神奈川県の「山の仲間 浮雲」の記録です


山行記録

白神(津梅川〜黒滝沢〜ウズライシ沢)

2012年6月14日〜16日



”逆川に下ると川という表現が合うようになり、時々流れは淵となるようになる”


 10数年前に所属したことがある山岳会のMさんから誘いがあったのは山行日が迫ってからだ。 きっと同行者が不足したものと思ったが、参加を前向きに考えた。今年になってから泊りの山が少ないのに不満があった。 その心を満たすには白神の沢旅はかっこうの誘いだった。ところが計画に引っかかった。

 当初の計画は大川のタカヘグリを越えて赤石川上流に入り西股沢から暗門の滝に出る4日間の案だった。 4日間の休みを目いっぱい歩き、その後には車の回収、そして長距離のドライブもある。 年をとった私には無理があるといったんは不参加とさせてもらった。 その後のやりとりで私の気力体力にも見合った計画に変わり、参加させてもらいたい気持ちに変わった。 最終的に決まった計画は西面の津梅川から追良瀬川源流に入り、ウズライシ沢を遡行して白神岳に出るというルートであった。

 Mさんには過去2回白神に誘ってもらった。1度目は2005年の暗門からの赤石川、2度目は2008年の赤石川源流である。 過去2回の山行のメンバーだったFさんが不参加なのは残念だが、 今回はKさんという白神の地元である深浦町の出身の女性がメンバーに入った。 白神の沢は初めてらしいが、国内外の山をオールラウンドに経験している人らしかった。 今回の計画が一般的なルートになったのは、私の体力を考えたのではなく、 真相は判らないがKさんのためと勝手に考えて集合場所に向かった。私の住む平塚から茨城は遠い。 集合に遅れないように時間に余裕を持って出かけた。 高速の最後のインターで、時間調整のために「白神山地をゆく」(根深誠著)を読んで山への気持ちを高めた。



6月14日

 日立で全員が集合し、食料の買出しをしてインターに入ったのは20時過ぎ。 深夜の1時半まで運転し、翌朝は5時前に起きてすぐに車を走らせた。そのかいあって思ったより早く津梅川の林道に着けた。 これなら1日目に山を越えられると思った。

 林道の車止めから少し歩くと林道は山腹からの崩落があり、車の進入はできなくなっていた。 草深い林道はいつか細い道となり、小又川出合で河原に下りる。 小又川の右岸には所々に石積みがあり、かっては道があったようだ。 昔大間越の住民は山越で追良瀬川まで岩魚を釣りに行っていたと根深さんの本で読んでいた。 しかし今は痕跡もないようだ。白神には今でも歩けるマタギ道も残っている場所もある。 これも時代の流れや世界遺産となったことによる規制で消える運命にあるようだ。 世界自然遺産の指定と引き換えに文化遺産が消えるというのはなんという皮肉だろうか。

 カンカケ沢に入ると、3つか4つ小滝があり、中には小さく巻かされた滝もあった。 オーダーは自然とMさんが先頭となり私が最後尾を歩くようになった。 滝場ではKさんの登り方を目の前にすることになるが、 いつも見慣れた沢やの登り方と違ってフリークライマー風の登り方が私には珍しかった。

 山越のコルへの登り口には白神有数の湧水箇所があると事前の知識があった。 その湧水点目指したが、知らずに1本手前の沢に入ってしまった。 滝の連続にいつしか湧水地点の標高を越えてしまい、ルートミスに気付いた。 しかしこの沢をつめても山は越えられるので戻らずに沢の遡行を続けた。 次第に難しい滝が出現し出した。2箇所連続でロープを出した。 そして登攀は不能に見える滝を目の前にして左岸の尾根に逃げることにした。 藪は浅いものの、斜面は急でブッシュを掴んで体を持ち上げるといった登りで体力が奪われた。 結局藪こぎを標高差350mほどやらされた。 コルから藪をわずかに下ると水流があり、河原がやや開け出したあたりでなんとか泊れる平地があったので行動を止めた。 黒滝の少し手前だった。

 泊りはエスパーステントのフライである。ポールは現地調達である。 私がいつも沢で使っているモノポール・シェルターを使う提案をしたが、何となく今回は葵流になった。 当初は少し手狭に感じたが、落ち着いてみると悪くはない泊り場だった。睡眠時間が短かったので疲れた1日となった。 それでも1日で追良瀬川に入れたので、翌日からの行動に余裕が生まれ気持ち的には楽になった。


6月15日

 すぐに滝場となった。小さな滝を懸垂で降りると黒滝である。右岸の尾根を越えて小沢を下って黒滝の下に出た。 黒滝の下にも巻いて越す小滝があった。沢は次第に傾斜が緩くなり、林の中を流れるようになる。 魚影が濃い。通常先頭を歩かないと魚は見えないが、最後尾を歩いても魚を見ることができる。 そして白滝沢出合である。広々としてブナに囲まれた雰囲気のよい場所だった。 左岸には泊りに最適な広い台地があった。日暮の滝とも呼ばれている白滝を見学に行くが雪渓があったので手前で引き返した。 白滝見学は今回の目玉と考えていただけにちょつと残念だった。

 白滝沢が合流すると沢はツツミ沢となる。沢が大きくなるに従い、見かける岩魚も姿が大きくなるのが面白い。 ツツミ沢には私が持ってきた国土地理院の地図には小さなせき止湖らしき地形がある。 ツツミ沢のツツミは堤の意味でかっては土砂崩れによるせき止湖があったらしい。 今は土砂崩れなどは想像できない穏やかな渓相となっている。 小石が敷き詰められたような傾斜の緩い川は歩行がはかどり、簡単に逆川との合流点に着いた。 逆川が遠くから見えた時にはあまりにも早かったので俄かにはここが逆川出合とは思わなかった。

 逆川出合あたりのき右岸にはよく泊り場に使われる台地がある。 2008年に私たちもここで泊ったので、なつかしさもあって台地に上り当時を偲んだ。 ここまで来たらウズライシ沢へはわずかな距離だ。時間が早いのでここで3時間半も休んでしまった。 Mさんは荷を置くとすぐに姿を消した。残った私たちは日当たりのよい河原に落ち着いてあたりの雰囲気を堪能していた。

 3時間半も休んでも時間的にはまだ問題なかったが、泊り場で落ち着いた方がよいと考えて腰を上げた。 沢は追良瀬川となって川と呼ぶに相応しい姿になった。大きな淵があるとウズライシ沢出合である。 左岸からへつるような巻きでウズライシ沢に入った。途中の岩場からは深い淵を安心したように泳ぐ岩魚を見下ろせた。 沢を少し遡って時間は早いが、ゴルジュ手前のブナ林の中の左岸台地にテントを泊り場とした。 ゴルジュの上にも泊り場があるが、快適なキャンプサイトで泊るための決定だった。 泊り場は河原が開けてはいないが、台地は川に沿って長く、テントが3張り以上は張れる広さがあり、背後にはブナの大木が聳えていた。


6月16日

 出発するとゴルシュとなり、淵と小滝が断続的に出てくる。その間に雪がブロック状に残っていたり、雪渓になっていた。 雪渓は上を越えたり下をくぐったりした。雪渓は比較的安定していたように感じた。 滝は遠目にはどのように越えるのか不安であるが、近づいて見ると答えはあるものてある。 最後にヌメリの強いツルツルの滝があった、トップのMさんは躊躇しながらも最後はザックを置いて空身となって流木を利用して越えた。 後の二人はもちろんゴボウである。ここを越えると次第に空が広くなり、やがて開けた河原となった。 このあたりも泊り場に利用されているようだが、キャンプの跡には気付かなかった。

 しばらく平坦な河原歩きがあり、標高800mあたりではっきりと傾斜が変わる。 ここがガイドブックにある小滝の連続する箇所らしい。滝と呼べるものではなく小さな段差のような箇所だった。 間違い易いという880mの二股を左に入るとすぐに835mあたりでまた二股である。 ここは地形図でははっきりとした二股とはなっていないが、地形図をよく見ると等高線のくびれが二つある。 ここはGPSではルート判読が困難だった。 右に行くか左に行くか迷ったが、何度か遡行経験のあるMさんの記憶と感を信じて右に入った。 沢は一度伏流して水流が復活すると雪渓になった。雪渓が終わると二股になり、稜線は目の前のようだ。 右にルートをとると沢は笹で覆われ、鋸の入った潅木があることから水場の沢と確信できた。 そして人の声が聞こえ、あっさりと登山道に出た。


 登山道のすぐ左手が白神岳の山頂だった。この日は土曜日だったために、登山者が多かった。 登山道の脇には花が盛んに咲いる。花と言えば沢の中では終始シラネアオイが咲いていて、源頭ではサンカヨウの白い花も印象的だった。 雪渓の消えた草付には林の中を住処にすると思っていたカタクリが小さな群落を作っていたのが珍しかった。 白神は思ってもいなかった花の山だったようだ。

 稜線からは日本海がよく見えた。小ピークにある分岐で稜線から離れると豊富なブナの林に入った。 疲労した体には長く感じた下山路だった。登山口に近づくと汗ばむようになった。 短かった3日間だったが、夏の前の快適な気候と好天にも恵まれ、そしてメンバーにも恵まれた山行だった。 平凡と思ったルートも終わってみれば厳しさと癒しが適度に交じり合った変化のある面白い山行だった。
(S記)


14日 天気:はれ時々くもり
車留9:05〜9:45小又沢〜10:25カンカケ沢〜16:00稜線〜16:55TS(580m)

15日 天気:はれ
TS6:45〜8:00白滝沢8:25〜9:05逆川12:25〜13:05ウズライシ沢〜13:45TS

16日 天気:くもり
TS6:20〜7:40ゴルジュ上〜9:10二股(885m)〜10:50白神岳11:30〜14:05登山口

メンバー:M、K、S