ふるさと 九大シンポジウム 
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通称「九大シンポジウム」
熊本地裁に提訴された
らい予防法違憲国家賠償請求訴訟のきっかけになった
といわれているシンポジウムです


「人権の回復を求めて〜ハンセン病問題シンポジウム」

1998年2月28日(土) 13:00〜17:00
九州大学国際ホールにて

内容
T.パネルディスカッション
パネラー
由布雅夫(医師・国立療養所菊池恵楓園園長)
増田雅暢(九州大学法学部助教授・社会法)
角松生史(九州大学法学部助教授・行政法)
徳田靖之(弁護士)

U.アトラクション
V.交 流 会  

主催
九州弁護士会連合会
九州大学法学部


パネルディスカッションでのパネラーの方々の話しの概要

【由布】
 らい予防法廃止後2年、人権回復を目指し、知ってもらう(啓発活動)ため地域やふるさととの交流を進めている。
 年配の方は、「恵楓園の近くを通るな」「鼻をつまんで歩け」と言っていたが、偏見・差別は無知から起こる。
 全国平均で72歳、生活の基盤を望んでいる。
 社会参加できる環境づくり(例えば、県営・市営住宅の無料化は可能)から社会復帰へ。
 療養所在所のことを隠すことなく堂々と・・・。当事者だけでは解決できない。

【増田】(厚生省の事務官から文部省へ出向し、九大の助教授に)
 H8.04.01 らい予防法が廃止
           付帯決議に「社会復帰の施策を」とあり、それを受けて
 H8.12〜  社会復帰(試案方策調査)検討会
           社会復帰(地域社会での自立)希望のアンケートを実施
            約5000名のうち、100名が社会復帰を希望(30〜91歳の方) 
            80%は「考えていない」10%は「現在は考えていない」
             ⇒これは、その後の医療・福祉の充実があるから
 H9.08   中間報告の主な柱は
          ・社会復帰準備支援(就労訓練や金銭)
          ・相談事業(ケースワーカーや行政窓口)
          ・関係機関の連携(啓発活動)
          ・社会生活準備支援(退所後、一定期間金銭面の支援)
         金銭面については、予算措置の関係(障害者年金の支給などとの整合性)、
         公平性・公開性を考慮して苦労しながら進めている。 

●金銭面での発言や「完全隔離ではなく、適時運用面では柔軟に対応されている」「社会復帰時に、高額支援すると国民の理解が得られるかどうか?」の発言に後で会場内のハンセン病回復者の方々から反発が続いた。


【角松】
 行政法という分野で「らい予防法」をまったくやらなかった。
 行政の隔離政策を取り上げなかった。
 らい予防法は
  ・閉ざされた空間作り
    隔離が問題を遠ざけ、見えなくしてしまった
     ⇒考えなくてもすむ社会をつくってしまった
     ⇒感染力の弱さや治療薬のことは知らされずに、常識にならなかった
  ・特定専門家集団の独占(非民主的・ボス社会)
     ⇒薬害エイズの構図と同じ 
     ⇒1948年プロミン治療、
       しかし1951年 3園長は参議院厚生委員会でらい予防法の強化を訴える
  ・ハンセン病の新たな動向が反映されていない(閉ざされた時間)
     ⇒1956年のローマ宣言が日本では活かされなかった

【徳田】
 ハンセン病の問題は、責任を明確にして行くことが大切
 現状回復としての社会復帰とは、当時にさかのぼる人権の回復である
 未曾有の人権侵害、差別・偏見を二度と起こさないためにも加害者責任(国や私たち一人一人の)なくして本当の救済にならない
 本当の救済とは
  ・被害の実態が明らかにされ
  ・加害者責任が明確になり
  ・加害者責任に応じて賠償が妥当か判断され
  ・真の社会復帰出来るかどうか  を踏まえる必要がある
 過去を水に流し、当面の問題を検討するわけには行かない

【質疑応答から抜粋】(会場発言とはシンポに参加されていたハンセン病回復者からの発言)
 ・結婚したが不妊手術をさせられた。(会場発言)
 ・昭和37年ごろ外出できるようになったが、電車に乗れない、タクシーの乗車拒否にあった。13キロの道を歩いた。(会場発言)
 ・付帯決議は議事録に残す、法としての重みはないが一応決議されればその後の運動で実現できるものである。国の考えている支援はとても 不充分。社会復帰を希望している100名以外の人達も本当は心の奥では、思いを持ている。出て行ける状況になっていないだけ。差別・偏見・・・。(付帯決議の意味について尋ねられた会場の瀬古議員)
 ・人権っていったいなんだ。なぜ、らい予防法はなくなったのか、廃止の提案理由がはっきりしていない。必要ないからか、誤った法律だったからだ。現在では完治するというが、いつからなのか、1948年ではないのか。(会場発言)
 ・国の啓発活動の実態はポスター数枚だけ。国は何もしてくれない。らいという名称でも闘ってきた。(会場発言)
 ・国民健康保険の支給がなぜないのか。(会場発言)
 ・園長になってはじめて啓発できている。知らせて行くことで協力が得られてきている。確実に一歩一歩。(由布)
 ・患者は家族形成が出来ていない。結婚し妊娠したが妻は堕胎させられた。生きていれば40歳になっていた。どうしてくれるのか。(会場発言)
 ・らい予防法、および処置自体が違憲であるあると思う。我々弁護士は何もしてこなかった。はずかしいこと。(徳田)
 ・厚生省は患者が死に絶えるのを密かに待っている。(?)
 ・行政政策は法制度に基づいて。国会の審議を経て。多数党の政策、それを支援する国民・・・。(?)
 ・社会復帰支援金についてはいろんな世論・・・、公平・公正、国民の理解が・・・。(増田) 
 ・人権は奪われてはじめて分かる。国家が罪を認めないなら国家賠償しかない。国家の違法を宣言する。(会場発言)                          

●とてもエネルギーに満ちた会場発言でした。回復者の方々は次々に発言をされ、終了時間を大幅に過ぎていました。それに引き換え厚生省というか学者というか、他人事みたいに言うもんだなとあきれていました。パネリストのなかで、明確に答えていたのは徳田弁護士だけだったと思います。
 (注)以上は、大分から一緒に行った「エイズを学びながら人権を考える会」のOHATAさんの記録と私(KIYO)のメモをもとにまとめています。