神奈川県の山の仲間 浮雲の記録です


山行記録

奥又白池からの明神岳東稜

2011年9月23日〜25日



”奥又白池は風もなく周囲の山の姿を忠実に写していた”


 雪のない時期に明神岳東稜を登るとすると水の確保が問題となる。 日帰りならばたいした問題ではないが、1泊として計画するとひょうたん池の水は飲みたくないので下から水を持ち運ぶこととなる。 ふと奥又白池からの明神岳東稜はどうだろかと思いついた。 奥又白池は山上の別天地のように雰囲気の良い泊り場でおいしい水も得られる。 A沢経由で戻ることも簡単なのでベースキャンプ方式でのトレースも可能だ。 我ながらのよいアイデアに同行者の実現を待っていた。 夏の滝谷山行でメンバーにこの計画を打ち明けると、 ありがたいことに同じメンバー(私SにGさんとOさん)で秋に実施することがなんとなく決まった。

 古くはウエストンはひょうたん池から下又白池に下り、ここから北に向きを変えて前穂岳に登っている。 昭和35年発行の岩稜会による『穂高の岩場』には写真入りで奥又白池からひょうたん池のルートが紹介されている。 その記述からはルートに技術的な問題はまったくない容易なルートのように読み取れる。 また穂高池巡りとして歩く人もいるようなので、奥又白池から東稜への取り付きは新鮮で手ごろなアプローチ方法のように考えた。



 台風一過の秋晴れが約束されていたので、上高地は登山者であふれていた。 静かと予想していた奥又白池へ向かうパーティーも多く、池には10パーティーくらいがテントを張った。 私は夏の延長のつもりで夏装備で臨んだが、夜は寒さで何度も目が覚めた。翌朝起きると水が凍っていた。

 朝食の支度をしている時に、Oさんが今日はテントで休養したいと申し出た。どうやら昨日から体調がよくないらしい。 明神岳東稜の代わりに前穂往復にするとの提案に対しても無理と言うので、二人で計画のコースに行くことにした。  明るくなってすぐに明神岳東稜に向かった。 まだ他のパーティーは動き出していなかった。前穂の東壁がテントサイトより一足早く陽を受けて赤く輝いていた。 南アルプスの左端に富士山も見える絶好の日和だ。水場の小沢を横切る踏跡を辿ると簡単に茶臼のコルに出る。 反対側の下又白谷へは真直ぐにガレ沢が落ちている。 その先の東稜への斜面は所々に露岩があり、ここからではルートが見出せなかった。まずは下又白谷へとガレを下った。 傾斜が一様なガレはちょつと歩きにくいといった程度のルートで標高差300mを40分ほどで下った。 途中から水流が現われ、石には水苔が付いて滑りやすかった。

 下又白谷に降り立ち、休憩もそこそこにルートを模索した。想定していたより狭い谷で、右岸は切り立っている。 すぐ下流は滝場が始まり、その手前に露岩の中に走るバンドがあった。 しかしその先には支沢があり、その沢には降りれなかった。しかたなくブッシュを伝って支尾根を登ることにした。 尾根は少し登ると傾斜が落ち、左へトラバースを開始した。 涸沢を一つ横切り、その次の水流のある沢を横切ると、その先にやや傾斜の緩いガレ沢が東稜に達しているのが見えた。 この沢は今までのルートより歩きやすかった。 しかし最後は急な草付となり、左手のブッシュ帯に逃げた。急で木登りのような登攀となったが階段状になっていた。 そして傾斜が落ちると潅木のない斜面となり、草に覆われた踏跡にやっと出た。 ひょうたん池から標高で100mほど上がった場所だった。ここまで人が歩いた形跡は東稜までまったく見なかった。

 二人とも急で悪い登りで体力をすっかり消耗してしまった。 敗退という二文字が頭に浮かんだが、もう一度あの斜面をトレースしたくはなかった。 奥又白池にテントを張っているので梓川に降りることは問題外だ。結局は所定の東稜を登るしか選択肢はないことに気付いた。 少し休憩して上を目指した。足が非常に重かった。(ここまでS記)


 明神東稜の出発点は瓢箪池から100mほど上のところだ。 しっかりした踏跡をしばらく行くと高さ5mほどの大きな岩にぶつかる。 両側は切れ落ちているので怖く、ロープを出したくなるがフリーで超えた。 正面にハーケンが2本あった。 その後、東稜では1か所のみ踏跡が見つからないところがあった。 正面は岩で登れず、左に回っても切り立った岩だ。 結局、踏跡のない右上の灌木帯を登ると踏跡に出た。 這松が見えるとラクダのコルは近い。

 コルでクライミングシューズに履き替え、コルから一段上がったテラスでロープを出した。 1ピッチ目は、「左から回り込むと簡単」とガイドブックに あるが、すっぱりと切れ落ちており、「これが簡単?」という感じ。 足を置くところはありそうだが、枯草で微妙に隠れていて怪しい感じ。 しかし、ロープを着けてトライすると確かに簡単で、数メートル トラバースすると後は3級程度のルンゼの直登である。ランニングは残置 ハーケンと岩にかけたスリングでとった。ロープを40m伸ばして 120cmのスリングを岩にかけてビレイ。

 バットレス取付までの10mはロープを着けて歩く。 バットレスは手掛かりの少ないスラブだ。出だしは傾斜が緩いが、 何故かたくさんのハーケンが打ってあり、どれを使うか迷うほどだ。 傾斜の増した凹角にはピンがないが(お助けスリングあり)、カムを一つ 効かせて難なく超えられる。超えたところにこれまたたくさんのハーケンが 横一列に並んでいる(内一本はすぐ抜ける)のでそこでビレイ。 ロープをしまい、大石の重なったところを慎重に登るとすぐに 明神主峰に到着。静かで気持ちの良いピークだ。 今後、主稜トライのために2峰の壁を観察して前穂に向かう。 重太郎新道はところどころ渋滞しているようだ。

 しばらく岩稜を歩くと懸垂支点があった。十分クライムダウンできそうだが 折角なので懸垂する。シングルロープで丁度25m懸垂すると、そこからが むしろ悪い。しかし、うまくできていて、そこにも懸垂支点があった。 実際にはここから10mほどの懸垂1回でいいだろう。 降りたところが奥明神沢のコルである。 ルートを見ながら岩稜を登って行くと、右手の支尾根(第一尾根)にケルンが見える。 これがA沢下降点の合図だ。降りながらだと見落としそうだ。まして、 ガスっていたり暗かったりすれば尚更だ。 時間は十分にあったが、ここから下降してベースに戻ることにする。 前穂に行けば沢山の登山者に会えたろうに。


 A沢は初体験である。下までずっと悪い。右岸は土の壁で手掛かりに 使えない。左岸は一応岩であるが、とても脆い。ではあるが、それしか ないので慎重に岩を見極めてホールドとし、左岸の壁沿いに降りる。 中又白谷への踏み替え点には支点があったのでそこから25mの懸垂 (クライムダウンも可)。 ロープをしまってまだしばらくは慎重に降りる。 ゴルジュを抜けるとようやく歩き安くなり緊張から解放された。 (この箇所G記)


 1泊もしくは1日で登られる明神岳東稜を奥又白池をベースにして周遊すると言うコースのために3日間で登った。 奥又白池を基地にすることによって快適かつ余裕のある山が実現できた。 実はこの時期を選んだのはブルーベリーの季節であることも理由の一つだった。 ブルーベリーは実っているものの実はチラホラだった。 少し季節が遅かったのかと思ったが、茂みにはいるとたくさんあった。 登山者の多くが摘んでしまったかのようだった。 ナナカマドの赤い実はあちこちで見たが紅葉の季節はまだまだだった。

 連休の中日は奥又白谷には救助ヘリが飛び交っていた。 前穂北尾根を中心にして数件の遭難があったようだ。 池をベースにしていたパーティーも事故に会っていた。 4峰正面や前穂東壁に向かった人が必ず口にするのがアプローチの悪さだ。 思ったより時間がかかり、暗くなってからベースに戻るパーティーをよく見る。 秋は快適な一面、日が短いのでスピードが大事なような気がする。

 意外に苦労した東稜へのアプローチだが、かかった時間は予想よりちょっと長いだけだともとれる。 帰宅してからウエストンの記録を読んでみた。 ほとんど垂直に近い岩壁のトラバースに手に汗を握る、と書いてあった。 やはり嘉門次やウエストンにしても簡単なルートではなかったようだ。 また青柳健著「青春の穂高」にある『穂高の池』の章には、 「踏み跡はまったくなく、草付と、岩場と、藪漕ぎのまじった変にいやなルートである」とあった。 しかしもっと弱点を効率的につなげれば、楽に通過できるルートなのかもしれない。 (この箇所S記)



23日 天気:快晴
奥又白池5:30〜6:15下白谷〜7:40東稜(2395m)〜9:40ラクダのコル〜11:00明神岳11:20〜 12:55A沢下降点〜14:35奥又白池

メンバー:S,G、O