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メキシコ・マヤ
検証の旅 メキシコ・マヤ>

旅の目的

◆中央メキシコ、ユカタン半島の遺跡旧跡を訪ね歩き、
「宇宙の記憶」の視点から、その地を実際に検証してみる。

神話、伝説として今に残る、太古の知的文明の真相に迫る。

私たちが本来持っている肉体の能力を引き出すために、
太古の記憶に直接触れ、キーワードを呼び起こしてみる。

太古の人々が今に伝えたかったメッセージや営みの中から、
私たちが21世紀をより良く生きるためのヒントを探る。

人間として地球で生きること、本当に楽しい人生とは
いったい何なのか?を、いま一度考えてみる。

テオティワカン││チチェンイッツァ││チビルチャルトゥン
特別フォーラム││カバー/ウシュマル││アケ││エクバラン

テオティワカン/030922
teotihuacan 最盛時には20平方キロを越える面積に人口10万人から20万人におよぶ
大都市であった。平和な農耕と商業の文化が栄えたが、700年代に北方の
狩猟民族の侵入により崩壊したとされる(滅亡の理由はよく判らない)。
太陽のピラミッド:
テオティワカンで最大の建造物。
高さ65mを誇る。
太陽のピラミッドの中腹部分。
かなり傾斜がきつい

ケツァルパパロトルの宮殿:
この場所の使い道に関してイメージを
ふくらませる木内鶴彦氏。
床に水を張り、五番の目のように座標を
組んだのか?構造上からは、天文観測
(時間と気象)を司ったとも考えられる。
宮殿の柱にはケツァルパパロトルの
浮き彫りが鮮やかに残っている。

スケールに用いたのかもしれない。
死者の道:テオティワカンをほぼ南北
(17度東に傾いている)、3kmに渡る広い道。
月のピラミッド前の「月の広場」から
まっすぐ南にのびている。
死者の道は沢山のブロックに分かれており、
各ブロック毎に水門が施されている。
運河として利用し、神殿から神殿を繋い
でいたとも考えられる。
4.2平方キロの区域内に神殿群が広がる。
漆喰の表面が激しく焼け焦げているのは
なぜなのだろう?
特に東側(西向きの面)には、
全面的に激しい照射跡が目立つ。

ケツァルコアトルのピラミッド:
左右の壁面には、作られた当時の彩色が
わずかに残っている(修復中)。
ケツァルコアトルのピラミッドには
漆喰が何らかの原因で溶けたのか?
石積が流出した痕跡が残る。
チチェンイツァ/030923
chichen itza チチェン・イツァーは、ユカタン北部では最大のマヤ遺跡。
9世紀初頭から建設が開始され、13世紀末には放棄されたと推定。
春分秋分の日におけるカスティーヨのククルカン降臨現象は特に有名。
ククルカンの神殿(カスティージョ):
高さ23m、四辺の長さが55mの巨大な
ピラミッド。このピラミッド自体が
マヤの暦を表しているといわれる。
現在、確認されているチチェン・イツァーは
南北3キロメートル、東西1.5キロメートルに
わたる広大な面積を占めている。
カスティーヨはチチェン・イツァーにトルテカ
族が侵入したAD980年頃から建設が
始まったとされ、歴史は比較的新しい。
化粧岩の下は運びやすい小型の石。
カスティーヨは幾度と無く増築されてきた。
ロペータの競技場いろいろな説があるが、
このゲームのルール、競技の意義に
関しては憶測の域を脱していない。
競技場中央で柏手をたたくと、1秒間に
7回エコーした。ここは音速と時間を知る
ための施設ではなかったのか?
カラコル(別名・天文台):春分(3/21)と
秋分(9/22)の日没には、西窓外側南西の
角の影が正確に内側の角に落ち、
春分の日の月が沈む際には、外側北東の
角の影が、おなじく内側の角に落ちる
などの事例が実測されている。
木内鶴彦:国際天文連合よりその業績を
認められ小惑星に木内と命名される。

「古代人にとって天体の運行は政治的にも
経済的にも重要な要素であった。
マヤ人が天文観測に優れていたことは
独自の暦法からも明らか。(木内談)」
チチェン・イツァからの帰り道、
なにやら怪しげな雲が・・・
よく見るとそれは彩雲だった。
良いことが起きるのだそうですが・・・。。
チビルチャルトゥン/030924
dzibilchaltun 春分の日と秋分の日、“7つの人形の家”の愛称を持つ神殿中央の
アーチから太陽が昇る。天文台やカレンダーとしても機能した、
マヤ以前のオルメカ文明の聖地といわれる。
“7つの人形の家”の神殿:
7つの人形が出土したことがそのいわれ。
太陽の動きを綿密に計算し作られた。
大通り風のサクベ途中にある“マヤ時計”。
この日時計と神殿との間でオリジナルの
数学が行われたのであろうか?
現在の神殿は1940年代に修復されたもの。
太陽の運行表を基に方位検証を行うと、
真北に対し磁北分のずれを生じている。
神殿から出土した7つの粘土細工人形。
マヤシャーマンのフンバツ氏曰く、
「人間のチャクラを示すもの」とのこと。
セノーテ(隕石落下地帯特有の泉):
チビルチャルトゥンのセノーテは、その
清水に生命力が溢れている。泳いでみると、
身も心も驚くほど気持ちが良い。
チビルのセノーテには、
小魚や水草、昆虫や小鳥達が調和し、
自然のハーモニーを奏でている。
特別フォーラム/030924
special forum マヤ・イッツァーエ族のシャーマン“フンバツ・メン氏”を迎えての
特別フォーラム「Kiuchi & Hunbatz マヤの記憶から学ぶこと」を開催。
(ナガク奥義学校の皆さんも交えて)
マヤ語で“ne(へ)”とは“0(ゼロ)、銀河、
卵、精子”。0は始まりであり全てである。
人間として、素敵な人類として進化する為の
キーワードをマヤの地で得たいと思う。
13ヶ月×20日=260日(約33時間)
18ヶ月×20日=360日(約24時間)
マヤの暦は地球の自転速度の変化を解く、
天文学的に重要なヒントを与えている。
マヤの思想の源は宇宙であり、宇宙法則が
HAAB(太陽の暦)やルールを導き出して
いる。それは人間をも包み込んでいる。
カバー/030925
kabah ウシュマル同様7世紀初頭から栄えた神殿都市のひとつ。最盛期には、
広域にわたって神殿や住居が建てられていた。
しかし現在復元されているのは、コッツ・ポープや二層の宮殿と呼ばれる
建築物だけで他はほとんどジャングルに埋もれたままである。
エジプト・ギリシャにもあった菊の御紋らしき
模様がここにも・・・。
儀式センター(遺跡)では、ククルカンの
様に蛇行するのが階段作法。
レリーフの意味することとは。マヤに
伝わる精神を享受するフンバツ氏
CozPoopの北側にはマヤの神官像が
7体あった。しかし現在は2体のみ。
宇宙飛行士に似ているといわれる。
ウシュマル/030925
uxmal 魔法使いのピラミッドの丸みをおびた基檀は、
他では見られない神秘的な雰囲気を醸しだしている。
ウシュマルは、7世紀初頭から建築が開始された当時の
祭祀センターのひとつと推定されている。
遙か彼方を見据えるように佇む「魔法
使いのピラミッド」。36メートルの高さで、
土台は四角と言うより楕円形に近い。
魔法使いのピラミッド:アルーシュ(妖精)
が一夜にして出来したという伝説が名の
由来。不思議な魅力を持つピラミッドだ。
伝説や神話を基に検証すると、この地の
繁栄の始まりは、7世紀よりかなり前に
遡るものと推測される。
キニチハン伝説も踏まえ検証すると、
このピラミッドでは、太陽光を利用した発電
システムを確立していたのではないか?と
の推測に達した。
チチェンイツァーで頻繁に見られたククル
カンに代わって雨の神チャクが顕著になる。
雨の神チャク
尼僧院:4つの建物がロの字型に、長方形の
大きな庭を囲むようにして建てられている。
食料、水、太陽、夜と、東西南北に位置する
建物それぞれに守護神があったとされる。
尼僧院の持つ役割、神事について享受する
フンバツ氏。そしてマヤの文化歴史に精通
する通訳・ガイド・人類考古学者のMs.ABE
尼僧院の南側にあるマヤ・アーチ このアーチには「神の手形」というものが
残されている。これには伝説があって、
アーチの建設を指揮した神が最後に残した
ものとか、アトランティスから文明をもたらした
キニチハンの手形とも言われている。
「神の手形」を染色して強調してみた。 ちなみにこちらは木内さんの手「神の手形」
と、良く似ていると思えるのだが・・・。
アケ/030926
ake マヤの伝承によれば、この地に住んでいたマヤ人は
“巨人”の様な体系をしていたという。
巨人時代の遺跡“アケ”はチチェン・イツァやそれ以前に建てられた
チビルチャルトゥンよりも、古くから存在するマヤ文明発祥の地。
イツァムナー・ピラミッド:
唯一復元されている中央神殿
全てのスケールが大きい異様なアケ遺跡
イツァムナー・ピラミッドの階段のステップは
巨大な石で出来ており、私達には到底
1歩の歩幅で登っていく事ができない。
石柱についても同様に、円形に切り出
された巨石が何層にも積み重なり
約4Mもの高さになっている。
どの遺跡よりも大きいつくりとなっている。
ステップを登るマヤシャーマン・フンバツ氏
と木内さん
マヤの精霊に捧げる儀式を終え、
メッセージを伝えるフンバツ氏
精霊からのメッセージを木内さん伝え、
一つの役目を終えたフンバツ氏
快晴と静寂の中、人類が託された役割、
地球に生きることの意義を考えた。
イツァムナー・ピラミッド(中央神殿)から
正面に一直線。
その先には一本の石柱が立っている。
中央神殿を瀬にして右側のピラミッド。
発掘と修復が始まった。
ビッグニュースを期待したい。
エクバラン/030926
ek'balam
天文学者の遺跡“エク・バラン”のエクはマヤ語で「星」、
バランは聖なる動物「ジャガー」という意味。
夜になれば、満天の星々が光り輝くこの遺跡(儀式センター)は
特に天文学者の集う場所として存在していたとわれる。
中央ピラミッド。修復作業のため屋根で
覆われている。まるでジャンプ台の様な
階段を登り切ると、そこには・・・。
ここでもククルカンの様に端から端へ蛇行しながら階段を進む。
大きく口をあけたククルカンのレリーフ。
さらに金星や宇宙を意味する紋章の数々。
昔、人は羽を持っていた時代があったと
マヤシャーマンは語る
ソラに向かい、今にも飛びだして
しまいそうな神官像。
まるで自由に星空を行き来していたかの様子。
マヤシャーマン“フンバツ氏”が
重要視する、小さな儀式センター。
7〜10世紀に最盛期を迎えたエクバランは、
FUEGO NUEVO(新しい火)といって52年に
一度、どんどんピラミッドを増築していったと
いわれる。
宇宙の旅メキシコ・マヤを終えて、
フンバツ氏と木内鶴彦氏、さらにスーパー
通訳のMs.ABEと巨人の末裔。
フンバツ・メン氏と木内鶴彦氏を囲んで、
FourmSORAとNAGA'KUの面々。

お疲れさまでした。
ForumSORA号と団長・木内鶴彦氏
旅を振り返って、検証の成果を語る木内さん。
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