(2005年4月24日 藤沢教会50周年記念講演会より)

日本のカトリック50年・・・これからの課題と期待

森 一弘 司教

講演のレジュメ(抜粋)はこちらです。

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(1)はじめに

ご紹介いただいた森ですが、自分の話にはいつも自信がありませんので、神様に委ねたいと思います。私たちがこれから歩んでいく道を神様が豊かな光をもって導いてくださいますように、一緒に主の祈りを唱えたいと思います………

・今日の話しの焦点

頂いたテーマが「これからの日本の教会の課題」というようなものですが、教会の課題と言ってもいろいろあります。ありすぎるくらいあります。皆さんの中にはこれからの日本の教会がもっとしっかりしてもらわなければいけないというようなところから、もっと司教様たち立派な司祭を育ててくださいよ、などとそういうお気持ちの方もたくさんいらっしゃるかもしれません。さらに教会のいろいろな仕組の中にもう少し透明度、信徒にも責任を持たせようというのだったらもっと仕組を透明にしてほしいと、思っている方もおられるかもしれません。

例えば、今回の教皇様の選挙、あれは伝統ですから、皆さんは何の疑問も持たずに受け取っていらっしゃると思うのですが、男たちだけで選ぶなんてどういう神経なのか、もう少し現場に立っている司教様やシスター方や信徒の声を聞いて教会の未来に関する責任者をみんなが共同で選ぶという仕組を取ったっていいのではないかと、僕は腹の中でいつも思っている。そしてさらに枢機卿様たちの平均年齢は七十歳過ぎているでしょう。七十歳過ぎた人たちが七十八歳の人を選ぶ、これは今の時代とか世界をリードしていくというのに大丈夫かと本気で疑っています。つまり仕組にはいろいろな問題があるわけです。

今日はそれをお話しようかと思ったのですが、他の教区に来てそういう話をするのはやはりちょっと良くないだろうと思いまして、むしろこれからの日本の教会の課題を捉えていくためには原点、つまり聖書、キリストに対しての理解の転換が必要なのではないか、一方から見れば、当たり障りのない、しかし、もう一方から見れば根本的なことを皆さんと一緒に少し分かち合ってみたいと思います。つまり、今日ここでお話しするのは教会のあり方とかシステム、構造などのことではなく、教会を支えていく根本的な光がどこにあるかということをお話してみたいと思います。いろいろな思いをもってここにおいでになった方がいらっしゃるでしょうが、余計なことはできるだけ頭の中から遠のけていただいて、いわゆる教会の一番の方向性というか教会のあり方を支えるキリストの姿勢、そういうことに集中してみたいと思います。

・司教団のメッセージ

今から15・6年前、1987年に第一回福音宣教推進会議が開かれるにあたって、司教がメッセージを出しました。こういう気持ちで準備してほしいというメッセージを出しました。それをここに引用いたします。「私達は、これらの根底にある共通の問題を確認いたしました。それは、福音宣教の実践に際して、カトリック信者としての私達自身の生活と信仰の遊離、そして、教会の日本の社会からの遊離でした。」「どこか遠いところで作られた信仰様式に生活を無理やり合わせる努力をするというのではなく、生活と日本の社会をみつめながら、信仰の態度を改め、それを育て、証ししたいと願ったからです。(中略)生活の中でキリストの十字架と復活の神秘を真剣に生きることこそ福音宣教の源泉だからであります。」ここで指摘されているのは、信仰と生活が遊離している、それから、教会と社会が遊離しているということです。これが全国会議の前のメッセージです。

ところが、終わった直後のメッセージがあります。全国会議で出されたいろいろな提言を受けて、司教たちが答えを出したわけです。それは、「社会の中に存在する私たちの教会が、社会とともに歩み、人々と苦しみを分かち合っていく共同体となること」でした。つまり、社会とともに歩むという言葉が出てきた。続いて「信仰を、掟や教義を中心とした捉え方から『生きること、しかもともに喜びをもって生きること』を中心とした捉え方に転換したいと思います」と。掟や教義を中心とした捉え方から生きることにアクセントをおきたい。これが、第一回全国会議後の司教たちの結論でした。

例えば皆さんが日曜日に教会に来る、これは掟だ。離婚はいけない、これは教義から来ているわけですね。それから、家族計画もいけない、家族計画も自然なやり方ならいいけれども、コンドームを使うことはいけないと、これは教義や掟から。でも、そうではなくて、生きることを中心とする転換をしたわけです。

・聖書理解

この会議が終わって司教たちがともに喜びをもって生きようと、生きることに軸足を置いたことに対して、信者の方たちからよく分からないということが出てきたのと、もうひとつは、教義や掟をそう簡単に捨てていいのか、今まで教会の理想は、掟や教義のために殉教すること、命をかけて生活をかけて掟の方、教義の方を優先する。歯をくいしばって教会の教えに従って生きるということではなかったか、との声です。これからは掟や教義を中心としなくていいんだというメッセージ、これは何なんだというようないろいろな声が聞こえてきたわけです。これは教会の自分らしさを否定することではないかという当然の疑問が出てきたわけです。そこで、今日ここで、こういう転換の根拠となる聖書理解、それをちょっとお話してみたいと思います。

つまり教会の方針転換が、その教会の歩み方の根拠が一体正しいのかとかどうかということ、それをはっきりさせないとこのメッセージはおかしいということになります。今日ここでお話したいのは、その根拠です。掟や教義を中心とするのではなく、生きるということに軸足を置く、あるいは人々とともに歩むというところに教会のアクセントを変えていこうとする根拠としての聖書理解を今日はお話してみたいなと思うわけです。

もう一つのねらいは、皆さん教会のために一生懸命だった、教会の行事とか何か一生懸命なさっていた。しかし、聖書の基本的な読み方というのは案外掴んでいらっしゃらないという方も多いのではないかと思い、今の聖書からの光というものを今日は明確にしてみたいと、そして聖書に対する興味というのを皆さん持っていただければという気持ちもあって、ここに絞ってみました。

(2)四福音書

・「福音」について

キリストの生涯をまとめた文書というのはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書です。この四つのキリストの生涯をまとめた書物が、福音書とタイトルをつけられています。言い換えると、キリストの生涯の物語は人々に喜びを与えるだろうという確信があったから「福音書」という名前が、タイトルがついたと思います。福音というのは、文字通り喜ばしい便り。その当時ですと、例えばローマ皇帝に世継ぎが生まれました。すると、伝令がいろいろな広場に行って大いなる喜び、福音を伝えようと、「福音」という言葉を使った。例えば、アテネ。マラソンで優勝したアテネの出身者が、優勝したということを伝えにくるその伝令が福音と呼ばれた。それで町中が喜び踊るわけです。その当時一般に使われていた福音という言葉をキリストの生涯にあてはめてみたわけです。キリストの生涯は人間に喜びを与えるよということです。

ところが、この喜びという言葉をもう少し丁寧に理解しないといけないと思います。つまり、何を喜びとするか人によって違うからです。例えば昨日、清原選手は499本で終わった。巨人が負けたということは巨人ファンにとっては喜びではありません。そのニュースは見たくないという方がいる。ところが、阪神が勝ったと言ったらば、阪神ファンにとってはワーッとなります。つまり、何を期待しているかによって、情報は喜びともなれば暗いものにもなる。

もうひとつの例として、藤沢のこの駅前のある商店街の人がお店を少し発展させようと思って少し借金した。一生懸命やったけれども、お客さんが少なくなってしまった。借金を返せない。従業員にもお金が払えない。ついついサラ金に手を出してしまった。サラ金から取り立てもくる。彼は店をたたんで逃げてしまった。奥さんは藤沢の実家の方に隠れて子供と生活する。そういう逃げて回って、逃げ回っているご主人のところに奥さんが電話するわけです。あなたーっ、喜びなさい。私がたまたま駅の前で拾った宝くじが三億円当たっていましたよ。その知らせはご主人にとっては福音です。喜ばしい便りです。ところが、癌で入退院している人がいる。本当に癌末期。でもお医者さんが一生懸命やっていて、例えば森さん、あなたのタイプの癌に効く薬がアメリカで出てうまくいっているみたいだからこれ取り寄せますよという知らせは、これはこの患者さんにとっては福音です、喜ばしいことです。

つまり何を待っているかということを理解しないと福音というのは理解できないと思います。今駅前で、新宿とか渋谷駅の駅前の広場で悔い改めなさい、罪を悔い改めなさい、キリストは罪から解放してくれるんだ、それが福音なんだと言った時に、皆さんはどう思われますか。ある人は私には罪はないと言うかもしれません。つまり、罪、人間を罪人と規定してその角度か、その窓口から福音を理解すると全然響いていかないかもしれません。言い換えると、キリストの生涯が福音だと言った時に、人々は何を待っていたのか、何を期待していたのか、何を願っていたのかなということを明確にしないと福音の意味が見えてこないはずです。抽象的に罪と考えてしまうとそれで止まってしまうと思う。罪というものが福音書の中の中心になっていると皆さん教えられてきてしまっていますから、仕方なしに罪、罪からの許しとかを自分の心の中で整理しようとします。しかし、はたしてそんういうものなのかなという問題がある。

・四福音書の冒頭の比較

レジメの「四福音書の冒頭の比較」を見てください。四福音書のそれぞれの一章がどのようになっているかということを頭の中でぱっと言える人はどのくらいいますか。例えば、ヨハネ福音書の一章は何ですか。「初めにみ言葉があった。み言葉は神と共にあった。み言葉は神であった。」キリストのことを「み言葉」として一章に出しています。それから、マタイ福音書の一章はキリストの系図から始まります。アブラハムの子、ダビドの子、イエズスキリストの系図から始まっています。二章では、キリストの誕生の物語が出てきます。光に導かれて東方から占い師たちがやってきた。そしてヘロデを訪ねる。王様がどこに生まれたか。ヘロデは調べさせるが分からなかった。そこで占い師たちは星に導かれてキリストのところに行く。しかしヘロデのもとへ帰るなと言うので別に帰ってしまう。ヘロデは怒って赤ちゃんたちを殺すわけです。そこに母親たちの嘆きが書いてあります。キリストもエジプトへ逃れてしまいます。ヘロデが死んだのでエジプトから戻ってくるキリストはガリラヤに住んだという話で始まっている。それからマルコ福音書、これはイエズス様が荒野にいきなり登場してきます。荒野に叫ぶものの声といって洗礼者ヨハネが荒野にいて、そこにイエズス様が登場してくる。ですからイエズス様の幼年期がありません。それからルカ福音書ですとお告げの物語です。洗礼者ヨハネが誕生するとのお告げ。マリア様に、あなたに神があなたを通して御一人子を産ませて、その子が世の救い主になるというお告げから始まっている。

今この四つの福音書の出だしを比較してみてください。全く違うでしょう。この違いがなぜなのと考えたことのある方はどの位いいますか。なぜヨハネはイエズス様がみ言葉であるということから始めたのか。なぜマタイは系図とイエズス様がヘロデの下で誕生して赤ちゃん達が殺されるという話からイエズス様の生涯を語り始めたのか。なぜマルコはイエズス様を荒野に登場させたのか。なぜルカはお告げから始めたのか。これは何か理由があるはずです。

ここにおいでになる方で、お仕事をなさっている方は何か人に訴えようとすると、作戦を練るでしょう。例えば新しい化粧品を沢山の人に買ってもらいたいためにはどういうコマーシャルを作ったらよいかと徹底的に検討しますでしょう。この人たちに買ってもらうために見事なコマーシャルを作成するわけです。どうすれば的確にこの化粧品を買ってもらえるかを考えてやるわけです。化粧品のために人間がそれほど努力するわけですから、イエズス様が人々の喜びになることをまとめていく人たちは本当に考えた。どういう話で始めてどういうエピソードを載せたら、イエズス様が福音だということを伝えられるかを本当に一生懸命考えたでしょう。だから一章、二章はとても大事なのです、何かものを書く人にとっては。皆様には解ると思うのですが、「忘却とは忘れ去ることなり…」。これは「君の名は」でした。あれだけは覚えていますね、見事な出だしです。それから「トンネルを抜けると雪国であった」これもやはり出だしが見事です。このように作者たちは自分が何かを伝えようとするときには構想を練る、自分の言わんとするテーマを明確にするためには、最初から検討して一番いい何かを選んでいきます。

するとこの四つの福音書を纏めた人たちは、自分たちなりに自分たちが捉えたイエス様の姿を伝えるためにはこういう出だしがいいと計算したのでしょう。考えた末のこと、決して偶然ではないと思うのです。そこで今日は時間がないのでマタイとルカが、いったいどういう理由でこういう出だしにしたかを確認してみたい。その確認をしながら、司教たちが掟や教義を中心とした捉えかたから、生きること、喜びをもって生きることに転換したいと思ったことの裏づけがここにあることを皆さんに示したい。それが教会のこれからの歩み方の一番基本になる光だということを皆さんと少し分かち合ってみたいと思ったわけです。

(3)マタイとルカ福音書の比較

・キリスト誕生のエピソード

マタイ福音書一章、系図のことは置いておいて、二章、キリスト誕生のエピソードです。ヘロデという言葉が実にそこだけ集中して九回も出てくる。マタイのこの後の章にはヘロデという言葉はほとんど出てこない。ここだけに出てくる。これは何を意味しているかと言うと、イエズス様が誕生した時は非常に暗い時代だった、ヘロデが統治する暗い時代だったと言うことを強調したい。時代背景を明確にしたかったと考えていいと思います。つまりヘロデという男は非常に猜疑心の強い男で、自分の王座を狙っていると思い込んでしまった人たちは残酷に殺しています。例えば自分の二人の息子を殺しています、そのお母さんと一緒に。それからヘロデはすごい重税を取り立てます。そらから常にローマ皇帝のほうに目を遣って、ローマの傀儡と言われた。例えば平家物語で平清盛のイメージの基に時代を理解していくとのいろいろな時代背景が見えてきます。それと同じようにマタイはイエズス様が生まれた時代というのは非常に暗いひどい時代だったということをまずは示した、ヘロデをもって。

赤ちゃんたちがヘロデによって殺された、二歳以下の赤ちゃんたちは王になるのではないかと疑って、全員殺すわけです。そのために母親たちが嘆くわけです。そしてさらにイエズス様はエジプトに逃げるわけです。このエピソードをマタイは書いているます。ここから皆さんはキリストをメシア、救い主と捉えることできますか。なぜ赤ちゃんたちが殺されるのをキリストは妨げなかったのという疑問が出てきませんか。イエズス様が来たために赤ちゃんが殺されているわけですから、赤ちゃんたちは被害者です。母親たちは嘆き、深い傷を負うわけです。どうしてこれが福音かと言われたらどうしますか。この母親たちにとってはキリストが生まれてこなければ良かったのにということになりませんか、決して喜びをもたらす存在ではないわけです。キリスト自身も逃げているわけですからこれは大変なことです、考えてみると。そしてキリストがエジプトから帰ってきた時、残酷なヘロデは死んで三人の子供がユダヤを三分割して統治する。その一人の息子のヘロデがガリラヤ地方を統治していた。そしてイエズス様はガリラヤで生活を始めた。このガリラヤというのはレジメに引用しておきましたが、マタイにとっては異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民、死の影の地に住むもの、暗い悲惨な地域、悲しみに満ちた地域にイエズス様の生涯が始まったと書いてある。これがマタイです。

ところがルカのイエズス様誕生の物語は全く様相が違ってきます。喜ぶと言う言葉がとっても多くなります。つまりザカリヤに対して天使が告げる時、その子はあなたにとって喜びとなる、多くの人がその誕生を喜び踊ると。マリア様に向かっても天使が「喜びなさいマリア」「めでたしマリア」と言う。それからマリア様がエリザベトを訪問した時も、「胎内の子が喜び踊りました」と。マリア様自身も「私の魂は主である神を喜び称えます」と言った。それから羊飼いたちに天使が告げる時も大きな喜びを伝えると。ですからルカ福音書では喜びという言葉がワーッと出てくるわけです。

マタイ福音書を見ると悲しみとか辛さというのが表に出てくる。この違いを皆さんどうお思いになりますか。この違いはどこから出てきているのか。両方とも、ルカにしろマタイにしろイエズス様が福音であるという確信を持っている。でも悲しみをもたらす、悲しみの中に飛び込んでくるキリストはなぜ福音なのか、大事なテーマです。

例えば横浜教区に梅村司教様が誕生しました。梅村司教様の将来、誰か伝記を書くとします。梅村司教様が誕生した時は横浜教区の喜びとなると。だから梅村司教様が誕生した時、オギャーと生まれた時には白い鳩が来てポッポ、ポッポと鳴いた、祝福してくれたと。ところが森さんが生まれた時は何かおかしくて、真っ黒いカラスが沢山来てギャーギャーと鳴いた、この人は将来はどういう人、呪われているのではないかと。マタイは、キリストが誕生した時に赤ちゃんたちが殺された、これはどういう神経なのか。ルカのほうですと分かりやすい、喜びが広がっていく様子が伝わってくるわけですよね。これは何なんだろう、何が隠れているかなということです。何か理由があるわけです。

・ユダの裏切りから十字架の死にいたるまでのエピソード

今度はイエズス様が十字架につけられていく歩みでいろいろなエピソードがあった。そのエピソードの取り上げ方もマタイとルカでは大変に違っていたということです。例えばレジメのユダがイエズス様を裏切る話ですが、マタイの場合はお金を要求しています。いくらくれるか。彼らは30銀貨渡した。お金で取引している。ところが、ルカの方ですとユダはお金を要求していない。喜んだ彼らが報酬として与えようとしている。だからマタイの場合にはユダの悪意が明確になっている。ルカよりもマタイのユダの方が悪意に満ちている。

イエズス様の十字架の道行きはユダの裏切りとともに始まりますが、そのエピソードの中にイエズス様がペトロのために祈ったということが記されている。それはルカの方です。それはマタイの中にはありません。ユダを先頭にして兵士たちがイエズス様を捕らえに行きますでしょ。捕らえに来たときにイエズスの弟子の一人が大祭司の手下の耳を切り落としたと書いてある。これはルカにもマタイにもありますが、その切り落とした耳を癒したと書いてあるのはルカだけです。癒したってことはマタイ福音書には書いていない。なぜマタイはそれを書かなかったのか。それから今度はペトロの裏切りに対して。マタイはペトロが皆の前で否定したと書いてあります。私は知らないと誓っていう。誓いをもってまではっきりペトロが否定しているのはマタイ福音書。ルカの場合には、記憶にございませんという答え方です。あなたの言うことは分かりませんとごまかそう、ごまかそう、逃げよう、逃げようとしている。はっきりしていない。ペトロが裏切った後、イエズス様がペトロを振り向いて見つめられたと、これはマタイにはなくてルカしか書いてない。その後、ユダが首を吊って死んだ。これはルカには全く書いていない。ユダが悪いことをしたと思って30銀貨返しにいく。大祭司たちはそれは俺とは関係ないとつっぱねる。そういう指導者たちの悪どさ、汚さというのをユダは真正面から受け取って絶望するわけです。この世界の恐ろしさと言うのをユダが首をつって死んだということで表しているわけです。ユダが自殺したというのはルカには全く書いていない。ルカの方は、ピラトとヘロデがイエズス様は無罪だった、死に値することは何もなかったと思ったことが公に4、5回書かれている。それはルカだけ。マタイの方はピラトは許そうとするわけですが、最後に許そうとしたときに、群集はその血の責任は我々とその子孫にあると群集がはっきりとキリストの死について責任をとったということが明確に出ている。それに対してはルカは全然書いていない。

イエズス様の頭をたたいたり、いばらの冠をかぶせたり、唾をはきかけたりする兵士たちの残酷な仕打ちというのは、マタイの方が非常にはっきりとしている。イエズス様が十字架を持って歩み始めたとき、ピレネのシモンに担がせたとあります。マタイの場合には、そこに副詞がついている。無理に担がせたと。ルカの場合には「無理に」というのはありません。その後イエズス様が十字架を背負って歩んで行く時に、女性たちが悲しみながらついて来ると、女性たちを慰める。これはルカしかない。それから、十字架に釘付けにされていく時、この人たちは何をしているか知らないから許してあげてくださいというエピソードはルカしかない。マタイは書いていない。イエズス様が十字架につけられた時に、通りかかった人たちも、大祭司たちも、二人の強盗どももののしったと書いてあるのはマタイだけなんです。ところが、ルカの場合はどうでしょう。一人の強盗とイエズス様は会話をして、今日あなたは私とともに楽園にいると希望を与えています。あきらかに違う。イエズス様の最後の言葉は、マタイですと、「我が神、我が神、なぜ私を捨てたもうのか」で亡くなっていく。ところがルカの場合には、「私の霊をみ手に委ねます」と落着いて死んでいく。

今その違いを比較してみてください。ルカでは、イエズス様の優しさというのが明確になっています。ペトロのために祈ってあげていた。弟子が大祭司の手下の耳を切り落としたときに癒してあげたというのをわざわざ書いている。ペトロが裏切った後、振り向いてペトロを見つめている。女性たちのことを心配して、彼女たちを逆に慰める。十字架に釘付けにする兵士たちのために祈ります。それから最後は強盗の一人に希望を与えています。こう見ていくと、ルカの方はイエズス様の優しさを強調していることに気がつきます。

ところが、マタイの場合にはどうですか。イエズス様の優しさを表すエピソードは全部省いる。逆に何を強調しましたか。人間の悪です。この世界の恐ろしさをマタイは強調している。つまり、ユダが30銀貨を、お金を要求してまでキリストを裏切る。せっかく大事に育ててきたペトロでさえ、みんなの前でキリストとの関係を否定したわけです。だから、人間がいかに頼りないものであるかということが見えてきます。それからユダが自殺に追い込まれます。この世界の恐ろしさですね。いざとなったときの群集も非常に恐ろしい存在です。兵士たちもそう。そして十字架につけられたキリストに対して、強盗たちもののしった。だから、マタイを見ていくと、イエズス様がこの世界の醜いものを全部自分の人生で体験したということを強調していることに気がつきます。頼りにしているものが全部失われていくだけではなくて、さらにイエズスの人生そのものに、この世界の恐ろしいものがワーッとのしかかっていき、最後に十字架の上で死んでしまうわけです。イエズス様を追い詰めていくこの世界の悪の力と、そしてもう一つ、孤独です。この世界にイエズス様の居場所というのが奪われていくわけですから、本当に孤独になっていくわけです。マタイはそれを明確にしようとしていた。そしてさらにもっとひどいのは、「我が神、我が神、なぜ私を捨てたもうのか」と、神からも捨てられた、慰めのないような状態でなくなっていくわけですから、天にも居場所がない、地にも居場所がないような非常に悲惨な状態の中にイエズス様の生涯が終わった、と言っているわけです。これがどうして福音なのかいうテーマが出てきます。

ルカの方はなぜキリストの優しさを強調したのか。しかも、ルカの場合には、「私の霊をみ手に委ねます」と安らかなかたちで死んでいます。死に方としてもルカの方のイエズス様は大往生したのです。ところが、マタイのイエズス様の死に方を見ると、あんな死に方はいやだなとみんな思いませんか。確かにはっきりとした違いが見えてきた。でも、それでも福音かという問題が出てくるわけです。この違いを、皆さんはどう思いますか。マタイでは、イエズス様が孤立して最後は神様を呪うようなかたちで亡くなっていった。ルカの方は神様に委ねて信頼の中で死んでいる。この二つの側面。これは矛盾するではないかと思う方もいらっしゃるでしょう。どっちが本当なのか。

これは両方とも正しいと考えていいかもしれない。例えば前にこういう体験をしました。ある在日韓国人の家族が、戦争中、強制連行のようなかたちで日本に連れて来られ、散々つらい思いをして生きてきた。戦後ようやく落ち着いて、子供たちも生まれ、経済的にも安定してきた。6人くらい子供がいましたが、真ん中の高校一年生の女の子の体調がおかしくなった。最初は風邪かなと疑っていたのですが、調べてみたら、急性白血病だった。両親が呼ばれてお医者さんから説明を受けるわけです。その時に、ご主人の方が、立っていられなくなってしまう。それほどつらかったわけです。奥さんは、ご主人が倒れるのを見て、何とかしなければと思うわけです。他の子供たちも動揺します。おばあちゃんも悲しみます。家の中が非常に暗くなっていく中で、奥さんはみんなを支えなければならないとなって、家の中ではとっても明るく、生き生きとしている。悲しみを表わさない。ところが、その奥さんが教会の中にウィークディに来て、お聖堂の後ろの方で静かに祈っているのですが、しくしくしくと涙が次から次へと流れて止まらない。そうっと見ていたのですが、帰りにお茶でも飲んでいらっしゃいよと呼びかけてお茶を飲んだわけです。そうしたら、家ではこんな涙は流せません。お聖堂の中では、神様なぜ私たちの人生はこんなにひどいのでしょう、なぜ私たちに対してはこんなにつらい人生をあなたはお作りになるのですか、私たちを見捨てられたのですか。お聖堂の中では自分の苦しさをぶつけられるのです。自分たちの人生は、ようやくようやく少し楽になりかけたときにあなたは子供を奪っていく。神よ、神よ、なぜ私を捨てたもうのかという言葉はその奥さんの心の内側ではピンピンとくるわけです。しかし、家に帰ると、彼女の目から涙はない。夫を励まし、病気の子供を励まし、おばあちゃんを支えていく。だから、外側から見れば、周りの人に気を配る、本当に優しい人、強い人のように見えます。

ルカはそういうイエズス様の優しさ、自分の内側の苦しみは人の前に表さないで、徹底して優しさを示す姿を表している。マタイの方は逆に内側で色々な苦しみを耐えながら、その中で葛藤し、どうしたらいいかということを悶々としながら苦しみに飲み込まれて人生を終わるキリストの方にアクセントをおいた。これは矛盾しないわけです。皆さんもそうなさっていると思います。皆さんは子供たちの前では涙を流すまいと思っている。しかし、教会の中で一人でいるときはいろいろなものが出てきますでしょう。

例えばこういうことがあります。これはちょっと、皮肉、ブラックユーモアかも分からないです。ある女性が、高校生の子供が万引きで捕まって警察に呼び出されて、学校にも呼び出されて、散々説教を受けた。困った奥さんは、夜遅く帰ってきた夫に子供の教育について話した。子供が万引きして警察に呼ばれたことを夫に話した。ところが、疲れて帰ってきた夫はそんな子供にしたのはおまえのせいではないかといって、奥さんをはねのける。そこからすごい夫婦喧嘩になり、あなたはいつもそういうふうな人なのね。信用してきたのにもうどうしようもないわね。と大喧嘩になり、俺は寝るとご主人はさっさと寝てしまう。奥さんは一晩中悶々とするわけです。ところが、次の日に教会のお聖堂のお掃除だった。女性たち婦人会のお掃除だった。女性たち仲間の前では涙を話せない。話したら、どんなふうに広がるか分からないというのが基本にある。だから、お聖堂の中ではにこにこにこにこしている。そして、ようやく掃除を終えて、自分の家に戻った後に昔の同級生に電話して、私こんなふうになってしまって、どうしようもないのと愚痴を言います。自分の心が慰められるのは教会ではなくて、信者でない昔の友達だと心の深いところまで話せる。何か矛盾していませんか。教会の中ではタテマエを作らなければならない。掟と教義を中心にして生きているようなふりをしないといけない。裸になれないわけです。教会に来るときには良い信者であるとの顔を作らないといけないが、内側では神よ、神よと叫んでいるかもしれないわけです。だからこの二面性っていうのは実際あるわけです。

・両福音書が強調するエピソード

マタイがイエズス様のこの厳しい人生のことをぐーっと明確にしていて、ルカの場合にはキリストの優しさを出している。この違いは更に二つの福音書の中にいろいろな形で現れています。一つは説教の中に現れている。レジメの「マタイとルカが強調するエピソードと説教」ですがイエズス様のたとえ話で九十九匹を残して一匹を探しに行くエピソードあります。これはマタイとルカ両方にある。ところが明らかに違いがあります。ルカの場合には見出した羊飼いが喜ぶ姿が非常にはっきりと出ている。一緒に喜んで欲しいと。その後に銀貨を失った女性の話があります。失った銀貨を見つけたので喜んでくださいと隣近所の女性を誘う。それから放蕩息子のたとえ話、これはマタイにはありません。放蕩息子のたとえ話の一番中心にあるのは何ですか。父親が喜んだ、父親が失われた息子が帰ってきたのだから大いに喜ぼう、それは当然じゃないかという喜びを強調している。これはマタイの中には全くないのです。言い換えるとルカは神がどんなに喜んでいるかということを言っている。マタイには喜びと言う言葉はほとんどない。マタイにおけるイエズス様の最後の説教で、私が牢に入れられていた時、私が裸だった時、わたしが飢えていた時、あなたたちはこれこれのことをしてくれた。それは私にしてくれたことだとの説教は、ルカにはないのです。イエズス様はマタイにおいては病んでいる人や苦しんでいる人や牢に入れられている人たちと自分の人生を重ね合わせています。それはルカには全くない。

それからもう一つ最後のだめ押しですが、山上の説教の捉え方。これもマタイの場合にはキリストが山に登って、弟子たちが近寄って来てイエズス様が説教し始める、山の上から。イエズス様がここにいて弟子たちが後ろに立つ。だから権威ある説教になる。例えばブッシュさんの脇にライス長官、副大統領とかお歴々、側近が周りを取り囲んでブッシュさんが語り始める。これは権威の裏づけでしょう。それと同じようにマタイの場合イエズス様が中心になって弟子たちが周りを囲んで説教をし始めるわけです。しかも心の貧しい人は幸いであるとか、柔和な人は幸いであるとか、平和のために働く人は幸いであるなど、生き方、ビジョンになっている訳です。こういう生き方を、こういう心を持つ人は幸いなのだよとビジョンを突きつけている訳です。ところがルカの場合にはどうですか。山上の説教になっていないのです。山の上から降りて来て平らなところに立って説教をし始めた。そしてビジョンになっていません。今飢えている、今泣いているあなた方は幸いである。目の前に泣いている人がいて、あなた方も大丈夫だよと慰めようとしている姿。ルカの場合には幸いであるではなくて、今泣いているあなた方喜びなさいと置き換えた方が良いです。

・ともに喜びをもって生きる

ここまで一応違いを明確にしてきました。私たちの教会の在り方とか信仰生活の在り方のひかりをここから汲み取ることができます。マタイでは、この非常に難しい、厳しいそして人間の悪意があふれている、つまりヘロデのような残虐な王たちや権威者たちや人間の悪意が満ち満ちている、欲望が満ち満ちている世界の中にキリストが飛び込んできた。そこに救いをみようとしています。

例えば、大磯辺りで父親が釣りをしている。お昼になったから、何か飲み物買ってこようかといって父親がちょっと近くのところまで買い物に行く。一緒にいた小さな子供はそこに残されて遊んでいたが、波の方に行ってサーッと波に飲み込まれていく。そこに僕が立っていて、その子供に向かってこう言うのです、大きな声でコーチするわけです。波に逆らうな。頭をもがくな。頭を水につけろ。そうすれば体は浮くから。足をばたばたして波に乗れば岸辺に戻ってこられるとコーチするわけです。コーチするのも一つのやり方です。ところが、そばにいた若い青年が、そんなことよりもバーンと飛び込んで自分も波にのまれながら子供を抱きしめて岸辺に戻ってくる。

神は高いところから人間にいろいろとコーチすることはできる。こう生きろ、こうしなければいけないよと、理想を掲げることはできる。しかし、それが本当の救いではなく、人間の生きる現実の中に飛び込んできて一緒にそれを体験しながら歩もうとする、そういう姿をマタイは強調したいわけです。マタイの救いはそこにあったようです。今日はレジメには引用しませんでしたが、マタイ福音書のイエズス様の定義というのがあります。これは他の福音書にはないのですが、例えば一章、「その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は、神は我々と共おられるという意味である」。八章では「彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちのの病を担った。」と書いている。それから、九章の36節ではイエズスは多くの人々が「飼い主のいない羊のように、弱り果て打ちひしがれているのを見て深く憐れまれた」と。人間の生きる姿に本当に共感する。そして、彼は広場でも叫ばず、怒鳴らず、折れかかった足も折らない柔和な人であると。労苦する者、重荷を負う者はみな私の元に来なさいと。そして、人々の現実の中で自分も同じような苦しみを体験しながら、一緒に歩もうとする。その共にということがマタイのイエズスの姿になってくる。

これをもう少し理解して頂くのに、もう一つの例を出します。1986年、アジアの司教会議が東京の神学院を会場にして行われました。その時、アジアの司教たちと信徒が何人かずつそれぞれの国からやってきた。今日のテーマと同じように、アジアにおけるカトリック教会の役割というテーマだった。それで、いろいろなグループに分かれて話し合いを始めました。僕の入ったグループの中にはバチカンから来たえらい人がいたり、フィリピンの大司教がいたりして、かなり司教たちが多かった。そこに何人かの信徒が、インド人とかマレーシア人とか何人かいました。司教たちがまず話し始めてしまったのですが、彼らはこう言ったのです。アジアの宗教とカトリック教会を比べると大きな違いがある。カトリック教会には復活というのがある。これは他の宗教にはないものだ。アジアは苦しんでいるけれども、苦しんでも復活がある。復活の喜びをアジアの人たちに伝える、それがカトリック教会の役割だという話になっていった。これは理屈の上では誰も文句は言えないでしょう。アア、その通りだなと思うわけです。その話でずっと進んでいった時に、堪りかねたのでしょう、インドから来ていた主婦が手を挙げて発言したのです。今司教様たちがお話なさったことは、一種の植民地主義みたいなものです。自分たちヨーロッパ文明が優れているから、その文明と一緒にキリスト教を伝えようとないものをアジアに与えようとする、それが今までの植民地主義ではないですか。私がカトリック教会に魅力を感じて、助けられてきたというのはそういうものではなく、もっと具体的なことでした。自分の夫が戦場に行って、地雷を踏んで、足を吹き飛ばされて車椅子で帰ってきた。それですごい鬱になっていた。そんな中で子供が産まれ、生活しようとしたけれど、夫は働けない。悶々としていた。そんな中である女性と出会った。その女性は脳腫瘍か何かの手術のための後遺症で足が動かなくなっていた。その女性がカトリック信者だった。自分の夫のあれこれと重ね合わさり、その女性と会うことによって相当勇気付けられ、励まされた。で、段々段々教会に引き寄せられた。そして自分たちの苦しみや悲しみに、共感して一緒に歩もうとしてくれる、そういう誠実な心、それが私を支えてきたし、それが希望となった。私は教会にそれを期待してきている。他の宗教にないものがあるから、教会は素晴らしいのだ、教会の役割はあるのだという発想はもうやめたらどうですかとはっきり言ってしまったわけです。それに勇気付けられて、マレーシアから来た一人の若い青年医師が、実は私もそうです。自分が洗礼を受けたのは、宣教師たちの生き様でした。宣教師たちが自分たちと同じように貧しい物を食べ、ジャングルの中で一生懸命田畑を耕してくれた。自分たちの苦しみや悲しみを味わいながら一緒に歩んでくれるその姿が私たちの希望なのだということを言っていた。

それはまさにマタイが言おうとしたキリストの姿です。マタイの山上の説教、これはそういう苦しい現実の中にありながら、ビジョンを失わない。だから、憎しみには憎しみを返す。呪われたら相手を呪い返す。力で相手が攻めてきたら力で相手を屈服させるという論理ではなくて、柔和で義に飢え渇き、平和のために働くというビジョンでこの苦しい現実を生き抜くというときに本当の救いがあるよということをマタイは言いたい。レジメに書き加えるのを忘れてしまったのですが、ユダを先頭にして兵士たちがイエズス様を捕まえにやってきますね。そのときに弟子の一人が手下の耳を切ってしまいます。ルカはキリストがその耳を癒したと書いてある。ところがマタイはそれがない代わりに、非常に大事な言葉を言っている。剣を収めなさい。剣をとるものは剣で滅びると。これはマタイしか書いていない。他の福音書にはありません。ヘロデの残虐な行為があろうと、自分が十字架につけられようと、そういう状況の中にあってこの山上の説教のビジョンを生きるということの中に本当の救いがある。それは高いところに立って、自分が無傷なところに立って、生きるということではなく、現実の、この本当にひどい状況の中にありながら、この山上の説教のビジョンを生きるというところに本当の救いがあるし、それによってこの世界が変わるのではないかというメッセージがマタイの中にあるわけです。ですから、苦しい現実を悪に負けずに高い理念によって生きる、そのメッセージを投げかけようとしている。

ルカの場合は、私達人間がこの歴史の上で泣き叫んでいる、叫びを上げているということを前提にしているわけです。歴史の中で、このイエズス様の生まれた時代、ユダヤの人たちは、ローマ帝国の侵略を受けていた。その支配下にあった。その前はギリシャのアレキサンダー大王の侵略を受けた。その前はペルシャの侵略を受けた。その前はバビロンの侵略。その前はアッシリア。その前はエジプト。800年、900年という長い間、大国の侵略を受けてきたという歴史があるわけです。大国の侵略の歴史、そしてその辛さというのは、日本人の遺伝子の中には組み込まれていません。体験したことないわけです。ところが、朝鮮半島の人、今問題になっている反日感情の中国の人たちは、100年前のことだけれども刷り込まれ、肌で感じているわけです。われわれ日本人はその恐ろしさを体験していないので分からないわけです。ところがキリストが誕生したこの時代の人たちは何百年と大国の支配下にありますから、すごい悲しみの叫びをあげている。自分たちではどうしようもないという叫びです。これはもう自分たちでは解決できない。だから早く来てくださいと叫びをあげているわけです。これは皆さんもそうではないですか、僕もこのように元気そうなかたちで人の前には立っていますけれども、心の中には生きることの辛さや解決できないことの重さで何とかしてくださいと叫びをあげてますでしょう。人間はみな叫びをあげている、深いところで。その叫びに神が応えてくれて、喜びなさいと言っている。人間の悲しみをあげている姿をルカは捉えて、それに応えて無条件で包み込んでくださる神の優しさを福音として捉えている。

今思い出したましたが、僕がローマで神学校を終えて日本に帰るとき、まだ1960年代の初めでした。日本はまだ経済的に豊かではない。だから、僕の神学生としての生活費を助けてくれる善意の人たちがイタリアに沢山いたわけです。帰る前にそういう人たちにお礼を言って帰るということになって、イタリアの担当者が、僕をイタリアのピラツェンツァというところに連れていってくれた。そこに年老いたおばあちゃんがいるから、その人に感謝してくださいねと言われて一緒に行ったわけです。小さなマンションなのですがそこを訪ねていったらおばあちゃんが開けてくれた。一緒に行ってくれたイタリア人の人がこの人はこれから日本に帰って司祭として生活するということを言ったところ、そのおばあちゃんが僕のことをジーッと大きな目を開いて見て、あなたは本当に日本人なのかと言った。ええ、本物ですと言ったところおばあちゃんがワーッと涙を流して、泣き出した。どうしてといったら、おばあちゃんの息子が宣教師だった。中国で司祭として活動していた、イタリア人です。日本軍が攻めてきても日独伊三国同盟があったから、イタリア人ならば日本兵は大丈夫だろう。だから教会の村人は山に逃した。自分は教会に残って入ってきた日本兵たちに、そんな乱暴はよしなさいと言ったわけです。そうしたら日本兵がカーッとなり、自分はイタリア人だと言ったけれど、そんなことは全然関係せずに日本人にやられてしまった。村人が帰ってきたときにはもう神父様は死んでいた。それがそのおばあちゃんの心の中にはずっとたまっていた。それを普段は絶対表わしていない。ところが、僕という日本人をまともに見たときに、昔の思いがワーッと噴出してきて、悲しみと怒りと両方になってきた。おばあちゃんはそういう感情を乗り越えて、日本人の司祭のために、教会のためにといって、お金を毎月毎月神学校の方に送ってくれていたわけです。人間の中の悲しみというのは、みな耐えながらどこかで生きているわけです。ルカは耐えながら叫びをあげている、言い換えると祈り続けている人間の姿をみて、神が無条件に包み込んでくれる優しさの方にアクセントをおいた。それがルカから捉えた福音だった。

(4)キリストがもたらした救いの理解と教会のこれから

このように見てくると、聖書の中には生きた人間理解があるということが見えてきた。生きた人間の姿、生きた現実世界の理解が、きっちりとあって、それに応えようとするイエズス様の色々な側面をみごとに捉えて私たちに伝えてくれている。そう考えていくときに、教会は、果たして、人間の本当の姿を捉えているか、それに応えようとしているかとの疑問になります。つまり、長い間刷り込まれているものがある。それは掟と教義の中に信仰生活を生きなければいけないと刷り込まれたものがある。だから一緒にお掃除に来ても、お互いの深い人間としての悲しみや寂しさは全然ふれない、響かない。教会に来ても何か一人ぼっち。司祭や司教や枢機卿たちも高いところに立っていますから、響いていかないわけです。しかし、教会が日本の社会に本当に意味のある、魅力ある存在となるためには、教会に対してのビジョンの転換、あるいは信仰理解の転換、あるいは福音書の理解の転換が、今、本当に必要になっているのだろうなと思います。つまり、キリストはいったい何者だったのか。それは本当に人類に対して、生きた人間に対しての福音だったとするならば、キリストの福音とはどういうことなのかということを、もう一度私達は聖書から学んでいかなければいけないわけです。

そういう意味で、僕は今の亡くなられた教皇様は、色々な問題点、限界はありましたが、とにかくバチカンという狭い世界中にとどまらずに、在任中に130カ国以上の地域に行って、人々と面と向かって、肌で人々の何かに触れようとしたわけです。それが、あの教皇の魅力、カリスマだったわけです。これは従来の教会の発想からは全然考えられないことです。上から語るのではなく、彼の場合は真正面から向かい合おうとした。特に青年たちに対しては対話をやり続けた。2年ごとに。そういう対話の中に青年たちは何を感じたのかと思うのです。この世界の問題というのは青年たちは敏感に捉えていますけれども、その問題に対してあの教皇は、国家や民族というものを背景にして語っていないのです。ブッシュさんやシラク大統領、小泉さんとかが語る時は国家や民族を背景にして語っているでしょう。国益を代表して語っています。どんなに立派なことを言っても足元が見えてしまうと、青年たちは率直には従えません。惹かれていかない。ところがこの教皇には、確かに民族や国益、国家とかを超えた普遍的な響きが青年たちには感じられた。つまり、人間に向かい合っていた。しかも、それが組織、教会という狭い中に引っ張ろうとするのではなく、キリストのように愛の文明を作りなさいと呼びかけている。これは青年たちにストレートに入っていく。これが青年たちを動かす原動力になっていく。

したがって、これからの教会は確かに人間に向かわなければいけない。人間に答えを出そうとする何かが必要であって、聖書理解も必要だけど、人間理解というのもとても大事です。人間の問題を理解する。そしてそれをキリストの福音の光の中において見直していくということが必要です。だから、教義や掟を一度外してみて、もう一度福音の中から教義や掟を位置づけていくということがこれからの教会なのだろうと思います。皆さんもこういう50周年記念というものをきっかけにして皆さんなりの信仰のあり方、キリスト理解のあり方というのを見直していっていただければ嬉しいと思いますし、そのために私のような話が参考になればありがたいと思っています。ご静聴ありがとうございました。




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