リレー発言


第六回

芸武両道 : 剣道、美術、音楽の実践‐東北秋田にて

 7月25日から30日までの間、東京藝術大学の剣道部は秋田県の男鹿市を訪れ、恒例の夏合宿を行った。グループは約15人の剣道部員(*愛知県立芸術大学の学生と卒業生を含む。)及び卒業生のクラブである黒門の会員から成っていた。今回は10回目の合宿で、その内容は他に類を見ない3つの主たる要素で構成されていた。剣道の紹介と稽古、小中学生を対象にした美術と音楽の体験講習会、コンサートと作品展示の3つである。
 私は、体育学教授の高橋亨先生にお誘いを受け合宿に参加したのだが、私ばかりではなく多くの方が、現代社会の中で教育に生かすことのできる剣道の有用性という視点が大変に貴重な教えとなっていることを確信したはずである。以下は、合宿の経験を通して考えたり感じたりしたことを個人的にまとめたものである。

 表面的には、剣道という武道は美術や音楽と共通点を多く有しているようには見えない。しかしながら、東京藝術大学では、剣道を競争競技の一旦という所に焦点を当てた教え方をするのではなく、美術や音楽の教育課程における統合的一講座として捕らえているのである。優れた芸術家を養成するために必要な根本的資質は剣道の稽古によってさらに高められるのである。例えば次のようなことである。

姿勢 剣道の稽古においても、藝術に関連したいかなる活動においても、不必要な動きや弊害となる思考を避けることに役立つ真っ直ぐ前向きな心の姿勢を育むことが、剣道の真っ直ぐな身体的姿勢へと反映されるのである。
敬う気持ち 互いを思いやる状況下で真剣に稽古することは、他人のことを敬う気持ちだけではなく自らを敬う気持ちをも促すのである。剣道には必ず相手がいるのであり、美術や音楽には必ず鑑賞する人々がいる。
集中 稽古中や芸術活動において起こる動作に百パーセント集中することが強く求められる。
洞察力 稽古で相手の意図することを見抜く力は、美術や音楽作品の本質を判断することに応用できる。
決断力 確信を持って素早く決断することは、剣道において不可欠であるばかりか命を吹き込まれた見事なる美術や音楽作品を制作することにおいても同様である。
柔軟性 動きの柔軟性は思考の柔軟性へと繋がる。その結果として、対峙する相手の動きに対して適切な反応を起こすことができるのであり、それは美術・文学・音楽を理解したり創造したりするのに欠くことのできない心の広さを持つことに基づくのである。

 隠れた本質の中身を明らかにすることは言葉では上手くいかないことが多いのだが、徹底的な剣道の稽古によってその中身を体験しようとすることは十分に価値があると考える。剣道と芸術において必要とされる精神の持ち方における共通点の話題からはここで離れることとし、男鹿での出来事を短い日記にまとめてみたい。

7月25日
 剣道部の部員は男鹿に到着し、男鹿市役所で作品展示の準備を始めた。みんな無駄なく集中して取り組んでいる。慌てる様子は見られず、みんなが醸し出す和やかな雰囲気に大いに意欲を掻き立てられる。私のように言葉の壁によって時々何が起こっているのか理解できないような者でさえ。
 夕方、先生方や地元剣道クラブの若手会員の方々と最初の稽古をした。新しく建てられた男鹿のスポーツセンターはとても印象的だった。美しい建築様式で地元の木材をふんだんに使ってある剣道場を見て、新しく建てられた優しい感じの教会を何となく思い起こしたりした。
 夜には全員が宿泊場所の若美農業者トレーニングセンターに戻った。道路を隔てて直ぐの所に温泉があり、楽しい夕食を前にみんなくつろぐことができた。

7月26日
 男鹿の小学校での体験講習会の初日だ。藝大の学生たちによって約60人の小中学生は幾つかの班に分けられ、アクションペインティング(*体や道具を使って動きながら即興的に絵の具を用いた絵を制作する。)、木炭を使ったデッサン、粘土彫刻、打楽器演奏の体験実習に入った。私はあちこちの班を見て回り、子どもたちに話し掛けたり写真を撮ったりして、その様子を楽しんだ。6歳から13歳までの子どもたちも見るからに楽しそうだ。やっていることに熱中している姿は素晴らしい。藝大の学生が何か注意めいたことを言ったりする必要はなかった。同じような機会があったとして、我が祖国ドイツの子どもたちにはどのくらい受け入れられるだろうか。
 午後遅い時間になって、再びスポーツセンターで稽古をした。目黒大作先生から2回目の稽古を頂戴する機会に恵まれた。時々機関車に轢かれているような気がしたりもして圧倒されてしまった。
 夜にはみんなくつろぎ、若美の親切なおば様たちによってプロ顔負けに調理された2回目の夕食を楽しんだ。

7月27日
 男鹿の小学校での体験講習会の2日目となる。本州の北部の綺麗な所にはまだ出掛けたことがなかったので、男鹿半島を1日かけて探索して歩くお許しを高橋先生からいただいた。
 寒風山(*かんぷうざん)の頂上近くでバスを降り、山の上まで歩いて登り、その後入道崎(*にゅうどうざき)を目指して歩いた。わずかに雲はあるものの真っ青な空が広がり、東京渋谷の下町(*著者の現在の居住地)の光と空気の質とは極めて対照的であった。山の頂上からの眺望は、山々・平原・森・田んぼ、そして海を背景に本当に素晴らしいものだった。
 途中、森の中で道に迷ってしまった為、元の場所まで戻り、「なまはげ館」までヒッチハイクで行くことに決めた。男鹿の中心部からはだいたい15キロくらいある。「なまはげ館」でたくさんの悪魔のような「なまはげ」を見たり、小さな子どもたちに対する「なまはげ」のすごい効き目を目の当たりにしたりした後、私の小旅行は入道崎へと続き、その後男鹿の中心部へと戻った。しかしながら、距離を完全に勘違いしてしまったのと、2時間もの間拾ってくれる車が見付からなかったことで、剣道の稽古には間に合わなかった。

7月28日
 コンサートが開かれ、藝大関係の作家や体験講習会での子どもたちの作品が発表・展示される日だ。みんなとても忙しそうにしているが、イライラした様子やちょっとしたことで腹を立てたりする様子は全くない。何人かの人による挨拶の後、ピアノ伴奏によるチェロの演奏でコンサートは幕を開け、次に体験講習会に参加した子どもたちの打楽器演奏が披露された。その後、雅楽の音にのせて伝統的な龍の舞が舞われた。(*舞手は黒門会員の野田知宏氏)最後は、ピアノとチェロが伴奏をしている間に即興で絵の具を用いて絵を制作するというプログラムが実演された。コンサートは聴衆にも好感を持って受け入れられたが、最後はちょっと悲しい気分になった。と言うのも、10回目の合宿は男鹿での最後の合宿ということになっていたからだ。しかし、東京藝術大学と男鹿市の結び付きは年々強くなってきており、近い将来においてさらに強い協力関係を築く機会があることだろう。

7月29日・30日
 男鹿スポーツセンターで小中学生を対象とした剣道セミナーが開催された。目黒先生のご挨拶の後で、最初にチェロの短い演奏が披露され、とても荘厳な雰囲気が漂った。範士八段目黒先生、範士八段真砂先生、教士八段吉崎先生、教士七段高橋先生のご指導の下、近隣の小中学校から約200人の子どもたちが剣道の稽古に参加した。秋田県警の教士八段田口先生に特別ゲストとして光栄にもご参加いただいた。
 午前中は、子どもたちの中からの代表でなかなか強い選手と真砂先生が試合をされた。その公開試合の後で真砂先生は子どもたちに自分との試合をどのように感じたかを尋ねられた。真砂先生は、子どもたちの試合での戦う気持ちや姿勢をとても肯定的に評価された。
 午前中の後半は、東京藝大の学生や黒門の会員たちが元立ちになり、打ち込みや掛かり稽古が行われた。
 午後は、真砂先生が剣道の実践的な部分を指導され、幾つかの大切な技を紹介していただき、参加者はお互いに実際にその技を練習した。また、稽古中に体の緊張を感じすぎないようにする方法についても助言をされた。午後の稽古は、地稽古で締めくくられた。
 夜には農業者トレーニングセンターでとても楽しいパーティーが催され、最後に建物の外で花火を楽しんだ。
 日曜日の午前中は、子どもたちの間での試合を行うために9コートの試合場が準備された。藝大の学生と黒門の会員たちは、元気一杯の子どもたちのために審判を務めた。試合の前に吉崎先生から人生を通じて稽古を続けていく為に極めて重要となる点についてお話があった。試合の中で発揮された子どもたちの剣道の水準は、見ていて満足のいくものであった。彼らの剣道への取り組みを目の当たりにして、将来ドイツの子どもたちの間にも剣道を広めようという更なる気持ちが湧いてきた。ヨーロッパからの訪問者には驚くべきことであったが、子どもたちの生き生きとしながらもきちんとしている姿を特筆したい。
 セミナーの2日目は、白川裕美さん(*東京藝術大学美術研究科修士課程美術学専攻美術解剖学講座在籍中)が制作した絵(*コンサートの中で即興で制作した作品)の紹介と名取祐一郎さん(*東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業)の剣道の意義についての短い3本のアニメ映画(*愛知万博のEXPO剣道フェスティバルで上映された鳥獣剣士)の上映で幕を閉じた。2人の芸術家ともに、東京藝術大学において際立っている制作魂を象徴するものがあった。
 日曜日の最終稽古の後で、我々は若美に戻り東京への戻り支度を始めた。私はと言えば、東京への夜行バスに乗った。隣席の乗客のいびきが小さな製材用の鋸のようにうるさくて、あまり良く眠ることはできなかった。希に見る芸術と剣道の融合による合宿という心が豊かになる経験をしたためか、午前6時に東京に着いた時に、疲れはあったものの幸福感を味わったのである。

*(  )内は訳者註

maeder

著者紹介: ステファン・メーダ‐
1968年12月12日生まれ
ドイツ、バーデン・ウェルテンブルグ州、フライブルグ出身
1996年Albert-Ludwigs大学にて先史・中世考古学修士号を取得
2001年Humboldt大学にて考古学博士号を取得
専門は日本と西洋における刀剣の比較について
これまでに、アイルランド、スコットランド、オーストリア、フランス、
アイスランドにおける研究・フィールドワークの経験があるほか、
数回に渡り研究のため来日している。
2006年3月から12月まで國學院大學招聘研究者として日本に滞在中

訳者紹介
川口 利(かわぐち さとし)
1961年1月23日生まれ
1983年上智大学文学部英文学科卒業
千葉県の県立高等学校にて英語教諭を務めた後、
1996年から独立行政法人国際協力機構(JICA)の
青年海外協力隊事業に参加し、青年海外協力隊員及び
調整員(コーディネーター)としてホンジュラス及び
パナマに合計4年間滞在
帰国後民間会社勤務を経て、2006年10月から
株式会社ロハス・メディカル・ジャパン代表取締役