2005年信徒総会報告

 2月13日(日)9時半ミサ後2005年度信徒総会が開催されました。

 先の司祭異動でご復活後藤沢教会の主任司祭になられる鈴木神父にも出席いただき、200名を超える信徒の参加を得て50周年にふさわしい内容で進められました。以下その概要をご報告します。

主任司祭挨拶

 「はじめに藤沢教会共同体が昨年いただいた恵みに感謝し、その中から未来の歩みをさがすことができるように。そして祈りの精神のうちに聖霊の導きによって神様のみ旨に沿ってその歩みをすすめていくことができるように」との挨拶と祈りから始められた。

鈴木神父挨拶

 テハン神父によるご紹介のあと、ご挨拶された。鈴木神父は今年58歳になられ、司祭叙階28周年を迎える。好きな言葉の一つとしていなかっぺい氏の「ありのままのありはありのままだった」があり、ますますこの言葉の味わいを感じられる年になったそうである。藤沢教会着任後もこの方向でやっていくのでよろしく、とのことでした。

第一部 教会委員会からの報告

1.<報告事項>

(1)教会委員長報告(片桐委員長)

 今日、大勢の方が参加してくださり大変うれしく思う。また、50年間当教会を司牧してくださったコロンバン会の神父様と新たにお迎えする鈴木神父様のお二人が並んでおられる恵みを感じて胸がいっぱいであり、ご配慮に感謝する。

 報告というと行事ばかりになるが、これら行事の間に皆様方のお祈りやご協力がいっぱいつまっていることを感じている。この総会には感謝と実りそして未来に向かってのチャレンジ、それを進めていくための私たちの交わり、そういったものがたくさん入っている。また今日この場にこられない方で教会のことを考え支えてくださっている人々のことを忘れず、これらのことを心にとめ未来に向かって歩んでゆきたい。教区典礼研修会でも宣教のすすめ方や正しい典礼をささげるヒントをもらったが何よりも恵まれない方、ご病気の方を忘れないよう教会活動をもりたてていけるように力をあわせてやりたい。

 一つお願いがある。来年の総会には皆様がそれぞれ一人、二人を誘って連れてきてほしい。そうすればこの場がいっぱいになるのではないかと思う。

(2)財務報告(石黒財務部長)

  1. 2004年度全体としては前年に比べて収入が減少、支出が増加となったが最終的には260万円の黒字となった。収入増は一般寄付金、施設利用料にとどまり、献金収入、特に祭儀献金の減少が目立つ。経費削減は有給職員の減員、大規模修繕費の発生がなかったことなどがあり、バランスのとれた結果となった。2004年度から司祭供与分担金制度が始まり、大幅な赤字予算をたてたが皆様のご協力でかような収支になったことにお礼を申し上げる。

  2. 50周年を迎える当教会の活動は皆様の奉仕に支えられているが、宣教、福祉などには活動資金が必要である。教会のストック資金の運用については教区とも協力して一般の預金利息よりは有利な配慮がなされているので、皆様の奉仕とともに50周年を実りあるものにしていきたい。

  3. 教会維持費の65%が60歳以上の方によって納付されているのが現状である。今後相応の年代になる人がこれを引き継いでくれればと考えている。その意味で皆様の便宜をはかるために納入方法のメニューを用意する。

  4. 建物の保守管理には長期のプランがあるが、今年度からその費用を予算化して実施していく。その結果一般会計で480万円の赤字予算となるがこれは修繕特別会計から支弁するのですぐに皆様に負担のかかることではない。

(3)教会教勢報告(川辺事務局長)

  1. 昨年12月末の当教会の信徒数は3733名となっている。これは前年と比べてほぼ横這いの状態である。転入、死亡等の動きも同様である。

  2. 平均年齢46・5歳は前年に比べて着実にほぼ1歳高くなっている。これは教会ばかりの問題ではない。例えば藤沢市の場合人口39万人のうち有権者は30万人で、20歳未満は9万人しかいないという地域である。

  3. 不在、不明が567名と多いがこの中に一時的不在や連絡を不要とする人などが190名含まれており、本当の不明者は370名ほどである。

(4)50周年事業経過報告(50周年事業計画調整チーム兼子座長)

  1. 50周年事業を考えるにあたって、過去をふりかえって記念誌を作ることよりもシンボルマークやテーマに集約されているように生きている藤沢教会、活動している藤沢教会として社会とともに、若人や高齢者とともに未来に向かって歩んでいくことをコンセプトとした。その上で個人、ブロック、活動部から出された講演会、コンサート、巡礼、記念フェスティバルなどの種々の事業が4月以降スタートし、11月20日の記念ミサで終了することになる。

  2. そのほか教会名簿の整理、青少年キャンプ、写真展、センターの什器備品の整備などが予定されている。

(5)合葬プロジェクトに関する経過報告(検討チーム高野さん)

  1. 合葬の場を作ることについては当初「葬儀を考える会」が母体となって検討し、昨年5月の「八角形にゅーす」で当教会敷地内に作ることで皆様からご意見をいただきながらすすめるということを報告した。

  2. この記事を聖心の布教姉妹会のシスターが読まれて、そういうことなら聖園の土地を提供したいとの申し出がなされた。これは幅10メートル、奥行き100メートルの広い土地で、それならば教会内の狭い所に作るよりもよいだろうとのことで計画を変更した。

  3. これを受けて検討チームではどういったものがふさわしいかを検討して皆様のイメージをふくらませていただくために「合葬の園イメージプラン」(案)を二通り作り、聖堂内に展示している。広くご意見をいただきたい。今後は行政の手続き、近隣への説明などを行っていく。

<質疑>

(1)報告に関しての質疑

@合葬の場について

Q:聖園の土地は借りるのか、いただくのか。

A:当初は提供を受ける(借りる)ことを考えていたが、その後法律上事業主体が土地の所有者でなければならないことがわかった。この場合事業主体はカトリック横浜司教区であるので聖心の布教姉妹会に了解をいただいて教区に寄贈されることになった。

A財務について

Q:維持費の自動引き落としについては以前から話題になりながらその都度検討しますということで実現に至っていない。今回はどういうつもりか。別の方法を考えてもよいのではないか。

A:以前話題になったときは希望者があまりなかったと聞いている。今回は昨年夏に話がでた。現在の財務は電子決済がふえていることもあり、検討してみようということになった。金融機関となると銀行、郵便局であるが、両者に出向いて調査したところ実現性のあるのはコスト面で郵便局を考えている。具体的には手数料が銀行では1件600円以上かかるのに対して郵便局は25・円ですむ。かつ少人数でもできるということなので手初めに郵便局でできるようにすすめている。

(2)書面による事前質問に対する質疑

@聖堂の配置に関してのお願い(辻堂ブロック女性5名の連名)

Q:現在の聖堂配置にはなじめず、変更も唐突すぎたとの印象もぬぐえない。おちついて座っていることもできず他の教会に行っている人もいる。主任司祭が変わるということでもあるのでこの機会に先ず元通りに戻していただきたい。その上で時間をかけて検討や話し合いを行う場を設けてほしい。賛成する人、納得できない人が意見を述べる場をつくってほしい。大きな声を出さない人、出せない人もいるのでその点での配慮もお願いしたい。こうした上で決まったことでしたら私たちも従う。

A:現在の聖堂配置は2001年2月の教区典礼研修会でのものを参考にしたものである。主日に集まって主の食卓をともに囲み、み言葉で力を、ご聖体で命をいただいて神の福音をのべ伝えるために派遣されていくことをよりよく現すものととらえて、2001年4月のイースターでこの形でのミサを行った。3ヵ月間続けて元の形に戻した。そしてそのちがいを経験したのちアンケート、フォーラム、典礼専門家の神父様のアドバイス、それから同じような形をとっている修道院の聖堂の見学をさせてもらったあと10月末のバザー終了後から現在の配置にしている。

 典礼部あるいは教会委員会としてはこれは主任司祭一人で決めたものではなく、私達がいつも一緒に考え決めてきたもので、なじめない方もいるかも知れないが皆様の理解と協力の下に続けていると理解している。これがゴールとか永久のものとは考えておらず、この3年間経験したことを検討し、50周年を機にもう一歩進めたよりよい典礼をめざすということで典礼部では5月に典礼全般に関するフォーラムを検討している。配置も重要なこととして話し合われるだろうが、声なき声も配慮して一人でも多くの方が参加して皆で考えていきたい。

A献金に関しての意見(30代男性)

Q:私は献金を続けているが何か新たに献金が生ずるたびにどこで聞いたか献金の依頼があり閉口している。いつからこのように金のかかる教会になってしまったのか。ふた言目には献金というのであればもっと考え方をかえるべきではないか。例えばミサを有料にするなど。将来をになう若い人に期待するのは難しい。彼らは義務である国民年金保険すら払えない。

A:何かにつけて献金をといわれるがそのような意識はない。教会からするとバザーの賛助金、イースター献金、クリスマス献金の3回だけでそれ以外に恒常的に献金をお願いしてはいない。しかしそのように受けとめていることは認めなければいけないと考えている。従って話の中でそのような印象を与えるような言い方には注意する必要があろう。とはいっても献金は必要なもので、これまでのような活動を続けたり、日曜日に集まる場所を維持していくためには維持費や寄付にたよらざるを得ず、この点は理解していただきたい。献金は強制ではなく全く各自の自由な考えによるものである。ただし何かお願いするときに特殊な場合を除いて個別の対応が難しく、一律になるがその点は理解してほしい。

2.教会委員並びに活動部部長・スタッフの紹介

 今年度の教会委員、活動部部長並びに教会スタッフは前年度と変わらず、改めて全員が紹介された。

第二部 皆さまとの分かち合い

☆ブロック活動の視点から「トナリ組」活動報告    辻堂ブロック 浮田

○トナリ組を始めてほぼ1年経過

○推進役であるトナリ組委員(一区山崎夫婦二区福山夫婦・三区内嶋夫婦)に感謝

○トナリ組発想の背景(防災委員会がきっかけだったが、ブロック内には以下の問題点が)

・何故、掃除当番や葬儀の際、お手伝い人員が集まらないのか
・少数の人間に重荷を押し付け、他の人間は知らん顔をしていないか
・信徒が互いに信仰を語り合える場や、福音宣教の場はあるのか
・何故、電話連絡網が上手く機能しないのか
・活動を活発にやっている人は別として、一般信徒に自分の居場所があるのか
・転入者や受洗者のアフターフォローは、誰がやるのか
・共同体と言うが、教会外でその恩恵を受けているか
・地域内の立場が弱い方への対応、配慮は十分か
・ブロックと各活動部の連携は、できているか

○右記の諸問題を解決するにはトナリ組を作る必要性があった

○トナリ組とは・・

・近隣の10軒程度が一つのトナリ組・1区8組 2区6組 3区5組
・それぞれの組にはリーダーがいて、とりまとめをお願いしている(年2回の懇親会)
・電話連絡網もトナリ組内で回すのが基本

○トナリ組のイメージ

・トナリ組という一つ一つの細胞が活発に動き、体(教会)の隅々の毛細血管まで温かい血を送り込むことによって、体(教会)を若々しく元気にし、健康を保つ

○トナリ組効果

・掃除当番月の参加者が増える
・一軒一軒回るので、今まで教会から遠のいていた人とも接触でき、温かい交流ができた
・トナリ組活動を始めて自分自身が変わってきた。一日ニコニコし、自然に幸せな気持ちいる自分に驚いた(トナリ組委員)
・ 若い人達が出て来た

○トナリ組の明日

何か新しいことを始めるというのではなく、今まで積み残してきたこと、即ち教会の外でも信者同士がタイトに連携することで、温かい、真の意味での共同体作りを目指す。そこから"外に開かれた教会"を実践できるかも知れない


☆外国籍の視点から    ベトナムコミュニティ トラン ソン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もう一つのこれからの大きな課題に外国籍の方々との共存があります。この教会にもフィリピン・ラティノス・ベトナムの人たちが大勢いて、近々日曜学校の3割を占めるほどになるでしょう。そういう外国籍の視点から教会活動への思いを語っていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

わたくしたちベトナムグループは25年ぐらい藤沢教会でお世話になっています。初めは小さなグループでしたが、だんだん子供たちも増え、そのうちに藤沢教会をのっとるほどの勢いです。目に見える教会活動としては年2回、8月の被昇天とクリスマスにグループが中心となって祈りやイベントを行っています。ほかに、バザーのとき春巻きなど、いろいろのものを売ってその一部を貧しい方のために使うということもしています。ここ10年ほどですが、ヒエン神父さま中心に母国のための活動も行っています。ベトナムでは1万円でひとりの子供が1年間小学校に行けます。また、共産主義で神父になることを禁じられていますが、隠れて学校へ行き神父になる人もいます。それらのための支援にも頑張っています。これからは、日本の共同体のひとつとして皆様と一緒にやって行けたら嬉しいと思っています。よろしくお願いいたします。


☆50周年に感謝      辻堂1区 海老原

 今日、藤沢教会は50・年の歩みを通してこれからの日々に目を向ける時をいただいています。この際私の個人的体験が未来への一歩の参考になるか否か一緒に考えてください。

 人生70年を歩いてきた今、私の信仰生活は段階的に変わり豊かなものになっていることに気付き、神様そしてかかわってくださった全ての方々に感謝あるのみです。

 子供の頃つちかわれた心、それはいつもきれいな心でいるのが望み、そのためにはウソをつかない、イジワルしない、親切にされたら有り難う! 自分にしてほしいことは人にする、自分がされていやなことは人にしない。謙遜でいなさい、傲慢はいけない。死んだら天国に行けるよう日々務めなさい、罪を犯したらそれが重ければ地獄に行かなければならない等々。教会で祈るときはこのような心の整え方に気をつけて一寸あらたまった気持ち、よそ行きの心に整えて神様に助けを願っていたと思うし、子供たち(我が子)にもこの範囲で心を整えるよう教えていた。しかし子供たちも大きくなり、夫は社会の現実と格闘している。その妻、母としてきれいな心を保ち罪を犯さないようにするだけではとてもカバーしきれない現実をつきつけられきた。

 他人の考えとちがう自分にあせり傷つくことに対してきれいな心を保つとは・・。気の合った人と話し合って感じる満足感だけではおかしいんじゃないか? などなどいろいろな戸惑いに悩まされた。当時夫からよく謙遜と自己否定とは違うよと指摘された。30代初め頃まで私の心はウロウロしていた。

 その頃教会は第二バチカン公会議によって、初代教会の信仰にもどって「キリストに従いて行く」という考えが強調されはじめたが、その深い意味は私にはよく分からなかった。ただ当時出会った神父様が現実に即しきれない私の気持ちをよく聴いてくださり、私が気にしている問題に対して事実を一緒に考え整理し私をはげましながら、人生の歩き方を客観的に示してくださった。私にとって驚きの体験であり、自分を客観的に見るということを知った。

 1970年代私たち家族は辻堂に移り、藤沢教会所属となった。ここでオサリバン神父様、ブランチフィールド神父様に出会った。若きブランチフィールド神父様は教会は皆のもの、協力してみ国の建設にたずさわりましょうと事あるごとに熱っぽく語りかけ地区集会、家庭訪問を立ち上げ、人々の教会参加を懸命によびかけ、実動してくださったことが心に残っている。

 若者の反応は早く神父様と一緒に山登り、夏のキャンプなど楽しみだした姿を思い出す。次を引き継がれたテハン神父様も力強く教会は神の民の集まりですといわれ、人の交わりを大切にして話し合うこと協力することを強調された。着任時の自己紹介でも「私の名はテハンです。手の半分でテハンと申します、手が足りないのでどうぞよろしく!」と皆で働くことを強調されたのが心に残っている、しかし当時の私は自分のできることを見つけて自発的な働き手になるには至らず、仰ってくだされば参加させていただきますの域であった。ただしミサに関して当時テハン師から教えていただいたこと、ミサに与るとはそこに集まった人すべてが参加者で共にみ言葉を聴き、共に神の食卓を囲んでご聖体をいただく、そして聖霊に満たされ力をいただいて派遣され日常生活にのぞむこれがミサ聖祭です。以来ミサに与るのが形式ではなく恵みを感じる活きた秘蹟となって私を元気にさせ続けている。

 同じ頃よりグリフィン神父様提唱によるキリスト教入門講座は刷新された教会が何を大切にしているのかを一人ひとりの体験をともなった話し合い、分かち合いを通して各自が納得できるようにしてくださった。私たちは神父様、シスターから神様を教えていただきそれを信じるのではなく一人ひとり自分の体験、仲間と話し合うことを通して神に出合い、神のみ旨を感じることができるようになった。 藤沢教会を司牧してくださっているすべての神父様、先にこの恵みに気づかれた先輩たちが人々と共に神を識り、み旨に従って生きて行くことができるよう祈りと犠牲と実働を捧げてくださっている現実があってこそ味わえる体験である。

 私の信仰は天国に行くため汚れぬ心でいたいとする信仰から話し合いを通じ、それぞれ異なる体験をしながら生きている人を知り、それによって自分を知る、今ここにあられる神、聖霊の働きを感じることができるようになり、心が躍動的になっていることを実感している。(聖書を読み、聖書を味わいながら)話し合い、体験の分かち合いを重ねるといただく恵みの幅も拡がることにも気づき、神様の御計いに敬服してしまう。キリスト者としてはこれらも沢山の気づきが必要でしょう。しかし神によって造られた人間はこの世に送り出された病、老、死があることを知った上で神からその遣い方をまかされた心を自由に使って豊かに人生を歩いて神のもとにもどる。その時神はその一人ひとりに出会って祝福したいと望んでおられる。キリストはこの福音を伝えるためにこの世にこられた。信仰のもとになるこの気づきは人々に生きる意味とよろこびをはっきり感じさせるものになった。刷新された教会の目指すものの中で生きている人すべてが生き甲斐を感じながら福音を伝え合いましょうということは大きなメッセージではないでしょうか。私たちは今、祈りと共に自分のできることをする、そして助け合い、励まし合って共同体の働きを豊かにし、神の恵みを分かち合う現実を体験しています。

 この大きな恵みはこの先どれだけ年月が積み重ねられようとも、人が聖霊の働きを信じ体験から得た活きた信仰を日常生活に活かすことで神に出合い、み旨を聴きとれれば幸せな人生を送ることができるのではないでしょうか。この大きな恵みを気づかせてくださった、神様とすべての方々に感謝あるのみです。



ホームページに戻る  資料室メニューに戻る