■明石海人の生誕100周年に歌碑建立を計画
静岡新聞(夕刊)平成12年8月9日(水)より
明石海人の生誕100周年に
歌碑建立を計画
明石 海人
(あかし かいじん)
明治34年−昭和14年 本名・野田勝太郎
大正7年、沼津商卒。25歳の時、ハンセン病と診断された。
まだハンセン病が誤解を受けていた時代で、隔離された「長島愛生園」では
文学研究と短歌に没頭。他界の直前に出した歌集「白描」は
25万部を超え、当時のベストセラーとなった。
「早逝のハンセン病歌人
明石海人の生誕100周年」
「沼津商同窓会 歌碑建立を計画」
「療養施設 岡山・長島の石に刻む」
ハンセン病に侵されながら短歌に生きるあかしを求めた沼津出身の歌人、明石海人の生誕百周年(来年)に向け、母校の沼津商業高同窓会を中心に、故郷への歌碑建立計画が動きだした。海人が三十八歳で亡くなった療養施設「長島愛生園」のある岡山県・長島の石に歌を刻む。関係者は「癩(らい)は天刑であり天啓でもあると言い放ち、運命と闘った海人の生き方を伝えたい」と意気込んでいる。
歌碑建立計画を進めているのは五日に設立した明石海人顕彰委員会。沼商同窓会長の大井一郎さんが委員長となり、顧問には斎藤衛沼津市長、渡辺文芸沼津商業高校長が就いた。斎藤市長は「沼津にとって大変意義深いこと。できる部分で協力したい」とバックアップを約束している。
委員会は歌碑建立の趣旨に@不遇の中で短歌を学び、短歌に生きた優れた歌人としての海人の業績をたたえるA不撓(とう)不屈の生きざまを大いに学び、尊敬の思いを形にするBハンセン病への言われなき差別と偏見を正す発信基地とする−の3点を挙げる。沼津商高は百周年を迎えたばかり。「もうひとつの記念事業にしたい」と関係者は力を込める。
歌碑は沼津市の千本公園内と清水町徳倉の沼津商高校内に設置する意向。来年七月十五日の海人の誕生日に除幕式を予定している。
短歌を刻む長島産の御影石は、同窓会のメンバーが長島愛生園の協力で掘り出し、沼津に運んである。短歌の選定は海人に詳しい八十浜俊一牧水会理事や日大講師の岡野久代さんらの協力を得ながら委員会を設けて行う。
建設費は約一千万円を見込む。費用は募金で賄う方針で幅広い協力を呼び掛けていく。寄付などに関する問い合わせは明石海人顕彰委員会事務局<電話0559(32)5565>へ。
(注)静岡新聞(夕刊)平成12年8月9日(水)の記事をそのまま掲載しています。
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