■里帰り制度 1964(昭和39)年
長島愛生園で鳥取県出身者の里帰りが
鳥取県衛生部長加倉駿一の骨折りによって実現(11月4日)。
以後、郷土訪問が各都道府県で実施される。
厚生省保険医療局へ問い合わせたら
「里帰り制度については、各県の県費により実施されているようなので把握できていない。」との事でした。
それにしても、厚生省にはハンセン病担当者が一人しか居ないような感じでしたが・・・。
【参考1】
熊本日日新聞「しあわせの風見鶏 第2部(20)」から引用(掲載日は不明)
故郷−。昭和39年から各県が単独で、自県出身のハンセン病療養者を対象に、里帰り旅行への招待を行っている。昨年、恵楓園では、113人が長崎、大分、宮崎、京都、静岡などに旅した。
熊本県は県出身者が多い菊池恵楓園(248人・平成6年末)と鹿児島の星塚敬愛園(23人・同)で、一年交代で実施。このほか毎年、県出身の全員(281人・同)に、2000円の見舞金と1000円相当の慰問品を送る。
里帰り旅行は、恵楓園の場合は「外出の機会が少ない在園者に県内をみてもらおうという性格」(県保険予防課)。昨年は11月、五家荘にもみじ狩りに行った。
敬愛園の出身者は、11月6日から2泊3日の日程で、天草と熊本市内を訪ねる。県人会会長の木下義人(79)=仮名=は「熊本には帰れないとあきらめていたから、今では一番の楽しみ。でも玄関はくぐれない身で・・・。たまたまコースが郷里の近くになると“あそこだよ”って指すのが精いっぱい。」
●この記事から想像すると、熊本県は熊本県出身をすべて把握していることになる。菊池恵楓園に248人、星塚敬愛園に23人、その他の療養所に10人、計281人となる。他の県でもそうなのだろうか?把握は当たり前といえばそうなのだが、プライバシーというか個人情報が把握されているみたいでなんだか、いいのかな?という気にもなります。(K)
【参考2】
平成8年12月定例 鳥取県議会会議録 第6
号から引用
○10番(中尾享君)(登壇、拍手)私は、通告をしておりました3点の問題について、知事並びに関係部長にお伺いをいたします。
まず、ハンセン病への取り組みについてでありますが、去る11月12日に、福祉環境警察常任委員会副委員長として、岡山県邑久町のハンセン病療養所、邑久光明園と長島愛生園を、県執行部及び鳥取県共同募金会の代表を含む5名の慰問団によって、鳥取県出身入所者の方々を慰問してまいりました。その際に感じたことなども交えながら、今後の取り組みについてお伺いをいたします。
この問題につきましては、福祉環境警察常任委員会委員長であります鍵谷純三議員の提言により、本年8月に西尾知事も慰問に参られ、9月議会において、所感とともに今後の取り組みについても積極的に考えていきたいと述べられており、若干重複をする面もあろうかと思いますが、御理解を賜りたいと存じます。
ハンセン病は、藤楓協会が発行された冊子を見ますと、「洋の東西を問わず人類の歴史において忌み嫌われた疾病と言われてきた」と記されています。その理由としては、有効な治療法がなかった時代には、一たん発病してしまうと、徐々にではありますが、病気が進行し続けてしまう。その結果、神経が侵されて変形や機能障害を生ずることが多く、しかも、その部分が手足とか顔などといった一見してよくわかる部分であったためとされているところであります。
しかし、ハンセン病は、今では感染しても発病することの極めてまれな病気であることが明らかになっております。仮に万が一発病した場合であっても、医学の進歩により曙光を示す薬物が開発され、適切な治療により、ほとんど後遺症を残すことなく完治する病気であります。
にもかかわらず、我が国のハンセン病対策は、明治40年のらい予防に関する件の法制定以来、幾度の見直しを行いつつも、基本的には一貫して感染源対策としての患者を隔離することにより、ハンセン病の予防を図るという考え方で進められてきたところであります。多くの人々の努力と支援によって、典型的な差別法として適用されてきたらい予防法は、本年4月に廃止されました。
しかし、ハンセン病に対する差別や偏見が一挙に解消されるという環境が十分に整っているようには感じられないのであります。今後は、ハンセン病問題を教訓として謙虚に学び、その十分な反省の上に立って、すべての人がともに生きる社会づくりに取り組んでいくことが我々の務めであり、そして、その務めを果たしていくことが、これまでの長く厳しいハンセン病患者、あるいはその家族の方々の労苦にも報いることになるのではないでしょうか。
先日、慰問先の療養所で面談をしたことし94歳になられたという女性の方は、28歳のある日、突然らい保菌者として強制収容され、療養所内でも当時の医療体制は万全ではなく、患者同士が介助に当たるという苦しい時代を乗り越えたとお話をお伺いし、言葉もありませんでした。
また、療養所内での県人会のお世話をいただく男性の方からも、既に亡くなられた方々を含む多くの入所者が今日を迎えられた経緯を伺い、医療技術や福祉施設のあり方がいかに重要であるかを実感させられた次第であります。
このような、心身ともに苦しんでこられたであろう県人の方々でありましたが、鳥取県は昭和39年から全国に先駆けて里帰り事業を実施し、毎年各施設の慰問を実施するなどの積極的な取り組みを大変評価しておられました。とりわけ先ほどの年老いた女性の方は、知事さんに握手をしてもらった。あのぬくもりは今も忘れないと、何度も何度も繰り返し、感激しておいでになりました。また、県人会の代表の方からは、療養所内の県知事の慰問は全国に先駆けて初めてで、慰霊塔へ花まで添えてくださったと大変喜んでおいでになりましたことを、改めて西尾知事に申し上げておきます。
岡山県のほかに、香川県の大島青松園、熊本県の菊池恵楓園、群馬県の栗生楽泉園、静岡県の駿河療養所に県人の方が入所しておいでであると聞いております。入所者の年齢も高齢化の傾向にありますので、これらの施設の慰問もされてはいかがかと思いますが、今後の取り組み方を含め、改めて西尾知事の所感をお伺いするものであります。
また、先ごろの新聞に、山陰・夢みなと博覧会へ招待されるとの報道がなされましたが、久々の里帰りに大きな期待を寄せられているものと思います。喜んでいただける招待とするために、どのような規模と内容をお考えになっているのか、福祉保健部長にお伺いするものであります。
○知事(西尾邑次君)(登壇)中尾議員からハンセン病への取り組みについてのお尋ねがございました。
先般、愛生園などを訪問した所感については、県議会でも申し上げたところでございますが、長年療養所で暮らしておられる県出身者の入所者の方や家族の方々のことを考えますと、筆舌に尽くしがたい多くの苦しみがあったと考えられます。心の中というものはなかなかいやされるものではなかったであろうと、そのようにも想像しております。人間の尊厳とか人権について十分配慮し、行政に生かしていくことが、これまでの入所者の御労苦に報いることになるのではないかと思っているところでございます。先般、人権を尊重する社会づくり条例を制定いたしましたが、改めてその意義を感じているところでございます。
療養所の訪問についてのお尋ねがございました。
今後も引き続き県議会、共同募金会、保健所管内の住民の方々にもお願いしたいと思っておりますし、県職員も、岡山の2カ所は毎年行っておると思いますけれども、そのほかの地区は1年置きに訪問をいたしておりますが、これもできれば毎年訪問するようにしたいなというふうにも考えております。
また、地元新聞や特産の二十世紀ナシの送付なども行っておりますが、こういったことも引き続き行いたいというふうに考えております。
今後とも県民への広報活動に努めまして、人権学習の場などを通じてハンセン病の正しい理解を深め、偏見のない明るい社会をつくるように努力してまいりたいと考えております。
平成10年12月定例 鳥取県議会会議録 第4号から引用
○4番(長谷川稔君)(登壇、拍手)私は、まずハンセン病問題について、県の取り組みについて質問をいたします。
11月2日、県と精神保健福祉協会による心の健康フォーラム「人権について――精神障害者とハンセン病患者とのかかわりから」と題して、大谷藤郎藤楓協会理事長の講演会が実現を見たのであります。ハンセン病を正面から取り上げた講演会が県の主催によって開かれるという従来の受け身対応型から社会啓発運動型へ踏み出す積極姿勢が伝わり、らい予防法の廃止を差別・偏見の呪縛から私たち自身が解き放たれる契機としなければならない感を強くするのであります。
また、大谷藤郎さんの指摘にもあるように、差別・偏見は一般の人々の間に初めからあるのではなく、専門家や役人など関係者によってつくられ、知らない間に一般化されてしまうというおそれを戒めなくてはならないと考えます。
そんな折、長島愛生園入園者自治会史「曙の潮風」が10月に発刊され、そこには次のように書かれています。
96年8月26日、西尾邑次鳥取県知事が来園され県人会員と懇談。園内見学の後、納骨堂に参詣。県知事みずからの来訪は異例のことである。鳥取県は無らい県運動の先駆者、立田県知事が1938年(昭和13年)に来園、立田、大山の寄附寮舎の落成式に参列している。予防法改正後、他の都道府県に先立って、長年ふるさとの土さえ踏めなかった入園者たちの里帰りを実行、他の都道府県に啓発した。これによって里帰り運動は拡大していったのであって、この反省行動こそ反省を示す実践だと評価したい。各都道府県知事の命令により人権侵害の強制収容が行われた事実であるから、鳥取県知事に見習うべきものと特筆させてもらったのである。
文面は以上でありますが、知事の行動に象徴されるように、最近の県の取り組みは意欲的であり、特にあらゆる差別を許さない県土づくりの一翼を担うという自覚からでしょうか、部落解放講演会の機会を通してハンセン病療養者交流事業の報告がなされるなど、思いひとしおであります。ハンセン病問題解決のための努力に期待を寄せつつ、県の取り組みについてお尋ねをいたします。
○知事(西尾邑次君)(登壇)長谷川議員からハンセン病についてのお尋ねがございました。
私も、ハンセン病療養者の皆さん、そして、その家族の皆さんを含めてでございますけれども、今まで筆舌に尽くしがたい御苦労があったということは承知をいたしておりまして、まことに気の毒な思いをいたしているところでござます。このような差別や偏見は二度と繰り返してはならないと強く思っているところでございます。
平成8年8月には、先ほどもお話がございましたけれども、私も岡山県の長島にある療養所を訪問いたしまして、本県出身の皆さんにお会いするとともに、お墓参りもさせていただいたわけでございます。その際にもぜひ山陰・夢みなと博覧会においでいただきたいということを申し上げて、その後、招待をいたしたわけでございますが、皆様も喜んで博覧会においでをいただいて、その場でもいろいろとお話をしたところでございます。
本年度は、県民ボランティア20名の皆さんと県職員等岡山県の療養所へ派遣をいたしまして、療養所の皆さんと県民との交流を深めていただいたところでございます。交流事業の参加者の中には、その後療養者の方との自主的な交流を続けている方もおありだというふうに聞いております。また、ことし参加いただいたボランティアには、その体験を人権集会などの場を通じて発表していただいたところでございます。
啓発事業としては、平成9年度から中学3年生を対象とした啓発パンフレットを作成して、全生徒に配布をいたしております。本年11月には、らい予防法の廃止に尽力された財団法人藤楓協会の理事長、大谷藤郎さんに、「精神障害者とハンセン病患者とのかかわりから」という題で人権問題について御講演をいただいたところでございます。
これらの取り組みの結果、県民の間にハンセン病に対する理解が高まってきているというふうに見ております。今後とも、県民の方たちにハンセン病に対する理解を深めていただくように、さらにさらに取り組んでまいりたいと存じます。
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