本当の経歴
沖雅也がアイドルから脱出したのは「光る海」だと言われているが、その放映直前の8月、女性誌に次のような記事が掲載されたことも大きく影響していると思われる。

「両親離別、家出、ゲイバーとさまよった本当の過去」

この記事には日活でデビュー時の年齢・経歴詐称とともに、4ヶ月ほどゲイバーで働いていたことが暴露されている。
『しかし、生きるためにゲイバーを手伝ったところで、少しも恥ずべきことではない』と好意的に記事は書かれていたが、小中学生のアイドルにとっては年齢や経歴の詐称より、『ゲイバー』という言葉が大打撃だった。そして、沖氏は15年の芸能生活の中で、このことについてとうとう一度も語らなかった。

その記事を何度も何度も読み返したが、呑み込むまでに時間がかかった。私は中学に進学したばかりの普通の13歳の女の子でしかなかったのだ。そして、彼の言葉によく登場する「同じマンションに住んでいるおじさん」という人物のことが気にかかりだした。
それは、勿論日景忠男氏のことだった。


「光る海」 1972年10月2日〜1973年3月26日放送 全26回(CX)
出演:中野良子 島田陽子(現・揚子) 菅原謙二 芦田伸介 小林麻美 石川さゆり 他
沖さんの役名:野坂孝雄

このまま一過性のアイドルにとどまっていては、いつかは廃れてしまう。
そう考えた沖雅也は夜9時台の「大人のドラマ」に挑戦している。このドラマは石坂洋次郎原作で、当時としては大胆なセックスに関する会話が何度も登場し、中野良子や島田陽子(現:楊子)とのキスシーンもあって、これまでの子供のアイドル路線とは一線を画す。

大学の卒業パーティーの夜、孝雄は同級生の美枝子(中野良子)から

「男と女のあいだで、結婚や恋愛感情を抜きにして、キスだけしてもよい場合があると思わない?」

と誘われるままにキスをする。気の強い美枝子にとまどいながらも、自分の心が決められずにいる孝雄。その孝雄に密かに思いを募らせる和子(島田陽子)。

性がオープンになったこの頃では、大学卒業の夜に初めてのキスなどというのでは、かえって「お固い方」ということになってドラマなど作れそうにないが、当時は「過激な内容、奔放な性」と話題になった。「ナウなセックス会話」と週刊誌の見出しに載っているのも今となっては笑える。
特筆すべきはスーツ姿で登場することと、沖さんの妹役に当時アイドル演歌歌手としてデビューしたばかりの石川さゆりが扮していることだろうか。

沖氏のコメントは

「ボクとしては、今までのようにただの若者アイドルとしてだけでなく、新しい沖雅也をお見せしたいなあ。孝雄はドライに見えても保守的な面をもっている青年なので、ボクの地でやれます」
「美人のサンドイッチにされちゃって、ちょっぴりテレてます」
中野良子には
「あら、映画『高校生無頼控』で裸のモーレツなラブシーンを熱演した沖くんこそ物足りないのでは」
などと言われている。

そう、「高校生無頼控」に比べれば、こんなものは序の口だった。

「光る海」についての詳細はこちら


「泣きべそ・ほほえみ・六本木」1972年10月2日〜12月25日放送 全13回(NET)
出演:酒井和歌子 長門裕之 沢村貞子 岡田裕介 小野寺昭 他
沖さんの役名:?

毎週月曜日は8時からこの番組で、9時から「光る海」を観ていたはずなのだが、内容の記憶がない。沖さんが出演していた記憶もない。出演されていたとしても、一回か二回のはず。詳細の情報をご存知の方がいらしたら、ぜひ管理人までご一報を。
「太陽にほえろ!」で共演されていた小野寺昭さんによれば、「『太陽にほえろ!』が始まる前は、よくドラマのオーディションでお会いしました」とのことなので、役柄がバッティング??!


あまり関係ないエピソード
とうとう待ちに待った1972年12月3日がやって来た。
私は今でも 「都内初出演!沖雅也ショー・ご指定席券」を大事に持っている。12月3日1回目とあるので、一日二回ショーがあったようだ。私の観覧時間は11時より3時30分 C列8番、値段はなんと¥1000だ。

江東劇場は錦糸町にあり、そこは競馬だか競輪だかがある場所だというので、母は友人と二人だけで行くことを許してくれず、とうとう母親達も一緒に行くことになってしまった。

その日はちょうど競馬だか競輪だかの開催日に当たってしまったらしく、錦糸町の駅はそれらしき人で一杯だった。おじさん達はみな手に新聞を持ち、混雑をものともせずに改札へ進んで行く。
手も自由に動かせないような混雑のなかで、とんでもないことに気がついた。切符がみつからないのだ。
「お母さん、切符がなくなっちゃった!」
そう言うと、
「どうしてあなたって子はいつもそうなの」
すでに混雑で苛立ち始めていた母は、あきれ顔でそう言った。改札はもう目の前だ。自動改札などなかった時代のことだから、こんな混雑の中では改札で駅員さんに説明して精算してもらおうものなら、後ろから来る人たちに迷惑がかかる。
「どうしよう・・・」
その時、うしろにいたおじさんが肩で私をつついた。
「オレに任せとけ」
「へ?」
「任せとけって」
なんだろうと思っていると、おじさんは改札に着くなり体当たりで私を外にぽーんと押し出した。駅員が見咎める暇もない。

「ありがとうございました」
深々とと頭を下げる母子に、おじさんは
ただ後ろ手を振って去っていった。

母にとってこの日のヒーローは沖雅也ではなく、おじさんだった。


高校生無頼控
やっと江東劇場へ着くと、「花咲く沖雅也ショー」とガリ版刷りされた時間割を渡された。
少し遅くなったなと思ったら、先に「高校生無頼控」を上映しているらしい。会場は真っ暗になっていて、詰襟を着た沖氏が画面いっぱいに映っていた。

映画が同時上映されることも知らずに来た母子二組は、席につくなり画面に釘付けになった。小中学生のアイドルだったはずの沖雅也が、夏純子といきなりラブシーンを始めたのだ。

「こ、これは・・・?」

あまりのことに母に語りかけることもできず、ほとんど全身固まった状態で映画を見るしかなかったが、隣の席からすすり泣きが聞こえてきた時には、更に体が硬くなった。一緒に来た友人が泣きはじめていたのだ。
ラブシーンはそれだけでは済まなかった。主人公は九州から東京までの旅の中で、出会った女性と次々と、私のようなガキにはわからない激しいシーンを繰り広げた。婦人警官とブランコに乗るシーンなどは、彼女がなぜうめいているのかすら分からなかったが、それを母に尋ねてはいけないことだけは何となく分かった。
「私、ちょっともう・・・!」
友人がシートをバタンと押し上げて顔を覆いながら外へ飛び出していった。彼女の母親がそれを追って行く。半年前に沖さんに怒鳴られた時にはケロッとしていたくせにそれはないだろうと思ったが、彼女はとうとう映画が終るまで席に戻って来なかった。

それからは、映画が一刻も早く終ることを願いながら、母と画面を見つめ続けていた。
延々と危ないシーンが流れ続けたので、私達だけでなく、会場全体にわたって冷えた空気が流れ始めていた。

誰もが予想しなかった、沖雅也の新境地への挑戦だった。

剣道の達人高校生ムラマサは、母の死をきっかけに、途中さまざまな女の人と怪しげな交流を育みながら九州から東京までの旅に出る。
「〜なのだ」「〜だもんね」とマンガ調の喋り方はカワイイが、これは「キイハンター」の千葉真一の話し方に似ているような気がする。
親しくしてしまう(?)女性は剣道家(宍戸錠)の娘(夏純子)の他、質屋の店員、婦警、歌手もどき、モデル、トラックの運転手、金髪娘、と多彩である。当時日活が青春アクションとヤクザものからからロマンポルノ路線に切り替え始めたころで、ロマンポルノがどの程度過激だったかはさすがに確認していないのでわからないが、この「高校生無頼控」をポルノでないとすると、一体どのような観客をターゲットにしたものか理解できない。沖雅也ショーと同時上映されたことからみて、成人指定はなかったのだろうが、これを同時上映したのは沖雅也自身による決意表明だったのか?


江東劇場でのワンマンショー
とにかくショーの幕が開いた。
登場した沖雅也と先刻見た映画のシーンを結び付けないようにしながら彼の顔を見たが、どうも会場の空気がしっくりしない。ショックを受けたのは私だけではなかったのだ。

シングル「青春しぐれ」は73年1月15日の発売、このショーは前72年の12月2日と3日だから、新曲発表を兼ねてのショーとなった。
シングル「青春しぐれ」は、表紙はこの通りだし、B面は「青春アパッチ」だし、歌詞は
『冬に探した青春は バストにクレパス おお雪女』
だし、と今やカルトなページで扱われている貴重な作品である。

歌については前に述べた通りの美声(?)だったが、コントとして学生服を着て登場して、ムラマサの決めセリフで「ちぇすとー!」と叫んだ時には、会場に冷たい空気が流れた。先刻の映画の強烈なシーンが各々の瞼に甦って来たのだ。コントはことごとく外れて、笑いをうまく取れないまま日本舞踊となった。


この日の収穫は、沖雅也は日舞の才能があるということを発見したことだった。日本舞踊のことなど何も知らない私だが、武士のような顔立ちの沖さんは袴姿が大変美しいだけでなく、流れるように、そしてピシリと決めてくれた。ショーの前に先生について特訓したそうだが、とても付け焼刃とは思えない。
「雨の五郎」で傘をさした姿は、そのまま絵画のようだった。

のちに日本TV番組対抗かくし芸大会で「太陽」のメンバーと日舞を踊った時も、沖さんはメンバーをリードしながら踊りの中心をつとめた。

さすがの母も「これはいいわね」と相好を崩したのでほっとした。ポルノ映画とものすごい歌と笑えないコントだけで終ってしまったら、我が家では「沖雅也禁止令」が出たかも知れない。

それでもその日に沖さん自身が宣伝した新春の日吉ミミとの合同のショーには、母は「行きたくない・行かせない」という標語を作って決して行かせてくれなかった。舞台「焼跡の女侠」も然り。
それはこのショー閉演後に玄関口にいた沖さんが原因だった。ファンである私が見てもちょっと首を傾げたくなる沖さんの態度が、母や友人を激怒させたのだった。


暗い目
帰りの電車の中は行くまでの興奮とはうって変わって静かな雰囲気だった。母子二組はそれぞれの不満を胸に抱え、母親同士は口に手をあてて眉をひそめて肯きあっていた。
私と友人は「高校生無頼控」のことは勿論のこと、ショーの内容にすら触れずに他の話をしていた。

ショーが終ったあとホールへ出ると、ちょっと高くなった場所に握手会の準備ができていた。
LPレコードご購入の方にはサイン入りのポスタープレゼントと、ご本人と握手ができるという特典がつくという。すでに長蛇の列が出来ている。並びたい気持ちと、夏に怒鳴られた恐怖が交差してしまい、どうしたものかと悩んでいるところへ、お待ちかねの沖さんが登場した。拍手に迎えられて登場した彼のその表情は、あの夏と全く同じ動物園の檻の中にいる猛獣の眼差しだった。
ショーがうまく行かなかったと思ったのか、それとも握手会などという茶番が気に入らなかったのか、彼はまるで自分が不機嫌であることをことさら誇示するようにあたりを見まわしてから、ファンの目を見ようともせずにおざなりに握手を繰り返した。

これは私にとってかなりの衝撃だった。撮影の時にファンが寄って来て邪魔だったから不機嫌だったのとは訳が違う。今日は彼のために切符を買って、この日を待ちわびていた少女たちばかりが集まっているのだ。そのファンの前でこんな態度を取るというのは、一体どういう訳なのだ。

最初に口を開いたのは友人の母親だった。
「あら、なんだか嫌な態度ね」
続いて私の母が私に尋ねた。
「あんな生意気な人がいいの?」
返事のしようがないほど沖さんの態度は悪かった。友人はといえば、
「やめよう。あんな顔で握手なんかしてもらっても嬉しくないわ」
そういって私の腕を引っ張って会場を出て行こうとした。
「待って。でもポスターが・・・」
そう言って彼の顔をもう一度見た。
沖雅也はますます「俺は怒っているんだ!!」という顔で口をへの時に曲げてヤケクソのように握手を繰り返していた。まるで先生に怒られてふてくされている子供だ。さすがに私もあの顔で握手してもらう気にはなれなかった。

友人はその日を限りにファンをやめた。


嫁の縁談 1973年1月4日〜3月29日放送 全10回(ABC)
出演:岸輝子 小山明子 安田道代 吉沢京子 藤巻潤 他
沖さんの役名:大町辰次

一過性のアイドルからの脱皮を図った沖雅也の次の仕事はホームコメディーだった。
高知の料理屋「はちきん」を舞台に、土佐の豪華な皿鉢(さわち)料理と土佐の名物を紹介しながらドラマは進む。『ディスカバー日本の嫁シリーズ』というキャッチフレーズが面白い。
今風に言えば「土佐の高知で起こる未亡人の意地の張り合い!豪華土佐のグルメ料理と旅情あふれるはりまや橋で起こる謎の殺人メッセージ!隠された未亡人の義弟の愛人」とでもなるのだろうか。
もちろんこのドラマでは、殺人など起こらない。沖さんの役柄は「未亡人(安田道代)の義弟」で、恋人(吉沢京子)と結婚しようとしては周りから邪魔されるという、まあ、ホームドラマにありがちな設定で話は進む。吉沢京子さんとは「さぼてんとマシュマロ」以来二度目の共演であり、その前に「ラブラブショー」にもカップルということで出演しているから、息はピッタリだ。というよりは、吉沢京子さんと相性が良かったのかも知れない。そういうことはドラマの雰囲気から漏れてくるものだ。


二十歳の時に憧れの人に捧げた」
と吉沢京子が語るのを雑誌の記事でみつけた時は、少々あせった位だ(私の勝手な妄想で、沖さんとは関係ありません)。
右の画像の記事にも『休み時間などにはひたいを寄せあっておしゃべりしている』とある。何もひたいを寄せなくてもいいではないか!


孤独の青春

シングル「孤独の青春」。
やっと曲らしい曲が発売されたのに、第1作シングルの衝撃が強すぎたのか、「高校生無頼控」出演でファンが減ったためか、沖雅也の歌手活動はあまりパっとしなかった。
最初の「哀しみをこえて」こそテイチクのヒット賞を受賞し、歌番組にも少しだけだが出演していたが、その後は前に触れた大分と江東劇場の他はデパートの屋上、遊園地の特設会場などだった。それまでシングルと平行して出ていたLPも、この曲の後には続かなかった。

しかし、これまであまりの歌声にぎょっとしたことはあっても感動したことがなかった私でも、それまでにないマイナーなメロディーと歌詞に初めて胸を打たれた。
そして「死ぬ」ということより、「死なれる」ということの方がずっと恐ろしいということに初めて思い当たった。

「孤独の青春」は幼友達の死をテーマにした歌で、B面の「夜汽車の汽笛が遠ざかる」も去っていく友人がテーマだ。恋愛をテーマにした曲が定番の流行歌のなかでは珍しい構成だった。

おさな友達なぜに死んだ
まだ若すぎるのに

不覚にも沖氏が死んだことを想像してしまい、その恐ろしさに涙が流れた。
もしそんなことになったら、私も死のう、そう思うことでその恐ろしい仮定に自分で決着を付けた。

あの時から 僕はひとり
辛いけど 生きている


「Go!Goスカイヤー」 1973年4月6日〜7月27日放送 全16回(CX)
出演:佐々木剛 神山繁 光川環世 坂口良子 玉川長太 他
沖さんの役名:天地隼人


せっかく「光る海」で本格派俳優としての第一歩を踏み出した沖雅也だが、またもや子供番組の主役として登場した。

教会の施設で育った天地隼人は、セスナ飛行機の操縦士となって航空会社を転々とする一匹狼だ。
新しく職を得た会社では暖かい同僚に見守られ、社長の娘にほのかな恋心を抱きながらもわざと冷たく接する。同僚酒巻史郎(佐々木剛)も彼女に恋をしていることを知って、精神的なことから手の神経が麻痺した史郎のために彼女を譲って会社を去るというストーリー。事務の女の子(坂口良子)がキスを求めるシーンもあったりはするが、そこは勿論子供番組だからラブシーンなどあるはずはない。

全体的には、子供が見ても「そんなバカな!」と思ってしまうような荒唐無稽なストーリーで、航空シーンで映る景色の美しさや主題歌「愛の翼」の良さが心に残る程度だった。

ちなみに、主題歌を歌っているのは、当時一部の若者に熱狂的な支持を得たNHKの歌番組で一番人気だった藤島新。伸びのある歌声が大空をイメージさせるが、シングル盤とテレビで流れた歌では歌詞が全く違う。「さぼてんとマシュマロ」の主題歌「恋をするとき」は2番が採用されているが、これはドラマ用に歌詞をオリジナル製作したものと思われる。
アイドルとしては人気投票のベスト10から落ちることも増えてきた沖さんだが、デパートでの営業などで歌も歌っていた頃である。エスカレーターの上で歌い終えた沖さんが、「行くぞ史郎、GO!スカイヤー!!」などと叫んで笑いをとっていたことなどが記憶に甦って来る。
ちなみに、番組中では温泉につかった沖さんが「ダンチョネ節」の替え歌を歌っている。

1  嵐呼ぶヒコウキ野郎
2  決死の盲目飛行 3  奪われたヘリコプター
4  恐怖の強行着陸
5  空中爆破五秒前
6  高度八千米!涙の挑戦
7  大空の勇者!燃えろ愛と青春の翼
8  空と海の大追跡
9  覗かれた殺人現場
10  謎のゆうれいゼロ戦
11  SOS特ダネ飛行
12  じゃじゃ馬騒動記
13  恐怖のパラシュート降下
14  飛べ、濃いと炎の奄美へ
15  あこがれの住む街
16  翼を失った鳥は今・・・
17  青春の翼よ永遠に


「必殺仕置人」 1973年4月21日〜10月13日放送 全26回(ABC)
とうとうアイドルらしからぬ作品に出ることになった。何しろ殺し屋なのだ。おまけに普段は棺桶屋なのだ。

沖さんが亡くなった時には「太陽にほえろ!」と共に代表作として紹介されていたし、今では固定ファンを持つ「必殺シリーズ」の代表作とも評される作品だから、私が作品について解説する必要もないだろう。ここでは個人的な感想を書いてみる。

何しろレギュラー出演者が素晴らしいコンビネーションを見せてくれる。この番組から必殺シリーズの顔となった中村主水(藤田まこと)、必殺史上に残る「骨はずし」の技を持つ念仏の鉄(山崎努)、暗くなりがちな内容を明るい演技で助けるおひろめの半次(津坂匡章)、狂言まわしとしても活躍するおきゃんな鉄砲玉のおきん(野川由美子)、そして沖縄出身で手槍使いの棺桶の錠(沖さん)の五人組だ。アクの強い役者同士が、弾き合わずにうまく息を合わせているのも凄いが、ここに見事にマッチした沖雅也という俳優は、役者として一皮剥けたように見えた。

この五人の他に、牢名主として君臨する闇の元締に天神の小六(高松英郎)、「ムコ殿」の名言を残した中村主水の義母(菅井きん)と嫁(白木真理)などが後世に残る名演で華を添えていることも沖雅也の役者魂を大いに刺激したことであろう。
沖氏本人もTVガイドのインタビューで

「この作品を機会に二枚目だけでなく、スゴ味のある役者をめざします」

と答えているし、のちの記事でも「影響を受けた役者」として山崎努氏を挙げているのを目にした。


ゲストも津川雅彦、黒沢年男などが一味違う悪役を演じ上げている。
「お代官様もなかなかのワルじゃのう。はーっはっはっは」
という絵に描いたような悪人だけではなく、「悪」や殺し方に個性を持たせた脚本にも脱帽する。ただ殺すだけではなく、さらし者にしたり体を不自由にしたまま生殺しにしたりすることで、恨みを晴らすという大儀名分を強調し、哀しみのどん底にある依頼人に仕置の様を見せて納得させるという方法も、仕置人を正義の人として観る側にインプットさせる。
すべて吹き替え無しでアクションをこなした沖さんは、アクション俳優としても一流であることを証明したことでも、「必殺仕置人」は役者としてのターニング・ポイントと言って過言ではないだろう。

この作品によって「沖雅也」という名前が若者だけではなく、幅広い世代に認識されるようになった大事な作品であるが、沖さんご本人は、あまりこの役をお気に召していなかったようだ。

「あの役はある程度地でやれますからね」

しかし、この役が出来る役者が他にいるとは思えないのは私だけだろうか。 表面的にはクールで突き放すような態度をとりながら、心の中では誰よりも悪を憎み、自分なりの正義に燃え、弱者への愛を持つ男・・・・それが「棺桶の錠」なのだ。


「おやじの嫁さん」 1973年10月3日〜1974年3月27日放送 全26回(CX)
出演:佐野周二 八千草薫 藤村俊二 中山仁 山口いづみ 他
沖さんの役名:今村豊土


「おやじの嫁さん」の写真を見ると沖さんの顔が急に大人っぽくみえるのは、髪型が変わったせいだろうか。それともやっと大人のホームドラマに馴染むようになってきたからだろうか。

男やもめの父親(佐野周二)のところに十五歳も若いお嫁さん(八千草薫)がやってくることから始まるホームコメディーだ。
男4人兄弟(中山仁、藤村俊二、川代家継、そして沖さん)と娘(当時は歌手としても活躍していた山口いづみさん)は、母親にしては若い彼女に気を遣い、かえって失敗するというストーリーだが、内容といい、父親役が佐野周二であることといい、大ヒットした「気になる嫁さん」(沖さんも下宿人としてゲスト出演している)と類似点が多かった。
「愛するってこわい」という曲で女同士の怪しいデュエットがヒットした『じゅんとネネ』のじゅんがバーのママ役で女優として復帰したことが少し話題になったが、内容としてはやや単調で、話に起伏がなかったような気がする。
沖さんの役は週刊誌の記者。1973年の作品だからまだ二十一歳でしかなかったのに、とても老けて見える。髪を横分けからオールバックに変えたのもこの時期だ。

沖さんのアルバム「青春の詩集」の中で、「涙の味を覚えた少女は、早めに大人になってしまう」とあるが、少女を少年に置き換えれば、そのまま沖さんにもあてはまるような気がする。今の二十一歳のアイドルと比べて見ると、沖さんがとても老成した顔立ちであることがよくわかる。まさに人生を駆け抜けて逝ったスターだった。


「快刀乱麻」 1973年10月4日〜1974年3月28日放送 全26回(ABC)
出演:池部良 若林豪 花紀京 尾藤イサオ 野川由美子 河原崎長一郎 植木等 藤原釜足 志摩みずえ 他
沖さんの役名:小山田鉄馬

「必殺仕置人」で大人のファンを獲得した沖さんの秋の新番組は「おやじの嫁さん」と、この「快刀乱麻」だった。中学生だった私にはアイドル沖雅也が見られなくなったことに多少の不満もあったが、この番組は始まってすぐに楽しみになった。

明治時代を舞台にしたドラマは当たらないと言われていたが、推理クイズと捕物帳を見事にミックスさせたこのドラマは、お茶の間の時代劇ファンにも若い現代劇ファンにもうまく対応していた。

事件が起こると各レギュラー陣が推理を始める。何しろ賑やかなメンバーだ。
まず隠居の身の勝海舟に池部良。いつももっともらしい推理を展開するのだが、外れてばかりいる。他に若林豪、尾藤イサオ、植木等、花紀京、河原崎長一郎、そして仕置人に続いて野川由美子とも共演している。

沖さんの役は政治家を目指す堅物の男・・・だったと思う。というのは、あまりにもレギュラーで出た回数が少ないので、記憶にないのだ。短気で喧嘩っ早かったことだけが記憶にある。
この個性的なレギュラーたちがああでもない、こうでもないと推理をした挙げ句、いつも三人の容疑者が浮かぶ。それぞれの推す犯人のうち、あなたはどれを選ぶか?
CMの後に解答編をもってきて、犯罪の再現フィルム構成になるなど、新しい試みをうまく「捕物帳」の枠の中に入れているし、うるさくなりそうなところをベテランの池部氏がしっかりまとめていた。

私の強力な薦めで同級生たちがぼちぼちとこの番組を見始めた頃、残念ながらNHKの銀河テレビ小説「三四郎」の主役に抜擢された沖さんは第13回で番組を降板してしまう。。
「快刀乱麻」は関西での撮影、NHKは東京で、スケジュール的に無理になったのだろうか。幸か不幸かこの番組はその後じりじりと人気を獲得し、金曜の朝は自分の推理と正解の話などをクラスで語り合うようになった。

都倉俊一氏作曲で俳優の内田喜郎氏が歌う主題歌も爽やかで印象深い。もう一度聴いてみたい一曲だ。歌詞をウェブに書くのは著作権違反になるようなので、出だしだけ書く。聴いたことのある方はいらっしゃらないだろうか。

少女ひとり
白い馬に乗って駆けてくる 霧の朝


「おからの華」 1974年10月7日〜1975年12日29日放送 全65回(YTV)
出演:中村玉緒 藤岡琢也 有馬稲子 本郷功次郎 左とん平 江夏夕子 他
沖さんの役名:中川

「ふりむくな鶴吉」とほぼ同時にスタートした「おからの華」だったが、沖さんが出演し始めたのは、確か年が明けてからのことだったような気がする。
それまでもストーリーを把握するために「忍耐」の二文字で見続けていた。なぜなら、このドラマは、当初は「うさ」(中村玉緒)という女の一生を追い続ける物語にする予定だったようで、出演者が皆若作りだったのである。

田舎から出て来たばかりの娘を演じる中村玉緒は、現在のバラエティーの姿を彷彿とさせる過剰演技で笑わせてくれたが、学生服を着て大学生を演じる本郷功次郎とおさげにリボン姿の有馬稲子は、どう温かい眼差しで見ても20歳はサバ読んでいた。(この場合役づくりと呼ぶべきなのか)
沖さんの役は本郷功次郎の後輩ということで、本郷氏は何年浪人したんじゃ!というツッコミを入れたくなるような不自然さだ。沖さんと豆腐屋の主人の藤岡琢也だけが年齢相応の役だった。

暗いドラマだった。
終戦後(?)田舎から出て豆腐屋に住み込みで働くうさ(中村玉緒)は、豆腐屋の息子の一郎(本郷功次郎)に恋心を抱く。
豆腐屋の主人・八郎(藤岡琢也)も二人が結婚して跡を継いでもらいたいと望んだが、本郷には病弱な恋人・弥生(有馬稲子)がいたので、うさにつらく当たる。
八郎はうさを見込んで厳しく仕込むが、娘(江夏夕子)はそれが気に入らずにうさへのイジメを繰り返す。

いわば「堪え忍ぶ主人公」「周囲の嫉妬とイジメ」「実らない恋」という花登筐の根性ドラマの王道を行く物語だったわけだが、このドラマ、どういう訳だか何回回数を重ねても、一向に時が流れないのだ。当然出演者はいつまでも若作りで登場し続け、その姿でねちねちと物語は続く。

唯一の救いは明るい大学生役の沖さんの登場だが、これも準レギュラーで、出演シーンも一回につき1〜2シーンなのだ。

「バーディー大作戦」を降板してまで挑んだ鶴吉なのに、何ゆえこのドラマに出演することになったのか、全く納得が行かない。それほど必要のない役なのだ。
あるいは事務所側では、著名な脚本家にここで気に入られれば、次のドラマではもっといい役をもらえるかも知れないと計算した上でのことだったのかも知れない。後に「細腕一代記」で主人公の恋人役という重要な役どころをもらえたのだから。(しかし、この「細腕一代記」も何とも言えないドラマだった。そのことはもっと後で書く)

最終回近くなって、うさは酔った一郎に犯されて子供をもうけるが、時を同じくして弥生も子を産む。
ところがうさの子供はプライドが高くて勉強好きで、豆腐屋などはやりたくないという。
一方弥生の子供は豆腐が大好物。それで子供が七歳位になった時に、お互いの子供を交換する、というラストシーン。そんなのアリ?

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