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2009.3.1現在
■223系5500番台(福知山電車区)
![]() 試運転時の5500番台。まだオレンジラインがない。 |
![]() 冬季はツーパンタグラフ運用もある |
| 1994年、221系の後継新型電車として登場した近郊型電車である。221系は従来の113系と同様に動力車のMM'ユニット方式をとっていたが、 223系は走行に必要な機器類を1両の電動車に集中させる方式を採用し、4両編成でMcTM1T'cとなる。 2008年7月に福知山電車区に配置された5500番台は、先頭車が貫通構造であるマリンライナー用5000番台や521系を模倣し、車体構造も尼 崎事故を教訓に従来の223系より車体強度を向上させた車輌。2両16編成が配置され、老朽化した113系3800番台などに代わり福知山線への 投入を皮切りに、8月から山陰本線にも進出し、京都口では221系との併結も見られるなど、北近畿地区ローカル輸送の中心的存在となった。 運転区間は山陰本線京都〜城崎温泉、福知山線福知山〜篠山口、舞鶴線である。 |
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■223系6000番台(宮原総合運転所)
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2008年3月15日に開業した「おおさか東線」に開業にあたり、新たに製造されたもので、
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■211系(京都総合運転所 網干総合車輌所)
![]() 2008年には、新たに山陰本線京都口で活躍開始。 |
![]() 播但線の朝のラッシュ時には6連編成も運用に残る。 |
JR西日本の新快速電車として1989年に登場。当初より臨時急行等運転は見られたが、定期列車としての北近畿地区でのデビューは 1999年10月福知山線大阪〜篠山口の快速電車として登場。2000年3月には日中の同区間快速「丹波路快速」として運用開始、同時に 福知山の113系を置き換える形で福知山線を北上し、福知山まで1日4往復運転された。 以後、福知山線では、最も普遍的に見られる形式で、快速、普通列車に福知山線ローカル輸送において主役の座を不動のものとした。し かしながら、2008年6月より福知山線において大部分を占めていた4連運用を新鋭の223系に譲り、山陰本線京都口にコンバートされ、福 知山線では一部の快速を6連として、篠山口まで乗り入れるだけとなり大幅に減少した。 一方、山陰本線京都口に福知山線で余剰となった車両を転用し、2008年2月より京都〜園部間で定期運用を開始し、福知山まで113系 で運転されたいた1往復をも置き換える形で9月よりその勢力を拡大し、福知山線の顔から、山陰本線京都口の顔へと転身を遂げた。また、 播但線姫路〜寺前においても朝のラッシュ時に6連編成が1往復運行されている。 |
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■521系(福井地域鉄道部敦賀運転派出所)
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2006年10月に実施された敦賀直流化により、419系電車を置きかえ登場した 交直流近郊型電車。2両編成を基本とし、合計5編成が福井地域鉄道部敦賀運 転派出に在籍している。 2009年3月の改正で、従来は運転されていなかった小浜線に投入され、125系 電車で統一されていた中で、1日3往復東舞鶴まで顔を出すこととなった。 |
■125系(加古川鉄道部、福井地域鉄道部敦賀運転派出所)
![]() 2006年に福知山から敦賀に転出した1次車。 |
![]() 加古川配置の2次車からはスカートが大型化された。 |
![]() 敦賀に新製配置された車輌は2次車と同じ。 |
2003年3月の小浜線電化に際し、JR西日本初の両運転台電車として 福知山運転所に8両が配置された。その後、2004年12月の加古川電 化で加古川鉄道部に4両、2006年10月、敦賀直流化の際に、福知山 の8両を敦賀に移動させた上、6両を新製し計18両が北近畿地区の周辺 で運行され、近畿圏ローカル電化地区の標準電車の地位を確立しつつあ る。 現在の運用区間は敦賀車が小浜線、最終、始発の入出庫のため舞鶴 線東舞鶴〜西舞鶴、加古川車が加古川線全線を担当し、西脇市以南は 103系の運行を日中を中心に補完する形で運行されている。平日のラッ シュ時では、小浜線で4連、加古川線加古川〜粟生で3連の運用が見ら れる。 |
■117系(京都総合運転所T編成)
![]() 8連での運用は新快速時代を思い出す。 |
![]() 福知山線4連運転時代の1コマ |
1979年東海道線新快速として登場した 車輌。2005年6月より、これまで運用され てきた福知山線よりコンバートされ、山陰本 線園部以南で8連編成でラッシュ時を中心 に運用されている。 北近畿地区には1990年3月福知山線 篠山口以南、1995年4月福知山、山陰本 線城崎までの運転で運用範囲を広げた。1 999年10月改正では、山陰本線の運用撤 退、2005年4月の尼崎事故で、同年5月福 知山線での15年に渡る運用を終了した。 山陰本線京都口での運用も2008年3月 改正にて終了し、現在は湖西線や山口県で 活躍している |
■321系(網干総合車輌所)
![]() 福知山へ乗務員訓練のため回送。 |
![]() 今や京阪神大動脈の主役 2006.9三田〜道場 |
2005年10月、JR西日本に在籍する国 鉄時に製造された103系、201系電車を 置き換えるため新製された。 同じ時期から福知山線新三田以南で運 用され、朝の1往復のみ快速として篠山口 設定されていたが、現在は新三田以南で の運転となっている。現在も増備が進み、 京阪神地区ではポピュラーな車輌となって いる。 |
■207系(網干総合車輌所)
![]() 福知山線での運用は3連+4連の7連で運転。 |
![]() ブルーライン時の姿。 |
| 1991年、京阪神地区の国鉄型通勤電車の置き換えのため製造開始。福知山線での運用開始は1993年宮原に配置され新三田までの運用からスタート している。その後1995年3月には篠山口まで運用延長し、1997年3月東西線開通後は、大阪へ行かず学研都市線への直通運転も開始された。 現在は、朝夕中心に篠山口〜大阪、東西線乗り入れ快速を主体に運用されている。2005年11月より、従来のブルーのラインから321系と同じものに変更さ れた。京阪神地区では普遍的に見られる形式である。 |
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■103系(網干総合車輌所・加古川鉄道部)
![]() 播但線寺前以南のローカル担当する103系3500番台。 |
![]() 加古川線用に登場した103系はエメラルドグリーン |
| 新性能電車101系の後継形式として、1963年〜1984年にかけて製造された形式で、この形式の短編成化のために改造したものが、播但、加古川線に投入され ている。北近畿地区での現在の運行は、1997年3月の播但線(姫路〜寺前)電化により従来の気動車を一掃し登場した103系3500番代。モハユニットを先頭車化改 造して登場した2連編成が9本存在し、ラッシュ時には4連で運転されている。 また、2004年12月の加古川線電化により登場した103系3550番代は前述の播但線103系と同仕様であるが、こちらは前面に貫通扉がある。沿線出身の横尾 忠則氏によるラッピング電車が4本登場している。 |
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