神奈川県の「山の仲間 浮雲」の記録です


山行記録

富士山・滑沢

2016年7月4日



"磨かれた溶岩流が一直線に延々と続く”



 この山行の少し前に偶然に見たある山岳会のブログの記録記事で富士山・滑沢の存在を知った。 そして磨かれた溶岩流が延々と続く写真を見て歩いてみたいと強く思った。 位置は須走口登山道と吉田口下山道との中間である。 富士山の溶岩流のルートとしては執杖流しや不浄流しを歩いているが、滑沢の方がすっきりとしている感じを受けた。 アプローチは須走口登山道だが、須走口は7月9日の山開きを控えていた。 10日からはマイカーでの進入ができなくなる。 梅雨に入ってしまっているが、山開きまでの好天をとらえて単独で出かけた。

 道の駅「すばしり」で車中泊した。 まだ夜が明けきらない4時に起きてしまった。 もう一眠りしてしまうと寝過ごしてしまいそうで、早いが出かけることにした。 星が見え天気はよいが富士山頂には笠雲がかかっていた。

 須走口新五合目の駐車場に着くと同時に陽が昇った。 富士山が赤くなった。山頂の笠雲はやや小さくなったようだ。 車の外に出ると風が強く寒い。 樹林帯に入れば暑くなるのは承知で着込んで出発した。 駐車場は車が多かったが登山道には他に登山者は見かけず静かだった。 いつも思うが須走口は樹林の中を歩くので気持ちよい。

 滑沢に入るアプローチには二通りある。 ひとつは新六合目長田山荘からのコノスジ中途道という吉田口との連絡道。 もうひとつは本六合目の瀬戸館からの御中道である。 滑沢をより下から遡行することができるコノスジ中途道からが登山としては望ましいが、 樹林の中でうっとうしいという情報もあって、快適さ重視で御中道経由のルートをとった。

 御中道の入口は通行止めのロープが張られていた。 小屋の人に声をかけて入ったが、 御中道は一部道が壊れていて危険なので自己責任を求められた。 道はほぼ水平で歩き易く、ルートを示すテープも小刻みに付けられていた。 強風の影響を受けた樺の林の雰囲気がよく気持ちよく歩ける道だ。 15分ほど歩くと道は溶岩流を横切る。 この溶岩流が滑沢だとすぐに理解した。 須走口登山道と吉田口下山路とのほぼ中間だった。 標高は2615m。

 滑沢で靴を履き替えた。 靴はフリクションのよいローカットのアプローチシューズと 下山の砂走りを考慮して古いハイカットのトレッキングシューズと用意していた。 滑沢に入ると、もう土を踏むことはない。 ツルツルに磨かれた岩はフリクションがよく効いた。 岩には下に向かって砂のようなもので擦れた痕跡が明瞭に付いている。 沢は両岸を樹林に囲まれて、巾は5mほどと狭い。 一様勾配でないので上部は見渡せない。 上流に山小屋があるためか時々ゴミを見かけた。 しばらく歩いて後ろを振り向くと眼下に山中湖が光っていた。 その後ろには御正体大と丹沢の山なみが広がった。


 しばらく樹林の中を歩くが、両岸の樹木が草に変わると溶岩流の幅が広がり、視界が広がった。 右手に吉田口の下山路を行く登山者が見える。 吉田口はすでに1週間前に山開きとなり、須走口と違って登山者が多い。 溶岩流の上には砂利は所々に溜まっているが、大きな浮石はほとんどない。 滑沢の上流は登山道となっているので、ヘルメットを着用した。 休憩は上からの落石には注意した。

 1時間ほど登ると須走口七合目の小屋が見え出した。 登山者も見える。 溶岩流はますます幅を広げ、溶岩流の沢芯は周囲より磨かれて色が白くなっている。 私はできるだけ白い部分を歩いた。 登るにつれ傾斜が強くなり、時には足だけではバランスが保てずに手を使った。

 やがて滑沢は須走口の登山道と並行するようになる。 こうなると歩いてはいけないルートを登っているようで後ろめたい気持ちになってしまう。 今まで静かな富士を満喫していて喜んでいた気分がいっぺんに飛んでしまった。 標高はとっくに3000mを越えて疲労も感じるようになった。 鳥居のある本七合目の小屋を左に見る位置で登山道に合流した。 標高は3150mだった。 まだ溶岩流は上に続いているようだが、ここまでとした。
(記事:S)