「国内産蕎麦」作柄状況からの一考


 2004年産の蕎麦は異常気象の影響で、かつて経験したことのない大打撃を受けた。全く今までの予想とはかけ離れた被害状況である。日本最大の蕎麦生産地である北海道の幌加内町では、人が立ってもいられない風速39mの台風が来た。しかも強風は6時間以上吹き続けたという。幌南と幌中では刈り取り間際であった。農作物被害調査によると、これらの地域では90%の減収というさんざんな結果が出ている。一部の地域で蕎麦は二期作ができ、この数字は夏蕎麦をも含んだ数値である。

 その後の台風も各地に雨と風による甚大な被害をもたらして日本列島を縦断した。生育期の日照時間も少なく、かつ高温を記録して気象統計開始以来の高い年平均気温になった。これは各種農作物同様、蕎麦にとって受難の年であった事を意味している。
 不作年の蕎麦は量が取れないばかりではなく、品質の劣る種子も出回る。しかも北海道をはじめ作付面積の多い鹿児島、秋田、茨城でも収穫量が少なかったという報告である。その結果、需給が追いつかず原料が高騰し、地場産業だけでなく、老舗や名店のお蕎麦屋さんが憂いている。農家、問屋はもちろん国産蕎麦に携わる、すべての業種と消費者が痛手を受けている。

 まれに見るこの異常さを鑑みて地球温暖化の原因は、オゾンなどの化学物質が対流圏に留まる影響だけではないのではないか、と考えざるを得ない。我々の生活圏である大気圏はビックリするほど狭い。東京から真っ直ぐ上に熱海ほどの距離を行くと、そこはもう宇宙である。こんなに狭い大気圏内で起こる気候変動が、紛争にまったく無関係とは言い切れないであろう。粉々に砕く破壊に要するエネルギー量はとても大きい。

 そして、爆薬から発生するエネルギーは急激な燃焼反応を起こさせるものであるから、瞬発的な二酸化炭素の発生が多い。葉緑体による光合成など間にあわない。その他、NOxやSOxも発生する。これらはCOxの何倍もオゾン層破壊に関与する。今回の戦争でどれほどの爆弾を使用したのかは知らないが、ベトナム戦争当時のアメリカは、約100万トンの爆弾を投下したといわれている。大量破壊兵器一つ使うと、火薬に換算して数万トンの量だともいわれている。火薬汚染は地球環境に最も悪影響だ。火薬の原料は炭素と硝石そして硫黄である。炭素はCOxを作り、硝石はNOxをつくりだし、そして硫黄はSOxを発生する。気候変動はこれらによる温室効果の影響を十分認識すべきである。大気の異常は、広域に及ぶ海面からまず海水に悪影響を及ぼす。薪を燃やして得られた熱利用だけの時代には、地球の温室効果などまったく考えもしなかった。しかしこれからは、国家の問題として地球規模で十分認識しなければならない。

  例えば風呂桶の片隅に熱源を与えると、離れた場所で流れの変化が現れる。同様に地球のあるところで大量のエネルギーが与えられると、全く関係なさそうな場所に異常が現れることも考えられる。台風も暴風も大気の渦流で、フェーン現象も流れの異常からくる。地球全体が占めるエネルギー循環と波動バランスが狂っている証拠である。エネルギーの短絡を問題にしているわけで、生物の生活手段だけでは急激な過流が起こらないはずなのに、普通でない事を人間がしている。自然はうまくできていて、気をつけているとこのような悪条件を、日ごと無きようにする浄化作用がある。しかしそれでよいのだろうか。情勢がどうのこうのではなく、真剣に捉えなくてはいけないのではないだろうか。

 過去に争いがきっかけで、厳粛に科学を発達させてきた良い例もある。風向と風速計算に使われている見かけの力は、近代に入って敵陣へ撃ちこむ弾道のずれが、地球自転の影響であることを付きとめて導かれている。人がめちゃめちゃに動いてから、後で判断することもある。もっと冷静沈着に天災を考えれば世も変わるかもしれないということだ。

 地中貫通型ミサイル爆弾やロケット弾、地下核実験など、大規模な力学的エネルギーをある土地に与えると、まったく離れた場所で重大な災害を起こしてしまえることを考えられなくもない。断層の無い土地で原爆実験など人為的な急速地殻変動を起こすと、活断層の存在するまったく離れた地域に地震が起こる可能性も否定できない。地球がまるで釣鐘のように、全体的に振動することが計測によって確かめられている。少なくとも影響がよくわからないうちに行動を慎め!!といえるのは地震国の立派な主張ではないのか?断層の持つ弾性エネルギーは、あるきっかけで動き出す。極端に言えば積み木崩しである。このくらいなら大丈夫だろう、ではもう駄目である。例えば、おおよそ100年周期にマグニチュード幾つ以上の地震が何処そこに起こるであろうという予想に、無意識下の無責任を感じてしまうのは私だけであろうか。現在の大災害に対応する姿勢にはおおよそ統計学が多いが、それで済むだろうか?

 日本語で天気とは天の気持ちである。人間があまり勝手な事をやると、天のご機嫌を損なう。現代は人が天を動かしうる。地球がエネルギーの固まりであることには間違いはない。しかし、だからといって力学エネルギーをむやみに地中に与えるのは、汚れた場所にごみを捨てる不届き者に等しくなってしまう。ゴミ捨ては、他者に訴えられる動かざる証拠物件であったということである。日本では古来、温泉利用でゆっくりと地表を冷ましてきた。このような温泉様による地道な行為に反することである。地中をも含めたエネルギーサイクルを真剣に考えなければならない時代に来ている。

 計算処理で気候予想をしようという試みが地球シュミレーションである。気象コンピューターの出現に敏感に反応するのは、先端農業国とどこかのエネルギー省であろう。解かる人には解かっている。気候変動を引き起こすのが、火山活動などの自然現象か人間活動からなのか、表面的にはまだ本格的に解明されていない。

 21世紀以降の争いは爆薬の量からして、もうできないのではないだろうか。その考えを皮算用にはしたくない。まして核など論外である。規模が大きくなればなるほど、関与していない人に被害が及ぶ可能性がうまれてくる。科学が発達すれば時間を早めることができ、大きな現象を小さく捉えることができる。無限にとどかんとする分裂と分解からエネルギーを得ることができる。あまりあまって急速に増え続ける蓄積を、上手にコントロールしなくてはならない絶対なる必要性がでてきた。爆弾の発明してから、人間はあまりにも大量のエネルギーを手にしてしまった。ノーベルの考えたことが古くならないうちにどうにかしなくてはならない。冷静な環境に爆弾はふさわしくない。

 蕎麦はもともとゆっくりとした情緒を楽しむスローフードである。食事時間をいっているわけではなく、調理人の乱れなき姿がそのまま食卓に伝わってくる代物である。蕎麦を粗雑に扱うと、作品として後戻りのできない間違いが起こる可能性がある。ゆったりとした余裕は人間性を取り戻すのに必要である。少なからずも日本蕎麦は細く、そして長くそれに貢献しようとしている。 (2004年12月)