神奈川県の山の仲間 浮雲の記録です


山行記録

竜ヶ馬場南西尾根

2011年3月29日〜30日



”不動ノ峰を見ながらの登高も、ミヤマクマザサが現われれば稜線が近い”


 3月11日に東北・関東を襲った未曾有の大震災のために計画していた山行がすべて中止せざるを得なかった。 3週間も山から遠ざかり、どんな山でも山に行きたいという気持ちが強くなった。 山仲間に自粛ムードが漂う中で、Oさんから1泊で丹沢を歩きませんかとの誘いを受けた。 とっさに浮かんだルートが竜ヶ馬場南西尾根だった。 この尾根に取付くには堰堤の続く広々とした河原を歩くのでキャンプ適地はいくらでもある。 流木も豊富で焚き火には困らない。 すぐに寄からの周遊する計画ができた。

 寄ゲートに車を停めて雨山峠への道を歩き始めた。 当初は鍋割峠からオガラ沢経由でユーシン上流に入ることも考えたが、 雨山峠越の方が山旅の雰囲気が味わえるのではと思った。 今回はのんびりがキーワードの山である。

 雨山峠へは今年になってもう3回目だ。 雪もない新緑には早いこの時期は見るべきものはないが気候的には歩きやすい。 久々の山でもあり、1泊の荷の影響もあって、思ったより時間がかかって雨山峠に着いた。 晴れてはいるが富士山は見えなかった。

 雨山峠から雨山橋に下り、のんびりと話しながら林道を上流へと辿った。 目は河原の流木の量に自然といってしまう。 熊木沢を分けると箒杉沢は所々で伏流している。 テントサイトは流木だけでなく水があるかどうかがポイントとなることに気付いた。 塔ノ岳への登山路が分かれる鍋割沢出合は丹沢主脈の眺めが素晴らしかった。 河原の快適さに予定より早いがここを泊り場とした。 水は伏流しているが、左岸の岩場下に湧水があった。 マキはいくらでも集まり、2時ごろから9時まで延々と焚き火を囲んだ。


 夜は冷えた。翌朝起きるとコッフェルに残った水が凍っていた。 タープでごろ寝も考えたが、テントにしてよかった。 丹沢はまだ冬だ。 明るくなってから起床し、すぐに焚き火をおこした。 火のそばで朝食をゆっくりと食べた。 今日の行動も短いので気が楽だ。

 箒杉沢沿いには堰堤工事のためと思われる車道が続いていた。 竜ヶ馬場沢出合下の堰堤の少し前で車道は終わった。 最後の堰堤は河原を渡って右岸から越えた。 再び広い河原を横断して南西尾根の末端に着いた。 尾根の末端は急で、右手の竜ヶ馬場沢から回り込んで尾根に乗った。

 尾根はかすかに獣道がジグザグについていた。 勾配は一様で岩が出ていないので比較的歩きやすい。 所々に植生調査の囲いがあるが、テープはほとんどなく、人の気配の薄い尾根である。 標高が上がればブナの純林があるのではと期待していたが、最後まで混交林だった。 しかし自然度は高い。

 尾根の標高差は約600mあり、途中緩む所もなく単調だ。 やがて右手に塔ノ岳が見えてきた。 北面が見えているので斜面は白い。 左手には不動ノ峰の笹で覆われた斜面が見えてきた。 これらの尾根の高さと比べて稜線に近づいていることが解る。 そして背丈の低いミヤマクマザサが現われれば稜線も間近だ。 尾根の傾斜が緩むと鹿柵が行く手を塞ぐように設けられていた。 鹿柵を左から廻りこむと登山道に出る。 ベンチのある場所の少し上だった。

 雪溶けの泥んこ道を覚悟していたが、氷や雪はまだ硬かった。 私はこのころから花粉のために鼻がつまりだした。 口だけの呼吸に、わずかな登りもきつく感じた。 時間が早いためか、縦走路では人に会わなかった。 それでも塔ノ岳山頂では数人が休んでいた。

 大倉尾根と別れて鍋割山稜に入ると再び静けさが戻った。 意外なことにOさんは鍋割山稜が初めてとのことだった。 こんなにも鍋割山稜が静かなので、よい印象を持ったようだ。 鍋割山頂にも二組の登山者しかいなかった。 当初は後沢経由で寄に戻るつもりが、最後まで静かな道を歩きたくなり、鍋割峠経由に変更した。 思惑どおりに鍋割山頂から寄まで誰にも会わなかった。


3月29日 天気:はれ
寄ゲート9:30〜11:15雨山峠〜11:55雨山橋〜12:50鍋割沢出合

3月10日 天気:はれ時々くもり
TS7:20〜7:45西尾根取付〜9:20竜ヶ馬場〜10:25塔ノ岳〜11:40鍋割山〜13:40寄ゲート
(S記)

メンバー:S、O