おたより

 私は国際結婚をして、南ドイツに暮らしている主婦です。自転車で回られたそうで、そのお写真がとてもドイツの自然を表していると思いました。私は自転車旅行が好きで、常々、日本の人たちにドイツを1日でもいいから、牧歌的な自然の中をサイクリングしてもらいたいと思っております。
 2年前になりますが、フランケン地方を自転車旅行しまして、主に古い農家や醸造所等を移築させた屋外博物館に行きました。ここにも石臼があり、見学した日のアトラクションが粉引きでした。幾個所かは実際に動物を飼い、昔の農家の生活、生産方法を公開していました。広い会場内をポックリポックリ歩きながら見学してきました。下がその屋外博物館のサイトです。

Bad Windsheim  (Rothenburgの北東に位置する町) http://www.freilandmuseum.de/

 蕎麦はお話の通り、健康食品、自然食品の棚ではみかけますが、当地ではまだそれほど復活していない食べ物です。でも、昔は確かに食されていたようで、上記の屋外博物館の会場内、入り口附近の昔の農作物展示用の畑にはBuchweizenがありました。

 シュペッツレの材料は、小麦粉、卵、塩、水と植物油です。作り方は、かなりネバっこく練った生地を、穴あきお玉のようなもので、植物油と塩を少々いれた湯の中へポトポト落としたり、あるいは小形のまな板の上を垂れ流しさせてはパレットで細くこすっては湯に入れ込む、あるいは少々固めの生地を作っては、粒々にして茹でたりしています。固めのものはKnoepfleと呼んでいます。
 ジャガイモと粉、卵、塩が材料の物にはSchupfnudelnという物があります。SchpaetzleもSchupfnudelnも小麦粉がぜいたく品だった時代にはRoggenを使った、正に貧困層の食品だったようです。
 歴史的には、ジャガイモが登場する前の時代、粉と水だけで手で釣りのうきのような形のスイトンを作ったのが、Nudelnの原型だったようで、その頃に既にSchupfnudeln という名前が出ているそうです。そして次第に潰した茹でジャガを加えるようになったのが現在のSchupfnudelnだと言われています。そのため、機械による乾麺が市場に出回るようになって、Schupfnudelnは次第におばあちゃんの台所でしか見かけない食べ物となっておりました。
 昔の貧困層の食べ物ですから、付け合せもなにもありません、単に粉でスイトンを作り、それをラード等でコゲ目をつけては食べたようで、変化に生地に青い薬味になる物を刻み込んで入れてみたりしたようです。これらの素朴そのもののスイトンは時にはSpatzaと南ドイツでは呼ばれており、これの「食べやすい、嬉しくなるような、可愛いヤツ」という意味なのかもしれません、Spaetzleシュペッツレがこの名前の変形だと思います。始めの頃は小麦粉も貧困層ではめったに買えなかったそうで、Roggen Mehlとジャガイモと塩だけだったようで、卵は幾つも入れると「贅沢の程である」というお叱りが出たそうです。
 戦後は忘れ去られ、おばあちゃんの台所料理、シャレた料理でないイメージでしたが、ハンバーガーなどに食べ飽きた層から再発見され、この10年、15年に復活をして、人気食品になっております。ジャガイモの団子Knoedelと合わせ、この頃は自分で作ることをしないので、乾麺がありますし、半分出来合い、レトルト物が出回り、冷凍というのもあります。
  ご興味があるかどうか解りませんが、バイエルン州がこのたび、州自慢の郷土料理のサイトを作りましたので、下に記しておきます。

http://www.spezialitaeten.bayern.de/

 Dinkelは昔は生乾きのまま刈り取って、乾燥は熱で行ったそうです。小麦粉アレルギーの人が増えてきているので、Dinkelのパンなどは健康食品の店などでは扱っているようです。気候が悪く、しかも土地もやせてあまり収穫が出来ない土地で、Dinkel の取引きで町となったというのがロマンチック街道上の町、Dinkelsbuehlです。町のワッペンは3本のDinkelです。下はDinkelsbuehlのHPで、右上の端にワッペンが見えます。

http://www.dinkelsbuehl.de/ISY/index.php?call=home

 楽しく読ませていただきました、お礼申し上げます。だいぶ長いお時間を拝借いたしました。どうか、これからは季節の変り目、激務の毎日でありましょうが、なにとぞご自愛のほど、毎日をお過ごしください。    かしこ

緑子・Krishcke