神の母 マリア

横浜教区長 濱尾文郎

 「幸いなおとめマリアについては、第一年においては、とくに神の母の秘儀という点をめぐって観想されることになります。みことばが人となったのは、マリアの胎内においてでした。したがって、キリスト中心の理解は、聖母が果たした役割についての認識と切り離すことができません」(教皇ヨハネ・パウロ2世『紀元2000年の到来』)

 天の御父と人類の唯一の仲介者は、主イエス・キリストです。聖母マリアは、事実つねに神の子キリストの蔭におられました。マリアが「神の母」として崇敬されたのは初代教会からです。特に431年エフェソ公会議は、当時の異端に対して「神の母」という表現が正しい、と宣言しました。

 救い主が人間の母親から生まれるということは、大きな意義があります。救い主は、宇宙のどこからか地球に降りてきた者ではなく、私たち人類の兄弟となりました。2千年前、この世に生まれた救い主は、神が介入して私たちに連帯してくださいました。イエス・キリストの十字架の死は、遠いところのことではなく、私たちにも繋がっています。私たちもキリストと連帯して、神の救いに近づくことが出来るのです。神は、人類の救いのために、イエス・キリストの託身ということ以外に、別な手段をとられたかもしれませんが、聖母マリアに協力を求めて、救い主に人として成長していく過程を体験させました。それは私たちの人生の喜び、悲しみ、希望、苦しみを肌で味わうためでもあったでしょう。まさに私たちの仲間であり兄弟の一人となって、身近に関わってくださいました。これは思慮深い神の摂理ではないでしょうか。

 主イエスのご降誕の時には、全人類の救い主の誕生に相応しい場所が見つからず、飼い葉桶に休まなければなりませんでした。この状況は、大天使ガブリエルがマリアに告知した時の荘厳さに比べれば、まことに淋しい神の計らいだと思います。天使の知らせにより、羊飼いだけが救い主を拝みに駆けつけました。「マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」(ルカ1章19) のです。

 イエスが十二歳になったとき、エルサレムでの祭りの後、帰路についた両親と離れて、神殿の境内で学者たちの話を聞いたり質問したりしておられました。心配して捜し回ったヨゼフとマリアに「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」と言われました。イエスの言葉は冷たく聞こえたことでしょう。「両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった」のです。それから一緒にナザレに戻ったイエスは、両親に仕えてお暮らしになりました。

 「母はこれらのことをすべて心に納めていた」(同章50〜51) のでした。

 信仰の深いマリアは、どんな境遇の中でも決して神の愛を疑ったり即断することもなく、常に希望を持って待っていた母親でした。信仰によって、すべてのものごとが理解できるのではありません。また私たちの理性だけでは、神の計らいは把握できません。神の愛の摂理に絶対的な信頼を持ち、時間をかけて待つことが、神への愛の応答となるのです。これが私たちの信仰となるでしょう。

 「神の母」聖母マリアの模範にならい、信仰がもっと深められるようにと祈ることが大切です。また聖母マリアが、御子イエス・キリストの希望である神の国の建設を求めておられたように、私たちも神の国の建設の協力者となるように祈りましょう。



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