目次

「大聖年・21世紀へ向けて」

21世紀へのビジョン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鵠沼3区 高橋 弘

2000年に向けて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鵠沼3区 清水裕子

中高生会一同・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中高生会代表

青年会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山部哲史、西田琢、荒井善博

教会とともに新しい世紀に向け歩むボーイスカウト・・・・・・・・・・・・藤沢1区 岡田芳明

大聖年に向けて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤沢2区 平野和子

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「大聖年・21世紀へ向けて」

「大聖年・21世紀へ向けて」という集いが、11月7日に開催された。

テハン主任司祭は「大聖年に向かうということは、未来に橋を架けることであり、みんなが共に未来に向かうことであり、各自の持っている宝物を分かち合うことである」と述べられた。

左の像は彫刻家三木勝氏の作品であるが、この作品をごらんになったテハン主任司祭は「この像は大聖年を表現している。作品の中からエネルギーが現れ出てくる、生命の豊かさあふれる愛が大聖年のハトと関連している」と感想を述べられた。三木氏は作品について「大聖年に因んで製作したものではないが、鳥の飛び立つ姿を通して新しい生活、生命が未来に向って行こうとする姿を表現している。 またハトが数羽いるが、それは人、動物、植物この地球に生きとし生きているもの全てを表現している。鑑賞する人によって作品が、どのようにでも内容が豊かになっていくものである。私は祈りを込めて作品を生み出しているのであり、私に与えられたタレントをどのように生かすか、この作品は私のこのようにありたいという希望を表現しているのです」と説明された。

つづいて、日曜学校のリーダーたち、中高生会、青年会、ボーイスカウト、キリスト教講座の各グループから意見や主張が述べられたので、特集として掲載させていただくことにしました。

編集部



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21世紀へのビジョン
鵠沼3区 高橋 弘

現在日曜学校へ出席する子供は毎回80名ぐらいで、多い時にはリーダーを入れれば百名もの人達がセンターホールのミサに集い、その後1年から6年まで、各クラスに分れてリーダーの話しに耳を傾けます。リーダーはサブ、アシスタントを含め14名で担当しています。

李神父様が日曜学校の校長先生になられてからは、今まで全ての役割、責任を代表一人が負っていたものを、各リーダーへ役割を分担するようになり、リーダー達もそれぞれの責任のもとで事に当たっています。

子供達は毎年の行事として5月の遠足、夏休みのキャンプ(今年はデイ・キャンプだった)、バザーの魚作り、そして聖劇を授業中、あるいは特別の日を設けてやっていますが、この辺り、ちょっと行事が多いかなァとも思っています。どうしても、カリキュラムの組み方は典礼暦に即したものになってしまうのは仕方のないことですが、これからはもっと、中高生会や、他のグループ、あるいは教会以外の行事への参加も考えなくてはならないかも知れません。例えば自然の中へもっと積極的に入って、それが野鳥の観察であったり、天文の観望であったり、その中に天地万物を創造された神様の業を見ることも大切ではないかと考えています。いずれにしましても日曜学校は家庭の信仰教育のお手伝いだということです。

子供達が一人でも多く日曜学校へ来て、そして良い人間関係が出来るように、リーダー一同願っています。



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2000年に向けて
鵠沼3区 清水裕子

大聖年とは、1000年毎に来る節目の年であるということを伺い、自分自身がそのような時に生きているということを、神に感謝いたしたいと思います。日常、家庭のみにいるとどうしても、世界が狭まってきます。いつもアンテナを張り巡らし、自分でも色々なことに注意を払って情報を得ようとすることを心がけていることが必要であり、また自分自身を成長させていくのだと思います。そして、けっして背伸びするのではなく、自分が出来ることを出来る範囲で、そして努力をもって行っていきたいと思います。来年に向けて、実際具体的に何をしようということは、現在の所、見つかっておりませんけが、何時もどのようなことでも受け入れられる心と、体を持っていたいと思っております。柔軟な姿勢を持ち続けているうちに、いつか聖霊のお導きがあることを信じてやみません。

十代の頃、2000年が来るときは、自分がどうしているのだろうと考えたとき、ただ漠然とその時の自分自身の年齢を考えておりましたが、いざその時を迎え、冷静に今一度自分自身を見直してみたいと思います。そして、いつも希望、夢を持ち膨らませ続けたいと思います。

日々己を研鑽していき、自分に与えられた課題が見つかったとき、努力を持って成し遂げていきたいと思います。宝石だって原石を磨いて、価値のある高価な石へと変わっていくのです。多数の方々に助けられながら、一歩ずつ成長し、向上することが出来たらと思っております。



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中高生会一同

私達中高生会では、21世紀の教会はどうあるべきか、ということについて話し合った結果、私達(子供たち)から見た大人とこれからの教会はどうあってほしいか、ということが出ました。

私達、子供から見ると大人は本当の自分をだしていないと思います。 言っていいことと、悪いことの区別をつけるということは、いいことだと思うけれど、自分の意見を大切にするということも、とっても良いことだと思います。次に、これからの教会はということでは、今、流行っているアロマテラピーなど、心を落ち着かせるものなどがあるように、教会はいろいろな人が集まり心を休める場となってほしいと思いました。



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青年会

青年会を代表して3人の意見を発表しました。

山部哲史

毎日仕事が夜遅く、やりたいこともろくに出来ない。時間的には充実しているが心が満たされない。不景気の中で自分達を取り巻く厳しい現実がある。また、環境問題がある。この前ビデオで見たが、深刻さがよく分かった。一人だけでは解決できない。身近かな所から手をつけていきたい。

西田 琢

今、福祉の勉強をしている。化粧品が売れるのは歳を取ることが「悪」であるという風潮があるからだ。これからは高齢化社会で様々な問題があり、取り組んで行かなくてはならない。

荒井善博

自分は音楽をやっていて、仕事をしているから音楽が出来るので、どちらも自分の中でつながっている。今特に未来のことは考えていない。過去があって現在があり、現在があって未来がある。だから“今”を考えることが未来を考えることにつながる。一日一日“今”を一生懸命生きている。話の中で「若い頃はいろいろ悩むけれども自分の目標を決めてそれを必ずやり遂げるというパワーが希望となる」という先輩のコメントがあり、とても勇気づけられました。きびしい中で一日一日を精一杯生きるという積極的な意見があり、パワーを分けてもらったような気持ちになりました。



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教会とともに新しい世紀に向け歩むBS藤沢16団
藤沢1区 岡田芳明

1.はじめに

ボーイスカウト達が考える教会の好きなところとは本当はこの「大聖年に向けての集い」にスカウト達も出席させたかったのですが、昨晩から「オーバーナイトハイク」で市内25キロを今朝5時まで歩いて、今はぐっすり寝ていることと思いますので、私が代表で話すこととなりました。

その代わりに、先日スカウト四人に教会についてのアンケートを行いましたので、結果を報告させて頂きます。どのような質問かと言いますと、あなたにとって神、キリストはどんな方ですか、教会のどんなところが好きですか、これからも変わってほしくないところは、教会のどんなところが嫌いですか、変わってもらいたいところは、・あなたが教会に役立てることは、というものでした。

回答結果の詳細は省きますが、私としてはミサがつまらないとか、若い人が少ないとか言った不満の声を期待していたのに、ピュアな回答が出てきて驚いたというのが結論です。

特に教会の好きなところ、変わってほしくないところとして、「何かあったかいところ、神父様やシスターが優しいところ」とありました。別に神父様に胡麻をすっているわけではありませんが、一体どう受け止めたらよいのでしょうか。

2.『スカウティング・フォア・ボーイズ』を手がかりとして

回答してくれた四人のスカウトは、中1、中3、高1、高2で、カトリック家庭に育ち、小学校低学年からボーイスカウトを続けている点で共通していますが、私自身どう受け止めるべきか自問自答していたときに、スカウトの基本書である『スカウティング・フォア・ボーイズ』の一節が目に止まりました。長くなりますが引用させて頂きます。

「若い人の教会や日曜学校への出席率の低下は宗教離れから来ているのではないかと憂える人がいるが、心の中には宗教的感情が前と変わらない程度にあって、教会に行くという形には表れないが、すぐ下に隠れているように思われる。私達が宗教を本来の単純な形でとらえている限り、それは現代に通用し時代遅れにはならないというのが真実である。

新しい世代は個人の自由と自己決定の面でも教育の面でも進化しつつある。私達年長者はそれを認めて現代に追いつかなければ若者に理想を伝えることはできない。最近の30年を見ても新しい世代は規律を外部から決められていた時代の繭から出て、自分で自分の行動を規制する、より自由な段階に生まれ変わっている。

宗教においても同様で教義に規制されようとはせず、自分で信仰について知ろうとし、その根拠を尋ねようとする。彼らは基本を求め、それが色々に変形した物には興味を示さない。」これは実は、1926年(大正15年)にボーイスカウトの創始者ベーデンパウエルがイギリスのスカウト指導者会議で述べたものですが、20世紀と21世紀を結ぶ大聖年を迎えようとする現代日本の教会、藤沢教会にも十分通用するものではないでしょうか。

3.「宗教の本来の単純な形、基本」とは

では「宗教の本来の単純な形、基本」とは何でしょうか。

私は先程のアンケートで教会の好きなところとしてあった「何かあったかいところ、優しく迎えてくれるところ」が大きな手がかりとなるのではないかと思います。

先日、ミサ中にスカウトの入団・上進式を行いました。その時スカウト達が三条のちかい(神と国とに誠を尽くしおきてを守りますいつも他の人々を助けますからだを強くし心をすこやかに徳を養います)を立てたのを覚えていらっしゃるかと思いますが、そのちかいを立てる前に、ベーデンパウエルは「スカウト達に大自然を通して神を認識させ、神がスカウトの周囲と心の中に働いている愛であることを認識させる」よう勧めています。愛され受け入れられた体験と神、教会が結びつかないと信仰は成り立たない、基本的安定感が必要ということでしょう。

その上でベーデンパウエルは「ちかいの内容である神に誠をつくすと言うことは、隣人を愛することによって、神の意思を実現することであり、それが自分の真の成功、幸福につながることを教える」 よう勧めています。つまり神と人々に対する奉仕は、信仰の自然な表れとして、義務ではなく喜びとして実感され、実行されるものだと言うことでしょう。

来るべき21世紀は、日本的な集団主義が廃れ、市場競争原理と個人主義が優勢となることが予想されます。それはいい面もありますが、影の部分として、力と声の大きい者が勝ち誇り、他人の痛みや傷には無関心となることが考えられます。

それに対して教会が、反対価値あるいはもうひとつの価値としての神の国、すなわち一人一人が神から一方的に愛され、受け入れられ、互いに仕えあうよう招かれていることを行動によって示していかなければ、それこそ塩味を失った塩として打ち捨てられることでしょう。

4.ボーイスカウト藤沢16団が貢献できること −21世紀に向けてのビジョン−

このような時代にあって当団が教会に対して貢献できることは何でしょうか。その前に当団と当教会の関係について述べますと、25年前の昭和49年4月、当時の主任司祭ブランチフィールド神父により創設され、当教会を育成団体とするカトリック・ボーイスカウトであり、信者であることを入団条件とはしていませんが、スカウトのほとんどが当教会の信徒であり、日曜学校、中高生会、侍者会にも積極的に参加しています。またリーダーも、スカウトの父親が増え、自分は信徒でなくても家族が信徒という場合が多く、教会との人的つながりがますます強まっています。

このような状況の下、当団は21世紀に向けて、次の三つのビジョンを掲げ、教会に積極的に貢献していきたいと考えています。

よき社会人・信徒の養成これはスカウト運動そのものの目標ですが、特に中高生年代のボーイ、ベンチャースカウトにおいて「キリスト教章」取得のための講座、これはキリスト教入門講座をスカウトのためにアレンジしたもので、今年も四人が受講を始めていますが、この講座を通して、愛され受け入れられた体験と神、教会とをしっかりと結び付け、大人の信仰への自然な成長をバックアップしていきたいと考えています。

教会・社会への奉仕次にその信仰の表れ・行動として、教会行事への奉仕、海岸清掃、缶拾い等社会奉仕を実践していきます。先程のアンケートでもスカウト達自身が貢献できる事として上げていました。今回のバザー準備でもスカウト達がテント張りを手伝い、私を含む壮年部の体力の衰えを十分にカバーしてくれたと思います。

グローバリゼーション・地球環境保護への取り組み当団のスカウトにはベトナム、ペルー、フィリピンから来られた信徒の子供が所属しており、自然な形で先輩、後輩、仲間となっていますし、また大自然の中でのキャンプを通じ、地球環境の美しさ・神秘を体験しその保全を実践していますが、さらに今後外国のカトリックボーイスカウトとの交流や地球環境保護プログラムを検討し、実施していきたいと考えています。これら三つのビジョンは、この分裂の千年紀の実りとも言うべき第2バチカン公会議の『教会憲章』において信徒の役割として示された、神の民としてキリストの祭司職、王職、預言者職に与ることにつながっていると思います。2千年前にイエスが行われたように、生活と祈りを統合し、仕えられるのではなく仕え、社会の中で御父の御旨を見極め宣べ伝えていくという、信徒としての生き方を統合する観点から、新しいミレニアムに向け、新しいビジョンが構築されるべきでしょう。当団のビジョンも目標であり、現在完全に実行できているものではありませんが、藤沢教会とともに神の国の完成に向け旅をする当団の活動にご理解賜り、お子さん、お孫さんに是非入団を勧めて頂くようお願いします。先程も述べましたが、小さい時からカトリックスカウトとして育てることで、ピュアな信仰心が培われるものと確信します。



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大聖年に向けて
藤沢2区 平野和子

まず、大聖年という千年に1度のこの時期に生を与えられ、リーダーをさせていただいていることは、大きな恵みであり喜びであります。

リーダー会では、主にキリスト教講座を担当していますので、講座のことを少し説明いたします。講座を受講なさった方はお判りだと思いますけれど、講座の中でのリーダーの役割は先生ではなく進行役を務めています。

講座の目的は、洗礼を目指したものではありません。講座ではまず自分と出会い、そしてキリストとの出会い、共同体との出会いというプログラムで進められていきます。その中でキリスト教の価値観を知って、生き方を見つめなおしていくお手伝いが少しでもできるようリーダーとして努力していきたいと思います。

これはリーダーの力でできることではなく、聖霊の助けを借りながら、講座に参加なさっているメンバーの方々と分かち合いを通して一緒に講座をつくっていくことであり、決してリーダーからの一方通行的なものではありません。

1年から1年半の講座が終わったあと、受講者の方がどうなさるかは、全て神様と受講者自身にお任せということで無理に、受洗を勧めたりはしていません。受洗を望んでいらっしゃる方には、その方に相応しい代父母が与えられるようご相談に乗り、準備をいたします。

このように考えていきますと、大聖年だから特にということはなく、いつもの講座の延長線上に大聖年があると考えられます。ですから、リーダーとして結果を焦らず、待つ姿勢をとりたいと思います。「大聖年にむけてのビジョン」としては、より謙虚になり、講座のなかで、生活のなかで、信仰を与えられた喜びが伝わるよう努力することだと思います。また、リーダー自身も機会を見つけ、自分を磨く努力をし、黙想会、勉強会への積極的参加をしたいと思います。

このことは、リーダーだけのことではなく、宣教の使命を与えられた信者一人ひとりに当てはまることと思います。



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