ドイツの麺
 広いドイツ料理のレパートリーから麺類を探すという作業には多少難がある。しかし全くの無縁ということではない。麺を英語で表現すると、ヌードル(noodle)ということになると思うが、この語源はドイツ語のクヌーデル(Knoedel)といわれている。これは南部のチロル地方にある団子状スープの具であり、材料はジャガイモと卵を主体として作られている。

 ヨーロッパのあるレストランに入ってまずメニューを見て、もしもそこに日本の麺らしきものや中華麺が用意してあったとしても、前菜として種別されてしまっている。腹ごなしになる麺が入っていたとしても、スープの1種と考えているのだ。日本の感覚で、それだけ注文して終わってしまってはボーイさんから妙な顔をされてしまうだろう。その理由が、ヌードルの先祖であるクヌーデルにあるのではないかと思われる。ヌードルは我々が考えている麺とは根本的に違う。

 しかも、良く調べてみると英語のヌードルには、どういうわけか麺の他にもう一つの解釈があって、それは大ばか者とか、たわけ者という真に人を食った言葉である。例えば、The chuckling grin of noodles. といえば、歯をむき出しにして馬鹿笑いする。という意味になる。The cooking green of noodles. のような訛りとなると全くふざけた話だ。いつの日であったか外国ドラマで、馬鹿笑いをして周囲から冷笑をされている日本人が画面に出てきた。全体的な印象の一端が、こんな言葉の使い方と関係ないと思いたいが、心外に堪えない。源語的に何故そうなったのか、知っている人はぜひ教えてほしい。メンは男性の複数形を連想させるので、日本語のSobaが国際語として通用する時がいつかしらやってくることを切に願っている。決して日本蕎麦の事を、Japanese Noodleなどと言ってはいけないと思う。

 現在、ドイツの消費者が蕎麦を探そうとすると、蕎麦粉を手に入れるより剥き実を手にいれる方が容易である。スーパーでグリュッツエという蕎麦割れが箱詰めされている。パッケイジを見ると、北ドイツの古い食べ方で朝食に食されていたということが記されていた。北ドイツ地方の古い食品というのが気になる。南の州では、菜食主義者といわず穀物料理のひとつとして、現在注目されているという趣旨の文章に出会った。電動臼で挽いたままの荒挽き蕎麦粉を牛乳と一緒に混ぜてそのまま食べる。生のまま食べるこの食習慣は栄養的にみても非常に優れたものである。

 東アジア地域で発祥した蕎麦が、西に伝来しヨーロッパの地でそれなりにしっかりと根づいているのを感じて、非常に喜ばしいと思うのは私だけではないだろう。大いに蕎麦栽培をしなさいと訴え、研究を重ねてきた、明治生まれの菅原金次郎蕎麦博士。その著書「ソバのつくり方」によると、ドイツでは1436年には蕎麦をつくっていたという。14〜5世紀にトルコを渡って伝えられた物であると記されている。小麦に比べて、まだ歴史の浅い蕎麦という穀物に対しての解釈の違いと距離を感じざるを得ないが、地方によって蕎麦がしっかりと庶民の味となっているのは確かだ。

  ケルンにある、マックスプランク研究所のWolfgang Schuchert博士によると見解が少し違う。⇒参照 ドイツの蕎麦は14世紀に、モンゴル人によってふるさとのアジアから、直接中央ヨーロッパにもたらされたと記している。どのようなルートを通ってきたのか今なお不明だ。という文章にもであった。どのような認識なのか正直な所わからない。
 そして現在、ドイツ語で使われているBuchweizenという蕎麦の名称は、三角をかたどった落葉樹であるブナの実を連想させるところから、ブナ小麦と名づけたということである。仲良くお付き合いしている楠岡博士が調べてくれました。それによると、いつから使われてきたのでしょう。英語でいうBuckwheatの語源はオランダ語のboekweitで、古い北部ドイツ語のbuohhaというブナの木に近いみたいだ、ということでした。木偏に無と書いてブナと読むので、ブと関係があるかブ〜ンか知らないが、いずれにしても日本語のブナも、このころ使われていたドイツ語名称のブハの響きに似てますね。

 ここでヨーロッパ蕎麦の伝播について、素朴な疑問がある。それは現在、蕎麦殻消費量第一位の国はロシアである。熱を通してアルファー化した、カーシャという蕎麦の実を食べている。ヨーロッパの蕎麦はなぜアジアから徐々に東ヨーロッパを伝来してこなかったのだろうか。どうかんがえても実際は伝わってきているのだろうが、歴史認識か国境断絶で話がよくわからない。世界各地へ蕎麦の広がりは予想以上に遅かったらしく、インドでも12世紀以降だったという。蕎麦が食用にできるという考え自体が、とても薄かったのかもしれない。

シュヴァビッシュ・ハルにて
 ドイツ南西部の地方特産料理としてシュペッツェレという麺らしきものがある。確かなことは判らないが、クヌーデルにどこかで影響されているのかもしれない。その作り方にはまな板から包丁で切り出すか、ドウ玉を湯で鍋の上で直接包丁で切りだしているようだ。しかし、その後ソースにまぶして食べるやり方や味付けも、地理的影響かやはりパスタに近い。⇒おたより

 パスタの概念は15世紀にドイツに入ってきたといわれている。北イタリアでは小麦粉の変わりに蕎麦粉を使ったピッツォケリといわれているパスタがあるし、この国にも蕎麦を使ったパスタ料理がある。包丁で切り出しているようで、アジア麺のような長さはなく、フウフウして食べれないのが惜しかった。ちなみに現在の押し出しパスタは19世紀に入ってからの発明といわれている。

 日本蕎麦の手打ち工程のように、ドイツでも切る直前の工程まで生地を延ばす、という料理方法の概念はある。そこまでの、しこみの完成がその後の料理結果に影響すると考えられ、もっとも重要視されている工程だ。調理工程の段階で、さまざまな形に変えてきた面白いパン生地をこれから紹介しよう。