蕎麦における水の役割

 大地に蕎麦の種が蒔かれた、その時からこのドラマが始まる。種は地中にしみている水分の力をかりて発芽をする。それはすごいエネルギーだ。何しろ自分の重さの何十倍もある土をはねのけて太陽の光を求める。”火事場の馬鹿力”という言葉があるが、蕎麦にとって、陽の目を見る為の馬鹿力である。このカギを握っているのが酵素だ。その酵素が水によって働きはじめ、蕎麦種子としての行動にいざ出発だ。

 蕎麦植物が成長する為に、水を必要とするのは言うに及ばない。同じ生物として、人間との共通性がここにある。同じ理由だ。からだを下へ下へと落としていく重力から、反発し支えていくために水がかかわっている。水の相互力で組織に入り込み、徐々に植物としての形ができてくる。

 簡略から一気に飛ぶが、製粉工程を終えて粉になった蕎麦。この蕎麦粉がお蕎麦屋さんや製麺屋さん、近頃では家庭で手打ち蕎麦を作るブームが呼んで一般消費者へと行き渡る。ここでも水は欠かせない。手打ち工程で水回しがある。そこで考えられることは、自然の摂理に非常にあった調理方法が、日本独自の蕎麦文化として完成しているなということだ。

 木鉢の中でいったいどういうことが起こっているのだろうか。小麦粉の持つグルテンタンパクは、弾性を持っている。それに対して蕎麦は、ただ現在の状態を保とうとしている。蕎麦に熱を与えるとデンプンは糊化しコロイドとなって弾性ができる。そこまでの号令は水から発せられる。この原料から来る違いが小麦麺のそうめん、冷麦、うどん、ラーメンとか、蕎麦との肌の粘膜との抵抗感として表れる。その食感やのど越しの違いを、積極的に表現している麺に出会うとうれしくなる。

 以上が、21世紀の蕎麦を考えるうえで必要とされるだろう。水は人をとりこにする。紀元前6世紀頃の古代ギリシャ時代、タレスという哲学者がいた。そしてこういった。「万物のもとは水にある。万物の背後に水がある。宇宙の起源は水だ」・・・と。哲学の始めは「水だ!!!」という一声から始まった。原子番号の始めに水素がある。原子の存在を知る前に、直感で水と万物を結びつけたことに、水の魔力を知る。
 ある夏の夜、タレスは赤色巨星の観測に夢中になりすぎて、井戸に落っこちた。そして星になった。・・・というのは悪い冗談である。