静 修 の 集 い

平成12年2月27日

指導司祭:澤田和夫神父(東京教区・浅草教会主任司祭)

   テーマ :『聖書によって祈る』

   場  所:カトリック藤沢教会聖堂 第一講話 9:50〜11:40

                    第二講話 13:00〜13:50

[第1講話]

 『聖書によって祈る』という方針を掲げました。この短い時間で、聖書のどの箇所を選んで良いのか迷いましたが、まずは旧約聖書の第1頁、『創世記』1章から始めたいと思います。

 特別な研究をしたわけではありませんが、だれでもが創世記の第1章を読む時、私どもに「全て良し」として下さる神様の思いが伝わってくるように思います。

 今から10年も前のことだ思いますが、この藤沢教会にお邪魔してミサを捧げた時、沢山の子供たちがここに集まっていました。「子供たちに何か話してくれ」とのご依頼を受けました。

 「どうしてこの聖堂の天井が高いのか分かる?」

 「天井が高いのは、神様が大きい方でいらしゃることを表すために高いのだよ」

 「でも、どんなに天井が高くとも神様の大きさを表しきれるものではないね」

 「本当は天井が貫ぬかれて青空まで突き抜けていた方が良いかもしれないね」

 「青い空をながめ、青い海をながめ、緑の山をながめて、神様が『良し』といって下さ  るその思いに誘われているように」

 「応える私たちの祈りは、何よりも『ありがとう』の祈りです」

と話したように思います。

 創世記第1章から読んでみましょう。「初めに、神は天地を創造された。…光を見て良しとされた。…地と海を見てこれを良しとされた。……神はお造りになった全てのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。」

 与えて下さったものを良く用いて、感謝と賛美といいますか、あのこと、このこと、一つ一つを感謝する。日本の神道の昔話にもありますが、五穀豊穣を賜る神々にたいする感謝の意味がその背景としてあったと思います。

 大自然界を眺めて、神様が『良し』といって下さるそのみ心に、本来『全て良し』という、良いものづくしてあり、感謝でお応えしたいと思います。しかし、現実の生活にはいろいろ困ったことがあります。それはなぜでしょうか、創世記第3章になると、かの有名な神話風に語られるアダムとイブの禁断の木の実の話になります。

 せっかく神様が『全て良し』として下さったのに、どこかで人間が神様のみ心に添わないことをするようになりました。禁断の木の実がリンゴとか何とかということではなく、神様のみ心に添わないことをするようになると、せっかく『良し』とされた楽園もそこに汚点がつき陰ができてしまいます。

 この西暦二千年に当たって、私たちはもう一度このことを問い直してみたいと思います。本来神様が『全て良し』とされ、人間もそうあってほしいと願う神様のみ心に添うよう回心の時が与えられていると思います。

 他の宗教では天の理とか、自然の法則という言い方もあると思いますが、これに添わない時に困った事が起こってしまった、それが、創世期第3章のアダムとイブの禁断の木の実の話が伝えようとしていることだと思います。

 この西暦二千年に当たって、本来『全て良し』とされた人間を取りまく世界も、人間世界も本当は『良し』を出発点として、ますます『良し』に向かってゆくことが天の理ということだと思います。神様のみ心に添わないところで駄目にしてしまっているのだから、これを直す、あるいは直す見込みがあるのだ。だからこそイエス・キリストが来て下さる。キリストのお導きによって、もう一度『良し』に向かって行く見込みがある、そうなりたいとお互いのための願いを新たにしたいと思います。

 み心に添わないことの一つは、子供も大人も我儘ということです。先進国は先進国なりに我儘をして自分勝手をしているのでは天の理に添いません。

 「産めよ、増えよ、地に満てよ」といわれて、神のみ心に添ってゆけば悪いことは一つもないはずなのに、自分の利益だけを追及する。私が学生の頃に教わった法律の中に商法というがありました。商法というのは「利潤を追求するための法律なのだから、そこに善悪の判断を持ち込んではいけない」と先生が教えてくれたことを思い出します。商法は利潤を追求するから善悪を持ち込んではいけないということに、創世記を照らし合わせて考えざるを得ません。

 人間にとって一番不幸なことは、死に別れるということかもしれません。死別、聖書にも各所に記されています。しかし、本来死というものがなかった。今日私たちが知っているような苦しい仕方で、体の限界を通過して行くということがなかった。神様はすんなりとより良い世界にお引越しができるようにしておいて下さったのです。これも『全て良し』の一環です。

 旧約聖書にも「だれそれが死んだ」とか「あの人は死んだ」という中で、エノクは「神が取られたのでいなくなった」(創 5:24)といいます。普通にいうと死という仕方で神の世界に引越してしまった。今、人間が宇宙に行って、宇宙で体の限界状況に到達したら、きっとあっというまに別の世界に引越してしまうと空想します。

 私たちが互いに信じている聖母マリアは、恵み満ちたお方として、生を頂く最初の瞬間から罪とは凡そご縁がなくて、最後はイエス・キリストのご昇天にあやかって、天の世界に移られてしまった。つまり、聖母被昇天ということを思う時、何か本来なることを知ることができるのです。それは、苦しい死別ということではなく、より良い世界にお引越しなさるということでしょう。

 そちらに向かって近づく見込みがある。ある学者は、農薬の害ということを考えて、農薬ではなく有効微生物、即ち、良性の微生物を使って土壌改良すれば、弊害のある農薬ではない仕方で食糧増産ができることを伝えています。根本的に『全て良し』とされた被造物ですから、人間も知恵を使ってますます良い世界に向かって行く見込みがあるという、こういう明るい見方を創世記第1章から教えられます。

 創世記第45章から

 ヨゼフは年老いた父親から偏った寵愛を受けていることを知った兄弟たちは、これを憎んでヨゼフを亡き者にしようとエジプトに奴隷として売り飛ばしてしまいました。長い年月の後、イスラエルの国が飢饉に襲われ、兄弟たちは隣國エジプトに食料を求めて買いに出かけました。かつての弟ヨゼフは、当時エジプトの立派な総理大臣職に就いておりました。しかも穀物行政に敏腕を発揮して、エジプトの国中に十分な蓄えをもって穀物を配ることができました。何も知らない兄弟たちはエジプトの豊かな穀物を求めて、エジプトに出かけ平身低頭して穀物の譲り受けを懇願しました。

 エジプトの高官であるヨゼフは、とうとう堪え切れずに「あなた方が売り飛ばしたヨゼフが私ですよ」「困った時に助け合うようにと神様がお計らい下さったのです」と。全能の神は人間の悪さをも利用して、困った時にお互い助け合うようにして下さいました。だからヨゼフも兄弟たちを恨まない。旧約聖書の嬉しいくだりです。

 創世記第1章では『全て良し』、良いもの尽しであったはずなのに、人間が神様のみ心に添わないことをして兄弟不和に陥ったりすることも、ままあることですが、その兄弟不和をも乗り越えてゆく嬉しい話です。確かに兄さんたちは悪いことをした、しかし弟はそれを恨んだり、仕返しを考えたりせずに、そこに神様のみわざを見出だして、兄弟たちを責めることなく、「神様がそう仕向けて下さった」と受け取るヨゼフ。これは、後の世になって、同じ名前のナザレのヨゼフの前触れであり、ヨゼフに育てられたナザレのイエスの前触れでもありましょう。

 人間どもがお互いいやなことをして、恨み合いたくなるけれども、それを乗り越えて、人間の悪さをも利用して神様は良いことを引出して下さることを心に留め、恨んだりするものじゃないということを教えてくれます。これは、私たちの祈りでもあり感謝でもあるのです。兄弟同士いろいろの不和を乗り越えて、「良かった」と感謝することは沢山あるはずです。こうした箇所は聖書を読みながら私たちは感謝と祈りを捧げることの大切さを学びます。

 

 出エジプト記第3章から

 わけあってイスラエルの民は、エジプトに住むようになっていました。かの飢饉の時、穀物を買いに行ったことが縁でエジプトに定住するようになったのです。そこで、外来民族として下層労働を余儀なくされていました。連想するのは、日本の3Kとかいわれる底辺労働の多くを外来労働者に任せているような姿です。それでも時間の経過とともに日本民族と合い和して、この島国の人々となってゆく。けれども、エジプトではこの外来民族であるイスラエルの民を嫌って、圧迫に圧迫をかけ労働の強化に加えて、イスラエルの民の人口増加を恐れて、「新生児の男の子はナイル川にほうり込め」という乱暴な布告がでたほどでした。そのような中に生まれたモ−ゼは、神のみ声を戴き「イスラエルの同胞をエジプトから導き出すのだ」という使命を受けます。

 エジプトは文化的にも経済的にも進んでいました。その豊かなエジプトを出て、行く先は荒野、そして砂漠を越えて、神様のみ心を大切にできるような国の建設を求めて出立したのです。

 なぜ韓国の人々の多くがキリスト教を受け入れるのか、その理由の一端が日本の植民地支配のもとでの困苦体験があり、更に日本の敗戦という事実を重ね合わせ、圧迫からの解放ということが、出エジプトの出来事と重複して受け取られるのではないかと思います。大変苦しい時代があったが、神様の不思議なお計らいで、今やそこから解放されたという事実に、導いて下さった神様への祈りと感謝が信仰への深化につながって行くものでしょう。

 イスラエルの人々が、モ−ゼの導きでエジプトを脱出したということを何時までも記憶に留めておくのも、天地創造の神様が『全て良し』とされた万物は、たとえ幾多の苦難に会ってもモ−ゼに導かれたように、何百年、何千年経っても神様のみ心を求めるという方向性を学んだのです。これも来るべきイエス・キリストの前触れと言えましょう。

 もともと天地創造の全てが『良し』とされたのに、アダムとイブの禁断の木の実に代表されるように、人間が好き勝手に我儘をすることで、あらゆる矛盾や苦しみが入ってきたのです。エジプトの宰相となったヨゼフのことを思い、またイスラエルの民を救い出したモ−ゼのことを思う時、神様のお導きにたいする感謝、信頼、そして願いの祈りを捧げることも、イエスのお導きの前触れのように思うのです。

 今この場にいる一人一人が、そして教会全体が今様エジプト、日本も今様エジプトかもしれません。文化的に進み、経済大国となり、そして神様を知らない、あるいは知ろうとしない、いや知ると具合が悪い、知ると自分の身勝手ができない等という面がありはしないか。

 

 申命記(第二法の書)第6章4節から22節

 「我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、  あなたの神、あなたの主を愛しなさい。」

 旧約の教えをまとめて言えば、この教えにつきます。

 「子供の我儘はいけない」と大人たちは知っているが、天の神様の子供であるはずの大人の我儘はもっといけない。我儘の反対は「心を尽くして、主を愛せよ」という教えを最高に大切にすることです。膨大な旧約聖書の教えを纏めるとこの教えに尽きると思います。 今、私は浅草:鳥越地区といわれるところの教会におりますが、鳥越地区には慶長年間(1613年)に26名の打首という殉教事件がありました。はるばる山城の国から浅草地区の路上に横たわる病人を救おうと、寄付を集めてはせ参じた人々がいたのです。それが幕府の聞くところとなり、山城の殿様が咎められました。山城の国にはキリシタンがいて、そういう貧民救済の活動をしていました。

 山城の殿様は、かの茶道で有名な鶴田織部です。「国内にそのようなキリシタンはいません」と嘘の申告をしようとしましたが、後で発覚を恐れてか「6名おりました」と報告しました。「その6名にもキリシタンをやめるように指導せよ」との命令です。困った殿様は「指導の結果6名は棄教しました」とこれまた嘘の報告をしました。これを聞いた山城の国のキリシタンは、「殿様それは嘘です。私たちはキリシタンを止めていません。よろしかったら私たちが奉行所に出向き、お話しましょう」と申し立てました。

 「そのような行為は、殿様に迷惑をかけることになる。殿様に迷惑をかけるようなことはキリシタンの道でもあるまい」と理を尽くして諭しました。しかし、キリシタンの人々は、「殿様の申されたことは分かりますが、私たちには別の道があります」と。

 「主は唯一の主、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、主を愛せよ」

 「今日私が命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っている  ときも道を歩いているときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせ  なさい」と。

 「殿様に迷惑をかけることは大変申し訳ないが、唯一の主を尊ぶ道をゆがめることはで  きない」と殉教しました。

 私たちは殉教したというときに、拷問にあったとか、逆さ吊りにあったとか、惨たらしい面のみを考えてはいけないと思います。どういう意図をもって、どういう信仰心をもって殉教したのが大切だと思います。

 イザヤ書45章8節〜より

 クリスマス前に良く歌われる「天よ、露を滴らせよ、雲よ、正義を注げ」という聖歌があるが、これは45章からとった言葉です。「私は主である、二人とはいない〜」「災いなのは、自分の造り主と争うものよ」と。

 こちらの力の及ばないところ、神様のみ業が行われているところを汲み取って戴きたい。ときには思い責任を引き受けなければならない方もおられるでしょうが、「自分には出来るだろうか」と思うときに、勇気づけて下さる言葉がここにあります。人間が自分の責任ある部署で自分しかできないことを全部自分でやってしまうのが当然と思うでしょう。しかし、本当はもっと深い次元で行っておられる方がいらっしゃる、ということを教えて下さる45章のように思います。

 格言の書第8章より

 人間は本当の知恵が欲しいという渇きを覚えます。本当の知恵が欲しい、言い換えれば「何が神様のみ心なのか」を知って行う力と勇気がほしい。となると一層祈りに誘われるようになると思います。

 一歩家を出たときから、右の道をとるか、左の道をとるか、簡単に勝手に決めているように思います。しかし、本当に毎日毎日、一刻一刻を、まかされた自分の人生を「神のみ心を行う」という選択の内にあるということ、これこそが知恵です。一人一人そのようであれば、地球人全体が神の知恵を求めて歩むことになって、幸いを見出だすことになります。

 人間が自分の考えで発見した知恵とは違います。たゆまなく「天より露を滴らせる」ように神様の方から下さる知恵を、素直に戴く受け取り上手になるように誘われている箇所でもあります。

 時間の都合もありもっともっとお話ししたいのですがそれも適いません。

 まず、詩篇をしっかりと読まれることです。ナザレの少年イエスは、どういう手引書を使って祈られたのでしょうか。「カトリックの祈り」も「公教会祈祷文」もなかったイエスは、聖書の中の詩篇を読んで祈っておられたのではないでしょうか。

 詩篇23篇より

 あるところでお話ししているとき、そこにいた青年が「私は詩篇が大好きだ、子供の頃から良く読んでいます」と。凄い青年と思いまして「詩篇のどの箇所がお好きですか」と問いますと、「詩篇の23篇だけだしか読みません」という。それも素晴らしいことと思います。

 「主は私の牧者、〜」原作者ダビトは、羊飼いだから羊のことは良く分かっています。「主」というお方がおられて、幼稚園児にも良く分かるように、主が私たちを導いて下さるなら何の不自由もないと思います。

 私たちは時々不平不満を鳴らしたり、不安にもなったりします。そういうとき、主が羊飼いとして私たちを導いて下さるなら、何の不足もありません。不満ばかりでなく不安もなくなるはずです。

 ところで、「主は私の羊飼い」と言い「主が私を導いて下さる牧者」とはいいません。一般社会の常として「主」は、私が小間使に使っている牧者だ、こちらが主となって「主は私の牧者だ」と読みはしないかと心配した聖書新共同訳の編者は、「主は私の牧者」と書けずに「主は私の羊飼い」と書かざるを得なかったのでしょう。

 韓国では、「私」という言葉に二つの言い方があります。「自分を主張する=ナヌン」と「謙遜に表現するときの=シュガ」がありますが、私たちも学びたいものです。ヨーロッパでは主語を使うのが慣いですから、動詞の前に「私が」「私は」となってきます。日本の教会の祈りの文にも、必要以上に「私が」が入ってきます。「私」は小さく「主」が大きく、主が私を世話して下さるなら何の不足もありません。

 主は緑の牧場(「神様のみ言葉」という牧場)に私たちを導き、憩いの水辺に伴われます。

 神様のみ言葉は、書いてある言葉だけでは駄目で、朗読する人が神の口になって朗読する。家庭にあっても、一番小さい子供が神様の口になって朗読するとき、目をつぶってそれを聞く、「神様は私に何を語っているのかな」と感じるとき、それは緑の牧場になるのです。活字に書いてあるものをしまっておくのも駄目だし、文章を研究しても大事なことは伝わってきません。

 「主は、緑の牧場に私を伴われ、憩いの水辺に伴われる」

 憩いの水辺、「水」は聖霊の働きをします。つまり聖霊のもとに導いて下さる。そうなると私たちの魂は生き返り、魂は強められ、そして正しい道に導かれます。

 棒と杖は私を慰める。「そっちじゃないよ」「こっちだぞ」と。大人の世界では「何で俺をこずくのか」「なんだこの野郎」…棒切れを憎んでも仕方ありません。

 多くの詩篇は、明るい賛美のもの、しかし後の半分は暗いどん底の詩篇もあります。この23章の牧場の詩は丁度平和な詩篇ですが数少ないものの一つです。

 ナザレのイエスは、ヨゼフとマリアに囲まれ、天の御父を賛美しながら創世記第1章の精神で、神様はきっと「良く」して下さるとお育ちになったことと思います。ナザレのイエスは深い淵に落ち込んでしまうことなどなかったと思いますが、マリア様は暗いどん底の詩篇を読む時、きっとこう教えてくれたと思います。「私たちの家はいいけれど、他人のこと、川向こうの、山かげのあの家のどん底に苦しんでいる人々のことを考えなさい」と。自分が苦しんでいなくとも、苦しんでいる人のことを思いやる心を、詩篇を読んで学んだことだろうと思います。

 私たちも同じように、詩篇の半分は苦しい苦しい詩篇です。自分が苦しんでいるときには自分の祈りとなります。色々の人が言います。「驚きましたね私の苦しみのことを、昔からここに書いてあったのですね。」

 時々、苦しみもがいている青年が私のところにやって来ます。「今日もイヤガラセにあった。意地の悪い人に苦しめられた。神父さん、このイヤガラセを本人に返えしてくれるように祈って下さい」と。「分かった、そう祈りましょう」というと、「神父さんそんなこと祈っても良いのか」といいます。「詩篇には、悪い奴の悪を本人に返すよう書いてあるから良いでしょう」と。もちろん神様はそうは受け取られない、「それほどまでに苦しんでいるのだ」という叫びを神様が分かってくれるということを伝えているのでしょう。 聖書を一人で読むのではなく、いろいろな方と夫々に読んで分かち合うところに深みのある味わいができるものでしょう。

                                  第1講和終り

[第2講和]

 ヘブライ人への手紙第1章1節から2節

 天地創造の神様は、『全てを良し』『良し』と良い方向ヘとお造りになった。2000年に当っても、その出発点は全てが『良し』となさったものを、アダムとイブの禁断の木の実というより、人間どもが我儘勝手をして駄目になってきた。それこそ何度も預言者を通して先祖に対して正い道へと語られたが、終りの日には御子を通して同じことを語られた。 預言者を通して語られた中には、もしかすると、日本の有名な、或いはそうでもない指導者を通して語られたのかもしれない。日本の大乗仏教の中には、不思議な何か福音と相通じるものがあるような気がしてならない。阿弥陀様の本願におすがりするというのは、イエス様におすがりしてという感じでもあり、阿弥陀様にはイエス様の別名かと言いたくなるような程、相通じるものがあります。

 そのように昔、予言者を通して多く語られましたが、終りの日には御子を通して語られました。それを、私たちは福音書を初めから読み続けながら、その恵みを戴きたいものと聖書を通して祈りましょう。

 マタイ第3章13節から17節

 日本でも古来から“禊”という儀式がありました。旧約聖書には洗礼というものが無かったようで、洗礼者ヨハネが初めて行ったのかもしれません。そこで洗礼者という冠を戴いたのか、そこへイエスがお出でになり“禊”をお受けになる。ヨハネは辞退して「私こそ、あなたから受けるはずなのに」、イエスは「今はこの仕方が正しいと」おっしゃる。この仕方が神様のみ心に添っていると言われると「はい、そうですか」と言わざるを得ません。

 悔い改めを必要とする人のために、悔い改めの“禊”をしているヨハネのもとに、なんの改めの必要のないイエスがいらっして、罪人の列中にご自分の身を置く。言ってみれば、「高い所から、ここまで上がってお出でというのではなく、ご自分の下の方から人を押し上げるようで、『いいな』と思うんですね」。罪人の中にご自分を置いて洗礼をお受けになる。

 『天が開けて』という言葉が喜びを感じさせられます。八方塞がりなどと言いますが、もう一方があって『天が開ける』。神の霊が鳩のようにヒラリと降りて、イエスの上に来る。ここ湘南の海辺で、久し振りにトンビの生態を見ました。高い所を羽ばたきもしないで滑空している。聞くところによると、下の方にある巣のヒナを守るために、高い所から監視しているのだそうです。カラスでもこようものなら急降下して撃退してしまうのだそうです。

 これは又、聖霊降臨のイメージにも思えます。創世記の初めに神の霊は水の上を撫でるように動いた。

 ある古い著者が「“水”というのは、人間の心と受け取っても良い」と言います。さざ波が立ったり、大波が立ったりする人間の心を“水”とすると、神の霊が水の上を撫でるように、ある人には聖霊様が急降下して何かをしにいっらしゃる。皆さんの上には撫でるように、聖霊様がお働きになるというのはなかなか良いイメージですね。ナザレのマリア様の上にも、撫でるように飛んでおられた聖霊様が、急にマリア様に余計に働きかけたことが分かります。

 天が開けて天の霊が鳩の姿でイエスの上に降りると、「これは私の愛する子」という声がした。ある説教師が言っていましたが、「どこの親でも子供が生まれれば、口に出して言うかどうかは別にして、『これは私が愛する子』と言うでしょう。仮に、不幸にして言ってもらえない子がいたとてしも天の神様が必ず言って下さる」と。例え、どんなハンディを持って生まれた子であっても、神様はそのまま受け入れて「これは私の愛する子」といって下さいます。体のハンディだけでなく、心のハンディを持つ私たち皆んなについても同じことでしょう。

 この聖書の場面では、「これは」は誰よりも唯一無比の神の御子イエスについて、「これは私の愛する子」。そのお陰で、私たちはもう一度創世記第1章の戻って、『良し』『良し』『良し』『甚だ良し』と言って下さるのだと思います。

 贖と言うむつがしい言葉がありますが、「贖い」と言うのは、もっと平たく言えば、神様が一人一人について「あの子が欲しい、この子が欲しい」といって下さる、これが贖いと言うことではないでしょうか。“花いちもんめ”の遊びのように「あの子が欲しい、この子が欲しい」と言って下さる。これが福音でもあり、贖いでもあるのです。

 アダムとイブの禁断の木の実の逸話で伝えられる道を外れてしまった、人類の一人一人が軌道修正してくれるように働きかけて下さるのです。

 ヨハネ第3章1節から16節

 当時社会的に地位のある方であれば、昼間イエスを訪ねることはできなかったでしょう。ニコデモは、夜イエスのところに訪ねてきて教えを求めました。昼は忙しく、やむをえず夜訪ねて来たのかもしれません。イエスは、簡潔にご自分のみ教えをお話しされました。ヨハネが、脇で聞きながら書き留めたものか「真っ先に、新しく生まれる」という話をされました。

 私の良く知っている聖書を愛読しているある老人が、受洗する前から「素晴らしい考え方ですね」と言っていました。「新しく生まれる」ということ、“生まれる”と言うことは誰でも皆体験していますが、外からみると、勿論、男は外からしか見ることはできませんが「昨日までいなかった子がここにいる」としか分からない。それを自分に当てはめてみると、「昨日までいなかった自分が、今ここにいる」ということです。

 ここに集まっている皆さんの中に、洗礼を準備している方がおられます。洗礼当日には「昨日までいなかった自分が、今、いはじめる」これは素晴らしいことだと思います。洗礼を準備している間にも、もうそういう準備が始まっています。「今日この日から、昨日いなかった自分が、いはじめる」という仕方で、毎日を洗礼当日までの準備をしたらいかがでしょうか。皆さんの中にはとっくの昔洗礼を受けた方が沢山おられましょう。もし、「洗礼を受けたのは20年前だが、その恵みに今日も生きて、今、新しく生まれる」と自覚していらっしゃれたらいいなと思います。

 私の教会には、毎週のように無教会主義のある方がいらしゃいます。良くこられるので、「無教会主義とおしゃらからには、教会を嫌っておられるのでしょう。遠慮なく話して下さい」といいますと、「とんでもない、教会にたどりつけない人のために家庭集会をしているのです」といわれました。無教会主義の人は、牧師も、神父もいません。教会側から洗礼を授けてくれるということもない。それなのに、一緒に聖書を読んで「新たに生まれる」ということを、私たちが信じている洗礼の恵みを知らなだけに、もっともっと一所懸命に日々「新たに生まれる」ということを考えておられるのでしょう。それはそれで素晴らしいことと思いますが、洗礼に慣れっこになっていることとは違うと思います。

 そもかく私たちの嬉しいことは、具体的な水と霊とによる洗礼を知っていて、新しい自分に生まれ変わる、そして又、新しい自分に生まれ変わる日々が始まるのです。

 これをイエスは、ニコデモに開口一番伝えたかったのでしょう。そのことにために16節『御独り子を、お与えになるほど世を愛された』のです。

 山谷の労働者の中で生活していたとき、ある修道会のシスターが来られたので、そこで毎朝ミサを挙げることになりました。そこへマザ−・テレサのブラザ−来て、同じようにその修道会でもミサを挙げることを求められましたが、双方不公平になってはと公園でミサを挙げることにしました。

 ものみ高い人達が遠巻きにみていましたが、段々近寄ってきて、その中の一人がとうとう私たちと肩を並べるようにして席に着くようになりました。彼は、「青年の頃神戸で聖書の朗読を聞いたことがある。その時に『神は御独り子を、お与えになるほど世を愛された』という言葉が心に刻まれていますが、その言葉をもう一度聞けるだろうかと思い、何か月も待っていた。とうとう秋になってその言葉が聞こえた。『神は御独り子を、お与えになるほど世を愛された』」と。

 それまでは多くの預言者によって語られたけれども、今度は『御独り子』を与えると。 最近カタカナ言葉が大変流行していますが、「特別のバ−ゲン」をザ・バ−ゲンと言っています。「ザ」について英語の聖書を読んでみますと「ザ」独り子、「ザ」イエス、「ザ」乙女マリアと書いています。

 開口一番、イエスが教えてくれた新訳の宝物は、洗礼によって新しい命にはいるということです。しかし、洗礼を知らなかった人はどうなるのでしょうか。私はこう考えます。イエスが洗礼をお決めになったときは、入学試験のように、定位員以外の人を除くために洗礼をお決めなったのではない。皆んないらっしゃいと招いておられるけれども、特に豊かに新たな惠を下さるために洗礼があるのです。それ以外の人を突き放すために洗礼をお決めになったのではありません。

 ロ−マ人への手紙第6章1節から3節

 わずか数行の中に沢山のことが入っています。全てを理解しているわけではありませんが、キリストに一致するために洗礼を受けるのであって、私たちが勝手に『新たに生まれ変わる』わけではありません。 

 もともと私たちが母親の肉体から生まれた時、母親の命をかけた苦しみの中から生まれたのであって、自分一人で勝手に生まれた人は一人もおりません。同じように霊的な意味においても勝手に生まれたのでもありません。キリストに一致して洗礼を受ける、新共同訳では『キリストに結ばれる』と言っています。多分聖書の原文では、ごく簡単な前置詞“in”という語で表されていると思います。“in”という前置詞の使い方は20通りほどあると辞書に書かれていますが、パウロは私たちとイエスとの繋がりを旨く表現できなくて“in”という前置詞を使ったのだと思います。

 キリストと私たちは、細い糸で結ばれているのか、否、細い糸に導かれてここにいるのだと思います。例えば、お湯に浸かる時、二人は細い糸で結ばれているというのではなく、肌と肌が全表面で繋がっている。このように洗礼を受けるということは、自分の肌の全表面とキリストの肌の全表面とが結ばれているということを表すために、パウロは「キリストにあって〜」「キリストの内に〜」といろいろな表現を使いました。

 ガラテア人の手紙第3章27節

 とうとうパウロは『キリストを着るものとなった』と表現しました。先程のお風呂の例えで言いますと、キリストの中にドブンと浸かってしまった。自分の全部が包まれるように、パウロにとって『キリストを着る』という表現になります。福音の喜びの核心は、まさのここにあります。

 午前中の黙想で私たちは、天地創造の神様は『全て良し』となさったことを受け止めました。しかし、アダムとイブの禁断の木の実に表現されるように、人間の我儘の結果、色々と良くない事が起きてしまった。そこで軌道修正しなければ本来の姿に戻れないということが分かりました。しかし、どのようにして軌道修正すべきか、神様のみ心に添うにはどのようにすれば良いか分からなくなります。            

 もしも可能であれば、対処方法を箇条書きにして私たちに示してくれれば、本当に助かります。しかし、10項目を書いたとしても、具体的な事例で11項目が必要になります。11項目目を書いたとしても、次に12項目目が必要になりきりがありません。肝心なことは、キリストの中にドブンと浸かること、キリストに包まれ、キリストを着るものとなることしかないと思います。そうすると、キリストからくる清らかさと暖かさと光りが、自分の肌の中に吸収されて生きるものとなることがキリスト信者になるということだと思います。

 心掛けるべきことは、これ一つ「キリストに結ばれて」「キリストの内にあって」「キリストに一致する」ということです。

 コリント人の手紙ッ第12章12節から13節

 一つの体となるために、何か霊肉二元論的な肉体と霊が分離しているように言ってはなりません。自分の中の精神や心と肉体は密接な繋がりがあるのは衆知のことです。一人一人個人として霊肉一体のことばかりではなく、それにもまして、洗礼を受けた瞬間から周りの人々と一体となることを意味します。

 洗礼を受けるのは、風呂の中にイエスとドブンと入る個人風呂的な入り方もあるかもしれませんが、本来は、教会という大風呂、大きな野天風呂のようなもので、そこには男も女も、あらゆる国の人々、あらゆる身分の人も一緒に首だけ出してキリスト風呂に浸かっている状態です。同じ風呂に浸かっていると、それだけで親しくなった気分がします。冷えきった体で湯に浸かるとそれだけで生き返った気分がします。キリスト風呂に入って『新しい命』に生きる、キリストに結ばれ横の人とも同じになったのだから、皆同じキリスト風呂に入って一体となる。

 教会とは何でしょうか、教会は組織ではありません。団体でもありません。しかし、キリストの体といわれても、どうも明確に理解できませんがそれが教会です。組織とは道具であって、道具は使うだけのものにすぎません。教会は組織ではなく、キリストの体、キリストを着るものとして、キリスト風呂にドブンと入った姿です。しかも自分の中の体の霊肉一体である以上に、はたの人も実はキリストによって一体となるのです。これから洗礼を受けようとなされる人々も同じことです。20年、30年前に洗礼を受けた方々にとっても、大聖年に向けて洗礼を再発見するよう呼びかけられています。

 コリント人への手紙ッ第11章23節から26節

 入門講座に参加されている方や始めて教会にこられた方々にも、私は堂々と申し上げます。私たちの教会は世にある数多くの宗教の中で、教祖様を食べる珍しい宗教です。ただ耳から教祖様の教えを頂くだけでなく、食べてお腹の中に入れてもいいんです。それを最後の晩餐の時に授けて下さったのです。

 イエスがガリラヤ各地を巡って福音を説いておられると、当時の人々にとって差障りがあるように思われ始めました。当時でも普通の宗教指導者は、漁師村には行かないでしょうし、漁師村のシモンさんの病気の姑の寝室までは入って行くことなどしなかったでしょう。ましてハンセン病の人々或いは売春婦とかかわりを持つことなど決してしなかったと思います。

 このようなことが明るみに出ますと、普通の人にとっては迷惑なことに思われます。死んでもらうしかなくなります。マルコ第3章、ルカ第6章では、早々と「この人には死んでもらうしかない」と思われ始めました。その噂で、イエス様は苦しかったと思います。一般的な常識からいえば、エルザレムの宗教当局者に手紙を書いて、「今後一切漁師村には行きません」とか「今後一切売春婦とは付き合いません」などと詫び状を入れることでしょう。当局も、「それなら、まあまあということにします」といって矛を納めることでしょう。

 イエス様は、そんな風に自分を曲げるわけには行かなかったのです。貧しい人々に福音を述べ伝えねばならなかったのです。ついには「天の御父はいつも私と共におり、共に働く」と説きました。当局者から見れば、大胆不敵な考えに辟易したと思います。「やはり、死んでもらうしかない」という考えに傾きました。

 イエス様は危険なエルザレムを避けてガリラヤ地方にとどまっておられれば、まだ危険を避けることもできたでしょう。しかし、どうしてもエルザレムに行かねばならないと決心されたのです。エルザレムに近いベタニアにラザロという友人が病気で瀕死の床にありました。彼の姉妹マリアやマルタのためにも、例え一時的な慰めに終わるとしても行ってあげねばならないという思いでかけました。そこではラザロのはかない命を呼び戻す奇跡もありました。

 このようなことから、なおのこと当局者は「もう生かしてはおけない。そのままにしたら、ますます無知な人々が信じてしまい、本来の公式宗教離れがひどくなる」とつけ狙うようになりました。

 いよいよ危険の迫ってきたことを察知したイエス様は、弟子たちと共に最後の晩餐になるとの思いからその場を設けました。弟子たちにとっても大変厳しい状況になったことを感じていました。その時この大切な命を糧として下さった。教祖様を食べても良いという『命の糧』をお与え下さった。

 洗礼の時はドブンと外側から包んで下さった。そして今度は内側から新しい命に生かして下さるという。二千年この方、どれ程多くの人々がご聖体を頂いて力づけられたことだろうか。

 私が神父になりたての頃、母の友人である方が前田外科に末期のガンで入院しておられ、見舞いに行くように頼まれました。ご聖体をもって見舞いに行きますと大変な喜びようでしたので、「毎日ご聖体をお持ちしましょう」と約束しました。末期のガン患者ですから2〜3週間位かなと思っていましたが、1年位の間ご聖体をお運びしました。

 こんなに皆さんがご聖体を『命の糧』として大切に思ってくださることを体験して、今に至るまで耳をそば立てて「どっかにご聖体を待っている人はいないかな」と待機しております。お持ちすると「神父さんお忙しい中」とか「お寒いのに」といって下さる。「いやそうじゃないんですよ。イエス様がいらっしゃったのですよ」と言います。お互い嬉しいこと、ありがたいことだなとイエス様に感謝しております。

 『命の糧』教祖様ご自身をとって食べる。凄いことです。慣れっこにならないように、ご聖体の在り方を再発見したいと思います。

 子供の頃ですが、少しはご聖体拝領を有り難く思っていましたが、ミサの時間が長すぎる前半をはしょって終わりの部分だけだったらいいなと、子供心に思っていました。しかし、考え違いが分かりました。

 会津若松のある女子修道院で、年末年始にかけた黙想会の席にいました。年末年始ということも重なり、皆さん忙しさの余り少し寝坊されたようです。私一人早く起きて修道院に閉じ込められたままは嫌でしたので、勝手に玄関の扉を開けますと初雪が降ったようです。しかも誰かが歩いた跡がある、興味に駆られその跡を付けて行きました。小高い丘を段々上ってゆくと、そこにお社がありました。はて「初詣かな」と思い、特別お社を信心している訳ではありませんが、私なりに自分の信じている神様に初詣でのご挨拶を申し上げました。帰ろうとしたら、堂守をしておられると思われる人が、そばにきて「ハイお豆さんどうぞ」とくれたんです。

 誰かがお豆をお社に奉納し、別の人がそれを頂いて帰る。こういうのを土産というのだね。土地の産物をお宮にお供えして、帰りにそれをもらって帰る。だから「土産」というのかな。「土産」と書いて、「みやげ」となる。

 私たちのご聖体も最高のお土産を頂くことになる。ご聖体はミサの終わり頃に頂くもので始めにはもらえない。だれかが先にお供えしなければならないということが分かりました。それをミサの前半をはしょることはいけない。「ここに供えたパンは〜。ここに備えたブド−酒は〜、あなたから頂いたもの」とはよく言ったものです。

 カトリックは少し幼稚っぽい、プロテスタントは生真面目です。生真面目なプロテスタントの方は、聖餐式としてただ受ける。しかしカトリックは「ここに供えるパン・ブド−酒は、あなたから頂いたもの」と白状してしまいます。

 ところで、「父の日・母の日」に親にプレゼントを渡します。「これは親父がくれた小使いで買ったんだろう」という親はいない。私たちの天の御父もそうで「ここに供えるパン・ブド−酒はあなたから頂いたもの」と白状しています。しかし親ばかさんは、この白状を喜んで受け入れられる。「実は、ほんのお印であって、パンとブド−酒だけではなく、体も心も、それこそ全生活もあなたから頂いたもの」という意味です。時には苦しい家庭生活や、職場生活のすべてがあなたから頂いたもの。それを奉納というのです。まだ本番前の準備にすぎません。

 いよいよミサの中心部でイエス様の最後の晩餐のように、本当に供えられるのは「あなた方のために渡される私の体」と「あなた方のために流される私の血」と十字架が関連してくる仕方で、イエス様は自分を捧げ尽くしてしまうのです。

 イエス様の十字架は何んだったのか。外側から言えば、大祭司、律法学者らの妬みというが、それはつまらない話です。パウロは「私を愛し、ご自分を捧げられた」と言います。逃げれば逃げることもできたはずですし、天から十二の天使の軍団を呼び寄せて、相手をなぎ倒すこともできたのです。しかし「私を愛し、ご自分を捧げられた」のです。私は、パウロ一人ではなく、百人、千人、1億人いても同じ「私」です。別のところでパウロは「私たちを愛して」といっております。ご自分を渡されたキリストに私たちが生きるために。

 ガラテア人への手紙第2章20節…収録不可

 主旨:洗礼とミサの再発見

 マタイ第9章2節から8節…収録不可

 主旨:ゆるしの秘蹟の再発見

                                  第2講話終り

脚注:本文は平成12年2月27日藤沢教会で講話され澤田神父様のお話をテ−プに収録したものを、起稿したものです。文責は宣教部大泉です。



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