教会の社会でのあかし

横浜教区長 濱尾文郎

 「すべてのことを、信仰とキリスト者のあかしを強めるという聖年の第一の目標に集中させなければなりません」「回心への深い望み、より熱心な祈りと、隣人、とくにもっとも貧しい人々との連帯による個人的な刷新を鼓舞する必要があります」 (教皇ヨハネ・パウロ2世〈紀元2000年の到来〉42項)

 前号教区報に、「キリスト者とは」の表題で、個人としてのあかしについて書きました。今回は小教区の教会共同体として関わらなければならない隣人について考えてみましょう。「善いサマリア人」のたとえ(ルカ10章25〜37)にあるように、私たちが隣人を選ぶのではなく、隣人になっていくことが大切です。

◇滞日移住労働者

 現在、横浜教区の信者数は約5万人。教区内4県に居住するフィリピン、中南米からの信者数は約7万人にも達しています。中には日本人と結婚して定住する人も増えています。彼らは、住居、職業の選択にあたって不自由な生活を強いられていることも少なくありません。習慣、言語、国民性が異なる彼らを、仲間として共同体に暖かく迎えているかどうか、小教区共同体の受け入れ態勢を見直す必要があるでしょう。教区の「滞日外国人と連帯する会」(小林賢吾師、渡邊裕成師担当)では、大勢のボランティアが活躍しています。全国レベルでも、特に本州の各教区の間の、この司牧に関する協力作業が進んでおります。

◇障害をもつ人々

 あなたの教会の聖堂、司祭・信徒会館は、障害をもつ人々が集まりやすい場所でしょうか。いくつかの教会では、入口やトイレの設備などを改造しています。視覚、聴覚、肢体、知的障害者など、別々でなく、健常者と共に集える場所であって欲しいと思います。教区でも福祉委員会(古川勉師、福本俊輔氏担当)が活躍しています。聴覚障害は、病気だけでなく高齢による難聴も増えてきています。手話や筆記の通訳、補聴器を活用できる設備を考えなければならない時期となっています。教区にも聴覚障害者の会(鵜飼好一師担当)があります。全国的には社会福祉委員会がカリタス・ジャパンと共にこの分野で働いています。

◇アルコール・薬物依存症

 アルコール依存症のためのAAや、薬物依存症のためのNAなどは、生活や習慣の改善のために互いに励まし合う集会を開くことが欠かせません。既に教区の横浜カトリックセンターやいくつかの小教区で、集会の場所を提供しています。日本司教団にはJCCA(依存症者のための委員会)があり、教区ではアルコール依存症のための横浜マック(A・パーク師担当)、薬物依存症のための横浜ダルク(林健久師担当)を支援しています。

◇HIV感染者

 日本でもエイズ(後天性免疫不全症候群)やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者の数が増えています。不治の病の感染経路からの差別的偏見を受けている人たちです。厚生省によれば、今年2月現在、患者、感染者数は4871人という結果がでました。感染しているのに気づかない人は、この十倍と言われています。世界では、2千2百万人ということです。日本で感染して本国に送還された東南アジアの女性たちもいます。
 1994年、横浜で国際エイズ会議が開催された後、横浜YMCAを中心に「エイズ文化フォーラム」という市民運動が設立されました(細井保路師担当)。同時に日本司教協議会は「HIV諸問題を検討する会」を発足し、今後の教会の取り組み方を司教団に提案する準備をしています(濱尾司教担当)。「HIV感染者は、福音書に登場する善きサマリア人が助けた人、イエスが癒された重い皮膚病のような人たちであって、彼らに手を差し伸べる時には『なぜ』とか『どのように』とか尋ねる必要はないのです」というブラジルのサンパウロ教区長パウロ・E・アルンス枢機卿の言葉は、深い示唆に富んでいます。

◇日韓交流

 在日の朝鮮・韓国の人々が、日本の社会に適合できるように、教会は配慮してきたでしょうか。まだ十分とは言えません。95年、韓国司教協議会の前会長パウロ・イ大司教は、日韓両国で共通の歴史観をもつために、共同で歴史の教科書の作成を提案しました。その後、両国の数名の司教たちが話し合い、せめて参考書を作ろうという段階に至りました。互いに相手を非難し合うことではなく、救いの歴史の観点から、信仰と愛の目をもつことを確認しあいました。韓国の国史編纂委員長の李元淳(イ・ウオン・スン)氏の講義もありました。先頃、同氏は日本修道女連盟に招かれて来日し、講演会を開いています。
 1910年から45年までの35年間の韓国併合の歴史の中で、創氏改名、韓国語の使用禁止など、民族のアイデンティティーの否定となった政策について「施恵論」を唱える学者もいるように、歴史観が異なるのが現状です。横浜教区の前々教区長故トマ脇田浅五郎司教(1947〜51年在任)は、終戦までの数年間、韓国・光州の教区長でした。「脇田司教様は、日本の韓国併合は間違いでしたと語っておられました」と、光州の現教区長ユン大司教が話していました。日本司教団のレベルばかりでなく、教区としても更に深く関わりたいです。現在、全州から来ている司祭2名が、教区内で日本の宗教や語学を学んでいます。教区にも日韓交流担当者がいます(上原功宏師)。

◇被差別部落

 日本の社会には、古くから部落差別の問題があります。原因は明かではありませんが、人種によるものではなく社会構造の差別です。いまだに根深い差別や偏見が続いています。教会の中には、決してそのようなことがあってはならないのです。若い者の結婚を世話をする人が当事者の本籍や住所などを調査するのも、人権に触れることです。日本司教団にもカトリック部落問題委員会があり、教区にも部落問題を考える会(林健久師、小林賢吾師担当)があります。

◇おわりに

 その他、社会には高齢者、病者など弱い立場におかれた人々は多数いるのです。教会は積極的に、これらの人々の隣人となつて関わることが必要です。「一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」1コリント12章13〜26参照)。
 パウロは、このように私たちをキリストの体にたとえて、その部分の一人ひとりを大切にすることについて熱心に説いています。
 今まで不十分であった態勢、体質を児直して、「回心への深い望み、より熱心な祈りと、隣人、とくにもっとも貧しい人々との連帯による刷新」を実施するように心掛けましょう。



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