ここでは福島芝囃子の歴史の紹介、昭島市史に記述されている内容の紹介、曲目、囃子に使用する楽器の紹介をしていきます。

歴史

福島芝囃子は、嘉永年間に地元有志によって始められたもので、初めは目黒囃子を継承していたが、 明治初期に埼玉県三芳町千曲座の師匠から芝流の伝授を受け、芝囃子を行なうようになったものである。 芝囃子は、別名「御座敷囃子」とも言われ、キザミが多く曲全体が流麗であることを特徴としている。 構成は、笛1、小太鼓(ツケ)2、大胴1、鉦すり1から成り、曲目は、囃す順に「ぶっ込み」「三ツ星切」、 次いで、宮昇殿・鎌倉・宮鎌倉・国固めといった「静かもの」、次いでやや賑やかな仕丁目(先玉・後玉)・ 三ツ星切・仁羽・最後にまた三ツ星切と続く。三ツ星切は、普通「囃し」とも言う。 福島囃子は、地域の悪霊退散・疫病防除を祈願する福島神社祭礼に際し、奉納囃子をはじめ、神輿渡御の出発にあたっては「送り囃子」を、その帰社にあたっては「迎え囃子」を演ずる役割になっている。写真:福島芝囃子を紹介する看板 福島神社にて。


福島神社(左)神楽殿;練習場所 (右)

昭島市史による記述

福島神社の祭礼と奉納囃子

(昭島市史より抜粋)
福島町字滝の上に鎮座し、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭神として祀る福島神社は、江戸時代文化・文政期に刊行された「新編武蔵風土記稿」にも記されている如く、古くは蔵王権現社を、その社名とし、土地の人から「産土(ウブスナ)様」或いは「御岳(ミタケ)様」と通称される福島の鎮守社である。
同社の例年の祭礼は、かつては「中の九日(ナカノクンチ)のお祭り」と称され、九月十九日に執行されるのが習わしであった。この祭礼は、主として悪疫退散を祈願するものであると考えられる。このことは、この祭礼において、後述する如き獅子頭の村内巡行、神輿洗い等の祭礼行事が行われることからも明らかである。(注:現在神輿洗いは行われていない) 福島はその昔、「中神内緒で花が咲く、福島疫病、云々」という同町に伝わる悪口の俗言にも表現されている如く、疫病(ハヤリヤマイ)が多かったと伝えられている。この疫病の災難から、何とか身を、村を守ろうとする、村人達の切実なる願いが、この鎮守祭礼に集約されたことであろう。この祭礼を行わぬと、疫病が流行すると信じられ、毎年欠かさずこの祭礼は盛大に挙行されてきたのであった。

・・・続きを読む
長文のため複数に分けて掲載

曲目


囃子に使用する鳴りもの

[笛]
習い始めは六本調子で習うが次第に五本調子へと移行する傾向がある。 福島芝囃子は静かな曲調が多いため四本・五本調子がとても良く合う。
[ツケ]叩き手から見て(左図)右側がカシラ左側をシリと呼ぶ。
囃子連に入るとこのツケから覚えていくこととなる。
[大胴]
大冠とも呼ばれる。
[鉦]
鉦を打つときは手で鉦の裏から手を離して、刻みを打つときは鉦の裏を押さえてが基本。
福島芝囃子トップへ戻る