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| 私たちの想い | |
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↓ハンセン病を学ぶ為にお薦めの順番に並べています
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■2000年5月7日開設時の思い 私たちは、インターネットを利用して「ハンセン病回復者とふるさとをむすぶ」というホームページを開設して、一人でも多くの方々にハンセン病にかかわる問題を知ってもらうきっかけづくりをはじめています。メンバーは6名で、大分市と別府市に在住しています。その内3名は薬害エイズ訴訟の支援組織「HIV薬害訴訟を支える会・大分」の会員で薬害エイズの闘いの中でハンセン病の問題を学んできたというのがホームページ開設の背景にあります。 これまで学んできたこと、 ●らい予防法の名のもとに、ハンセン病を患った方々は、全国のハンセン病療養所へ強制収容され治療とはなばかりで強制労働が行われ、退所規定もなく社会から強制隔離されていた。 ●ハンセン病が非常に感染力が弱く、プロミンという治療薬が開発された後もその政策は続いていた。療養所で完治してもふるさとへ帰れる方はまれで、現在でも全国の療養所に5300名あまりが暮らしている。 ●国の「らいは強力な伝染力を持つ恐ろしい病気である。」との宣伝と警察の立会いで行われた強制収容・強制隔離が、ハンセン病を恐ろしい病気に祭り上げ、差別と偏見を助長してきた。 ●1873年にノルウェーの医師アルマウェル・ハンセン博士がらい菌を発見。それ以前は遺伝病あるいは天刑病、業病といわれていた。天刑病というのは宗教的にいうと、前世において悪事をはたらいた人たちがなる病気。しかしそうした誤った理解は、菌の発見によって、本来ならば払拭されなければならなかったが、差別偏見は根強く残ってしまった。 ●ふるさとに残された家族も差別と偏見にさらされ、村八分・家族の離散などと追いつめられた。 ●その療養所の納骨堂に眠る23,000有余人。遺骨の引き取り手がないという。 ●現在、全国13の療養所在園者の平均年齢74歳、平均在園年数40年、今尚残る差別と偏見、長く社会との関わりから隔たり、帰りたくとも帰れない年齢にさしかかってきているが、ふるさとへの想いは枯れることがない、と聞いている。 わたしたちは、このホームページを通じて、ふるさとを結びたい。ここを訪れた方々が、何かを感じてもらいたい。そんな想いで開設しました。ふるさと大分にとらわれずに、全国のふるさとをつなげていきたいと思っています。 私たちは、ハンセン病にかかわる問題を知ってもらえるきっかけづくりを進めながら、ふるさと写真や催し情報を提供して下さる協力者・特派員を募集し、ハンセン病回復者の方が「ふるさと写真」を希望された場合にお届けすることが出来るような広がりをつくれたらと考えています。 (ふるさと写真の依頼は地域を限定していません) 「ハンセン病回復者とふるさとをむすぶ」はただ単にふるさと写真でむすぶのでもなく、ハンセン病回復者とふるさとに暮らす人々を結ぶのでもなく、すべての人達の心をむすびたいという願いを込めて名前をつけています。 もともとHPの作成は、個人の知ってきたこと、感じてきたことを掲載していこうという思いでした。e−MailをKWALKとしていますのも、KIYOの歩みという意味からです。障害者列車ひまわり号、薬害エイズ、そしてハンセンの問題などについてです。ただ、今一番力を入れるべきはハンセンの問題だろうと思いました。私自身の無関心から知らないことがたくさんあります。学ばなければならないことがたくさんある、と思うからです。 ハンセン病国賠の弁護士さんからも「草伏さん(大分の薬害エイズの被害者・ペンネームで薬害エイズ問題を闘い抜いた方)が生きていたらこの問題に全力で取り組むばずだ!」と聞かされていましたし、私自身も草伏さんならどうするのだろう?わたしの全力とはなんだろうと考えていました。ただ、ハンセンは学べば学ぶほど難しいのです。長い歴史と時間でしょうか、ハンセンを知らない世代だからでしょうか、過去から学ぶ力がないからでしょうか、まだその答えは見つかってはいませんが、見つかるまで待っていたのでは始まらないと思っています。それに、ハンセン病といっても知らない世代が圧倒的で、一般の方々は反応をなかなか示してくれないのも事実です。それなら、今知っていること、感じたことから始めよう、そのためにはハンセン病の資料や勉強が必要なので周りに声をかけたら、一緒にやろうとなっりました。マスコミへの依頼に何者かと思われるから、「じゃあHP作成委員会にする」って決めました。 わたしも含めて更に学んでいかなければならないと思っています。学んだこと、思ったこと、感じたことをHPに掲載していきたいと思っています。そして、私たちの思いが、いろんな面に、いろんな関心へつながっていけばと願っています。 KIYO(2000.05.31) |
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