気まぐれ日記
風景歳時記

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2017.08の記事…【Index⇒2017.06.30-08.31 Diary検

9月19日(火) 晴れ

台風一過

満を持して迎えた台風18号は、日曜夜9時前後から風と雨を運び
肩透かしのように過ぎ去った。
幸運なことに外周をかすった感じで終わった。
昨日の朝、あまりの静かさに目覚めた。
なんと穏やかな敬老の日か。
窓を開けて遠い山を見入った・・・。

台風過遠山影を正しけり  西村舟津

普段見えない山肌の木々の陰影がはっきりと見える。
空気が澄んで空も青く、久しぶりの深呼吸をしてみた。
街中で空気が美味しい、久しぶりだった。

台風が過ぎると少し空気が変わる。
残暑を連れ去るのか、耳に届く音が少ない。

台風が通過しているさ中も
虫の音は吹き付ける風音の間から聴こえてくる。
小さな羽をこすり合わせているのだ、そう思うと
その音色がとても儚く愛しく感じた。

三連休も終わり、いつもの生活が戻る。
淡々と過ぎる、これもまたよし。特別なことがなくても
少しだけ幸せに思える。


9月16日(土) 

秋雨

台風の予兆、朝から雨。
明日からは台風18号がより接近する。
この連休は、大人の引きこもりと決断
ガソリンも満タン、冷蔵庫も満タンではないがそこそこ。
本格的な「晴耕雨読」をしようと決めた。

昨日、いつものブックセンターで落とし物をした。
本物のクマよけの鈴・・・10年越えのお守りがない。
気づいた時、思った。
見事に消えた、もう役目は終わったということなのか、と。
音が控えめで良い感じだった。
昨日の午後からはクマのぷーさんの鈴が二代目となったが
音が高い、主張しているのが何とも不自然でならない。
そのうち慣れる、そう思うことにした。

秋雨は静かに降る。
台風の風が加わる明日の雨音はどうだろうか。
何事もなく通り過ぎてくれることを願おう。

街路樹が少しずつ色を変える。
落葉樹は枝がはっきりとしてくるこれからの季節。


9月13日(水) 晴れ

秋の月

駅前のタワービルの間から月が浮かんだので一枚。
何度もシャッターを切ったが三脚なしではだめらしい。
それでもこの感動を残そう…手ブレありの昨晩11時過ぎの月。

誰が見上げても月は一つなのに風景が違う。
街明かりが少ない場所では、月より星が美しい。
満天の星空は、手に届きそうで畏れを感じた。
遠い昔、知床の深夜の空がそれだった。
あんな星空は、きっと自然がいっぱいの場所に住む生き物のもの。
でも、もう一度見てみたいと思う。

今年の中秋の名月は、10月4日。
真円でいうところの満月はその2日後。
少しいびつな十五夜を眺めながらキッチンに立つ。
楽しみが先にあると、少し頑張れるかもしれない。
願わくば、晴れになるように…。

秋も深まって夜遅くは虫の音が響く。
日中はまだ蝉の鳴き声もしているが
今朝、ミンミンゼミの鳴き声が聴こえたような気がした。
この地ではありえないだろうと思うのだが
近ごろは、生態系も乱れてきたのか
関東でクマゼミの姿が増えているという。
では、東海地方でミンミンゼミが鳴いていても
不思議はないのかもしれない。
今年、虫好きだった息子が「ミーンミンミン」って鳴いていると
言っていたことを思い出した。

子供の頃、ミンミンゼミとヒグラシの鳴き声で育った。
大きなクスノキと青い空を思い出した。


9月 9日(土) 晴れ

重陽の節句

今日は、五節句のひとつ「重陽の節句」
菊を用いて不老長寿を願うことから
別名「菊の節句」というらしい。
中国に古来伝わる習わしの一つ。

朝夕の気温が低くなり過ごしやすさが増してきた。
このところ眠い、一日中寝ていたほど眠たい。
夏の疲れが出るのだろうか。
しっかりと食べてしっかりと寝ることが一番のようだ。

健康を保つということはそれはもう大変。
若いころとは違ってなかなか思うようにならない。
とりあえず、痩せたいなどという欲望は持たず
ちゃんと食べよう・・・そう心に誓っている。

母が私の年齢の時
脳梗塞を患い、右手と右足の麻痺が残った。
正座をして痺れが切れた時のあの無感覚が
ずっと続くのだと、生前聞いた。
足が痺れる度にそれを思い出す。

生き急ぐことはない。
ゆるくのんびりと歩めばいい。
ゆっくり歩めば風景が良く見える。
そして、自分を含めた様々な人の心が見えてくる。

自分らしく、これが一番。


9月 6日(水) 

雨読

秋雨は夏の気配を遠ざけつつ、少しだけ蒸し暑さも残す。
こんな日は、『晴耕雨読』となるが
晴耕は、晴れた日は田畑を耕し、という意味なので
私の場合、田畑とは縁がない。
後半の『雨読』のみという単純なもの。

10年ほどご無沙汰の作家さんの談話を
一週間ほど前にラジオで耳にし、6月に小説が出ていたらしい。
最後に読んだのは「エロマンガ島の三人」。
この作家、書籍タイトルに無理があり、常にネットで購入をしていたが
今回はまともそうなタイトル、取り寄せするのにためらわずに済んだ。

読書の秋には早いが、文字を目で追う作業は
どこか修行のような時もある。
難解で面倒くさい作家、面白すぎてすぐに読み終わってしまう作家
今回の作家は、あまり記憶に残らないがさっと読める。
なのであえてゆっくり、のんびり、雨の日だけ読むのも悪くない。

この夏は暑すぎて雑草のオキザリスも花をあまりつけず終わった。
疲れた葉を全部刈り取り、本来の小さな葉をたくさん出した。
リニューアルなオキザリス、本当は小さな四つ葉のクローバー。
自然界すべてがクールダウンしたような今日の雨。
ありがたくもありの一日になるだろうか。


9月 2日(土) 晴れ

朝晩の涼しさ

秋の領域が少しずつ増えてくる、この時期は日中の暑さは格別に続く。
私の住む処は、まだまだ残暑。

買物の残暑の傘を折りたたむ  長嶺 勇

毎日出かけなくてもよいスーパーなのに出かけている。
きっとこれが私の仕事、だからか。
ほぼ同年代の人は、自分のために日々時間を費やしているのだろうが
私はまだまだ、頑張って動いている。動ける間はそれでいい。

残暑は厳しいが、日傘をさして歩くと涼しい風を感じる。
少しずつ覚醒をしていくような気持になる。
朝晩の涼しさが増していて、夜遅く、虫の音は日増しに強くなっている。
気が付けば、蝉の音は消えた。
季節のめぐりはある日突然にやってくる、生き物に教えられる。

昨日、公園脇を歩いていたらアゲハチョウがひらひらとあらわれた。

優雅に舞う蝶の姿に、数年前の9月半ばにふらりと
ベランダにやってきたアゲハ蝶を思い出した。
時期外れにわが子のために餌となる葉を探していたのだろうか。
我が家の小さな山椒の鉢植えに6つほど卵を産んでくれた。
食べつくし、木までかじってくれた。
我が家に残ったのは丸裸の山椒の木。痛々しい。
蛹は一つだけ、翌年の春、羽化をした・・・そして飛び立った。
生きることは大変で、食べるものがなくなると青虫たちは移動をする。
地上4Fからどうやって次の木を見つけるのか。
過保護な私は、山椒の枝をもらって食べさせていた。
それでも足りない・・・切ないほどの後悔が生まれた。

それ以来、山椒にはネットをかけ枝を払っている。
秋になると、思い出す。
生き物は健気だが残酷であることを。

我が家の金魚は、猛暑酷暑の夏をまた乗り切った。
煩雑な扱いをする飼い主に呆れ果てているだろうか。
今朝も元気にパクパクと餌をよく食べていた。


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