気まぐれ日記
風景歳時記

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2017.07の記事…【Index⇒2017.06.30-08.31 Diary検

8月15日(火) 

終戦の日

終戦の日、雨が降るのは珍しい。
過去、晴れた日が多かった。
戦後72年、戦争体験者がどんどん減っていく。
それはそれで、命に限りがある故の変化。
それと比例して戦争を語り継ぐ人も減る。
過去の戦争を忘れてはならないが
別の意味で風化していくのは自然の流れでもある。
多くの犠牲の上に今の時代があり、
それを受け継ぐ一人として平和ボケはしないように
常に思い生きてゆきたいと改めて思う朝。

72年前のこの日、青空に蝉しぐれが響いていただろうか。
今年、私の周りで蝉の鳴き声が少ない。
それだけ蝉の好む樹木が減っている。
とても残念。緑が少なくなり寂しい。

過去を想い、今を生き、未来へ繋ぐ。

今を生きる者の責務は
未来に平和を引き継ぐこと。

朝からの雨にこころ落ち着く朝。
久しぶりに室温も低い。
クールダウンの終戦の日。
賑やかな高校野球のBGMもなく
静かに夏が過ぎていく感じだ。

お盆休暇も終わる。
日常に戻る心の準備をするには
雨は程よく喧噪を消してくれている。
蝉も鳴かず、蛙も鳴かず・・・なんて静かな朝。

数日前の深夜、気の早いコウロギが鳴いていた。
秋なのだ…夜はすっかりと。


8月13日(日) 晴れ

秋の気配

残暑の中に吹く風のさわやかさと
日蔭の心地よさ、思いがけず目にする赤とんぼ
空を見上げれば心なし雲が秋の気配

日中は暑い、それでも秋はやってきている。

11日は山の日。今年からの祝日。
山歩きをしなくなってどれほどになるか。
山国に住み、山を常に目にしている
山の恩恵はとさほどなく過ごしている。
山を想う…
遠い昔、知床を回り知床峠に立った時は秋のはじめ
冬はどうだろうか、と考えて息が止まった。
たぶん、雪だらけ。この峠は通行ができないのではないか
そんなことを思った。

『山の中で人は蟻のようになる』
随筆家・串田孫一の著書「若き山の日」より

山の包容力   串田孫一

こんな山肌の色を見たことや
寂しい谷を切りに濡れて歩いたことが
あなたをやわらく救うときがあるでしょう
取りつきようのない淋しさの中を
蟻になった気持ちで歩いたことが
あなたを元気づけることがあるでしょう


自然が豊かで優しさをいっぱい持った山も
時に荒れて厳しく辛い時を作る。
五感を使って命を守ること
山だけではなく、どんな場でも
足をしっかり地につけて歩む。
これを学ぶ日が、山の日か。

知床峠から見る羅臼岳は力強い。
山へ入ればそこにはそこの生き物がいる。
そう思うと山は遠くで眺める
これに限るのか、こんなことに思いをめぐらす。
今日はお盆の入り。迎え火は焚くことはしないが
心では思う、亡き人たちのこと。



知床峠から望む羅臼岳


8月10日(木) 晴れ

夏の胡瓜

野菜に季節感がなくなったのはいつからか。
キュウリ、トマト、レタス、ナス
夏野菜がオールシーズンになった。
その代り、野菜の香りやうまみが薄らいでいるような気がする。
夏には夏の野菜の味があって、旬を感じたい。

夏のきゅうりは格別。
冷して岩塩を振って食べると体の内側から涼しい。
キッチンの流し前で風に吹かれて一口食べると
お行儀は良くないが、一番おいしいと思う。

農家の人たちはすごいな、と思う。
野菜の持つ本来の形や味をしっかりと作り出す。
私にはそれができないから、天の恵みを感じる。

命を繋ぐことを思えば、食は大事にせねば。

昨日は、長崎原爆の日。
広島から比べたらメディアの取り扱いが少し地味に思う。
一週間の間に2つも原爆を実験的に投下した国へ
今でも「なぜ?」を聞きたい。
アインシュタインは、投下後の日本を訪れ強く後悔をしただろう。
人のためのサイエンスはその裏も持ち合わせている。
使い手と使い方のミスを72年経った今でもそれを思う。

「あなたはどこの国の総理ですか?」と静かに尋ねた人がいたという。
長崎でそれを尋ねられたその人は、明確に応えていない。

日本という国は、残念ながら腐敗の一途を邁進している。
それを感じた新聞の記事に溜飲は停滞をし続けている。


8月 6日(日) 曇り時々晴れ

ヒロシマの朝

72年前の朝の空も青かったと聞いた記憶が残る。
今日は、広島への原爆投下から半世紀以上も過ぎた。
それでも核廃絶は進むどころか脅威が増える。
72年前の戦争終結に使われたのは原爆だった。
この狭い日本の国土に2度も落としたのはアメリカ。
使ってはならない最終兵器だということを知ったことだろう。
戦争は何も生み出すことはなく
ただただ辛く哀しい歳月を与えるだけ。

同じ国土に生きながら立場によって見解がちがう。
国と県、この隔たりは一年前より遠くなったような気がする。
  そして距離が離れた分溝が深くなった。
子供たちの平和宣言に未来を感じ
国の代表の言葉は、昨年とあまり変わらない。
本当の平和は、本来国を動かす人となった者たちの責務。
それすらできないのかと、怒りよりもあきれてしまった。

それでも人々は生きていく、どんなことがあっても。
結局、最後は自分を守るのは自分以外の何物でもないことを知る。
いつだってそう、最後は個で生きるしかない。

日本の夏は憂鬱だ。
暑いだけではない、一週間も経てばあの世から
親しかった人たちが戻ってくる。
道はひらくか、こっちだよと呼び寄せなければならないらしい。
私は遠くからそれを思う。
最期に会えなかった人たちへ、ごめんなさいを
お世話になっていた人たちへ、ありがとうを
それを心で届けたい。
この青い空のその上のずっと上の
モクモクの白い雲の上で足をぶらぶらさせてこちらを見ている
そんなことをおもいつつ、8月6日を過ごす。

こんな平和になったのに命を無駄にする人が多すぎると
きっと生きることができなかった人たちが思うことだろう。
もっとちゃんとしないとだめだな、それを夏になると思う
そして胸がチクリとする。ちゃんと生きないとならない。

少し気分が低迷をする夏の日が近い。
心を閉ざしてじっとしていれば、時間は過ぎる。
空の青さが少し変わったら私も元気になれるだろうか。


8月 4日(金) 曇り

葉月

遠い山まで青々としている。
それでもこの曇り空が邪魔をしてはっきりとはしない。
暑中から立秋の合間を縫って台風が近づいている。
週末から週明けは荒れ模様になりそう。

夏のワードの羅列
夏休み、旅行、花火、浴衣、簾、藤枕、風鈴、かき氷
夏祭り、盆踊、規制、葭簀、冷奴、麦茶、団扇、鵜飼、日傘、蝉しぐれ…

葉月に倣ってレタスの仲間「グリーンリーフ」。
サニーレタスより歯触りが固く、青味が強い。
でも苦味がない、水分が少ない…
でも、なんだか元気をもらえそうな気がする。
それでもスーパーの野菜コーナーではどうしても手が伸びない。

夏は食欲不振というけれど
なぜだか食も落ちず、夏バテも感じず8月を迎えた。

もうすでに秋の気配が無きにしも非ず、の空気感。
過去、こんな夏があったか。
きっとあったのだ。日差しも少なく、熱帯夜と呼ばれる夜も少ない。
連日連夜の猛暑と熱帯夜があった頃のことを思えばまだまだ。

真夏の昼下がり、アスファルトに立つ陽炎の揺らめき
それを目にしつつ、子供をプールへ連れて行っていたあの日あの時
確かに私は生き生きと過ごしていた。
今は、何やらゆるゆるとしすぎているが若くはない
無理はせず、自分の目線で過ごすしかない。

8月には8月の楽しみを…
夏のワードの羅列、今の私には遠すぎてだいぶ白けている。
世の中も何やら覇気もなく
それでも、故郷の同級生が大臣に任命されて
よかったね、やっとだね・・・そうつぶやいている。


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