蚕屋の改修
ガバレの敷地内には、約80年ほど前に蚕を飼うために建てられた家があります。
40年位前までは、人もすんでいました。もちろん蚕の時期には、人は片隅に寝て、
2階建て40坪ほどのスペースすべてが蚕のために使われていたそうです。
 その後、生糸の生産も止めてしまい、蚕屋は人がすむだけの場所となりましたが、
10年前に最後の住人弟くんが結婚して出て行ったあとは、ただの物置と化していました。
3年前に大きいおばあちゃんが亡くなってからは、物置化はどんどん進行してしまい、
ねずみや猫が跳梁跋扈するなにやらもののけ屋敷となっていました。
 ガバレのイベントのたびに、皆さんから、「あの家は使わないの?」「すてきな建物だねぇ」と
惜しむ声が出されていました。
 昔から付き合いのある棟梁さんにもお願いしていたのですが、何しろこちらの意向が「古民家の再生」。
棟梁さんもなかなか手が付けられずにいたのです。
2003年田植えイベントの時、とうとう救世主が現れました。協力隊出身、しかも広美と同郷という設計士の柳本さんです。
 柳本 「このガラスはすごいですね。今買おうと思ったら、ものすごい値段になりますよ。」
ガバレ 「え!子どもたちが庭でキャッチボールして、たくさん壊しちゃったんですけど。」
 柳本 「もう、作れないですからね。貴重ですよ。」
ガバレ 「実は、このうちを使えるようにしたいんですけど、先立つものが無く・・・・、古民家再生と言っても、どの      くらいかかるかもわからなくて・・・・。」
柳本  「じゃぁ、見積もりまでは僕がやってみますよ。図面を描いてみましょう。」

というわけで、話はとんとん拍子に進み、8月には棟梁さんと打ち合わせ、10月初旬に着工となりました。
棟梁 「たいした造作も無いから12月にはできるでしょう。」

でもでも、それからが・・・・。

実は、この蚕屋を立てたのは、今の棟梁さんのお祖父さん。そのお祖父さんとお父さんが家のじいちゃんに
「江原さん、ここは本当にいい木を使ってあるのだから、ただ壊しちゃだめだよ。この材料はちゃんととっておいて使うんだよ。」と言い残していたとか。
10m以上もある大きなうねった材木が、パズルのように組み合わされて、柱や梁となっていました。
骨組みには、釘もあまり使ってありません。壊すのも組み立て直すのも大変な作業となったのです。
棟梁さんにしてみれば、過去からのお祖父さんからの挑戦状というか、生きた教科書というか・・・。





ところで、建築関係の友人の話では、ちゃんとした日本の木は、切ってから300年くらいまでは、どんどん強度を増していくそうです。建てられてから80年ほどの蚕屋は、材料はまだ100年も経っていないわけですから、まだ後200年くらいは強くなっていくということになります。
 梁に使われている木は、太く立派なもので、樹齢100年はくだらないものです。200年以上前のご先祖様が、子孫のことを思って苗を植え、育てた木です。
私たちは、100年、200年後の子孫のために何かを残そうと考えているかと、蚕屋の解体を見ながら、いろいろなことを考えさせられました。



2004年3月30日、いよいよ蚕屋が完成しました。


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