神奈川県の「山の仲間 浮雲」の記録です


山行記録

丹沢・テシロノ頭北西尾根から檜洞丸

2012年1月25日



”ゴーラ沢源頭の大崩落を過ぎると尾根の傾斜が落ち、アイゼンからワカンに替えた”


 20日の夜に東京・横浜で初雪となった。そして23日の夜には東京で6年ぶりの積雪となった。 自宅から見る丹沢も中腹まで白くなった。 予定していた伊豆でのクライミングが中止になったので、急きょ雪の丹沢を歩くこととなった。 ただ雪の中を歩くのではなく、ラッセルができるコースを考えた。 メジャーなコースはすぐにトレースができてしまうので、マイナーなコースを選んだ。 また東面や北面は降雪直後なので林道が走れない可能性があった。 確実にアクセスできる西丹沢自然教室を起点とするルートからテシロノ頭北西尾根に決めた。 この尾根は西丹沢東沢の支流・ゴーラ沢とヤビキ沢との中間尾根である。

 西丹沢自然教室までの道路は10cmの降雪があったそうだが、道路はすでに乾いていた。 登山届をポストに入れて出発という時に、職員が出勤して来た。 どこへと聞かれルートを言うと、「ホオー」という顔をされた。 そして「ヘッドランプは持っていますか」と聞かれた。 少しの会話から2度目の降雪後には誰も檜洞丸には登っていないらしい。 「時間がかかりますよ」ということだろう。

 ツツジ新道を少し登って、ベンチのある所からゴーラ沢に降りた。 ここは夏にトレースしているので、スムーズに最後の堰堤の上に出れた。 ここからゴーラ沢をしばらく歩かねばならない。 雪に覆われたゴーロの河原は足元が安定しないので歩きにくいことが多い。 ゴーロは完全に雪に覆われ、雪も締まっていたので思いのほか歩きやすかった。 ただ時々の踏み抜きと、ぬめった石に乗っての数度の渡渉は嫌だった。

 尾根の末端は岩場となっているのでヤビキ沢を少し辿った。 雪を避けて水の出ている緩いナメを滑るのではと恐々と歩いた。 濡れるのが恐いので小さな沢形に狙いをつけてアイゼンを付けて尾根を目指した。 下からは容易に見えたルートだったが、上部で氷に覆われたスラブに阻まれた。 左側から一部垂直の草付を必死の思いで抜けると急に傾斜が落ちた。

 尾根は雪が締まっていて歩きやすかった。 樹木も密ではなくじゃまにならなかった。 時間切れ敗退も予想していたが、これなら抜けられそうと思った。 尾根の中ほどからブナの林となった。 この林層がこのルートを選んだ理由の一つだった。

 林は次第にブナの大木が目立つようになった。 背後には富士山が見えるのだが、早くも雲がかかり始めてしまった。 そして大室山が登るに従って大きな山体となって見えた。 雪は膝程度の深さとなった。 これ以上深くなると膝を回して前に出すことが不能となり全身を使うラッセルとなる。 歩く感じでできるラッセルの限界だった。

 やがてゴーラ沢源頭の大崩壊を左に見るようになる。 ここは傾斜が強いのでこのルートの正念場だ。 ここをのぼり切ると傾斜が落ち、雪が粉になった。 Oさんの提案でアイゼンからワカンに換えた。 計画時はワカンを持って行くか迷ったが、持って来てよかった。 歩行が急に楽になった。 テシロノ頭直下はすばらしいブナ林となっている。 時間的にも余裕を感じたので、カメラを出して撮影会となった。

 石棚山稜にはトレースがなかった。 ロープ等の人工物の多くが雪に隠れてブナ林の雰囲気がいつもより好ましかった。 小さく下って少し登るとツツジ新道が合流する。 ツツジ新道には今日のものと思われる新しいトレースがあった。 ラッセルを求めての山だが、疲れた身にはトレースはうれしい。 しかしこのトレースの主は山頂の手前で引き返していて、檜洞丸への最後の登りはまたラッセルとなりペースが落ちた。 山頂が近づくと木に霧氷が付いていた。 右手には蛭ヶ岳から不動ノ峰への稜線が白く輝いていた。

 そして出発から5時間で誰もいない檜洞丸山頂に着いた。予想したより早かった。 ほとんど雪で埋まったベンチの雪を払って始めてゆっくりと休憩した。 こんな小さな山だが不思議と達成感が湧いてきた。 汗が引くと寒さを感じた。そして雪が舞い始めた。

(S記)


1月25日 天気:はれ
西丹沢8:20〜9:10ゴーラ沢〜9:45ヤビキ沢出合〜12:15登山道〜13:15檜洞丸〜15:30西丹沢

メンバー:S、O(山の仲間 浮雲)