富井明 展 「もうひとつの旅行」日誌 (文:富井明) |
| ■1月8日 |
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展覧会が終わった。
関係者一同つどって打ち上げのようなことをした。
なぜかベーグルがたくさん。
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展覧会に、この日誌を読んでから来てくれた人もたくさんいて、
帰った後に読んだ人も多分いて、インターネットの時代なんだなあと思う。
でも、インターネットと絵はとても親和性が低いと、よく感じている。
たとえば、この絵の画像でも、
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それなりに雰囲気は伝わるかもしれないけれど、
絵を買いたくなるほどのものではないと思う。
もっとすばらしい作家の作品でも、事情はそう変わらない。
やはり実物を見なければわからない。
ところで、家のいちばんいい場所にあるのはパソコンだ。
どうしてもしなければならない仕事はあるから、その前で毎日、長い時間を過ごす。
でも、大して意味のない情報をあさっている時間も長い。
インターネットにはどうしても警戒的になってしまう。
とはいえ、できればこの時代にあった柔軟な表現をしたい。
また作品を作り、発表し、その期間だけの日誌を、こうして書こうと思う。
ここでいくつかのお礼を。
まず、このスペースの存在を教えてくれた言水制作室の言水さんに。
「1号室|2号室」を美しく維持し、こころよく使用を許可してくれた中村さんに。
ここで展示をすることは結果として、中村さんの行き方や、
自由というものについての考え方を仄聞し、
意識しながら展覧会を運営することでもあった。
来廊して、この未熟な作家に励ましの言葉と無言の批判を与えてくれた、
知人、友人の皆様と、家族に、この場を借りて、心からお礼を申し上げます。
とりわけ、僕を育ててくれた神保町の人々に。
そして、あらゆる場面で支えてくれた優しい<K>に。
彼女なくしてこの展覧会はなかったから。
では当分の間、サヨウナラ。
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| ■1月7日 |
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殺し屋が来た、わけではない。どちらかというと正義の人。
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| ■1月6日 |
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神保町は大雨のち曇り。ことのほか寒く、お客の少ない一日。
画家は芸人だなあと考える。
芸人だから、うけたい。
たとえば笑いをとったり、泣かせたり、考え込ませたり、したい。
画廊に画家=自分がいると、つい、お客のそぶりを気にしてしまう。
けれども絵という芸は、その絵がどこかの家の壁に掛けられれば、
それから何年も見られつづけるという種類の芸だ。
たかが絵空事の「絵」だから、こんな風に見てほしいというものはない。
「この絵は・・・に見える」と、思いもよらない解釈をつきつけられると、
興奮してしまう。絵が、描いた当人にもまったく違って見えてくるからだ。
そうなると、何日か前に書いた「伝えたいこと」は、どうなるのだろう?
「画家になる」というのはどういうことなのかを考えはじめた。
画家も芸人なら、まず謙りたい(「へりくだる」はこう書くんだって)。
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| ■1月5日 |
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絵の値段はどうやって決めればいいのだろう。
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| ■1月4日 |
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今、目の前で起きていることを書かないと、
書くことを通じてそれを考えたことにはならない。
書くのはいいけれど、身近な話題であるほど下世話な関心ばかり買うことがある。
おおやけの文章には、ある程度の抽象性がないと、文章も書き手も耐久しない。
個人的な体験を、誰にでも起こることとして書いて、
関心を書き手の方ではなく、読み手の内側の方向へと向けるような仕事にするのが、 書き手の腕の見せ所ということだろうか。
黒々としたビルの谷間に差し込む冬の陽光が、
窓ガラスを光らせて、黄色くこちらを照らす。
神保町は今日も晴れ、なにごともなく。
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| ■1月3日 |
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床が抜けたりしないか? と思った(写真参照)。
今日、話しながら考えたこと。
文章は、書きたいだけ書いたら、
行数を減らすために引き算をしなければならない場面が出てくる。
短い文章を頼まれたら、引き算につぐ引き算をする。
大事だと思うことがらを絞って、人に伝えるために。
絵は、引き算をしていくと、消えてしまいかねない。
絵は目を楽しませるものなので、どこかで足し算をして豊かさを持たせたい。
どんなに内容を盛り込んでも、絵一枚の大きさは決まっているのだし。
たくさん人が来るときは一瞬。あとの時間は自分に残される。
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| ■1月1日 |
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昼間はお客が来ず、たまっていた資料を読んだり、日記数日分まとめて書いたり、
なんだか休日の自宅での過ごし方と大差ない。
夕方、とつぜん友人達がきてくれて、
ひたすら飲む。毎晩こんなことをしていると持たないな。
しばらく酒は置かないことにするけど、楽しかった。
壁の作品にあまりに「とっかかり」がないみたいだったので、
タイトルをつけはじめる。本来は作品の出来のよしあしが問題なので、
まさに悪あがきである。
これから個展を開くこともあるだろうし、
そう考えながら作品を作る生活になるんだろうと思う。
今回の個展まで8年。それなら次の展覧会まで、また8年かかるだろうか。
8年前に制作を終えた作品が、きょう画廊に来る人と共有されうるのか?
「終わった作品」を見てもらうことの意味は?
伝えたいことは?
個展二日目、手ごたえなく模索する。作品を2点買ってもらった。
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| ■12月31日 |
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ついに初日。友人知人、多数。
撃沈。
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| ■12月30日 |
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初めての展覧会なので、わりに時間をかけて準備した。
今日は絵の値段の決定と、部屋の掃除。
「男の子モード」になっているバックヤードは布で隠して、極力人目につかないように。
「1号室|2号室」は古いビル、というより木造アパートのような建物に入っている。
伝統工法でもPC造でもない、ブロック造というやりかたで建っている。
なんと言うか、ふにゃっとしている。
一歩入ればわかるタイムスリップのような感覚は、来てのお楽しみ。
事情を知らない人は、広いホワイトキューブの部屋で、
黒いスーツにぴったりしたタートルネックを着た作家が待っていると思うかもしれない。
そうではない。名もないスニーカーに、もらったジーパンに、
もらったジャンパーに、5年越しのメガネをかけたあやしい人が待っているのだ。
紙コップにお茶を注ぎながら。(少し誇張しています)
「もうひとつの旅行」、明日は初日。
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■12月29日
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少し早起きして、昨日作った煮物を弁当につめて、展示の準備に行く。
まず、ほかの仕事で作った本を、すぐ近所の左翼書店に持っていき、
飛び込み営業をする。結果、3冊直納。即金がうれしい。
つぎに新宿の画材屋に頼んだ品を取りにゆく。
神保町のいいところは、便利な地下鉄3路線があること、
少し歩けばJRがあること、書店街だから本ならなんでもそろうことだ。
それに、画廊は小粒ながら面白いところが何軒かある。
銀座や表参道のように、見切れないほどたくさんあるのではなく、
エリアが小さいところが、いい。
考えてみると、神保町にはよく来ている。
大学を出て、最初に飛び込んだのが、この街だった。
出版社に勤めては辞めていた20代の初めのころ、
神保町の業界の先輩たちの会社によく遊びに行った。
文章を書くようになってからは、友人たちと一緒に資料を探しに来るようになった。
こうして絵を展示することになって、また神保町に通う。
『神保町系』という言葉はもうあるのだろうか? まだなければ、使いたいところ。
写真は準備中の机の上。オーナーの中村さんの可愛いしつらいがすっかり破壊されて、
「男の子モード」になってしまっている。 じき来廊されるということで、ものすごく気まずい。
展覧会まで、あと1日。
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■12月28日
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展示の準備も2日目。
隣にある言水制作室の言水さんと中華屋に行き、
なんだかなつかしい味のラーメンを食べる。
新宿の画材屋で、額やマットを買う。
細かな指示書を作って渡したのだが、あまりに細かすぎたか、
店員さんはミスを重ねる。なんだか申し訳ない。明日また行く。
御苑前の知人の事務所に行き、最中やどらやきを食べながら、
最近もちあがっている問題を話し合って、DMを渡す。
「大晦日から1月7日? 何を考えているの?」と言われる。それもそうだ。
近所のタイ料理屋でトムヤムクンラーメンを食べる。うまい。
展示作業の続きをして、だいたいめどが立って、帰る。
このところずっと、外食ばかりしていた。
帰宅後、煮物を作ってメールをチェックする。明日は弁当にしよう。
あと2日。
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■12月27日
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今日、ペンキ塗り立ての「1号室|2号室」に、作品を搬入した。
まっさらな紙に最初の一筆を置くのにはいつも少し勇気がいる。
ぶあつい版画用紙がひらたく積まれているのを見ると、
この上に何をしても、結局汚すだけのように思えるからだ。
けれど、それでは見に来る人も立つ瀬がない。
何かを作ることが、常に求められているのだと信じて、展示を始めよう。
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■富井明 展 「もうひとつの旅行」
「テロル」、自由、メディア、戦争、接触、変化。
日々気になっていることばそれ自体は、絵に描くことができないものばかり。 なのにそれらが頭を離れないままに描いている。 絵は淡色から濃色、そして黒へと向かって変わりつづける。(絵画)
2006年12月31日(日)〜2007年1月7日(日)
13:00〜21:00 会期中無休
場所:ギャラリー[1号室|2号室]
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