〜 文 殊 山 〜
もんじゅさん
福井市の南部に、ラクダのこぶの様にぽこんぽこんとした奇異な稜線を持って望まれる山が文殊山である。
高さは365メートルと低いが、楽しめる山の雰囲気を持っていて、これまでに多くの人々に親しまれ登 られてきた。
福井大学ワンダーフォーゲルOB会
FUWVOB: 1999-1・
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文殊山 文殊山 365m [1/25000地図]
〜 Monju.san 〜越前五山のひとつ〜 [地図]

標高は1年365日と同じ数で、覚えやすい。昔からの信仰の山でありながら市民の ハイキングコースとして親しまれ、方々に登り口があり色々なコースが楽しめます。
福井市、鯖江市などの小学校の遠足にもよく選ばれて、子供達の歓声が山を包む ようである。   文殊山は春のワラビ取り、つつじ狩りで開け、夏は青少年の野外活動の場として にぎわい、秋の紅葉狩りでシ−ズンを終える。
 よく晴れた秋や春の日に登ると、白く雪をつけた白山が、一段と大きく福井の 山々の上におどりでて、登山者の楽しみを 倍加してくれる。 市街地が近いにもかかわらず、四季を通じて、その季節々々の野鳥の声を聞ける のもまた楽しい。
   文殊山の名は昔から著名で、越前五山のひとつとして崇められてきた。
その昔には大村の楞厳寺 ryougonji 境内に属していた が、養老元年に 泰澄大師が開山してからというもの、多くの信徒で山はおおいに 賑ったという。
 現在、山上の本堂(通称、大文殊)には文殊支利菩薩を、奥の院堂(通称、大汝) には正観世音菩薩を、室堂(通称、小文殊)には阿弥陀如来像(三尊とも泰澄大師 の自作であると伝えられる。)が安置されており、往時のなごりをとどめている。
 なお、この山にはこの他に胎内潜、新宮松、経ヶ岩などの遺跡がある。
 文殊山は角原 tunohara からの眺めが富士山に似ているというので 別名「角原富士」 の名がある。
「山家集」で名高い西行法師が当地を行脚した際,
 越しに来て富士とやいはん角原の 文殊が岳の雲のあけぼの。。。。。。。。と詠んだ。
 文殊祭は毎年4月25日に行なわれている。そのときにはタニシの佃煮などが 売られて賑ったというが、今は例祭登山者も少なくなってきた。

[写真]浅水川と文殊山

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【コ−ス紹介】

 文殊山登山コ−スにはいろいろなコ−スが考えられるが、ここでは一般的な次の 8つのコ−スをあげるにとどめておく。
   福井方面から(1)大村コ−ス、(2)二上コ−ス、(3)角原コ−ス、 (4)帆谷コ−ス、(5)北山コ−ス、(6)西袋コ−ス  鯖江・武生方面から(7)大正寺コ−ス (8)南井コ−ス いづれのコ−スも時間的、体力的に大同小異であるが、福井市が昭和49年から 3年計画で文殊山の開発、整備に力を注いだ結果、遊歩道が3コ−ス(大村、二上、 角原コ−ス)を完成し、特にこの3コ−スが整備されており歩きやすい。
  また、大村、北山、帆谷、の各コ−スは室堂の手前で合流しており、ここまで麓より 30分ほどの道程である。 
      室堂から本堂まではピストン(往復)をして、下りは往路を下るかまたは 別コ−スを下るのも面白い。 

案内標識 (1)大村コ−ス 
    京福「生部行」のバスを大村で下車する。大村の集落に向け真直な道を5分程 歩くと、右側に小さな石の標識があり右折すると文殊寺の境内に入る。
イラスト入りの大きな看板の前から登山道が始まり、文殊寺をまくように登って行く。
  十分整備された道を30分ばかり行くと、二上コ−スの道と合流する。左へ折れて 室堂へ向かい5分ほど登ると、「文殊霊泉」(水飲み場)と書かれた立札が 立っている。1〜2分の下りで水飲み場がある。室堂まではあと5分の道のりである。
 室堂から大文殊へは、あと15分の尾根道を行く。 北陸線を走る列車、キラキラと目を射る足羽川の流れ、足羽山山麓のマッチ箱のよう な福井市街、鯖江市の工業団地の大きな立て物や煙突など、わずかな急坂も苦になら ない。途中には、コンクリ−ト製の立派な展望台があり、福井平野はもちろん 天気のよい日には遠く坂井平野まで望める。
 大文殊頂上には朽ちかけたお堂があって、20体ばかりの穏やかな顔をした 石仏がこれを見守っている。これより先には奥の院がある。 道は石仏の後ろから下る道と、本堂の手前で右側に迂回してゆく道の2通りあるが、 すぐに合流している。
下り切った鞍部には、案内の立札があり南井からのコ−スが左から合流している。 さらに登って行くと、大岩にぶつかる。
道をさえぎるようなこの大岩は、「胎内潜り」の大岩として知られている。
 昔、女人禁制だった頃、この山に登った女の人が、山の神の怒りに触れ、岩に間 に閉じ込められた。
 そのときの隙間だと伝えられている。 大岩の右側を迂回する道か、左側に廻り 大岩を通り抜けるかして行く。 大岩をくぐり抜け、5分もすれば奥の院に着く。 ここは2等3角点になっており、小さな祠が1つある。
 眺めはあまり良くなく、神明、鯖江方面がわずかにのぞける。 帰りはもときた道を戻って行く。 
            【参考タイム】
  ☆福井〜25分〜大村〜歩 5分〜文殊寺〜山道30分〜二上コ−ス出会い〜山道10分〜   ◇室堂〜山道15分〜△大文殊〜山道10分〜大岩〜山道 5分〜奥の院    《上り;1時間15分》 
     
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(2)二上コ−ス
  このコ−スは交通の便が悪く、国鉄大土呂駅から歩くか、京福バス 「生部行」の太田から歩くかのどちらかであるが、徒歩25分程度で二上の集落に 着く。
 八幡神社の横を通り小川に沿って林道を行く、神社から5分ほど歩いた ところで道は左手の山道に入るが、この山道は分かりにくいので注意が必要だ。
   尾根道を登って行くと左下に帆谷から登ってくる林道が見える。整備された山道を 25分ほど行くと大村コ−スと合流し、右に折れて登ってゆけば10分ほどで室堂 に着く。

【参考タイム】 
   ☆福井〜7分〜大土呂〜25分〜八幡神社〜山道35分〜室堂《上り;35分》

角原集落 (3)角原 つのはらtunohara コ−ス
  福鉄浅水駅から角原までは徒歩30分の道のりである。福鉄バス「角原行」 (福井発)に乗ると歩かないで直接角原まで行けるが、日に3本程度しか出ない。  角原集落からは小川に沿って、杉木立の林道を行く。入口に、大村コ−スと 同じイラスト入りの大きな看板が立ってる。15分も歩くとその林道も細くなり 小川とも別れる。
 水はここでつめておく。 ここから道は急な登りとなるが、やがて展望台が見えて 来て、室堂と大文殊の間の尾根道に合流する。左に行けば室堂に、右に行けば展望台 を通って大文殊に着く。
【参考タイム】
 ☆福井〜7分〜浅水〜30分〜角原〜山道30分〜室堂  《上り;30分》

(4)帆谷コ−ス 
 京福「生部行」のバスを帆谷で下車する。そこから白山神社横をと下り谷間の山道を  さらに登って行くと二上コ−スのよく整備された道と合流する。
 左に折れて、等高線沿いの道を10分ほど歩くと大村コ−スと合流する。
 室堂まではもうすぐである。

  【参考タイム】 
   ☆福井〜18分〜帆谷〜山道15分〜二上コ−スとの出会〜山道20分〜室堂   《上り;35分》

(5)北山コ−ス 
 京福「生部行」のバスを北山で下車し、文殊山に向かい普通道を少し歩き小川に 沿って山に入る。谷間の山道をどんどん登って行く。このコ−スは大村や二上の コ−スほど道は整備されておらず、昔から踏み固められた山道を見極めながら 登って行くしかない。
   30分ばかり谷合の道を登って行くと、大村と二上のコ−スの合流点にある コンクリ−トのイスのすぐ裏にひょっこりと出る。  ここから室堂まではすぐである。
  【参考タイム】
 ☆福井〜20分〜北山〜山道25分〜大村二上コ−スとの出会〜山道20分〜室堂     《上り;45分》

(6)西袋コ−ス
 京福バス「生部行」で西袋で下車する。ここから県道沿いに山のほうに向かうと 遂道に出る。(現在は工事中) 以前には、右下に見える日吉神社のそばを 通って登っていたが、現在では隧道の入り口右側の鉄梯子を登って登山道が続いて いる。
 「榎坂」には30分ほどで着く。更に右に折れて急坂を少し登ると高圧線の 下に出る。この辺から見晴らしがよくなって、左手には鯖江、武生の町も小さく望ま れる。日野山の姿が美しい。
 「榎坂」を後にして20分の尾根道で室堂である。
【参考タイム】 
 ☆福井〜35分〜西袋〜林道10分〜隧道入口〜山道30分〜榎坂〜山道20分〜室堂  《上り;60分》 
   
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(7)大正寺コ−ス 
  福鉄西鯖江駅から福鉄バス「大野行」に乗り「四方谷口」で下車すると、  そこから山合の集落「大正寺」までロ−ド(道を歩く)である。
 右に丹波岳(288m)、左に橋立山(261m)の前衛を従え、文殊山は 少し引き下がった正面である。南井 naoi コ−スの登山口である南井集落を左手に 見つつ、直接大正寺集落まで20分おロ−ドで着く。奥まった所に「妙真寺」 があり駐車場とトイレが整備されている。寺の左手に案内版があり、ここから山道に 入り「榎坂」まで15分の登りで、後は西袋コ−スと同じ道を行く。
 【参考タイム】
 ☆福井〜25分〜西鯖江〜25分〜四方谷口〜20分〜大正寺〜山道15分〜榎坂   〜山道20分〜室堂《上り;35分》 

(8)南井 naoi コ−ス
 このコ−スの交通機関は大正寺コ−スと全く同じで、福鉄西鯖江駅から福鉄バス 「大野行」を「四方谷口」で下車し、15分のロ−ドで南井集落に入る。
 この登山道の入口は分かりにくく、細い道の奥の民家の左側を林の中へ入って 行くと小さな立札でやっとそれと分かる。一度山道に入ると十分に整備された階段状 の急な登りが続く。
 途中、鯖江市の用意した距離を示した案内板や、「岩上地蔵」 「八畳敷き岩」「山姿の岩洞」を説明した案内板がある。 30分の登りで大文殊と奥の院の中間の鞍部に出る。左へ行くと奥の院、右は大文殊 へと続く。
   【参考タイム】
 ☆福井〜25分〜西鯖江〜25分〜四方谷口〜15分〜南井〜山道30分〜大文殊     《上り;40分》
         
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伝説

角野富士  ◆文殊山の大汝道にある胎内くぐりの大岩には、前述の女人禁制云々の伝説 のほかに次のような話がある。文殊山頂には雌雄の大岩がある。
その岩を潜ると、知恵を頂けるというので、祭礼の日には参詣人が多い。2度目には お礼参りをするそうで3度参ると馬鹿になると言っている。 岩の下には御堂がある。
 それは昔、角原にあったが、浅水の神様と争った結果、角原の神様が負けて、  文殊山へお上りになったと言われている。(福井県の伝説より)

 ◆文殊の知恵にまつわる伝説には、この他に次のようなものもある。
 文殊山の下山の途中では、決して振返ってはならない。もし振返るようなことが あると神様のバチがあたって、せっかく授かった知恵もなくなってしまう。

 ◆南井コ−スの出発点の南井集落には『甚平と山婆』という怪奇な伝説が 伝わっている。[山角力]で名高い文殊山の麓に平和な村があり、村人から慕われて いる甚平という爺さんが住んでいた。ある朝、甚平の家の飯びつがからっぽになって いたので神の怒りと思い、甚平は広い境内の掃除を毎日する事にした。
ところが甚平の家を振り出しに一晩に一軒ずつ飯びつがからっぽになり、村人の恐怖 は大きくなるばかり。男たちが寝ずの番をしても知らぬ間に眠り、目覚めたときは 飯びつはからっぽであった。 こんな日が何日も続いた後、甚平の案で、隣村の医者 に相談し、飯びつの まわりに油を塗っておくことにした。明け方、ドシンと言う 音に飛び起きてみるとものすごい顔の、大きな山婆が倒れていた。
 36日も掛かってやっと捕らえることができたのである。甚平を先頭に村人たちが 文殊山頂の祠へ御礼に行こうとした所、山道に飯粒が落ちているのでたどっていくと 大きな岩穴があった。中には驚いた事になくなった飯が山になっていたと言う。 その後も甚平はますますむら一番の人として尊敬されたということである。
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『橋立山』261m 徳尾町〜『酒清水』   [周辺地図]
『胎内潜り』の大岩 
 昔、女人禁制だった頃、この山に登った女の人が、山の神の怒りに触れ、岩の間  に閉じ込められた。そのときのすきまだと伝えられている。
文殊山《周辺の地名》
  『小文殊』295m  室堂 
 『大文殊』365m 本堂
『奥の院』350m  大汝山
「山姿ヤマンバの岩洞」「八畳敷き岩」「岩上地蔵」
 榎坂(片山坂)〜北国往還(鎌倉時代)〜文殊山表道
「御題目岩」日像上人「南無妙法蓮華経」
   楞厳寺「文殊霊泉」水飲み場、→大村コ−ス 
「文殊寺」文殊菩薩〜知恵の神。(中国の五台山に習う) 
『酒清水』(徳尾町)
『十一面観音』(二上)
『文殊池』(新開田) 
  『筆塚』(太田) 
『泰澄寺』泰澄大師、麻生津、(福井市三十八社町)
  高僧泰澄大師の生家跡と言われ、本堂には泰澄自作とされ   る尊像を安置し、境内には大師堂・白山権現・鐘楼などが   立ち並んでいる。
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