テリトリー

 具体的なタスマニア情報を、詳しくWebされていらっしゃる、和田優子さんから、おたよりが届いた。「皆さん具体的にタスマニアの蕎麦情報が欲しいんですぅ!!」…ということで、簡略であるが述べさせていただく。

 ある日、デパートに入ると、いろんな種類の花のタネが売っていた。ここはオーストラリアのシドニーです。日本ではホームセンターなどで手に入る、小さな袋に入った花の種がありますね。その種を現地で買って知人に配ったことがある。当然ながら半年早く芽を出して、おめでたい花を咲かせましたョ、という知らせが何人からか届いた。種を買ったとき、自分では名前を知らない花ばかり集めたつもりだったので、もしかしたら珍種の花が咲いたかもしれないと、内心期待していた。ところが、農学事情に詳しい叔父が私に教えてくれた。これらの販売ルートには日本の企業がかかわっているらしく、日本ではすべて、ごくありふれた花であるということを聞き、少々がっかりした覚えがある。でも楽しい発想だと思っていた。

 
それから時が経過し、どうしたことか4っつ上の実兄(白鳥製粉且ミ長、白鳥理一郎)が母と私に相談があると、一枚の大きな世界地図を持ってやってきた。「兄とタイプが違うね」と昔からよく良く言われるが、忘 己 利 他を忘れずに兄弟仲を努めるものだと思う。互いに少し距離を置いて尊重しあうのが秘訣のようだ。十二分に知っているので互いに短所を言い出したらきりがない。欠点のない人間はいない。商売で行き詰まる問題が生ずると良く私に相談に来る。性格がアクティブでしっかりしており、手段を多用して策を組める人だ。忘 己に矛盾するようだが、人一倍自己を大事にして面子に拘る人でもある。話を聞きますと、第一声が’ニュージーランドで蕎麦栽培をやろうと思う’から話し出した。これからしてやるぞ、という意気込みを感じた。むかし兄は1年間、南オーストラリアへ交換留学しており、その時からオーストラリアは兄のテリトリーである。住んでいた経験から内陸には乾波がきて、蕎麦栽培には適さないということを知っていた。

 私は長友大先生の書いた「蕎麦考」という本を愛読していた。蕎麦との出会いはこの本からである。この本は蕎麦栽培の手引書であり、はるばるドイツまで持っていって何回も読んできた。話を切り出された際、世界地図にあるニュージーランドの近くにある、湖の豊かなタスマニア島を探し出した。ここが蕎麦栽培の適地であると瞬時に感じた。いわゆる直感である。自慢ではないが、南半球のタスマニアを蕎麦栽培の適地だと地球上で最初に選び出したのは私の直感である。湖が豊かということは、雨が良く降るということである。そして南緯を、そのまま北緯に直すと日本の蕎麦産地に一致する。緯度の一致は、植物の成長にはとても重要な、日照時間が一緒ということを意味している。蕎麦栽培には浴光時間(光線にさらされる時間)が決め手なのである。しかも、兄の留学先はニュージーランドではなく、オーストラリアだ。「総合的にどう考えても、ここにあるタスマニアという所が最適じゃあないのかな」と断言した。タスマニア島を調べてみようか、ということになりそれがスタートとなった。もうすでにタマネギは端境期における冷やし玉として流通経路が確立していた。ここにもってくれば出来そうだ。

父、利重との木漏れ日
学生の時分、一時ゴルフ同好会に所属していた。ヘタだけど楽しかった。
 父は、当時南半球から輸入されてきた蕎麦原料の品質問題には、”蕎麦そのものが悪いだけではないのではないか”という考えをもっていた。”赤道を越えてくるときに船底で蒸れてしまって、品質低下してしまうのも、ひとつ影響しているのではないか”という考えを持っていた。そのころは南アフリカやブラジルから大量に蕎麦が輸入されていたが、残念ながら評判はよくなかった。今ではアメリカの軍部が開発したといわれる、船底でも自由に温度設定できるリーファー・コンテイナーがある。当初はこの使用で輸入のさい船底で蒸れてしまったかもしれないという、問題の解決策とした。

 新蕎麦とは所謂、とれたての蕎麦のことである。蕎麦製粉にとって、夏場に新蕎麦を挽くというのは、少々乱暴な実験でもあった。夏の蕎麦粉には種々の問題があって、お蕎麦屋さんからもっともお叱りを受けやすい時期である。ここで間違ってはならないのは、新蕎麦を夏場に提供できるということは、お蕎麦屋さんが抱えている問題解決策のすべてではないということである。もっともわかり易い解決策ではあるが様々な問題点がある。お蕎麦屋さんの間では異口同音に、新蕎麦は新鮮野菜のように麺が緑色をし、もっとも良い状態の蕎麦ができるとされている。今までの新蕎麦は、これから寒くなって蕎麦粉製粉の状態もよくなりますよという、自然のサインでもあった。この計画に失敗すれば、日本人が大切にしてきた’旬’、四季のバランス感覚を崩すことになりかねない。・・・?これと同時に、技術屋が抱える模索にも似た課題が突きつけられたが、その後、夏場の難問は、私なりに解決した。

 
ロビン・グレー首相に工場説明
 父と息子たちの共同作業は黒く輝く蕎麦の実を結んだ。人類は永遠なる食品確保という宿命を負って生きている。穀物は食品として蓄える知恵をもって、この地に生まれてきた。蕎麦も雑穀として、ぎこちなくそのことを発揮してきたのだが、新鮮な食材の輸入で貯蔵から新しさを求める道に変わる。食料輸入は運ぶ距離によって、燃料などに使うエネルギー消費量が比例して多くなる。これをフードマイレッジという。自然保護にとって、残念ながらこのプロジェクトは逆効果である。だからといって、日本の食糧事情は自然の恵みを輸入ビジネスに託すしかない。21世紀を迎えて、蕎麦は生鮮分野にまでとうとう踏み込んできた。

その後兄は、タスマニアに桜の苗を贈った。私的でセンシィティブな話題になるが、父の命日は春である。私は満開に咲く桜の枝を、父の柩に差し入れた。その行為を横で見ていた。

 なお種子や苗木などの流通適正化と振興に当たっては「種苗法」と「独占禁止法」という法律がある。


 ”配所から出でて みな等し並みとなる 極楽の余り風(天命の定め)