風車の歴史
 自然の力を使った製粉で忘れてはならないのが風車である。この起源については、中国や日本にあるチベット仏教の流れをくむ寺院に見られる、信者が円柱を1周押して回転させると経典を1冊読む功徳があるとされている、経蔵であるという人もいます。そして1世紀に活躍したヘロンというギリシャ機械学者が解説した気体物理学にみるアネムリオン模型が原型ではないかという人もいます。本当の所在は明らかとはなっていません。しかし実際に製粉へ応用したのは、10世紀にイスラム社会で始まったという話が定説となっています。そして12世紀のヨーロッパ社会では、使用者に課税する処置を施すまで普及していました。

 その機能を完璧な姿に発展させた国はオランダです。オランダの国名をニーダーランドと言います。ニーダーとは英語でいうアンダー、つまり低い土地の国という意味です。オランダでは15世紀、風車は常時水を汲み出す為に作られ、抵地の灌漑用として活躍してきました。承知のように小麦製粉にも原動カとして使われていました。風の利用から蒸気機関をへて、電気モーターが入ってきた現在においても約900基が稼動しています。

 風車の回る地域によって、羽根数が違うことに気が付きます。オランダ風車の他、イギリスやデンマークでも見られる多くは4枚羽根です。地中海、ギリシャ、そしてポルトガルの風車は羽根数が多く、アメリカ中西部時代に見られた風車羽根はもっと多いのに気がつきます。一般に羽根の数が多いほど低回転で、高い力が出せるので低速型に向いているといいます。一方、風力発電などは高回転で飛行機のように3枚羽根で回してるのが主流です。特に機種が大きくなるとその傾向が強いようです。1枚や2枚も試みられましたが実験の結果、力とのバランスで今のような姿になっているようです。

 日本では突然強風に見舞われる台風の影響もあるので、風を直接動カとして使おうという発想は出てこないで、故に発展もしてきませんでした。昔から続く日本の技術による風車製粉はありません。
 1978年に始まった環境プロジエクトであるサンシャイン計画の一端として、風車は最先端技術をもってさらなる進化を遂げる事になります。無限に広がる太陽エネルギーを使おうではないか、という最初の計画です。この一見真新しい技術は、風カ変化によって風の受ける翼の角度が自動的に変わり、起動トルクを制御する進化を遂げました。そして建築材料の進歩等にも助けられ、効率も良くなって低コストになってきています。

 99年度の実績集計では日本の風車発電の建設はまだ全エネルギー需要の0、01%たらずで、デンマーク10%、ドイツの8%と大きく隔たりがあります。アメリカのエネルギー省でも20年後に5%にもって行こうと着々と計画が進んています。日本のクリーンエネルギー問題は、COx問題だけでなく自然と人間がどのような形で共存し、それに立ち向かうかという選択枠内に入っています。

 重水核融合など、今までにないより進んだエネルギーを確保できる可能性に1番近いのは日本の技術です。その技術の発展を含みながら、バランスを見つつ原子力発電との調和をとっているのですが、ここで忘れてはならないことがあります。風車による発電装置は、元を正せば製粉史の延長でもあるという事実です。