アジア大陸の粉

  現在日本で、一般的に臼といっているのは手で回す手挽き臼であろう。もともと手挽き臼の発祥は、アジア大陸が最初だと考えられている。手挽き臼の幼稚な代物から、順に発達段階のわかる臼が西アジアから出士されている。ウラルトゥ(紀元前1270〜750年)は鉱山に富み、金属加工が盛んで工芸品も数多く生産している。上臼を下臼が支える為に作った、鉄製の中心軸、リンドゥを初めて石に取り付けた場所と考えられている。

平凡社 大百科事典より抜粋

 中国において、紀元前6000年頃の新石器時代の物とされる立派な石皿や石棒が、主に西北中国から多く出土している。メタテという足の付いた大きな石皿で、マノといられる石棒と一緒に出土されている。前のページをもう一度振り返ってもらいたい。シュツュットガルトから出土した「すりいし」と、このメタテを作ったとされる年代の差は、何と4000年ある。メタテはこの時代すでに完璧な表情を見せている。物つくりの比較をさせてもらうと・・・。

 マノを注視してみよう。手打ち蕎麦作りで使う、「麺棒」の祖先はこういう所から来ているのかもしれない。さらに、拡大してみる。円柱を転がして穀物を砕くという発想・・・。世界最古のロール機の原型は、まさしくこれだ!!と思う。文化は無意識のうちに進むものである。

 その完成度の高さから開放前後まで、「蕎麦のふるさと」といわれている雲南では、それらをずっと生活の1部に使っていたといわれている。どのように説明をつけてよいものか全く不思議なもので、遠く離れた南アメリカのメキシコでも同じような形状の石皿を見ることができる。

 中国ではいきなり回転臼の完成品が遺跡から出土しているようだ。火を起こすのには、互いに叩く火打石の他にも、発火棒を回す円運動の発火がある。火カにかけた器の内容物を掻き混ぜるには、臼を回すようなゆったりとした円運動を必要とする。石を使う行為は石器時代に、そこに穀物や実があれば自然に発祥してきたものだと思われる。擦りあわせているうちに、底が平らになって磨り石を回したくもなるだろう。その人をかばうわけではないが、そこで人が木の棒を振り回していたら自分の手が支点になる。支点を見つけて、円運動が発見された瞬間だ。石を回すという方法を、人類がいつ頃経験したのか知らぬが、これが回転臼の発見であろう。そんなに難しいことではない。私的な考えだが、たぶん日本の石臼は中国、韓国からの影響を受けて日本的に加工し、ウラルトゥと関係が無いのではないかと思う。臼という最も古い道具発祥の地を、世界で一つの場所にしようとすること事態が全く無意味なことである。

 黄河周辺は中国文明の発祥の地だ。華北平原を流れる黄河に、肥えた土が流れ込み大麦、アワ、キビの雑穀地帯をつくって、雑穀による農耕文化が非常に発達してきた。しかし、雑穀の食し方は小麦に見られるような、粉にするというより、残念ながらお米のような粒食だ。しかしそのことが、粒に対して大切に扱う、技術の深さに関係してくる。麦や蕎麦近代製粉の精選技術にも応用されている。粒ぞろいや皮むき、擦り洗いの精選器具が大きく発達してきたのは、何を隠そうアジアである。

 土焼きの技術があってさらに少量の粉にするだけならば、いわゆる「すり鉢」と「すりこぎjでも用が足りていた。胡麻すりに使うあれだ。しかもこれは、他の材料とミックスをしたり水を加えたりする調理を、この段階で終わらせてしまう万能臼だと思う。素焼きの面に、櫛のような形状をした物で幾何学的な縦のきざみ目を描き、ガラス質の上薬をかけて光沢と強度を兼ね備えてある。焼き物で作った摺り臼とも言える芸術品である。土焼きの原点であるその昔、我々の祖先が作ってきた縄文土器。縄文土器は世界最古の焼き物といわれている。