水車

 水車の本場といえばドイツ国ライン川の上流域とドナウ(ダニューブ)川の上流域があげられる。世界でもっとも水車文化の高い場所である。シュバルツバルト(黒い森)のある、Baden-Wuettemberg州はライン川そしてドナウ川双方の水源地帯である。この地域には今なお、100以上の水車がある。東欧諸国を通って黒海まで流れ行くダニューブの水源(Donnauquelle)はここにあるとされ、ドイツでは珍しい2台の連結水車を始め、数々の歴史ある水車がここに集まっている。。⇒水車訪問

 川の上流域に水車を作られる理由として、まず動力となる水資源の安定した確保があげられる。もうひとつあげるとすれば、臼に適した石が、山を削って手に入った点であろう。ここから西一帯は歴史的にフランスとドイツが幾度も行き帰した、いわゆるアルザス地帯で、この近くを通っているジュラ紀にできた古代山脈からは、ブール石(buhrs)という世界的に名高い良質の石が取れたところだ。

 下掛け水車といって、水車の下を悠々と流れる河の水を利用した水車がある。水車動力となる流れが、川に沿うように作られていた。しかし、ドイツでは現在ほとんど無い。日本で造られてきた水車のほとんどは、最近までこの下掛け水車であった。この方式は水流の速さに直接影響されやすい。川の流れにそった下掛け水車は、悠々として山河の景色に良くとけこむ。地域によって洪水に見舞われてきた日本は、一時だけ水が豊富になり、水は存在するのがあたりまえという考えが大いにあった。水車回転に使う水に限っては資源を調達するという考えが疎かになってしまったのかもしれない。

 それに対して水車の上横から、水を垂らすのが上掛け水車という。ヨーロッパには無い日本特有の気象といえば台風である。上掛け水車では水を水車の上から落下させるので、雨がドシャ降りになったとき、水車その物が一見台風に耐えられないと思われる。しかし、流路を堰でくい止めれば水を垂らさないようにもできるし、一定量を超えれば途中で意識的に水があふれてしまうようにもできる。水車羽根を仕切っている、1つ1つの部屋に溜まった水の質量と、羽根の径で決まる高さがそのまま位置エネルギーになって無駄がない。水資源に乏しい場所までは、上水道のように自然の流れに任せて水を運べばよいし、山岳に最も適した水車である。ドイツでは天から与えられた貴重な水で、少しずつ連続して水車動力に使用してきた。粉挽き水車とは違うが、水車を回すために水路確保を求めてきた苦労の痕跡が残る例をあげてみることにしよう。

 その後、新大陸に最初に水車が建立されたのは1599年、カナダの西、ノバ・スコシア州アナポリスである。もちろん技術や機材はヨーロッパから輸入された。


 上にある3枚の写真はドイツパン博物館の入り口を飾る精密な水車模型である。ここを訪れるのは2度目(1998年)で、最初の訪問からちょうど20年が経っている。確か、その時もこの模型は展示してあった。14000以上におよぶ貯蔵品の中、この館には1300しか展示できないという。パンと水車が共存してきた重要性を決して忘れない意思が伝わる。水車羽根から石臼への駆動方法が一目瞭然である。日本水車との大きな違いは歯車の組み合わせで、駆動トルクの根本的な考え方である。