風車

 風車といえば、多くの方がオランダのキンデルダイクとか、ザーンセスカンスの伝統的な水車群を思い描くことでしょう。チューリップの咲く頃、風車は壮大な雄姿で、写真や映像のヒロインになっている。世界文化遺産でもあるので、世界各地の観光客がこれらの場所をめがけて観光に来る。

 しかし以外やドイツにも素晴らしい、ボック型という古風な風車や、大型風車は存在している。特に北のバルト海とか北海沿岸に隣接するニーダーザクセン州には沢山ある。麦を消費する慣習がとても古くからあるヨーロッパにおいて、製粉動力に人間や家畜の次に考えられたのは自然の力であった。人間が臼を回すことは、今やタブーともなっているようで、どこにも見当たらない。風や水を利用することは至極当然であった。ある統計によれば、絶頂期である1870年頃まで、オランダだけで約9000基の風車が回っていたという。

 ヘルゴランドやクックスハーヘン、オランダの海岸線をそこはかとなく歩いた体感上、その風はとても風車に向いていると感じた。これはヨーロッパが緯度に比べて温暖な気象条件を保っているのと関係する。つまり、太陽光はたそがれて大陸は冷えているのに、北海には、はるばるとメキシコの方から暖流が流れている。地元では主要な海岸線が海水浴リゾートとして盛況になるのも、比較的海水が暖かいからだ。陸と海の温度格差が激しいほど、風は強く吹く。

 現在に至って、北欧で風力発電が盛んに建設されているのは、昔から風車を生活の中に取り入れてきた、文化の影響がとても大きい。風車そのものが生活に溶け込んでいたことは、羽根の止め方に、意味があるのだ、という例をとっても判る。ようするに、左回りの風車羽根の頂点から手前で止まっていれば、ご近所かその家にお祝い事があったという意味であり、赤ちゃんの誕生とか結婚といった特別の日には、旗などで羽根の先端を飾っていた。逆に頂点より過ぎて止めてあれば不幸をあらわしていたという。

 最盛当時の数を思い起こせば、程よい風が吹く北欧地域だけを考えてしまえば、この地域周辺で、21世紀中には発電のほとんどを風車エネルギーが占めることになるだろう。太陽エネルギーから生まれ出た風を利用する風車の活躍である。

 その反面、日本の風車製粉は全国どこを調べても例がない。日本に溶け込めなかった理由は、いったいどこにあるのであろう。動かせぬ事情が隠されているのだろうか、建設だけの問題であるとは思えない。

 1620年、フランスから新大陸に一台の大型石臼が運ばれた。米国創世の地であるバージニアで風車を建設するためのものだった。この地は東部大西洋海岸に位置し、やはりメキシコ湾海流が流れており緯度に比して温暖である。風車が心地よく回転する好条件が整っている。その大きさは最大の物で直径72インチ(183cm)あったという。水車臼に比べて風車のものは大きい。ゆっくりと回転する。回転数が問題でなく、臼まわりの速度、周速が問題となっているからだ。アメリカでも1890年代にモーターで回転させるロール製粉が導入されるまで、当然として臼を回すための風と水が製粉の原動力だった。