10年後の横浜教区を展望しながら

(司祭大会の提言を受けて)

横浜教区長 梅村昌弘

はじめに

 2002年8月末に4年に一度の司祭大会が開かれ、10年後の横浜教区を見据えながら今から取り組んでいかなければならない事柄について話し合いが持たれました。討議の結果は司祭評議会常任委員会によって司教への提言「10年後の横浜教区を展望しながら」としてまとめられました。その年の11月に開かれた司祭評議会総会で再度検討され、若干の修正が加えられた後、2003年2月27日付で提出されました。

 常任委員会からは「今後、横浜教区における宣教司牧を考え、司祭同士が互いに協力し合っていく上で基本的な考え方となるものです」との位置づけがなされていました。掟言の内容を実現するためには、教区司教を含め横浜教区の全員が司祭団の宣教司牧における基本的な考え方をよく理解し、これに協力していく必要があります。

○外国籍信徒の司牧について

 『横浜教区報』45号ですでにお知らせしましたが、横浜教区では一定の言語や民族、国籍別による小教区、いわゆる属人小教区は作らない方針です。

 司祭大会の決議を尊重し、最終的には一つの祭壇を囲むことができるように地道な努力を続けていただきたいと願っています。一朝一夕に実現できない種々の事情はありますが、最終的にめざすのは同じ唯一の信仰に結ばれたキリスト信者としての兄弟姉妹の交わりです。

 小教区訪問の際、二度のミサを頼まれる時があります。午前中は日本人の方々のために、午後は外国籍信徒の方々のために各国語でミサを司式していただけないかという依頼です。原則として辞退させていただいています。

 司牧書簡『交わりとしての教会をめざして』の中で司教職について公会議公文書を引用しながら「各々の部分教会(教区)における一致の見える根拠であり基礎である」と述べました。公会議による次のような指摘もあります。「教会は一致の秘跡、すなわち司教のもとに一つに統合された聖なる民である」。「司教が司式し、司祭と奉仕者がこれを囲み、一つの祭壇の上で一つの祈りをもって行われる祭儀、特にミサにおいて、神の聖なる民全体が充実した行動的参加をもってこれにあずかる時(一致の秘跡である)教会が最もよく表明されるということをすべての人が確信しなければならない」。多言語ミサ、いわゆる国際ミサなどさまざまな工夫が必要とされますが、各小教区訪問の際の司教司式ミサが、提言で指摘されているような「一つのミサの中で一緒に祈れる状況を作り上げていく」ひとつの好機となることを希望しています。

○10年後の幼稚園、保育園、学校について

 カトリックの学校法人、社会福祉法人の多くは修道会が設立母体となっています。ほとんどの会が、共通して、会員の高齢化、召命の減少に直面しており、学校等各施設に会員をこれまでのようには派遣できなくなってきました。そのため、信徒や、時には信徒でない方に校長職や施設長などを委ねざるを得ない事態も生じています。そうした中でカトリックのアイデンティティーを保つには、近隣の小教区の司祭、信徒の協力が不可欠です。

○主任司祭の定年

 司教と同様に教会法で規定されているとおり主任司祭は75歳で「辞任届」を提出することになっています。健康に恵まれていれば、主任司祭としてではないにしろ協力司祭など何らかの任命をもって小教区司牧を続けていただきたいと願っています。

 司祭の老後の生活については多くの方々が心配してくださっています。今、特に喫緊の問題となっているのは、介護を必要としている司祭についてです。教区として、仮称・要介護司祭の生活を考える委員会(責任者・鵜飼好一師)をすでに発足させています。そこで検討を重ねてゆきますが、長年宣教司牧にご尽力くださった司祭に相応しい老後の生活を整えるためには、信徒の皆さんの協力が欠かせません。

○10年後の小教区のあり方

 共同宣教司牧体制を前提としたこれからの小教区の形態やあり方については、今年1月に発表した司牧書簡『横浜教区における改革の基本方針』で示した「多様性の中の一致の原則」「補完性の原理・原則」にのっとり、「最終的な判断を司教に委ねる」前に、まず各地区や各小教区で検討していただきたいと思います。

 提言では「小教区の統廃合の必要性も出てくる可能性も認められる」とありますが、実際、ある地区では小教区の存廃についての懸念が先行している向きもあります。極端な言い方になるかもしれませんが、教区としては、教会法で規定されている組織としての小教区の存廃問題にはあまり関心がありません。教会法上、小教区の設立と廃止は教区司教の権限とされていますが、教区司教としてはどの小教区もキリストの証をする「宣教共同体」として成長していってほしいと願っています。

 公会議は教会を「神の民」として理解しました。わたしたちも制度主義的な考え方を一日も早く払拭しなければなりません。組織としてではなく信仰共同体としての小教区をどのように今後も存続させ、育ててゆくことができるのか、これが愁眉の問題なのです。たとえ小教区に司祭が常住しなくなったとしても、司祭の有無に左右されることなく、地域にあってキリストを証する信仰者の共同体として生きる道をともに模索していかなくてはなりません。そのためにこそ共同宣教司牧体制の整備が求められているのではないでしょうか。「司祭がいなくなったら教会もなくなった」では困るのです。今こそ共同宣教司牧をもって、従来のような司祭を中心とした司祭依存型の小教区からの脱皮を図ってゆかなければならないのではないでしょうか。

○共同宣教司牧チームについて

 提言では、検討し解決すべき課題として3点が指摘されています。

 第一の問題点は、司祭同士の教会観や宣教観の違いが共同宣教司牧における協働の妨げになっているのではないかとの指摘です。この間題については、昨年の5月に開催された第25回司祭の集いにおいて「各々が持つ福音宣教観や教会概念の違い」というテーマをもって取り扱われました。「互いに拒絶し合ったり、自分だけの狭い考えの中に閉じこもったりしないためにも、つらいけれども、共同宣教司牧が必要な時期に来ているのではないか」、「司祭の連携なしに、信徒を巻き込んだ次の段階に進むことは困難だと考える」との発題がありました。

 提言で指摘されている第二の問題点に関しては、従来から教会委員会と地区福音宣教委員会との関係が問われていました。それに加えて、共同宣教司牧チームとの関係も絡んでくるようになりました。特に地区福音宣教委員会の今後については、昨年すでに横浜教区宣教司牧評議会に諮問していましたが、これを受けて、同評議会常任委員会は第12回総会のテーマを「共同宣教司牧に向けた地区福音宣教委員会の新たな位置づけ」と設定し、評議員に諮りました。近いうちに答申が出される予走です。

 第三の宣教司牧チームをつくるための養成に関する問題については、司牧書簡『横浜教区における改革の基本方針』で示した原則をもって確認しましたが、すでに各地区で取り組んでくださっていることと思います。『横浜教区報』48号、49号では「共同宣教司牧への招き」という見出しで、神奈川県における司祭・修道者・信徒による共同宣教司牧推進委員会に関する記事が載せられています。

(横浜教区報50号より)




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10年後の横浜教区を展望しながら(提言全文)

 2002年8月末に行われた司祭大会において、横浜教区の10年先を見つめながら、将来に向けてどのような取り組みが必要か話し合われました。以下、司祭大会の話し合いを踏まえて、幾つかの課題について横浜教区の司祭団として司教様に提言いたします。

○外国籍信徒の司牧について

 現在、横浜教区では外国籍信徒司牧についての共通の指針作りが求められる。

@最終的には一つのミサの中で何国人信徒も一緒に祈れる状況を作り上げていく。私たちは一つの教会として「交わり」を目指すのを理想とする。まず勧められることとして次のような点があげられる。

A一時滞在の人がますます増えるであろう状況やそれぞれのグループにニーズの違いがある。さらに以下のような理由で言語別でのグループ(ミサなど)を単に受け入れるだけではなく積極的にサポートすることが必要である。

 個人として受け入れるだけでなく、グループとして受け入れること、様々なグループを認めることも必要である。

 そのためには、言語ができ各国の事情が分かる司祭(修道者)の担当者が必要である。また、主に定住者をリーダーとして養成する(結婚、幼児洗礼の準備など、あるいは小教区共同体との架け橋的な役割などのため)ことも求められ、人材の活用は課題への取り組みなどのために近隣小教区や各グループ間の交わりや連携も視野にいれたい。

 また、外国籍の人たちの多くは、不安定な状態に置かれていることは間違いがない。そのための支援も必要である。たとえば、2世の子供たちのアイデンティティーの問題は大きい。親子の対話ができるように、子供たちの母国語教育も必要であろう。

 秘跡的なサービスのことだけでなく、外国人が日本で生活するときにぶつかる問題にもっと目を向け、心で感じ、そこに教会が関わる姿勢を大切にしたい。

○10年後の幼稚園、保育園、学校などの施設について

 カトリックの学校法人や社会福祉法人の施設が果たす社会的な役割は大きい。教会が運営するこれらの施設は社会に対して大きな責任を持っている。また、教会の使命である福音宣教をになう場、また予備宣教の場として、これまでも大切な役割を果たしてきたし、大きな影響力を持っていると思われる。今までと同様、これからも基本的にカトリックの施設としての学校法人、福祉法人の施設を教会として大切にしていきたい。

 しかし現状をみると、これまで園長、校長を司祭、修道者が担当していた多くの施設では、司祭、修道者数の減少、あるいは役割の見直しという点から信徒に任せていく傾向がある。こうした判断は基本的には各学校法人、福祉法人に任せられるが、人材の養成、発掘などのために理事会の強化が求められる法人もある。必要であれば法人間の連絡、協力も視野に入れる必要がある。

 また、少子化に伴って、経営の厳しい幼椎園、保育園、学校も少なくない。これらの対応も各園、各法人に任せられるが、同様に理事会の強化が必要な法人もある。

 これら厳しい現状の中で、教区50周年以来の課題である小教区、修道会、カトリック施設の協力という観点から具体的に何ができるかを考える必要がある。たとえば園長はできなくても司祭としてサポートすることはできるし、先生の養成や宗教教育などにおいて主任司祭が深く関わり協力することも可能であろう。しかし、司祭にもタレントの違いがあるので、誰もが同じようにできるわけではないことにも留意したい。

 また、「交わり」という観点からも、特に小教区とカトリック学校の新たな協力関係について模索していく必要がある。これらの協力関係においては単に小教区の主任司祭だけでなく小教区の信徒や地域の人々と共に関わるという姿勢を大切にしたい。信徒のうちからカトリック施設に職員として関わる人が増えるように配慮する必要もあるであろう。

○主任司祭の定年

 主任司祭の定年は75才とされている(教会法538条)。そこで、主任司祭は全員、遅くても自らの誕生日を前に、司教に文書において「主任」の職務について「辞意」を表明することとする。「主任」を退任後の司牧活動の内容、及び居住地については、様々な事情を考慮しながら司教と相談し、最終的に司教に判断を委ねることとする。

 なお、この提言は早急に検討実施されることを望む。

○10年後の小教区のあり方について

 近年、従来のような一つの小教区に一人の司祭という形は困難になりつつある。そこで、今後の司牧形態として「複数の司祭による複数の小教区における共同宣教司牧」や「一人の司祭が複数の小教区を担当する」などということが、ますます多くの地域で必要とされることが予想される。各地区、各小教区では事情はそれぞれ異なるため司祭の立場からのみ判断されぬよう考慮することが重要だが、あらゆる情況を考慮したうえで、最終的な判断を司教に委ねたい。

 なお、その際、例えば複数の小教区において行われる共同司牧も必ずしも地区にとらわれる必要はなく、必要に応じて地区を分割して考えたり、地区を超えて行うべき状況もありうることは認められる。また、小教区の新設、及び統廃合の必要性が出てくる可能性も認められる。

○共同宣教司牧チームについて

 宣教司牧チームは事情によって様々な形が考えられるが、基本的には一人の司祭を責任者とする、信徒、修道者(可能な場合)、司祭によって構成されることが考えられる。

 しかし、その際、以下の点が検討、解決すべき課題としてあげられる。

  1. 福音宣教観や教会概念のとらえ方に司祭の間で様々な違いが感じられる。そうした宣教観等の一致や相互理解への取り組みがまずなされないと、共同司牧は非常につらいものとなる。

  2. 共同宣教司牧チームと教会委員会、地区福音宣教委員会等の役割分担内容をふさわしく識別し、実際に実行していくのに一種の難しさを感じる。教会全体に宣教面、司牧面、運営面等の働きがある中で、共同宣教司牧チームの活動、責任範囲についてさらなる考察、検討をし、ビジョンを明確にする必要がある。

  3. 上記@と関連するが、共同宣教司牧チームをつくるための信徒、司祭の養成が必要である。

 前述の通り、一つの小教区で一人の司祭という体制が不可能になることを目前にしている現在、この「共同宣教司牧チーム」の体制を準備していく必要性は大きいが、以上のような課題もある。他教区での実施の情報収集や分析を行い、研究しながら「共同宣教司牧チーム」の具体的で実現可能な理想像を司教と共に探り、実行していきたい。