日本統治前の朝鮮↓


1895年 首都Seoul 南大門


Seoul中心街 通りに面した藁葺きの建物は商店


Seoul 東大門通り


1888年 朝鮮 Seoul

Seoul


Korean Restaurant


平壌
釜山


Seoulの人々【カラー補正】


"Korea and Her Neighbours" by Isabella Lucy Bird 
『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』 イザベラ・L. バード 

英国人女性旅行家 Isabella L. Bird が朝鮮を訪れたのは、1894年、62歳の時である。
以後3年余、Bird は4度にわたり朝鮮各地を旅した。

「朝鮮紀行」("Korea and Her Neighbours")に書かれている李朝末期(約100年前)の朝鮮の姿は凄まじい

・貨幣制度が(ほとんど)ない。
・ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市。
・一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。
・道はとにかく悪い。

Bird が見たSeoul
 「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと
疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。
ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。 蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が
かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。
他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない。
結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。」

--------------------------1910年 日韓併合--------------------------------------


日本統治時代の朝鮮↓


Seoul 南大門


Seoul全景


 


大田 本町通り


1940年 左端の女性は朝鮮の舞踏家・崔承喜
平城


釜山


釜山 草梁市街全景

日韓併合後、日本は朝鮮半島を日本本土と同じと考え
日本国民の莫大な税金を注いで、朝鮮を近代化させた。
日本の敗戦後、韓国はアメリカによって独立し
結果的に日韓併合は日本に多大な経済的損失を与えただけとなった。

しかし、それでも日本は朝鮮を併合したことについて
歴代首相や天皇が何度も何度も韓国に謝罪し、賠償している。

1965年に日本は、日韓の歴史問題の清算として「日韓基本条約」を締結した。
日本は韓国に個人補償形式による賠償を提案しましたが、韓国はこれを拒否し
国家賠償としてお金を受け取り、個人賠償の分配は韓国政府が行うもの
という形で日本政府と合意した。
また、日本が朝鮮半島に残した総資産は現在価格で16兆9300億円にもなるが
日本政府はこの返還を放棄している。
他のアジア各国の植民地と比較すると、韓国は最高の待遇を受けたと思う。
日韓基本条約で韓国が日本から貰った資金は主に韓国の国家経済の建て直しに使用され
インフラという形で韓国全国民が恩恵を受けたのだ。
しかし、韓国政府は1965年に締結した日韓基本条約を
2004年になるまで韓国国民に隠していた。
また、戦後の日本は韓国に経済援助と技術支援をし続けてきたが
韓国社会では、日本がどれだけ韓国に援助していても
日本の貢献という類のことは国民に知らされない。
ですから、韓国人たちは事あるごとに日本に対し
「日本人は謝罪も賠償も反省もしない」と批判する。

朝鮮人は、日本の旧植民地である朝鮮、台湾、パラオなどの中で
一番の高待遇を受けた国なのだが
日本統治の肯定的な側面と否定的な側面を
客観的に評価しているパラオや台湾とはまるで歴史観が異なる。
韓国の言論では、日韓併合の肯定的な側面を少しでも評価することは許されない。
韓国は民主主義で自由な国家だと思われているかもしれないが
実際には、IPI(International Press Institute)に
言論をコントロールしている国家として監視対象にされている国である。
韓国の歴史教育では、かつて自国が中国の属国であったことも教えていないし
日本の植民地になる前の李朝鮮時代は「東洋の理想国家」かのように美化し
その平和で豊かな朝鮮を日本は侵略して搾取の限りを尽くし我が国の近代化を阻害した・・・

というような教育がされている。

韓国の金完燮(キムワンソプ) 『親日派のための弁明』より

〜現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会〜

「韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したなら
もっと今日の暮らしが良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。
特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、
上品な言葉遣いのテレビの歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で
外勢の侵略がなかったならば静かで平和な国家を保てたろうと錯覚する。
しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。」


↓以下は、韓国の歴史観による絵と模型
5000年の偉大な歴史と文明を持ち大帝国を築いたとされる

「韓国は未開で野蛮人だった日本に文化を教えた」 という著しく誇張された歴史観は韓国人の誇りであるようだ。
下の写真は1863年の日本の江戸時代だが
韓国の歴史教科書では、江戸時代に朝鮮の使者が日本の首都に訪問すると
"江戸の野蛮な市民たちが"「文化を教えてくれ!」
と哀願したとして、韓国の子供たちに誇らしく伝えられいる。

1863年 日本 江戸(tokyo) 英国人フェリックス・ベアト撮影  右にスクロール→

韓国の評論家 金満哲の言葉

「同胞韓国人は嘘つきばかりである。
私はそのことが恥かしく、情けない。
「韓国は独力で近代化を成し遂げた」だって?
馬鹿を云うな。韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。
「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい。
同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ。
ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本に憧れ、日本人になろうとしたのだ。
「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。
誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ。

「漢河(ハンガン)の奇蹟」だって!笑わせる。
日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ。
これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろう。
「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。
一体、併合前の朝鮮半島のどこに「文化」なるものがあったのか。
併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。
現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ。
虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである。
このような韓国の本質を知らず 「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて自己満足している本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない。
これが恥でなくてなんであろうか。」

日本の歴史教育について


修学旅行で、韓国人に土下座して謝罪させられる日本の学生たち

日本人は、学校教育によって子供の頃から繰り返し戦争加害者としての歴史を徹底的に叩き込まれており
たとえ嘘でも、無批判に受け入れてしまうほど、その教育の洗脳は大きく
多くの教科書では、信頼できる証拠のあるなしにかかわらず
日本の悪行のみが数多く記載されいる。
(注:日本は朝鮮を武力ではなく、国際法に定められた手続きをして併合した。)

しかし最近、嘘と事実を選別する運動が起こり、その成果の一部が極一部の
教科書に反映されたに過ぎず、事実を隠した教育をしているわけではない。
中国と韓国が「歪曲教科書」と批判している扶桑社の歴史教科書を使っている学校は
全体の0・2%に過ぎない。
(その教科書すらも戦争を美化したり肯定していない)
このように過去の歴史に対する罪悪感を植え付けられている日本人に対し
中国人や韓国人は「日本は反省していない」
「日本政府は戦争や植民地支配を美化して歴史歪曲教育をしている」
と日本の教科書を読んだこともないのにマスコミからの情報だけで信じ込んでおり
彼らは反日宣伝を続ける。

外国メディアも日本の教育現場の実態を知らないまま
中国や韓国の主張をそのまま鵜呑みにしている。
日本人でありながら、日本国歌を歌うことを拒否する人々が多く存在するのは何故だろう?
全て、日本が戦後行ってきた「愛国心の否定」「戦争反省教育」によるものなのだ。

(注:このサイトは英語圏向けに書かれた日本版です)