=e-f=g=aにそのまま対応していますから、c〜aの音程間は問題なくとれます。この間の音程を取るためのヘクサコードは自然ヘクサコードと呼ばれます(次の表では黄色で表されています)。

 それではbとb♭の音程が出て来る旋律を取るにはどうするかというと、b-cの半音、あるいはa-b♭の半音を、mi-faと読むように、ヘクサコードを移動させてやります。

 b♭の場合は、fからutを開始するヘクサコードを用います。つまり、f=g=a-b♭=c=dにut=re=mi-fa=sol=laを対応させます。これを柔ヘクサコードといいます(後から出て来る表では薄いピンクで表されています)。

 一方、bナチュラルの場合はgからutを開始するヘクサコードを用います。g=a=b-c=d=eに、ut=re=mi-fa=sol=laを対応させます。これを硬ヘクサコードといいます(後から出て来るの表では濃いピンクで表されています)。

 音域が一つのヘクサコードではおさまらないときには、これら3つのヘクサコードを入れ替えながら音を取ります。これを読み替え(ムーターツィオー)といいます。つまり、ヘクサコードのどこかの音で、それよりも音域が高い(あるいは低い)新しいヘクサコードへ移行するわけです。この時、新しいヘクサコードに、bかb♭かの、どちらを含むかによって、新しいヘクサコードを始める位置が異なります。

 例えばC=D=E-F=G=a=b-c を取るとしましょう。この場合は、b-cの間の半音を取るように、途中で硬ヘクサコードに入れ替えます。つまり、前半のC=D=E-F=Gは ut=re=mi-fa=sol と取りますが、Gではsolの音を取りながら、これをutと読み替えて、G=a=b-cをut=re=mi-faで取ります。つまり、C=D=E-F=G=a=b-cは、 ut=re=mi-fa=sol/ut=re=mi-faと読みます(以下も同様に、読み替えされる場合、sol/utという具合に表記します)。b♭をとる場合、例えば、C=D=E-F=G=a-b♭=cを取る場合は、柔ヘクサコードに入れ替えます。つまり、ut=re=mi-fa/ut=re=mi-fa=solという具合になります。

 上で示した、グレゴリオ聖歌に使われる音域に、これらのヘクサコードを当てはめ、読み替えの可能性をまとめた表は次のようになります。

ΓABCDEFGab♭bcdefgaabb♭bbccddee
utremifasolla
自然utremifasolla
utremifasolla
utremifasolla
自然utremifasolla
utremifasolla
utremifasolla

 基本的にはこの表さえあれば、読み替えを使いながら簡単な読譜の原理は身につけられます。要は音階名の重なっている部分、つまりcだと、sol fa utが重なっていますから、そこの部分でsol/fa, sol/ut, fa/utなどに音を読み替えてやります。

<註> 具体的にはこれをどのように実践したのか、実はあまり良く分かっていないようですが、実際に声に出して歌う際には、普通の部分は一つのヘクサコードのみの音階名を歌い、読み替えの場合は、移行前と後のヘクサコードによる階名を両方とも歌ったか、どちらか片方のみを歌い、片方は頭の中だけで歌う、という二つの方法が取られたようです。つまり、C D E F G a b cを取る場合、Fのところでfa/utの読み替えをするなら、ut re mi fa ut re mi fa という具合に、Fにあたる音の所で両方を歌うか、ut re mi ut re mi fa のように、片方は声に出さずに歌っていたようです。例えば16世紀のGeorg Rhauは両方をあげていますが、後者を勧めています。

 以上で読み替えの理論はほぼ全てですが、ここまで文字で書いたのを見てわかるように、多分ここまでを全くの無知識で読まれたかたなら、もう一度最初から読み直したくなるでしょうし、場合によっては投げ出したくなることでしょう。我無人もやっぱりそうでしたがo(_ _)_ 、きっと当時もおそらくそうで、いくら頭が柔らかいとはいえ、少年合唱隊員に理屈だけでこの方法を学習させることは難しく、記憶するにより効率的で、かつ学習意欲を引き出す教授法の開発を目ざしました。その一つは、「」、あるいは「グィドーの手」と呼ばれるもので、上の表を手の上に置き換えるものでした。

手
ΓABCDEFGab♭bcdefgaabb♭bbccddee
utremifasolla
自然utremifasolla
utremifasolla
utremifasolla
自然utremifasolla
utremifasolla
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 もう一度表もあげたので、「手」と見比べてみて下さい。上の表の左端のΓ utは、この「手」の親指の一番頂点に来ます。それぞれ、上の表を縦に読んだものがその一つ一つの部分に置かれ、A re、B mi、...G sol re ut、...となります。その他も、図に書いた線で辿れるように、関節と指の頂点をぐるぐる渦巻き状に辿りながら置かれています。ただし、b♭fa と b mi (小指の頂点)、bb♭fa と bb mi (薬指の第2関節)は、同じ部分に置かれます。そして一番最後のee laのみは中指の頂点の外側に来ることになり、これだけは手の中には書かれません。

 それぞれの位置に、このシステムの読み替えの可能性が書かれているわけですから、読み替えの際の最大の難関、どこでどう読み替えたらいいのか分からなくなるという問題は、「手」を見さえすれば解決されます。また、これを右手の指でさす、という表現が出て来るところから、指でそれぞれの場所をさしつつ、教授したり、生徒もこれを使って、自分で復習なども出来たのでしょう。

 もちろん、現代人にしてみれば、なぜ「手」であるか、という疑問は出てくるでしょう。我無人も最初はそう思っていましたが、実際に「手」を作ってみると、基本的には上の表の置き換えだといっても、記憶の頼りにするものが余りにもなさ過ぎる無味乾燥な図式よりは覚えやすいことに気がつき始めました。また、学習者の手そのものに書き込む事ができるので、その気になればどんな時でも復習できる利点は大きいはずです。一定期間、才能ある教師が集中的に「手」を使って学習させるなら、複雑な読み替えの規則といえども、生徒も自在に駆使できるようになったでしょう。

 それから、これは想像ですが、この「手」は恐らく読み替えを学ぶ以上に、視覚的に音程を取るのにも役立ったと思います。実はこのシステムでは、どう読んだら分からない音程も出て来ます。図を見ても分かるように、最も大きい跳躍は6度、つまりut-laの跳躍ですが、それ以上は取れません。g sol re ut、あるいはf fa utなどのように、laへの読み替えができない部分では、6度下の跳躍が来る場合は、音を取れません。同様、utへの読み替えができないところでは、逆に6度上の跳躍は音を取れません(A reやa la mi reなど)。さらには、5度でも、e-b(ナチュラル)の音程は、完全5度にも関わらず取れません。もちろん、おそらくこのシステムの本来の目的の一つですから、増5度(e-b♭、f-bなど)や減6度(b-f)も取れません。

 では、実際にこのような音程が取れなかったか、となると、恐らく取れたのだろうと思います。つまり、「手」を用いて、読み替えを使いながら自由自在に音程を取ることができれば、理論的には取れない音程でも、読み替えを使いながらその目的の音まで音階を歌って音を見つけて、それから「手」で視覚的な援助も使いながらその音程を記憶することができます。例えばシステムが禁止しているB mi (親指第1関節)-F fa ut(小指第1関節)の減6度の音程ですら、読み替えを使って音域を辿って(mi-fa/ut=re=mi-fa という具合に)音を見つることは可能だと思います。さらに学習が高度に進めば、ひょっとするとヘクサコードに頼る事なく、「手」の位置から直接音を取ることも出来たかもしれません。

 これ以外にも、この「手」は恐らく教授法として現場で様々な使われ方をし、恐らくはその教育現場それぞれで独特な方法が「発見」されていたのではないかと思われます。この可能性を秘めているところも、「手」が中世・ルネサンスを通じて優れた教授法と認識されていた理由であろうと思います。ともあれ、「手」は中世・ルネサンスではソルミゼーションの代名詞と見なされるほど、読譜のための中心的役割をはたしてきたのです。



ソルミゼーションの実例


 理屈だけでは実際にどのようにソルミゼーションされたかは分かりにくいので、実際の例をあげてみます。グレゴリオ聖歌の四旬節のコンムニオの一つ、Iustus Dominus「主は正義なり」を見てみましょう。楽譜は現代譜に直してあります。

グレゴリオ聖歌Iustus Dominus「主は正義なり」( MIDIを聞く)

Cantus Gregorianus Iustus Dominus with hexachord

 音域はbナチュラルを含んでいますから、この曲は最初は硬ヘクサコード、つまりGからut re mi...と始まるヘクサコードで読まれます。3段目まではこのヘクサコードで読む事ができますが、3段目の最後の音符にFが出て来ますから、その前にその下のヘクサコードに移行しなければなりません。ここでは3段目のうしろから三番目の音符のG (つまりG sol re ut)で自然ヘクサコードに移行し、ut/solの読み替えをしています(もちろん、ここではfより下は出ないので、柔ヘクサコードへの移行、つまりut/reの移行も可能です)。4段目の5番目の音符ではcが出て来るので、このヘクサコードでは取れませんから、その前にその音がとれるヘクサコード、つまり最初の硬ヘクサコードに移行します。ここでは4段目の4番目の音符G (G sol re ut)でsol/utの読み替えをしています。そのあとで、今度はb♭が4段目の後ろから6つ目の音符で出て来ますから、その前に柔ヘクサコードに移行しなければなりません。今度は4段目の後ろから8つ目の音符G (G sol re ut)で、ut/reの読み替えをします。

 実際にやってみて、どこで以降しれば良いのか、疑問に思われるかもしれません。一般的には、可能な限りそのヘクサコードで取り、読み替えしなければならない時は、可能な限り早く新しいヘクサコードに移るようです。個人的には、好きな場所でいいような気がしますが、後に旋法によって読み替えの仕方が固定化されてくるなど、一般に理論家は統一したいようです。この背景には、おそらく多人数でソルミゼーションをする場合に、各自思い思いの場所で読み替えるわけにいかない、というのがあると思います。



ルネサンスのソルミゼーション


後でこの部分はかなり書き換えると思います。暫定版として読んで下さい。

 これで基本的な読譜の方法は実は殆ど説明し終わったことになりますが、最後にルネサンス期での使われ方の特別なものをあげておきます。

 ポリフォニーでは、臨時記号は既にbにつく♭のみならず、cやfの♯、eやaの♭も一般的になってくるだけではなく、カデンツァのためには他の音にもシャープ(あるいは♭)などがつく場合が出て来ます。これらの問題を解決するため、fの♯を取るためにはDから始まるヘクサコード、つまりD=E=F♯-Gをut=re=mi-fa ととる方法、あるいはb♭から始まるヘクサコード、つまりb♭=c=d-e♭をut=re=mi-fa ととる方法などが出て来ます。ルネサンス期では、さらに二重フラット(♭♭)なども出て来る例がありますから、全ての音からヘクサコードを始めることも行われていたのではないかと思います。その一方で、臨時の♯や♭はヘクサコードを変えずに直感的に半音下げて取る方法もありました。*註4

 跳躍におけるソルミゼーションでは、4度、5度、オクターブの跳躍をする場合に同じ名前で跳躍する方法が取られていたようです。例えば、オケゲムの有名なミサ・ミ・ミのバスの冒頭、EAAEF...は、la re re la/mi faでなく、mi mi mi mi faという具合です(このためにmi-miという名前がつけられています)。

 音域の点でも、ルネサンス期では手の範囲以上に幅広い音域が使われるようになりました。音楽理論家のティンクトーリス自身、バッスス声部でΓの下のCが出て来るミサ曲を作っています(Missa sine nomine)。そうした音域を歌うために、他の音域の類推でムーターツィオーを行っていたようです。つまり、

 もう一つ、重要なことは、旋法がdiapente(5度)とdiatessaron(4度)の結びつきと解釈されるようになった結果、このヘクサコードの読み替えの方法が、それぞれの旋法の読み替え方法が定まって来る点ですが、これについては旋法についての知識が別に必要になるので、また別のページで改めて述べることにします。例だけをあげておきますが、たとえば第1旋法(ドリヤ)は、D=E-F=G=a=b=c-dの音階で、終止音はDですが、これはD=E-F=G=aとa=b=c-dの組み合わせと理解され、これはre=mi-fa=sol=la/re=mi-fa=solと取られることに決まって行きます。これについては写本に挑戦!番外2の該当箇所を参照下さい。

 このような拡充はありましたが、ルネサンスでも基本的にソルミゼーションの方法は、中世に一般に行われていたものと本質的には変らなかったようです。根本的にソルミゼーションの方法が変ってゆく、つまり、bにシが当てられるソルミゼーションになるのは、ルネサンスそのものが終焉を迎えるとき、つまりルネサンスの中にあった中世的伝統が消えてゆく頃と時を同じくしていました。

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註1 この表現は正しくないかもしれません。現代のグレゴリオ聖歌の研究では、音程は確かに不確かなものの、線上のネウマを使った楽譜作成者は、現代一般に使われる音符や、角形ネウマよりも、より細かい音価的なニュアンスを区別しようとしていた、としています。そのニュアンスを再発見するための研究は、グレゴリオ聖歌セミオロジーという分野になっています。 (本文に戻る)

註2 有名な「グィドーの手」も含めて、グィドーによると後世で言われている(また、現代でも言われている)ソルミゼーションの方法は、彼には由来しません。グィドー自身は、ut re mi fa sol laの起源になった聖歌ut queant laxisの使用を提唱(註3参照)、音域の設定(これも本当の提唱者は恐らくグィドーのみではないでしょう)、ソルミゼーションに必要な音楽理論の限定など、ソルミゼーションを行うための様々な知識のまとめ役というべきかもしれません。とは言え、彼は彼の行った目覚ましい教育成果を通して、適切な記譜法と教授法でその方法が普通の合唱隊員にも十分教えることが可能であるということを世に知らしめ、それによって後の記譜法とソルミゼーションの発展を促進した重要な人物で、彼なくしてはその後の記譜法の発達は少なくとも大分遅れていた事でしょう。後で説明するヘクサコード、ムーターツィオーなども、彼の著作には見つかりません。彼自身は、少なくとも書かれたものの中から分かる範囲では、ソルミゼーションにもut re mi fa sol laも使っておらず、ローマ字によるものを使用していたようです(彼の著書の中に出て来る楽譜は歌詞の上にアルファベットを並べるタイプです)。CDEFGab...を使っていたことになりますから、原理としては現代と同じヘプタコードのソルミゼーションだったということになります。「グィドーの手」は、ひょっとすると彼は、音域の認識の一助として用いていたのかもしれません。「手」では、後ので出て来るとおり、最後のeeは中指の外側にあり、手の中には書かれません。これは明らかに一番最後のヘクサコードのlaをeeに置くために、後に追加されたことを示しています。グィドーの設定した音域は、後で示すものと同じですが、ただeeのみは音域に含まれていません(つまりΓ-ddまで)。おそらく後の理論家は、グィドーが何か別の目的で使っていた「手」を、後に開発されたヘクサコードの理論とともに、彼に帰したということになるでしょうか。(本文に戻る)

註3 このut, re, mi, fa, sol, laの起源は、グイドーが初見歌唱について書いた「知らない歌についての書簡」のなかで、歌を記譜する際の手助けとして便利な歌としてあげている、Ut queant laxisという聖歌に由来するものです。

    Ut queant laxis resonare fibris mira gestorum famuli tuorum solve polluti labii reatum, sanctae Joannes.

 この歌詞の各々の節の一番最初の音節(太字にしています)が、ちょうどCDEFGaにあてはまります(midiでは、各々の音の始まりの前に休符をはさんでいます)。これはグイドーはソルミゼーションの時に使うものとはしておらず、後の誰かがこの冒頭をヘクサコードに使い始めたようです。(本文に戻る)

註4 これらの、b♭以外の臨時記号のついた音は、「グィドーの手」にない(「手の外側の」extra manuと呼ばれる)音として、ムジカ・フィクタと呼ばれ、「グィドーの手」にある従来の音はムジカ・レクタと呼ばれていました。現代では、楽譜に書かれている臨時記号はムジカ・レクタ、それ以外の慣習的につけられる臨時記号はムジカ・フィクタという慣習になっていますが、これは当時の用語ではありません(写本に挑戦!ではムジカ・フィクタは現代での用法です)。(本文に戻る)

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参考文献:
1. "Solmisation", "Guido d'Arezzo" in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2nd Ed. 2001.

2. Guido d'Arezzo, Micrologus. in TML(10世紀).

3. Guido d'Arezzo, Epistulae de ignoto cantu. in TML(10世紀).

4. Johannes Tinctoris, Expositio manus. in TML (15世紀).

5. 上の英訳つきヴァージョン.

6. Georg Rhau, Enchiridion utriusque musicae practicae. in TML(16世紀).




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