アントワーヌ・ブリュメル
Antoine Brumel
1460年頃生-1512年頃没



MIDIサンプル


死者のためのミサ (レクイエム)
Missa pro Defunctis (Requiem)

入祭唱
Introitus
(5' 37)

キリエ
Kyrie
(3' 38)

セクエンツィア「怒りの日」
Sequentia "Dies irae"
(14' 33)

サンクトゥス
Sanctus
(2' 54)

アニュス・デイ
Agnus Dei
(2' 49)

聖体拝領唱
Communio
(2' 47)

モテット「あたかも茨の中の百合のごとし」
Motettus "Sicut lilium inter spinas"
(1' 37)


モテット「平安を与え給え」
Motettus "Da Pacem Domine"
(2' 33)


マニフィカト[第一旋法]
Magnificat [primi toni]
(5' 22)
グレゴリオ聖歌の部分は後ほど追加する予定です


モテット「汝の加護のもと」
Motettus "Sub tuum praesidium"
(2' 04)


ミサ断片「ベネディクトゥス」同一旋律のフーガ
Mass fragment "Benedictus fuga ex una"
(0' 50)


モテット「おお、主たるイエス・キリストよ」
Motettus "O Domine, Jesu Christe"
(1' 53)


ミサ「見よ、大地の揺れ動きを」(12声)
Missa Et ecce terrae motus (a 12 vocibus)
キリエ
Kyrie
(4' 55)


ミサ「武装せる人」
Missa "L'homme armé"
全曲
(33' 24)

キリエ
Kyrie
(3' 40)

グローリア
Gloria
(6' 51)

クレド
Credo
(8' 51)

サンクトゥス
Sanctus
(7' 49)

アニュス・デイ
Agnus Dei
(6' 07)




生涯


 アントワーヌ・ブリュメルは1460年頃、フランスのシャルトル(パリの西南100kmほど)という町の近辺で生まれたと考えられています。

 おそらくは、ルネサンス最大の天才作曲家ジョスカンの弟子で、フランドル楽派の主要作曲家の一人です。他のフランドルの作曲家達がそうであったように、各地を転々としており、最初はシャルトルの大聖堂(1483年)、エーヌ(Aisne)大聖堂に勤め、ジェネーヴ(Geneva 1486-92年)、ついでラン(Laon1497年)、さらに1498年パリのノートルダム寺院では少年合唱隊の指導の責任者となっています。そしてシャンベリ(Chambery 1501年)、サブォワ(Savoy 1501-1502年)にいたことが確認されていますが、最終的には1506年に、ジョスカンとその後任オブレヒト(c.1450-1505)が勤めた、フェッラーラの宮廷の聖歌隊合唱隊長として任命されるという栄誉を得ましたが、この合唱隊は1510年に解散され、その後ブリュメルがどうなったのかは良く分かっていませんが、数年で病死したようです。没後には彼の死を嘆く追悼曲が多く残されており、このことからも彼の同時代の名声が非常なものであったことが伺えます。

 彼の名声を特別に高めたのはミサ曲「見よ、大地の揺れ動きを」(Missa "Ecce terrae motus")で、当時としては12声部という異常な声部数の多さで、これはヨーロッパ中でセンセーショナルを巻き起しております(この作品は現代でも非常に注目されており、David Munrowが1970年代にGloriaを録音した名盤ののち、すでに3枚も全曲のCDが出ています)。

 その他の曲は殆ど4声の曲ですが、それらもこの大作に劣らない、ブリュメルならではの個性的な魅力があります。フランドルの音楽家は、ジョスカンが完成させた、旋律を全ての声部で模倣し続ける通模倣様式を受け継いで行きますが、ブリュメルはそれをあまり多くは用いていません。むしろ複雑なリズムや跳躍に満ちたメロディーを駆使した対位法を駆使するのが真骨頂であると言った方がいいかもしれません。しばしばそのような複雑なメロディーのカノンに、反復的音形を持たせて、非常に短かい間隔で繰り替えさせ、時には自在にその間隔を伸縮させつつ、引き延ばされた定旋律にからめたりすることで、魅力的な独特のエコー効果を出しています。

 その一方で、フランドルの作曲家がそうであったように、彼はイタリア風の非常にすっきりした和声的進行に徐々に傾倒していく一方、またそのような和声進行を本来の複雑なリズム構成と対比させることで作品の起伏も生み出しています。

 当時の証言では、唯一ジョスカンに比肩できる作曲家であるとも言われており、現在入手できるCDが僅かなことを考えると、ブリュメルもまだまだ評価されていない作曲家だと思います。



CDその他


Chanticleer:
Antoine Brumel, Missa Berzerette savoyenne.
Chanticleer Records CR-8805.

 ブリュメルのMissa Berzerette savoyenneは、ルネサンスのミサのジャンルの一つ、パロディミサに当たります。これは既存の曲の旋律だけでなく、構成などもそのまま借りて来て(もちろん独自の加工もするのですが)ミサを作るというもので、このミサ曲ではジョスカンのシャンソン「サヴォワの羊飼い娘」Berzerette ssavoyenneの素材を借りています。

 このCDでは、元になったジョスカンのシャンソンの後にミサ曲が始まります。シャンソンを頭に入れて聴くと、メロディーや構造が至る所で出て来て、その度に長さを倍にしてあったり、声部が違う所ででてきたり、メロディが逆行して出て来たりしており、パズルを楽しんでいるような面白さがあります。さらに元の曲によらない、ブリュメル独自の部分では、ブリュメルならではのエコー効果の効いている部分などもあって、それがシャンティクリアの柔らかいサウンドで実に美しく歌われています。柔らかくも美しいアニュス・デイが終わると、何とも言えない充実感が味わえます。

 ミサの後に収録されているモテットもまた、ブリュメルの魅力に満ちた珠玉の名品ぞろいです。なんと言っても美しいのは、このHPでもMIDIで紹介しているSicut lilium inter spinasでしょう。2分にも充たない曲ですが、歌詞に相応しく官能的なまでの美しいハーモニーが聞けます。その後の、旧約聖書のエレミア哀歌に曲をつけたHeth. Cogitavit Dominusは、今度は男声のみの曲ですが、これもシャンティクリアは切々と、ユダヤ人が背徳によって神の怒りを買い、エルサレムを追われることになる宿命を嘆く預言者の言葉を、なにか諦めのようなニュアンスをだしながら歌って行きます。

 ブリュメルのレコードは本当に僅かしか出ていませんが、このCDはブリュメルの魅力を味わうには格好の録音です。ブリュメルで一枚CDということになると、まずこれをお勧めします。



Paul van Nevel指揮Huelgas Ensemble:
Brumel: Missa "Et ecce terrae motus", Sequentia "Dies irae, Dies illa"
Sony music SMK 89613.

 ブリュメルの数ある曲の中で、最もセンセーショナルな12声のミサ曲の全曲としての世界初録音であり、またこのアンサンブルのデビューアルバムがこのCDです。

 全体として、この画期的なミサ曲の初演に相応しい、実にレベルの高い演奏であると思います。この曲は音域は異常なまでに広く、音の跳躍も頻繁で、演奏はかなり難しいはずで、一通りになるのすら容易ではないはずです。以下は多少気になるところを挙げますが、この完成度の高さをおとしめるためでは決してないので御注意下さい。

 まず、ところどころ、Diminution記号がついているはずの部分が、必要以上に遅いのが気になります。キリエでは、クリステの部分が遅すぎです(拙MIDIでは第一キリエの倍のテンポよりは少し遅くしています)。同様にグローリアでも、qui tollis peccata mundiのところも遅すぎで、ここではブリュメルに特徴的な、同一の旋律を短い感覚をおいて反復させるエコー効果を狙っているはずなのですが、遅すぎるために効果が薄れています。そうでなくとも、全体として、もう少し早めのテンポが似合っているのではないかと思います。実際早めのテンポで歌われているところのほうが、ブリュメルらしい響きがよく出ています。

 それと、解説ですが、やや古い定説にしたがっているのか、没年を1520年頃に置いていますが、これは今は1513年頃となっています。また、Ferraraの職について、"Brumel's predecessor was none other than Josquin (...)"(ブリュメルの前任者はジョスカンその人であった)と書いていますが、実は前任者はジョスカンの後を継いで、当時流行していたペストで死んだオブレヒトですから、これは間違いでしょう。

 この壮大なるミサの後に演奏されている、セクエンツィアは、本HPでMIDI化している「死者のためのミサ曲」の中のものです。これはベルリオーズの幻想交響曲で有名な「怒りの日」の史上初めてポリフォニー化したものです。ここではふんだんに器楽を織りまぜながら演奏しております。これも世界初録音という点では歓迎できますが、こちらの方には少々不満を多く感じます。まず、器楽演奏そのものの問題はさておき、器楽で一節を演奏してから同じ部分を声楽で繰り返すというのはあまり当時の姿とは思えません。グレゴリオ聖歌で歌われる偶数節を、即興で和声を付けて演奏していることで、これも興味深いですが、只でも長い全体が繰り返しでさらに長くなっている上、「死者のためのミサ曲」のコンテクストから切り離されて演奏されることの意味は少々分かりかねます。ブリュメルにはまだいくつもの未録音の単独作品がある訳ですから、それらではよくなかったのかと思います。

Dario Tabbia指揮Insieme vocale DALTROCANTO:
Il Codice di Staffarda.
Opus 111, OPS 30-162.

 このCDの題名は「Staffardaの写本」という意味です。このStaffordaは小さな田舎町で、この町がSavoy公国に属していた15世紀後半から16世紀初頭までに作られた写本にあるレクイエムと、ブリュメル作のミサ曲がこのCDには録音されています。

 レクイエムはEngarandus Juvenisという、他に2曲のみが知られている他は殆ど知られていない人物の作品ですが、これは非常に面白い問題を提起しています。この作品は15世紀の終わりに作られたようですが、「怒りの日」の続唱も多声化しているのです。従来は1516年に出版されたブリュメルのレクイエムの「怒りの日」(拙作MIDI参照)が最古とされていたのですが、Engarandus Juvenisの作品のほうがどうも古いようなのです。全体としては非常にすっきりとした透明感のあるミサ曲で、オケゲム、ブリュメルらの作品に比べても遜色のない作品だとおもいます。演奏はミサの祭式に即して演奏され、多声の部分に加えてグラドゥアーレ、オッフェルトリウム、コンムニオがグレゴリオ聖歌で演奏されます(トラクトゥスは省かれていますが)。全体として無理のない自然な歌唱で、この隠れた名作を世に出すに相応しい演奏だと思います。

 さて、ブリュメルのミサ曲はジョスカンのA l'ombre d'ung buissonetに基づいたパロディミサで、全体で約15分にしかならない短いミサ曲ですが、ブリュメルにおよぼしたイタリア的要素がはっきりと見て取る事ができる魅力的な曲です。この演奏ではあまり明るさのみを出さず、ゆっくり目にどこかアンニュイなニュアンスをかもし出しながら歌っていますが、これはこれで成功している演奏だと思います。

 どちらの曲も世界初録音であることは間違いないのですが、解説が歴史的な側面に集中しており、曲そのものの記述があまりにも少ないのがすこし残念でした。




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