ヴェルツハイム周辺の水車散策道

 聞くのをうっかり忘れてしまったが、帯の締めかた、石の色からしてこれは多分フランスの臼だ。ドイツの製粉所でも、フランス臼の質の高さは認めている。

 臼の扱い方によっては粉に悪影響を与えるという。つまり発熱だ。水車動力はそのままほっとけば、無限に続く回転を与える。原料が無くなって、いわゆる空回しをすることが一番気をつけなければならないことだという。そこにもし、鉄片があれば火花が散り、そして最後には臼がパカッと割れてしまうという。製粉史の深い、彼らが実際に経験してきた話だ。

 現代科学で摩擦という現象の説明は、一点一点のずれと解釈されている。解かり難いだろうが、氷上のスケート摩擦や翼をすべる空気の流れは異なるが、固体と固体との摩擦、例えば石臼と麦や、臼と蕎麦など・・・。摩擦がおこっているところでお互いの表面には、微視的にこの現象がおこっている。

 石は冷たい、というのは大きな錯覚だ。真夏の砂浜は熱くて歩けないし、石焼芋まである。ただ長時間回転し続けた直後の臼をひっくり返して、その石面の温度をまだ誰も計っていない。どこかの石臼産業か研究機関が、ありとあらゆる状況を考慮して計測し、その詳細は公表するべきである。密閉された臼と臼の間なので、回転が速いと特に日本の夏場は危険である。彼らの教訓から多いに学ぶ。

 この場を立ち去り写真をとるとき、思わずお腹を前に突き出してしまった。彼の威厳に触るのと、自分で見ても余りにも恥ずかしい姿なので、下をかってにトリミングさせてもらった。すごい立派な腹の持ち主で、気持ちが和やかに通じる人だった。

 左の写真を見てみよう。壁面に木組みが見える、この地域独特の建て方である。ドイツの水車小屋は立派な製粉所である。

 この水車小屋はメンツェルスミルという名で、この地区では一番古い。手直し直しで、なんと8世紀から在るというから、これにはびっくり。日本では平城か平安時代初期か、その時代から代々続いている水車小屋なんて考えもつかない。もう国をあげての文化遺産といってもいいだろう。
ドイツ水車小屋はこの写真で判るように高さがある。上階には家族が住んでいるのだ。冬はさぞかし暖かいと思うが、夜長が、水と、絶え間なく続くギヤーの回転と石臼の音に耳をすませて生活をしてきた。その生活スタイルには頭が下がる思いがする。しかし、今の製粉操業もほとんど変わらないのだということを改めて感じる。

 その場を立ち去った後、ふと気分が楽しくなった。自分が経験した、夜通し製粉の楽しさを思い出した時だ。私には仲の良かったフィンランドの友がいて、ヘルシンキから列車で一時間ほど、ヒビンキャーという町の、その製粉工場に訪問に行った時だった。夏季だったので白夜。夜といえども日が差して、最初は時差ぼけのような感じだった。機械の回る音が、自分をこんなに心地よいものにしてくれるものかと感じた、その一瞬を思い出したのだった。

 右の写真でポッカリと空いている穴は、石臼原料の供給口である。軸を支えているのは、インデックスで話したリンドゥで、上から見るとこうなっている。この軸受け機構が、ヨーロッパ臼の最大の特徴である。原料はカム衝撃で自動的に下に落とされていく。

 ディンケル(Dinkel)という小麦を主に挽くのだと言う。この麦はエマー種と背の低い矮生の交配種だ。エマーとは紀元前5000年からその存在が認められている古代種で青銅器時代、前800年の中部ヨーロッパを襲った悪天候をも耐えてきたといわれている。手にとって見せてもらったが、日本産で最もポピュラーな小麦の種類である農林61号と、色彩的には赤褐色で良く似ているが、その後の染色体操作か確かではないが型が大きかった。