バラエティー番組

スコッチ刑事のクールな印象が世間一般では有名だが、アイドル出身の沖さんは意外にも数多くのバラエティー番組に出ている。

1972年
「さぼてんとマシュマロ」で一躍アイドルとなった沖さんは、まず当時のアイドルの王道ともいうべき「ラブラブショー」に出演。番組上で仲人や友人などの証言を交えて二人の相性を語り合う、いわば擬似お見合いである。相手は当然「さぼてんとマシュマロ」で共演した吉沢京子さんだった。これは沖さんが強く希望して実現したという噂だが、確かに沖さんはすっかりアガッているように見えた。
♪二人だけの二人のための とても素敵な噂
京子ちゃんがこう歌いながら登場すると
♪二人だけの二人のための甘いバラの香り
と沖さんが登場。翌日、友人が「ちょっと演歌みたいな歌いかただったね」と揶揄したのを覚えている。
二人で階段を降りながらデュエット。うーむ、思い出しただけでヤケル。
そして沖さんはテレビで初めて持ち歌を歌った。デビュー曲の「哀しみをこえて」。私の記憶が確かならば、これは口パクだった。(笑) そして両家の出席者からの証言。沖さん側は一体誰が出ていたか記憶にないのだが、京子ちゃんは実の母親まで出席していて、「娘はまだほんの子供で、食べることばかりですが、それでも話の合間に沖さんのことがよく出て来ます」と証言していた。司会の芳村真理さんも、「お兄さんのよう、というのが曲者なんですよね」と視聴者を煽る。
その後、二人は「伊豆の踊り子」を演じる。沖さんの一高生の制服姿はあまりにも美しく、京子ちゃんの踊り子も初々しかった。いつか映画にでもなればいいな、と思わせるような良い雰囲気だった。
30分番組だが、内容は盛りだくさんで、二人は童謡メドレーをデュエット。雑誌にも「もしかしたら沖雅也が!?」などと書かれている。

ファンなら一度は観てみたいドリフとの共演もあった。「火曜ワイドスペシャル」枠でのことだが、ドリフと共演なら印象に残りそうなもののに、これはいくら思い返しても全く記憶がない。もしかしたら歌だけの別録画出演だったのかも知れない。

1972年から73年にかけては歌番組にも少し出ているが、何しろレギュラー4本を抱える売れっ子になってしまった沖さんは、生番組は番組表に名前が出ていても出ていないことの方が多かった。ドタキャンというやつだろう。
公開録画の「底抜け脱線ゲーム」(72年11月2日)では、飛び抜けた運動神経と百面相のような大げさな表情で会場の笑いをとっていたし、「オールスター芸能人ボウリング」(72年11月24日)でも活躍。ボウリングはブームになる前に凝った時期があって、有名になる前には下高井戸のボウリング場の月例会で優勝したこともあるそうだ。



「お笑い頭の体操」(72年12月9日、73年6月8日、10月12日)では替え歌も披露している。手元に残るテープでは沖さんが「誰よりも君を愛す」の替え歌を歌っている。
♪キスした時から苦しみが始まる  可憐な唇 燃えるようなその瞳
 ああ それでもなお 君はニラむ
 満員電車が急ブレーキ 顔と顔がぶつかっちゃったんだよ〜

 礼儀正しい2枚目半の若者として、司会の大橋巨泉氏にも可愛がられていた。




1973年
映画「高校生無頼控」でアイドルから脱落した沖さん(「出演番組一覧 −アイドル期 参照)は、バラエティー出演もめっきり減る。

「ワン・ツー・チータ」(73年4月18日)。信じられないかも知れないが、水前寺清子さんもアイドルだったので、彼女がメインの公開番組に歌のゲストとして出演。
他にクイズ番組「ほんものは誰だ!」(5月17日)、フォーリーブスが司会の歌番組「歌え!ヤンヤン」(6月14日、7月5日)にも出演したが、出番はあまりなく、おりも政夫氏と並んでトークをしたような記憶がある。

「13時ショー」という「徹子の部屋」の前身ともいえる番組にもご出演。
心理学者の浅野三郎氏が「アイドル診察室」と銘打って、黒柳徹子さんと歌のゲストの小山ルミさん、橘まゆみさんに沖さんの第一印象をきき、そこから分析した。
詳しいトークの模様はこちら

松竹の映画に出始めた頃だったので、「恋は放課後」の宣伝で松坂慶子さんと「スター千一夜」(9月17日)にも出ている。この頃はもう大人として話すことが要求されているかのように、沖さんは演技論について語った。相手役の松坂さんについても絶賛。今思えば、沖さんはたったの21歳だったのだ。
詳しいトークの模様はこちら

1974年
「ほんものは誰だ!」(1月21日)や、「スターアクション!」(3月12日)の他、銀河テレビ小説「三四郎」が認められたのか、NHKの「連想ゲーム」にもゲスト出演している(8月17日)。

1975年

75年は「ふりむくな鶴吉」で全国的かつ全年齢層に顔が知られたからか、「連想ゲーム」(11月1日〜76年4月3日)のレギュラーとして抜擢される。
声が大きい沖さんは、大声でボケを連発。
「洗濯」のヒントに「板」、「長い」で「ものほしざお」、「佐々木小次郎」で「竹ざお!」正解と信じて大声で怒鳴った姿に会場は大笑い。
「肉」「定食」「負ける」などのヒントでもわからずじまいだった「カツ丼」は、正解をきいて「カツ丼嫌いなんですよ」とまた大声。明るいお茶の間番組ということをよく心得ていたようだ。

1976年
2月2日に「奥さま8時半です」に「早春物語」の番宣で出演。『沖雅也の3つの部屋』と題して沖さんの分析をするという、朝っぱらから目の醒めるような企画だった。
自宅のベランダに並ぶ盆栽の数々の紹介。「鶴吉」「北都」など、番組ゆかりの名前がつけられている。盆栽村へ赴き、素晴らしい盆栽の数々に「ふわ〜っ」「ほーぅ」とタメイキを漏らす沖さん。
竹下景子さん、吉沢京子さん、仁科明子さんを招いて女性観を分析。竹下景子さんに「ベビー大福」というニックネームをつけたりするお茶目な一面も紹介されるが、仁科明子さんはつけられたあだ名を司会の鈴木さんにだけ耳うちして公開してくれなかった。一体何だったのだろう。
そして「未来の部屋」。小説家・五味康佑氏の手相占いは今でも強烈な印象を残した。「30までしか運命がない」というひとこと。沖さんの「じゃあ30になったら死ぬしかないですね」という答え。私はこの時のことがいつも頭にあったので、沖さんが三十歳になった時、私はうかつにも大層喜んだものだった。運命はその人が生まれた時から決まっているのだろうか。
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「ごちそうさま」(3月23日)は高島忠夫・寿美花代夫妻のお料理番組だ。
「おーきー雅也です」と定番ギャグで登場した沖さんは、夫妻と意気投合、のちに金曜のレギュラーとなっている。この日のメニューは「いわしと野菜の寄せ揚げ」。早速試してみたが、いわしを手でおろしてすり鉢ですっただけで、狭い我が家は生臭さでいっぱいになった。小骨をとるのもひと苦労、揚げ油もすぐに臭くなる。そこまで苦労して、ひとくち食べただけで吐きそうになる出来上がりに、「沖さん、ホントにこれ家で作ったことある?」とひとりごとを言ってしまった。

トーク番組といえば真っ先に思い浮かぶ「徹子の部屋」にはこの年の6月18日に出演。その当時は大物ではないゲストは二人一組で出ることがあり、沖さんはまだ大物とは認めてもらえなかったのか、日活の先輩、中尾彬さんと一緒に出演。といっても友人ではないので二人が語り合うのではなく、それぞれが自分の趣味について語るという形だった。沖さんはもちろん盆栽について語り、「お若いのに練れた方ですね」などと言われていた。ちなみに中尾彬さんは古くなったジーンズをつなぎあわせて服を作ることと、時刻表を見てあれこれ考えるのが好きだという話をしていた。

76年はいわずと知れた「スコッチ刑事登場」の年。それにちなんで「スター千一夜」(9月21日)に勝野洋さんと出演する。無口な勝野さんに代わって沖さんが場をとりつくろって話していたのが印象的だ。司会の関口宏さんが「どちらが背が高いでしょうかね」と言っても勝野さんは何も答えないので、沖さんが「同じくらいですよ」と言って二人で立って見せたが、勝野さんは一応立ち上がりはしたものの、ボーッと立ったまま沖さんのなすがままきゅうりがパパだった。

「太陽にほえろ!」と同じ時期に、TBS系クイズ番組「この人・あの人・どんな人」にもレギュラー出演。司会はやすしきよしで、「ほんものは誰だ!」と同じ趣向だったが、のちに有名になったチャック・ウィルソン氏が「私は何をする人でしょう」とマントを着て登場。答えは「スポーツクラブのオーナー」だったのだが、正解が出た後で、西川きよしさんが沖さんに「沖さん、彼のスポーツクラブへは時々行かれるそうですね」と言っていたので、元々ネタばれなことが視聴者にもバレバレだった。
個人的にこの番組は思い出深い。ちょうど修学旅行で九州に行った時に放映と重なってしまい、夕食時間に「ちょっと乗り物酔いで食欲がないので寝ています」と部屋に残って観たからだ。番組がほとんど終了する頃に担任がやって来てたので、肘枕でゴロンと横になってテレビを観ているのをみつかってしまったのも、今では楽しい思い出だ。

1977年
日テレの「ミセス&ミセス」に3回続けて出ているが、これは学校が休めなかったので悔しい記憶として残っている。一度は自宅を公開して、趣味のアールヌーボーの家具などを紹介したらしい。女性の彫像をさして「この子供を二人くらい産んだようなお尻が素晴らしい」と言ったときいた。

「料理天国」(7月30日)では、和服にかっぽう着で故郷大分の味を紹介。鮑腸汁(豚汁のような味噌味のお汁。豚肉のかわりに強力粉を練ったものを入れる)と鯵茶漬け。これも鯵を三枚におろすという難関があったが、いわしの寄せ揚げに比べれば食べられた。鯵茶漬けは別に郷土料理ではなく、アジ刺しが残った時にサンドイッチにはせずにお茶漬けにしてみたのが美味しかったから、と紹介していた。

この年も長寿番組「ラブラブショー」(10月1日)に出ている。お相手はカナダの大学を卒業して芸能界に復帰したアグネス・チャン。沖さんは25歳、アグネスは23歳だからお年頃もぴったりなはずなのだが、どうみても大人と子供。今回もアグネスの実母が出演し、通訳つきで真面目な表情で「国際結婚についてどう思いますか」「アグネスの印象はどうか」ときかれ、真面目なお見合いのようになっていた。サブタイトルも『母が大賛成!熱い交際を宣言』だ。アグネスの「背がとてもたかーい」に対し、沖さんのアグネスの印象は「すがすがしい人」とうまく答え、吉沢京子ちゃんの時のような本気のアツアツムードは感じられなかったが、確かにすがすがしい印象の二人ではあった。

1978年
「大追跡」と「姿三四郎」が放映された年だ。バラエティー出演はかなり減っていたが、特出すべきは「欽ちゃんのドンとやってみよう!」(12月2日)であろう。『年末特集第一弾!欽ちゃんの忠臣蔵』というサブタイトルで、沖さんは幕が開くと同時に切腹してみせた。幕が開いた時に沖さんが座っていたので、会場はどよめいた。スコッチ刑事の印象が強くなっていた頃だったので、欽ちゃんの番組は意外だったのだろう。見事に切腹の場面を演じたところで欽ちゃんが登場。「それではこの切腹を色々な音楽に合わせてやってもらいます」
「は?」
「あ、きいてなかった?」
「あ、これやって帰るように言われたんですけど・・」
「ただで帰すもんですか。せっかくつかまえた大物ゲストを」
嬉しい一言だった。沖さんももちろん何かやらせられることは覚悟していたのだろう。素直に音楽にのって切腹をした。サンバの切腹の時は、胸元をチラチラと開いてみせたりして、自分でも笑ってしまっていた。実は歌のゲストで、「ジャックナイフ」か「裏通りのランプ」を歌ったような気もする(その後情報を寄せて下さった方があり「裏通りのランプ」と判明)が、幸か不幸か切腹の印象ばかりが残っている。

この年は「ごちそうさま」もレギュラーからはずれ、ゲストとして出演。「みそハンバーグ」だった。沖さんは味噌味が大好きらしい。

1979年
お正月から「輝け!第5回人気スターチーム対抗歌合戦」(1月1日)「おめでとう日本テレビ番組対抗かくし芸大会!!」(1月2日)に出演したので、スキー旅行をキャンセルしたのを覚えている。
「歌合戦」はコーラス程度しか出番がなかったような気がするが、「かくし芸大会」は「姿三四郎チーム」の中心になって、お得意の日舞を披露した。団体舞踊というものは、必ず踊りの中心になっている人が目にみえてわかるものだが、この場合は沖さんがいなければメロメロになっていたであろうと思われるほど、きりっと引き締めてくれた。ファンとしては大いに満足した。

古巣の「ごちそうさま」にまたゲストとして出演(2月12日)。「牛肉のたたきの野菜巻き」だった。私が都合で観ることが出来ず、母に観ておいてもらったのだが、「あの人ったらニンニクが好きよ。(私が嫌いなのでざまあみろという表情だった)肉も血がしたたるようなレアがいいんだって。寿美花代は『ゲッ』といって自分の分だけよく焼いていたわよ。おーきー雅也だって何度きいたか。『あなたはそればっかり』っていわれていたわ」と何故かボロクソな感想を聞くことになった。

この年は「ぴったしカンカン」(3月13日)と「アップダウンクイズ」(月日不明)にもゲスト出演している。ぴったしカンカンは出演を予め知っていたのだが、アップダウンクイズはシルエットだけでは気づかなかった。無念。
「ぴったしカンカン」は当時大変視聴率が良かった久米宏氏司会のクイズ番組で、欽ちゃんと二郎さん、藤村俊二さんがレギュラーだった。最初に「一枚の写真」として、ゲストの子供の頃の写真が出る。それを見て誰がゲストか当てるのだ。その後、子供の頃の話になる。お父様が大変厳しくて綱で体を縛って川に投げ込まれたことや、初恋の小学校の先生にいたずらをしたことなどが問題として出る。理想の女性という問題の答えは希木樹林だった。 ライターをよくなくすという話も出た。高価なライターをいくつも無くしたので、今は100円ライターを使っているという。久米さんが「そういうのに限って無くさないんですよね」と言うと、「いえ、それでもなくすんですよ」と笑った。

「あなたとテラスで」(3月19日〜23日)は1週間毎朝沖さんが出て、司会のロミ山田さんと色々な話をしていた。くつろいだ話し方だったのでロミさんとアヤシイ仲なのかとその時は思ったが、麻雀仲間だったらしい。
家出してすぐ住み込みで働いた上野のラーメン屋さんで学んだ味噌ラーメンの作り方を紹介していたが、「野菜を味噌に1ヶ月ほど漬け込んで」という時点で、これは試作を諦めた。その漬け込んだ味噌と野菜をミキサーにかけてスープにするのだ。「沖さん、ホントに家でやってる?」またツッコミを入れたくなった。

「ミセス&ミセス」(3月27日)には「俺たちは天使だ!」の番宣で出演。ラーメン屋さんの仕事は一日中立ちっぱなしで、「ただしんどかった」と答え、「何かやりたいけどやりたいことがみつらなくてギラギラしていた」という。 「ちょっと一歩間違ったら、今ごろはどっかのおあにいさんになっていたかも知れない」と家出した頃のことを振り返る。
デビュー作「純潔」が流れた瞬間「かーっ!」とテレまくり、「しゃべらないでくれ、頼む」「しっかりしろ、ほらもう」と16歳の自分にツッコミを入れる。
日活時代については
「年間10本以上出演するのが普通でしたね。ただ楽しくてがむしゃらにやっていた」
というが、視聴者からの「日活時代は生意気と言われて、先輩から殴られたり主役を降ろされたりしたそうですが」という質問が紹介されると、殴られたりとかおろされたりということではなく、「先輩方に言わせると、つっぱってますんで、生意気なだけで終わるなということだったと思います」と慎重に答えていた。「頭でっかちで、一人前の俳優だと思っていた。今考えるとオソロシイですね」とも言う。
その頃の映画ニュースも流れる。沖さんはボクシングをしていて、同じエメラルドラインの丘みつ子さんと長谷川てるこさんが応援している。「おやあ、日活の沖雅也さんですね」という明るいナレーションが古めかしい。「斬り込み」が流れると、渡哲也さんには随分お世話になりました」と言う。確かに日活時代は渡さん主演作品への出演が一番多い。
「俺たちは天使だ!」の紹介では、ブーメランを先生から習うシーンなどが流れた。「大河の裏ですな」と言われ、「強敵ですが、頑張ります」と嬉しそうに答えていた。
「ジャックナイフ」を歌う。スタジオに来ていた高校生らしいファンたちが、歌の合間に「沖さん!」と合いの手を入れるのがおかしい。朝の主婦番組なので、司会の山谷親平さんが「今日はどうもいつもと勝手が違うようで」と言うと、沖さんも「私も今日はちょっといつもと違うようで」と照れていた。
番組の詳細は「俺たちは天使だ!」の項参照

5月30日にはテレビ朝日の「水曜スペシャル 燃えろ!石原裕次郎芸能生活25周年」にゲストの一人として登場。藤竜也さんの隣で白いジャケットと紺と白のストライプのシャツで並んでいるとまるで「大追跡」の矢吹刑事だが、時期は「俺たちは天使だ!」の頃。
司会の玉置宏さんから「沖さんです」と紹介されると、 「いやもう、僕はもう何て言うか『日活かすり組』って言いましてね、最後、一番最後なんですよね。『男の世界』っていうので初めてご一緒出来るっていうんでね、一緒に映画やりましたよ。そうすると、それまで全然そばに寄れなかった方がね、非常にソフトな方なんですよね。そばにいて話をして、ああ、これじゃやっぱりね、人気があって、皆のこう、何て言うんですかね、友情も厚くなるなと思いました」
と答え、裕次郎さんに「うまいこというな、おまえ」と褒めてもらっていた。石原裕次郎さんは沖さんがコメントする間、ずっと沖さんの手に肩を置いていらして、ボスとスコッチというより日活の先輩後輩という雰囲気だった。事実、その後で太陽チーム(長さん、ゴリさん、テキサス、ロッキー、殿下)が登場した時には沖さんは呼ばれなかった。スコッチは復帰前だからといえばそうなのだが、殉職したテキサスが出ているんだったらスコッチもお願いしますよと、目は沖さんを追うばかり。皆が集まった時も沖さんは後ろの方にいたが、背が高いので顔が見えたのが幸いか。
沖さんの目は充血気味で目に表情がない感じだったが、大先輩の目の前でコメントして緊張していたのかも知れない。








1980年〜81年
ご存知のように、沖さんは「太陽にほえろ!」に復帰、他にも主演の「江戸の朝焼け」を抱え、多忙だったことに加え、事故や闘病などでバラエティーの出演はあまりない。お正月の「おめでとう!日本テレビ番組対抗かくし芸大会」では、今度は「太陽にほえろ!」チームと引っ張って剣舞を披露している。

「ズームイン!朝」(80年1月24日)では、シェイクスピアの「ハムレット」を朗読。一周忌に再放送され、「生きるべきか死すべきか」が鬼気迫るものがあるなどと書かれたが、実際には明るく元気の良い、早口のハムレットだった。

1982年
「ミエと良子のおしゃべり泥棒」(5月21日)では久々に明るい表情の沖さんを観ることが出来た。何しろ司会の中尾ミエさんは「デートしたい3人の女優」の一人なのだ。あと二人は?前出の希木樹林さんに、奈良岡朋子さんだ。渋い。渋すぎるぜ。 「ミエと良子のおしゃべり泥棒」の詳細はこちら

ああ、少しづつでも以前の明るい沖さんに戻ってくれて良かったと思ったのもつかの間、6月の舞台(「舞台出演一覧」参照)では最悪の体調だった。

「『太陽にほえろ!』十周年記念ファンの集い」では観るのも苦しくなるような表情で「食べ過ぎて胃腸薬を探しているゴキブリ」という題のジェスチャーを演じている。ジェスチャーは「スターアクション」などで鍛えているせいか滞りなく正解が出たが、沖さんの横で肩にもたれかかっている長谷直美さんに「よろしくお願いします。沖さんを守ってあげて」と頼みたくなるような状態だ。ファンでなくとも沖さんの体調が悪いのは見てとれたであろう。

「2時のワイドショー」(5月前半)では「魚介類の酒蒸し」を紹介。いやに明るい沖さんは、コーナー司会の今いくよ・くるよさんと爆笑のかけあいをして見せた。お酒を一合入れるところでは
「お酒が好きなら二合でも入れてもいいです。どうでも良ければ三合でもいいです」
ニラを炒めながら「にらまないで」とオヤジギャグを飛ばし、「関西弁でいうと『しなやかに』。東京弁でいうと『しんなり』(思いっきり関西弁でいう)」
「なかなかしんなりしないですね。こういう場合は先生にお任せして」と勝手に監修の料理学校の先生にお玉を渡してしまったり、
「今日はお子さんにもわかるように」とくるよさんが言うと
「ロンパルームの時間ですよ〜」とカメラ目線の笑顔。
あまりの呼吸の良さに、のちに今いくよ・くるよさんの公演にゲストとして呼ばれている。ただし、芸能生活15周年といわれて、「いやですね〜」と笑ったことにはっとした。どうして嫌なんだろう。やはり病気は良くなってはいなかったのだ。
「2時のワイドショー」の詳細はこちら

「木内みどりのちょっと夜あそび」(8月18日)はストレス性の斜視でサングラスをかけたまま出演。体調が良くなかったことに加え、司会の木内さんとの呼吸が合わず、観ている方もイライラする展開となった。沖さんがパリの「たゆたえど沈まず」というところが好き、と言うと木内さんは「え?たゆたえどしずます?何ですか、それ。難しいお言葉ですわ」といい、盆栽は「物心欲した時から好き」と言うと、「物心なに?普通は物心ついた時っていわない?」 「普通はそういうけど、自分はそういう風に言うのが好きなの」(ちょっとムッ)
盆栽の魅力について富士のふもとのような景色を造る、と沖さんが語ると 「それじゃあ富士のふもとに行けばいいじゃない」どこまでも会話はずれて行く。
「うまれっぱなし、生えっぱなしっていうのは駄目なの?」
「(しばらく考えて)そういう風に言われたことないからわかんない」
「沖雅也っていうのは難しい人なんだ」といわれ、沖さんも負けじと
「わかんないよ。意外と簡単かもしれないし、そうじゃないかも知れない」と答える。明らかにまずいムードだ。
女性については、「若い子よりそういう落ち着いた世間を良くわかってる人がいいんだ」ときかれると、
「いや、若い子も嫌いじゃない。でも、わかんない。宇宙人みたいだね」と答えた。新人類などが出て来るちょっと前のことだ。「どんな人がいいって決めたくない。可能性は広くしておいた方がいいでしょ?その方が当たりが多くなる」今本当に気になる人はいない、とも答えていた。
東名高速での事故のことに話が及び、沖さんが「ドアをバーンと蹴破って」と言うと、「ちょっと、そんなカッコ良く言わないでよ。ドアなんて蹴破れる?」とまた余計なツッコミが入った。
沖さんは瞬間、「死ぬ」と思ったそうだ。それで助かったということに対しては「面白いね。もう一度人生があるようで」と答えている。

年末には「元祖どっきりカメラ」(12月30日)に仕掛人側で出演。B&Bの島田洋七さんが時代劇のレギュラーに抜擢されたということにして、平手打ちをくらうシーンに何度もNGが出て何度もぶたれてしまう、という可哀想などっきりだ。沖さんはその時代劇の主役という設定だったのだが、あまり何度も同じセリフを言わねばならないので、沖さんまでが「あ、オレだ」とNGを出してしまった。そのビデオが流れた後、会場で洋七さんと対面したが、洋七さんは本気で怒っていて、沖さんに向かって「どうせ私は落ち目の漫才師ですわ。でも、○億の家を建てましたわ!」と勢いよくまくしたてた。沖さんは大きく口を開けて笑い転げる「ふり」をしていた。


1983年
「男の食彩」(月日不明)では、かなり体重も元に戻った姿で藤村俊二さんと談笑。真っ青な服が眩しかった。
5月頃、「2時のワイドショー」でカルーセル麻紀さんを自宅に招いて、アールヌーボーの家具を紹介。本物のトカゲが埋め込んであるお皿などの目を見張るようなものが紹介されていたが、自宅を公開したことに対し、「これが最後です」と強く言い放った声が耳に残る。どうして最後なの?と誰かがきいてあげるべきだったのだ。
亡くなる1週間前には「奥さま8時半です」で再び盆栽村に行く沖さんを紹介。自分の盆栽のほとんどをこの盆栽園に預けてしまったそうだ。
今、沖さんの子供達である盆栽はどうしているだろう。

<<管理人未見番組と皆さんからの投稿>>
管理人が見逃したと思われるいくつかの番組についての情報をいただきました。他にもご存じの方があれば、是非ご一報下さい。

。隠坑牽闇12月下旬放送(日本テレビ)
 お正月番組紹介みたいな特番がありました。剣舞(四国土佐地方に伝わる太刀踊り)の練習風景が映されました。沖さんの表情は、真剣でした。

■隠坑牽映3月20日か27日放送(日本テレビ)
 この春、注目の番組を紹介みたいな特番がありました。放送450回を迎える「太陽」の撮影現場への突撃レポがあり、ファンからのメッセージに照れ笑いを浮かべる裕次郎さん、スキーの話をうれしそうにする神田さんなどが紹介されて・・・。
 沖さんは、「甘いマスクで、女性ファンを魅了するこの方にインタビューします」って感じで、紹介されたと思います。あの交通事故の少し前。今、思うと、テンション低め。
「やってみたい役は?」と訊かれて、「眠狂四郎」と答えておられました。

J送年月日はもう忘れてしまったのですが、毎週日曜日にNHK総合テレビで放送されていた「趣味の園芸」という番組に出演してらっしゃったのを憶えております。盆栽が趣味でいらっしゃった沖さんが、盆栽の展覧会か、品評会の紹介だったのですがゲストで出演されていました。毎週朝から家族が見ていたのですが沖さんが出てらっしゃるもを見てもう、本当にびっくりしました。服装はスーツをピシッと着ていらっしゃったように記憶しております。盆栽のことを詳しく解説もしていらっしゃったと思います。
*管理人注
沖さんが盆栽の展覧会「国風展」で入選されたのは1979年ですので、その頃の放映だと思われます

ぁ屮離奪は無用」
関西ローカル番組で、土曜の昼12時からの1時間番組だったと思います。
横山ノックと上岡龍太郎の司会で放送されていた番組でした。
その番組に亡くなる少し前、沖さんがゲストで出演されてました。
真っ白いスーツを着ておられました。衣装だと言っておられました。
多分かけおち83で着ておられたものだと思います。あるいは蒲田行進曲かもしれません。そのぐらいの時期です。
日景氏の話が少し出ていたことを記憶しています。
ノック氏が「お父さんが、面白い人でねー。この前も、『長い髪の毛が落ちてたから誰か女の人がいるんですよ』って言ってましたよ。」
というようなことを沖さんに言ってました。
沖さんも照れて、「何でそんなこと言うんですか。」とか「もうその話は良いじゃないですか」みたいな事を言っておられたと思います。
今となってはそれくらいしか覚えていません。
そのときの沖さんは笑ってたというか照れくさそうな感じで、楽しそうな様子だったと思うのですが、私はあまり人の表情を深く読むことができないので自信はありません。
「趣味は盆栽なんですってね」と司会者から振られたりもしてました。和やかな感じだったと思います。
番組自体何人ものゲストが登場する設定でしたので一人のゲストに割く時間は10分前後だったのではないでしょうか。沖さんも宣伝をかねて(管理人注:8月の新歌舞伎座公演のこと)ちょっと立ち寄られたのかもしれません。
スーツに関しては白の三つ揃いのスーツだったと思います。派手ですねとか何とか司会者が言っていた様な、いなかったような・・・その後「かけおち83」で沖さんが着ていたものだったように記憶しているのですが、違っていたらごめんなさい。

他に管理人未見の番組として以下のものがあります。情報募集中!
1979年11月1日 「おしゃれ」
1983年1月19日 「エッ!うそ〜ホント!?」
同 1月31日 「ごちそうさま」
同 2月13日 「クイズ面白ゼミナール」
同 5月22日 「クイズ面白ゼミナール」
同 5月10日 「なるほどザ・ワールド」


<< 追加で思い出したぞ情報 >>

■1978年1月25日放送のNHKの歌番組「花のステージ」 「日活映画音楽特集」でゲスト出演。
日活映画といった割には、沖さんがゲストとはどういうことだろう。もう一人の日活俳優ゲストは浜田光夫さん。他に山口百恵さん、桜田淳子さん、森昌子さんの高3トリオに郷ひろみさん、引退直前のキャンディーズ、五木ひろしさん、細川たかしさんと豪華歌手ゲストが出演していたようだ。
「ようだ」というのは、2011年にこの番組の台本がオークションに出るまで、そこまでは思い出せなかったからだ。
沖さんは「赤いハンカチ」と「さすらい」を歌ったのは記憶していたが、山口百恵さんと「俺はお前に弱いんだ」もデュエットで歌ったようだ。八代亜紀さんとのデュエットは記憶にあるのに百恵ちゃんとのは脳みそからすっかり欠落していたのは、嫉妬心からくる記憶からの除去か。考えてみると
俺はお前に弱いんだ ただ〜 それだけ〜
の歌詞が「たら〜 それだけ〜」と聴こえる沖さんの歌声に記憶がある。
当時テープに録音して何度か聴いたのかも知れない。

とにかく沖さんはすべてガチガチに固まって歌い、ダメ押しで八代亜紀さんとデュエットで「銀座の恋の物語」を歌ったのはしっかり記憶にある。
八代さんが腕を組んでリードしながら歌ってくれたが、あまりの沖さんの緊張ぶりに、まるで『まあ、汗だくになって可愛いこと』とでも言うように吹き出してしまっていたのが印象深い。
八代亜紀さんは沖さんの訃報を聞いた時、階段から落ちて腰を痛めてしまわれたという。その時のことを思い出して下さったのだろうか。 

2011年8月11日追加
※某ボンファンの方からの情報提供です。


「大追跡」宣伝番組
■「うわさのテレビ」
1978年3月(4月?)放送

番組は福留さん(当時日テレアナウンサー)がボスとなって、ボンとロッキーにその春から始まる番組の紹介をするように指示を出す進行になっています。
ボンへは「大追跡」の現場へ行くように指示が出されます。

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ボン「どうもこんにちは。え〜、大追跡のメンバーの方です。
   えー、加山さん、あのー、メンバーの方はこれで全員ですか?」
加山「えぇ、一応(笑)」
ボン「私どものボスであります石原裕次郎さん、こちらの大追跡のボス
   であります加山雄三さんです。えーウチでは太陽にほえろ!では、
   テーマとしましては愛と信頼なんですけども、こちらのテーマっ
   ていうのはどういうもんですかね?」
加山「なんだい急に、わかんないよそれ、ははっ(笑)」
ボン「やってる方がわかんないんじゃ困るんですけどね〜」
加山「ん〜自然と人間…?」
ボン「…非常に難しい番組であります(汗)。えー、次のメンバーの方
   で、藤竜也さんですけども、ボクが見てる分にはね、一番刑事と
   して非常に鋭いものを持ってる刑事の様に思うんですけども…、
   役柄としては、どんな役柄なんですかね?」
藤 「いやもう期待される刑事像としては掛け離れてましてね、えーと
   女性の方がやたら強い…わけね(笑)」
ボン「こちらの刑事さんとしてはアレなんすか、あの〜話しに寄ります
   と、非常に、ハズれた感じの刑事さんの集まりっていう風に聞い
   たんですけども…」
加山「まぁ、はみだし刑事ばっかりです(笑)」
ボン「じゃぁウチとは全然正反対の刑事さんですね〜、え〜とそれから
   滝さん!」
沖 「はぁ、ハハハ…(笑)」
ボン「アータ、山田署に転勤したのに、今度はどこに転勤したんですか?」
沖 「えーとね、神奈川県警ですけどね、遊撃捜査班っていうんですよ(笑)」
ボン「遊撃捜査班っていうと、一係じゃないわけですか?」
沖 「ええ、一係じゃないですね。だからあのー、レギュラーのセットは
   遊撃捜査班という事になるわけです」
ボン「アナタあのー、あたくしどもの「太陽にほえろ!」には、またゲストと
   して出ますけども、もうセミレギュラーですからね、あのー、太陽
   でやって同じ刑事でしょ、同じ刑事でやってて、その辺をどういう
   風にやるんですか?」
沖 「ですからね、太陽にほえろ!で見せた事がないものをこちらで見せ
   ようということで…、一所懸命やってるんですけどねぇ、たいして
   変わりませんね〜、ははは(笑)」
ボン「見せた事がないものというと…?」
藤 「何を見せるわけ…ヌードとか?」
沖 「はは、そうそう…ナニを言わせるんだ(笑)」
ボン「えー、それから直美ちゃん、アナタもアレだね太陽に出ててまたこ
   っち出るの、太陽じゃ婦警だったけど今度は?」
長谷「昇格して刑事!」
ボン「刑事になっちゃったの、へぇ。で、聞いたら貴女の武器は腕力と口だって
   いうけど〜…、」
長谷「ウソばっかり!(笑)そうじゃなくてあの、拳銃持ったりとか色々と…。」
ボン「それからえーっと、柴田さん。柴田さんもあの〜、太陽一度出られました
   よね。なんか内輪で太陽とタイアップしている様な番組ですねこれ?(笑)
   役柄としてはどんな役なんですか?」
柴田「いゃ、地ですよ…。」
ボン「地(痔)ってのは…悩んでンの?」
<一同爆笑>
柴田「普通なんすよ、別にツッパるわけでもなし、カッコつけるわけでもなし、
   今までずっと捕まりっぱなしだったからね…。」
ボン「で、今度は捕まえようと…。こう見てると一番若手の刑事さんですよね、
   服装から見るとね。あのね、このね、この上着、オレ着た事あるんすよ。
   でね、一番最初ね、はぐれ刑事の時にね、」
沖 「平幹二朗さんが着てね…」
ボン「そう、そしてねボクがこれ着たんです太陽で。そして今度は柴田さんが着
   てるわけです。もうこの辺なんてボロボロになっちゃっててて…。これは
   刑事用のジャケットですね。
   それからあのー、もうひとつ聞きたいんですけども、大追跡っていう題名
   から想像しますとですね、追跡シーンが非常にあるんじゃないかっていう
   事なんですけども、その辺はどうなんですか?」
加山「まぁやっぱり追跡はありますけどね、あるけどメンバーがメンバーだけに
   ね、先が思いやられるっていうかね…」
ボン「直美ちゃんね、一人女なんだけどもどうですかね、一人男の中にこう…、」
長谷「あんまりね、女性ってゆう風には扱ってくれないみたい、みんな」
ボン「そりゃそうだろうね(一同爆笑)、でもホラ〜、」
長谷「邪魔にされてる感じ?」
ボン「でも、女性だからね、例えばさ、お芝居の中で優しい部分を出すとかね、
   そういうことはないわけ〜?」
長谷「やっぱり地が出ればいいなと…(回りからヤジが…)」
ボン「それとさ、一人でしょ女の子、そうするとこん中で、例えば恋をするとか
   そういうことはないの?」
長谷「ないんじゃないですかーわかんない〜」
藤 「俺はその〜、気ィあるんだけども(笑)」
沖 「ミンナやっぱりその気あるんじゃないの〜」
柴田「みんなスケベなんでしょ、でも…」
ボン「じゃあ、みんなスケベでハキダメの刑事さんたちの、“大追跡”ですね、
   エー、お楽しみに〜♪」

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ちなみに、滝もっちゃんの「刑事用ジャケット」ですが、
ボンとしては「おさな子」「刑事の娘が嫁ぐとき」「東京上空17時00分」
(どれも前期スコッチ編)で着ているものだそうです。
「大追跡」では第1話で着てますね。オープニングもこれだと思います。
「はぐれ刑事」は手元にないので、どなたかわかったら教えてください。
そのどれもを見てる沖さんって(笑)

以上、貴重な情報提供については、いこう斎さんにもご協力いただきました。
ありがとうございました!


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