「姿三四郎」 1978年10月7日〜79年3月31日


「大追跡」の終了と同時に開始した「姿三四郎」は、日テレが看板番組「太陽にほえろ!」の人気にあやかろうと、同じ脚本家、プロデューサー、監督陣を揃えた上に、最高視聴率を誇った時期にテキサス刑事を演じた勝野洋氏を主演にもってきた「日本テレビ開局25周年記念番組」だ。スコッチ刑事を演じた 沖さんを仇役に据え、三四郎の師・矢野正五郎に山さんの露口茂氏、ゴリさんの竜雷太氏も配して、万全の構えだ。

開始前の雑誌の記事には「適役、勝野三四郎は猛ハッスル!」「三四郎がシラケ世代にカツ!」というタイトルがついているのが今となっては何だか笑えるが、川口晴年プロデューサーによれば
「明治の若者、三四郎のひたむきな生き方、柔道に全人生を賭ける若者を描き、現代のいわゆるシラケ世代に強烈なインパクトを与えたい」ということだった。そうか、私の世代はシラケ世代と呼ばれていたんだっけ。その後が新人類、宇宙人と続いたから、いつの時代も熱い奴とシラケやた奴はいるのだろう。さて、番組の解説についてだが、以下のように書いてある。

「主人公の三四郎を演じるのは勝野洋。三四郎役には柔道が不可欠。その点、勝野は小学校時代から柔道を始め、現在柔道三段(番組開始当時)。
『といっても、ここ二、三年怠けているからなァ。年も二十九。太り気味だしどうにもならないよ』
と、勝野は自信なさそう。
これを聞きつけたスタッフは、ある日突然、勝野と三四郎のライバル役の沖雅也を渋谷区内の合気道場「天道館」に呼び出し、『これから二ヶ月間、柔道の特訓をします!』
勝野が後悔してもあとの祭り。受け身から始まり、三四郎得意の空中回転まで連日猛特訓。勝野も沖も全身アザだらけ。でも、勝野はやせ我慢。
『夜寝る時、腰が痛くてね。かといって、練習中にまいったとはいえないし。黒帯が泣くものね』」
他に、明治のムードのあるロケ場所を探すのに苦労して、結局千葉県の佐原市や野田市で行われたことが書いてある。

この番組をいかに「太陽にほえろ!」の人気に乗せようとしたかは、第一回放映当日の新聞広告をみればわかる。下四分の一の二ページにわたったその広告には、大きな字で
あの「太陽にほえろ!」の刑事たちが、「姿三四郎」 でほえる!!

と書いてあるのだ。
それだけでは物足りなかったのか、ごていねいに各出演者の写真の横に

あのテキサスが三四郎の役で! 姿三四郎 =勝野洋
あのスコッチがライバル役で頑張る 檜垣源之助 =沖雅也
あのゴリさんがここでも豪快な飲んべえ役 真崎東天 =竜雷太
あのヤマさんが貫禄充分の名演技を見せる 矢野正五郎 =露口茂

とまで書いてある。ちなみに、マドンナ役の竹下景子さんは、当時は「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」として人気絶頂だったし、「大追跡」で注目を浴びだした柴田恭兵さんを再び長谷直美さんと組ませることも忘れなかった。日テレとしては万全の配役だったわけだ。伊勢丹オリジナル三四郎ジャケットも男女各15名に当たった(らしい)。

「愛と死と闘いのロマン・・・・ニュー三四郎」は、こうしてスタートした。




*ここからは「入江省三の翔べ青春」のイリちゃんと一緒に、檜垣源之助&鉄心(沖さんの二役)&柴田恭兵さん演じる安を中心に語って行きます。未見だからついて行かれないとお嘆きのアナタは、イリちゃん書き下ろしの姿三四郎『パーフェクト・ストーリー』をご参照下さい。


第一話「青春」 1978年10月7日放送

『今日の檜垣』

原作、そしてこれまで映像化された「姿三四郎」は勧善懲悪のヒーローとしての三四郎が描かれており、敵役の檜垣源之助は冷酷非道で思慮に欠ける男でしかなかった。沖さんの事務所側も出演依頼があった時には沖さんに悪役をさせるのかとビックリしたらしいが、『これまでの檜垣とは違った人間的な面を描く』という約束があって出演が実現した。
約束通り沖版檜垣源之助は三四郎と対立はするが、檜垣には檜垣の立場があっての行動だったという点をきっちりストーリーに織り込んでくれた。ただし、これによって三四郎のヒーローとしてのカリスマ性がやや薄まってしまった印象も受ける。

第一話で早速仕置き・・・いや、殺しをする。
政治の力を使って自分の地位を上げようと画策する檜垣は、まずは政治家と交流がある清閑寺静馬(高橋昌也)のボディガードとなるのだが、清閑寺を暗殺しようとする刺客をつかまえ、首の骨を折って殺してしまう。無表情に人を殺すその顔は、これが初めての殺人ではないことをうかがわせるのだが、自分が所属する良移心當流の師匠の娘・乙美(竹下景子)の前に出ると、すっかりブリッ子になってしまう。その笑顔は彼女を想う心に満ちた、一人の純粋な青年だ。
乙美の父・村井半助(北村和夫)は酒に溺れて警視庁の柔術師範の仕事も檜垣に任せっきりで、毎月の生活費も檜垣のボディガード代で賄っている状態だというのに、政治を使って流派を広めようとする檜垣の行動を責める。これでは檜垣が可哀想ではないか!と、沖雅也ファンは第一回から腹をたてるのだ。


「姿三四郎祭り!」と命名しつつ、実は自分たちが語りたいお祭り好きなイリちゃんと私が、毎回熱く語って行きます♪

『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

イ:私の第一話の大疑問は、三四郎のセンスのなさ(笑)。なぜ門馬のところへ入門したのか。玄関で、あの脂ぎった男(八田)がギラギラした目で、50銭なんて言った時点で避けたかった。

マ:観ている私達にはすぐわかる。小松方正さんが強い柔術の師範だなんておかしいもん。

イ:「心明活殺流」なんて、「殺」の名前聞いただけで怪しく思わなくちゃ。「殺當流」の掛札とかも、ダメね(笑)

マ:そう考えると「良移心當流」も意味がわからない。心変わりしそうな名前だし。三四郎は意外と門馬の娘(志穂美悦子)が美人だったのに惹かれたのかも?

イ:三四郎が破れた裾を気にするのも気になったなあ。一話だけで2シーンあったけど。

マ:柔道着は最終回までずっと破れたものを着ているのに、普段着だけ気にしても仕方ないのにね。

イ:それから私の小疑問は、真崎東天(竜雷太)のセンスのなさ(笑)。門馬を三四郎の入門先として薦めるセンスもそうだが、インチキ柔術の大道芸を見破って大暴れした三四郎に大喜びする民衆から、なぜあなたが金を集める(笑)。

マ:いいの、東天はゴリさん的豪快キャラを引きずっているのがお約束なんだから。ゴリさんは刑事だからお金は集められないけど、東天なら出来る(笑)。

イ:太陽キャラで行くと、矢野さん(露口茂)の「斜め見」、でましたね。三四郎との最初の出会いだからいいんだけど、初対面の人みんなに、こんなにじれったくていいんでしょうか。普通に首曲げられないのかな。

マ:太陽ファンには見慣れた山さんのポーズだから、まっすぐに見られたら逆に気になる(笑)。むしろ私は横分けカツラの方が気になります!

イ:私が何よりもうれしかったのは、大事な第1話の前半に、安がたくさん出ていたということです。

マ:仕事を探して車屋にもぐりこんだ三四郎が、安(やっと柴田恭兵さん登場!)の弟分となるシーン。「兄貴」と呼ばれて喜ぶ安の表情がいいですね。布団のない三四郎に、迷いながらもそっと布団をかけてあげる安。

イ:たしか布団はお吟があとで持ってくるんでしたね。それよりも私は、なぜ敷き布団だけは2枚あったのかのほうが疑問です。

マ:やっぱりそう思った?安がかけていた布団はどう見ても敷布団だよね?

イ:しかし、このシーンが、1話では一番キュンとなるシーンじゃないでしょうか。安的にはね(笑)。原作ではご存知のように盗人ですから、設定からして大きく脚色されています。1話の冒頭だけを見てしまうと、「時代劇」と言われても何にも返せないのですが、安が出てくる瞬間、青春ドラマにシフトした。大げさな言い方ですが、恭兵ファンとして、こう見ているのですよ。プロデューサーの岡田晋吉さんも、「太陽にほえろ!伝説」という本の中で、「三四郎は、時代劇に見える青春ドラマ」と言っています。やばい!話が解説調になっている!(笑)

マ:長くて寝そうになりました・・・嘘だよん。明治時代はドラマとして当てにくいというジンクスに挑んだ作品でもありますね。視聴率から言うと、ジンクスは破れなかったみたいだけど(苦笑)。

イ:話を戻しますと、このシーンで、安が三四郎に「会話が一言一言なんだよ!」と怒りますが、のちに「笑っていいとも」のテレフォンショッキングで、恭兵さんもタモリさんに、「会話がブチッブチッと切れる感じ」と、同じようなことを言われました(笑)

マ:第一話からこんなに語っちゃうと、息切れしそうで怖いな〜(笑)

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

安は敷布団をかけて寝ていた

第二話「出会い」 1978年10月14日放送

『今日の檜垣』

政界にうって出るために、伊藤博文の側近といわれる清閑寺静馬(高橋昌也)のボディガードの職を得た檜垣源之助。だが、柔術界統合のために矢野正五郎(露口茂)を闇討ちした門馬(小松方正)達と一緒に、豪商である椿(金子信雄)に援助を頼みに行ったりもする。
彼の貪欲なまでの上昇志向の源は回を追うごとに明らかになって行くが、原作と大きく違うのは沖版檜垣は他の乱暴な流派の男たちと一緒にいながら、彼らとは一線を画してクールな態度でいること。その冷ややかな視線も、のちに明らかになる檜垣の内面の葛藤の伏線となっている。
そんな源之助だが、乙美(竹下景子)の前に出ると、頭をかいて照れた仕草をしたりと純情なところを見せる。清閑寺の元で働いた給与から師匠とその娘の生活の面倒をみているのに、受け取った乙美は源之助が去った後に悔しそうな表情をする。ならもらうな!といいたくなるが、このあたりは乙美が檜垣という男を好きになれないことを表現しているようだ。
師匠である村井(北村和夫)は酒びたりの生活をしておきながら、「檜垣源之助…あの男にだけはお前をやりたくない。あの男だけにはな」と言ってのける。それなら月々のお手当てを断れ!お金だけは受け取っておいて、一体源之助の何が不足だ!と、源之助の親族であるように村井を責めたくなる。乙美も乙美で、これだけ源之助に優しくしてもらっておきながら、三四郎に鼻緒をすげかえてもらった位でコロリと一目ぼれをする。源之助は鼻緒どころか生活費を出しているんだぞ!と、沖雅也ファンは第二話で既に檜垣を憐れみはじめる。
竹下景子さんは「ふりむくな鶴吉」で沖さんの相手役で、当然のことながら姿かたちが乙美にそっくりなので、ついつい他の男に心を奪われる乙美を責めたくなる。北村和夫さんが「かけおち’83」では沖さんを娘の嫁にしようと躍起になる男を演じているのも皮肉な話だ。
ちなみに、清閑寺を演じる高橋昌也さんは、「さぼてんとマシュマロ」では父親役、椿役の金子信雄さんは「だから大好き!」のブザマ国王・・・。


『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ: 政治家を利用して上に上がろうとしている桧垣は、せっかく伊藤博文の側近のボディガードになったのに、どうして門馬や掛札なんかとつるんでいるんでしょうね。

イ:そうですね。でもこれは金目当てでしょうね。きっと今回椿との取引が成立していたとしても、源之助は門馬と掛札を裏切ったと思います(笑)、間違いなく。

マ:のちの紘道館四天王である津崎(森大河)や壇(片岡五郎)が登場して来るけれど、スコッチ刑事ファンには森大河さんはかなり悪いイメージのはず。お名前でわからなくても、スコッチが久米島で追いかけっこをした犯人だといえば、沖ファンならピンと来る。

イ:後期スコッチでよかったですね。前期スコッチだったら、そのあと再び森大河さんと出会うことになるので、逆さ十文字で殺しているかも(笑)

マ:後期スコッチが執拗に彼を追い回していた理由もわかって来た・・・違うって(笑)。壇は殺当流にいる時はモミアゲまでして自らワルを演出しているけれど、矢野先生に諭されて結構素直にうなずいちゃっているのがカワイイです。

イ:すぐに髪を短くしますよね(笑)。たしかに紘道館にあの髪型は似合わない。あの半纏も(笑)。というか、壇は原作が、汚い大男だったはずです。原作に中途半端に忠実ですな(笑)

マ:そうだ!柔術家がけいこ場で半纏を着ていること自体がおかしいことに、もっと早く気がつくべきでした。あれは原作の「汚い大男」という設定を中途半端に表現したものだったのね。しかし、何といっても第二話のハイライトは矢野正五郎(露口茂)が長い竹竿で屋根まで飛び上がっちゃうシーンでしょうね。柔術より棒高跳びの選手になった方が良かったのではないでしょうか。助走して二階まで飛んでいますから。野次馬が「だらしのねえ奴だぜ」なんて言っていますが、私があの場にいたら跳躍力に拍手します(笑)。

イ:あの棒はそんなにしなってなかったと思いましたが(笑)。時代考証だけでなく、物理的な検証もしておいてほしかったです(笑)

マ:三四郎が喧嘩するシーンで辰吉(藤岡琢也)の隣にいる野次馬は、大追跡まつりの川柳に何度も登場した・・・・・って、私が登場させていたんだけど、おなじみのエキストラさんです。あ、今回もお呼びでない?

イ:今回は出番が早いんですね(笑)。どうせまた後に登場されるのでしょう。まるでウォーリーだな(笑)

マ:ウォーリー君(仮名)は「大追跡」では第一回に登場していますので、「姿三四郎」では遅かったと言ってあげて下さい。

イ:だから、誰・・・。話は変わって、例の人形なんですが(笑)、関節曲がるんでしょうかね(笑)。いくらなんでも、柔術の「じゅ」の字もわからない早苗に作らせないでよ!

マ:早苗さん(萩尾みどり)は矢野先生を愛する一心で作ったのでしょうが、あの時代に関節が自在に曲がる人形を作る技術があれば大したものです。リカちゃん人形ですら関節が曲がらないので、座ると大股開きになってましたから(笑)。でも、柔術家たちが顔を突き合わせてあの人形で技を研究する様はなかなかヘンな図です。

イ:それから、住職!稽古場に位牌なんて置かないでよ!

マ:稽古場で倒されていましたね。バチ当たりな(笑)。確かに本堂に置いておくのが筋でしょうが、あのお寺は本堂があったっけ?台所と稽古場と食堂(?)しか見たことがないような・・・。

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

矢野正五郎は棒高跳び選手としても一流だった

第三話「宿敵」 1978年10月21日放送

『今日の檜垣』

政府の兵器納入を巡って密談を交わす清閑寺と椿を、あきれたような表情で見守る檜垣源之助。
乙美に会うとその時の苛立ちを語り始める。乙美の『ついて行かれないわ』という表情にも気付かずに「薩長のあんな奴等に、日本が、沖縄が牛耳られていると思うと反吐が出る!」とそこいらの木をたたく。いよいよ源之助の怒りと出世欲の裏にあるものの片鱗がのぞく。源之助は沖縄出身だったのだ。
「しかし私もあいつらと同じことをやらなくちゃならない」。自分の道場を持ち、柔術界を統合し、さらなる野望を満たすために。戸惑う乙美の表情にまったく気がつかない源之助は「心配いりません。何もかもきっとうまく行きます」と微笑む。さらに「私のところに嫁に来ると約束してくれませんか」と手を握ろうとし、肩に手をかける。どれも乙美にさりげなく避けられ、「私、帰ります」と逃げられているにも拘らず「相変わらず子供だ、乙美さんは」と笑っているのだから、男としてはニブい部類なのかも知れない。
檜垣源之助は原作では狡猾で気性の粗い男のはずだが、沖版檜垣は意外にも純情な青年だ。それに比べて姿三四郎は、乙美の前では両親が既に亡くなったことを語り、お吟には家族の想い出をつぶやいたりして女性二人のハートを難なくキャッチする。
当時二十九歳で既婚者だった勝野洋さんは、髭の濃い感じもあって二十歳の純情な若者を演じるのは苦しかったかも知れない。真面目な雰囲気は伝わるのだが、無鉄砲な若さを出すのに苦労しただろうと思う。
逆に、沖さんは実年齢(二十六歳)より落ち着いた雰囲気を出していたのだが、設定では源之助は二十二歳。昔の人は老けていた?!

過去に映像化された「姿三四郎」でも、檜垣は三四郎よりかなり年上という設定になっている。私にとってのそれまでの檜垣源之助は、1970年テレビ放映版の高城丈二さんが印象にある。今思えばかなりデフォルメされた悪役だったし、竹脇無我さん演じる三四郎よりかなり年上だった(気がする)。安を演じたのは田中邦衛さんだというのが面白い。
さらに溯れば、1943年と1945年の黒沢明監督の記念すべき第一回監督作品版で、藤田進さん(さすがに知らない)の三四郎に対して月形龍之介さんが檜垣源之助を演じているので、単なる悪役では済まされていないらしい。良かった。
1965年版(これも黒沢明監督)では、三四郎はなんと新田さんこと加山雄三さんで、檜垣は岡田英次さん。これも檜垣がかなり年上だ。源之助の弟の源三郎はなんと山崎努さん。ものすご〜く見てみたいキャスティングだ。
1977年版、これもキャストがめちゃくちゃ面白い。三四郎に三浦友和さんというのは納得だが、檜垣は中村敦夫さん。鉄心は二役ではなく、矢吹二朗さん(「矢吹史朗」ではないのが残念)で、源三郎は宮内洋さん。
他にも1955年版では波島進さんと植村謙二郎さんコンビの映画が東映で作られているが、花沢徳衛さんが安役である以外は、知らない名前が並ぶ。モンキー・パンチによるアニメ版もあるらしい。三四郎の声が西城秀樹さんというのが想像を超える。「ローラ!」が「檜垣!」になるのか。もうどうでもいいかも知れないが、檜垣の声は大塚周夫さん。いつかは全作品を比較してみたいものだ。

今回のサブタイトル『宿敵』二人がこの回で出会う。椿と交渉し、道場を持たせてもらう代わりに矢野正五郎を倒すことを約束した檜垣が、紘道館へ出向いて三四郎と出会うのだ。
稽古止めをされている三四郎の代わりに入門したばかりの新関虎之助(佐山泰三)が檜垣と立ち会い、あっという間に肩に乗せられて壁にたたきつけられる。まるで朝青龍。怒りに任せて立ち上がった三四郎と立ち会うために腰を落とした檜垣の構えは絶品だ。
和尚(大滝秀治)に止められた三四郎に「いずれ立ち会う機会もあろう」と余裕をかまして去って行く檜垣を見て、和尚は「立ち会えばお前の負けだ」と、三四郎に衝撃の言葉を投げかける。



『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:檜垣にも安にも関係ないけど、今回一番感動したのが早苗(萩尾みどり)の矢野正五郎(露口茂)への一途さ。「私はどこにいても、一生あなたをお慕いして生きて行きます」という台詞が泣けちゃいます。

イ:ほんとですね。早苗は大人ですね。あそこで逆ギレなんかしたら、三話はもう見ないよ、ぼく(笑)

マ:「女はつまりません」と小さな抵抗はしていますが、「女だって自分を打ち込めるものが欲しい」と言った一途さが清々しいです。それから、矢野の「お前は勝ったのではない。自分の感情に負けたのだ」という台詞も時々思い出しますね。誰かと言い合いしちゃった時とか。

イ:同じセリフを某村井さんにも言ってあげればいいのにね。酒に溺れる弱さを!

マ:「某」って・・・(笑)。でも、檜垣側に立ってくれて嬉しいです。酒に溺れる師匠に代わり東奔西走している檜垣を、矢野さんが援護してくれていればなあ。

イ:ところで、「頭を冷やしてきなさい」と言われて、頭だけ水につけてない三四郎をどう思いますか?

マ:(しばらく爆笑)・・・池に飛び込むシーンですね。確かにあれでは「体を冷やして来なさい」ですわ。ま、忍者じゃないんだから、頭をずっとつけていることは無理でしょう。昔の忍者は偉かった。その台詞は番組が違うって(笑)。
それから、お吟(長谷直美)が床に転がった焼きイモを拾って食べるシーンはどうでしょう。男三人は目を見開きますが、そんなに汚い?それより、誰も皮をむかずに食べていることの方が気になるのですが。

イ:いや、結城が大福を食べるシーンより上品ですよ、上品、ええ、上品ですとも。

マ:わかりました、ダメなのね。気をつけます(笑)
檜垣は清閑寺にかなり信用されていますが、密談の真ん中で仁王立ちになっているのって、ボディガードとしてはどんなもんでしょう。

イ:いいんじゃないでしょうか。清閑寺のクラスになると、客の発言をも用心棒の威圧感で制限させるのでは。

マ:あれは椿を威圧していたんだ!でも、あんな怖い顔で真ん中に立たれちゃ話しにくいでしょうね。あんなにみつめられたら、私なら失神します!
和尚(大滝秀治)は力持ちですね。檜垣と闘うために必死で前に出ようとする三四郎が動けないほど押さえつけている。何故に三四郎より力が強い?それから、人の道場に来て「少し狭いな」という檜垣も檜垣です。

イ:檜垣はきっと、相手を投げることを始めからイメージしていたのでしょうね。朽ち汚れた木材でよかったね、虎之助(笑)

マ:プププ・・確かに。新しい壁だったら激突して命がなかったかも。彼は入門早々災難でした。

イ:このシーンの源之助はカッコイイですよね。大好きなシーンの一つです。 とくに、立ち止まって「君は何という名だ?」と訊く仕草。檜垣が名前を訊くなんてあり得ないですからね。単なるライバルでなく、後半友人となる象徴ですね。

マ:宿敵との出会いと、その後の関係を示唆するシーンだったんですね。主役を食っていることも示唆している・・・あ、私も自分の感情に負けている(笑)。

イ:ぼくは、恭兵さんもそうなんですが、準主役の立場であればあるほど、沖さんのカッコよさが引き立っていると思っています。安がレギュラーじゃないのに、これだけこのドラマが好きな理由は、間違いなくぼくが源之助ファンである証拠でしょう(十話は別にして(笑))。
あ、またここに感情に負けてる人発見(笑)

マ:そりゃあもう・・ゴロゴロゴロ・・・(誉め言葉に猫のように転がる)。 その第十話では安が源之助に・・・これはまたその時のお楽しみとしましょう。

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

「頭を冷やして来なさい」と言われたら、素直に頭から飛び込むべし

第四話「山嵐」 1978年10月28日放送

『今日の檜垣』

政治の話をする清閑寺に意見しようとする檜垣源之助だが、清閑寺に策を考える必要はない、と制止される。
三四郎と歩いている乙美をみつけた源之助は、三四郎を挑発して闘わせようとするのだが、真崎東天(竜雷太)の仲裁により、またもや闘いの機を逃す。
真崎に「お主の名は?」「おぼえておく」と高飛車な口を利くさまはスコッチ登場時を彷彿とさせるので、真崎が「あのスコッチ野郎〜!」と叫びそうな気すらする。こんなところにも、制作側が太陽人気をこの番組に引っ張ろうとした空気が感じられるのだ。源之助のキャラとスコッチをかぶせよう、という訳だ。
源之助は更にスコッチの『ゾッとするほど冷たい』目で、師である村井半助に警視庁武術世話係の座を自分に譲るよう迫る。だが、これはファンとしてでなく視聴者として冷静に考えても、彼の主張は妥当だと思われる。村井は酒に溺れて警視庁の稽古は源之助に任せっぱなしだし、『柔術』を代表して闘って三四郎に負け、『柔道』に座を奪われてからでは遅いのだという源之助の意見は、至極まともではないだろうか。
村井は「お前の考えているのは、いつも自分のことだけだ。私の座まで奪おうとするのか」と激昂するが、それを静かに聞いてお茶をゆっくり飲んでから「それが何故いけないのです」と返す源之助。こういうところが「可愛気がない」とでもいうのだろうか。そう、スコッチと源之助の違いは、源之助にはボスという理解者がいないことなのだ。
「あの男を倒せるのは、この私しかいない」と言い切る源之助だが、それが村井の怒りを買い、乙美の目には憎悪の混じった驚きの色が浮ぶだけだ。

いつかは対戦しなくてはならない相手としてお互いを認める檜垣源之助と姿三四郎。そこには乙美という一人の女性を介する闘いの予兆も含まれていた。
今回も闘う機会は逃したが、源之助が羽織の紐をピッと伸ばして一気に脱ぎ捨てて飛ばす仕草は、実に見事だ。「必殺からくり人・富嶽百殺し旅」の直後なので「決め」のシーンをシャープに美しく見せる技も身についているが、時代劇っぽい動きにはしていないのが見事だと思う。


『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:「男ならもっとピリッとしなさいよ。もっと逞しくなんなさいよ」というのは、今の柴田恭兵さんしか知らない人がきいたら違和感がある台詞でしょうね。この頃はカッコイイ男のイメージがまだなかった。

イ:そうですね。大追跡の「爆殺魔」と同じですね。しかしこれがカッコイイのだった。完成できていない役から徐々に好青年の役に変わりつつある恭兵さんを見ながらぼくも育っていった。沖さんにも、そういう部分はありませんでしたか?

マ:「完成できていない役」には厳しく自己批判をされる方でした、沖さんは。「もっとうまく出来るようになってみせる」と。その方が印象にありますね。この頃の恭兵さんの位置は、ちょうど沖さんが日活映画にいた頃あたりでしょうか。沖さんはテレビに出始めたら意外とすんなりスターになってしまいましたから、ファンは一緒に成長する間がありませんでした(笑)
またお吟ちゃん(長谷直美)ネタで恐縮ですが、お吟ちゃんにはちょっと同情します。三四郎は絶対お吟ちゃんの好意に気づいているのに、乙美といるところを目撃されて追及されると、「よく知らないんです」などと言って誤魔化しています。それまで三四郎のために魚河岸で買ったサバを手に提げてウキウキと歩いていたので、とても同情してしまいます。そのサバを両足開きで投げ捨てるところは同情出来ませんが(笑)

イ:両足開きは結城でもやりそうにありませんが(笑)、きっと重かったんでしょうね。重そうだもん(笑)

マ:サバ一匹丸ごとでしたからね(笑)。

イ:相変わらず三四郎に手厳しい見方ですね(笑)。彼は愚鈍で実直という設定なわけで・・・

マ:これは脚本に問題があると思うのですが、真崎が三四郎に『お吟は三四郎のことが好きで、安はお吟に惚れている』と言った時の三四郎の表情。ここは意外そうな表情をしないといけなかったのでは?「知ってるさ」ともとれるあの顔はいかんです。知っていて乙美のことを隠したのなら、三四郎はお吟の好意を利用する、かなーり悪い奴になってしまいます。

イ:これは同感です。あそこは「はてな?」の表情でしょうね。ただ、この4話、他にも脚本的にちょっとジャンピングが目立ちます。例えば、三四郎が、もう講道館随一となっている点。三四郎は、町で暴れた後ずーっと稽古止めだったはずです(笑)

マ:そうそう、時々話が大きく飛ぶのも「姿三四郎」の特徴です(笑)。今と違って半年も続いたのに、どうしてそんなに先を急いだんだろう。原作に忠実に進めたかったのでしょうか。
ところで、安は門馬三郎はインチキ野郎だと知っているはずなのに、どうして道場をのぞいてみたりしたんでしょうね?

イ:偶然見たのでしょうか。いや、安は仙吉(矢野間啓二)たちを見ているだけで、門馬本人を見ていなかったのでは?

マ:三四郎とそういう話はしなかったのでしょうかね。三四郎は無口だし、まさか安が入門を考えているとは思わなかったでしょうから。
そして横谷雄二さんの登場。運が悪けりゃゴリラが死ぬぞ、ですな。俺天を先に観てしまった人には何だか笑える決闘シーンです。

イ:あの風貌、似合わないですよね(笑)。俺天しか見ていないと、「横谷さん、なんてひどい役」って思うでしょうね(笑)。でもマフォンさん、鬼石(横谷さんの役名)が死ぬのは・・・やっぱりゴリラはCAPが退治しないと(笑)

マ:横谷さんはすごいポーズで倒れていますが、また登場するのですから、生きていたんでしたね。まだ死んではいけない(笑)

イ:そう、今回から、俺天でもレギュラーゲストだった横谷雄二さんと福崎和宏さんが登場しますね。福崎さんは、安の飲み仲間(笑)。これがレギュラーゲストだから怖い(笑)

マ:「姿三四郎」で福崎和宏さんに言及するのは、日本広しといえども福崎さんのご家族とイリちゃんだけでしょう(笑)。

イ:鬼石との対戦で新技が生まれるのですが、冷静に考えると、なぜ三四郎の技にだけ名前が付けられるのでしょうね(笑)。研究熱心な戸田あたりが矢野に文句を言ってもいいと思うのですが。

マ:矢野先生がわざわざ墨をすってしたためてくれるんだから、かなりのエコヒイキ(笑)。「僕も得意技が欲しい」と言っていたのですから、他の人も新技を持っていたのでしょうに・・・山嵐ほどの必殺技じゃなかったのかな。そう考えると檜垣源之助の「逆さ十文字」は一体誰が名付けてくれたのでしょう?自分でつけちゃったのかな。なんつーか、すごいネーミングだけど。

イ:それからあのお人形、どういじったらあんなボロボロになるんでしょう(笑)。これもやはり研究熱心な戸田さんかしら・・・それにしても、いつ見てもツッコミたくなりますわ、あの人形(笑)。

マ:柔道家と人形というのが、どう考えてもツッコミたくなる組み合わせです。しかもボロボロになるほどいじっていたというのがすごい。男たちが人形を床に立たせて腕を曲げて「とお!」とやっている姿も放映して欲しかった。

イ:今回の注目シーンは、三四郎と源之助の二度目の出会いということになりそうですが、後半の「互いに理解し合い納得できるからこそ愛が成り立つ」という東天の言葉もいいですね。それにしても、東天といい井沢(佐藤慶)といい、三四郎の周りには、「国事に奔走する者」多いな(笑)。

マ:後半で二人が友情を結ぶことを暗示した台詞ですね。太陽ファンは、この台詞を竜雷太さんが言うことに重みを増して感じたでしょう。
三四郎も政治に巻き込まれるシーンがよく出て来ますよね。三四郎が生きた明時代を視聴者に伝えたかったのでしょうか。南小路高子(竹下景子さんの二役)のせいで巻き込まれることが多かったですけど。まあ、こういう話は後半のお楽しみということで。

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

人形がボロボロになるまで研究するより、実際に組み合った方が早い

第五話「わらべ唄」 1978年11月4日放送

『今日の檜垣』

三四郎と門馬三郎の試合がメインで、檜垣は姿三四郎こそ自分が最終的に倒す相手だと確信しつつ、傍観者として見守る回。前夜から酒を飲んで試合に臨み、あっという間に三四郎に投げられた門馬を見て、檜垣は自分の師の未来を見るのだが、台詞は清閑寺に別れを告げる時の「長い間お世話になりました」だけで、あとは全て目で語る。汚職の世界に飽き飽きした目、失脚した清閑寺を突き放した目、そして清閑寺が拳銃自殺した音を聞いた時の微かな驚きと礼、そして次を求める激しい目。

一方、この回では三四郎が公私共に紘道館で実力ナンバーワンと認められ、おまけに道場の先輩も含めて皆に慕われていることを示すシーンが多く出て来る。
車屋の主人・辰吉(藤岡琢也)にも実の息子同様に可愛がってもらっているし、乙美とお吟からの愛もある。そう、みんなが三四郎を慕い、心配し、そして見守っている。
無心に強くなりたいと願っているだけで、いつの間にかナンバーワンになってしまった男。そして、そのカリスマ的な魅力で、朴訥な人柄のまま多くの人に愛された男。「姿三四郎」とはそういう物語だ。
それとは対照的に、檜垣源之助は自らナンバーワンの座を狙って必死に努力したのに、全てを失う男として描かれる。「いつの間にかナンバーワンになった男」と「どんなに努力してもナンバーワンになれなかった男」の対比が明らかになればなるほど、ファンとしては「源之助さま、カワイソー!」という見方をしてしまう。源之助をただのライバルではなく人間として描こうとしたことで、かえって理不尽な運命の明暗が悲しくなるのだ。誰もがナンバーワンになれる訳ではないという事実を、視聴者は源之助を通して知ってしまう。
時代が求めていたものが完全無欠のヒーローより等身大のアイドルになりはじめていた頃のことなので、檜垣源之助は沖さんにとって意外とおいしい役だったかも知れない。
ただし、清閑寺静馬が失脚し、この男はもう自分の出世の役には立たないと判断した途端にさっさと彼から去り、拳銃自殺の音を聴いても戻らずに立ち去るところに、三四郎にはない冷酷さが見え隠れする。実はその冷酷さも源之助の生い立ちに深く起因するものなのだが、それはまだこの回では明らかにならない。


『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:今回はなんといっても、門馬三郎(小松方正)と三四郎の試合がメイン。「来い、若造」と、悪役に徹している門馬が三四郎に投げられて倒れた後、ダメ押しで障子が落ちて当るシーンがツボでした。あれじゃドリフのコントですよねえ。

イ:公式試合の1回目ですね。山嵐の破壊力を表現しているのでしょうが・・・障子、縦に落ちてこなくてよかったですね(笑)

マ:角に当ると痛いですもんね(笑)
それにしても、何であんなに門馬の娘(志穂美悦子)は怒ったんでしょう。前日から酒を飲んで試合に臨んで卒中を起こしたのに。

イ:お澄はプロフェッショナルを分かっていませんね。自分も柔術家なのですから、「人殺し」などと言ってはいけません。酒で負けたと考えない諸柔術派もおかしいです。
ただ、これは、のちの警視庁の試合の後の乙美の行動と対照的にさせているのかもしれませんね。

マ:さすがはイリちゃん、全体の流れを掴んで伏線を読む。脚本家にそこまでの意志があったかどうかはともかくとして、いいところをチェックしていますね。乙美は父を想う気持ちは同じでも、試合は試合として受け止めていましたからね。でもあれは相手が三四郎だったから怒れなかったのかも。あれが源之助だったら乙美も「人殺し」を叫んでいたに違いない(笑)
三四郎の試合前の挨拶が「おてやわらかに」だったのにも、ちょっと笑ってしまいました。命を賭けた試合と言われた割には緊張感のない挨拶(笑)

イ:そして試合後はみんな、オーバーなほど門馬の安否を心配する(笑)

マ:実際瀕死の状態だったんだから皆驚いたんでしょう。
早苗(萩尾みどり)のオルガンもちょっと笑ってしまいました。自分の余命の短さを知ってしまった彼女が、愛する矢野正五郎(露口茂)のために自らを奮い立たせるように弾き始めたオルガンなのに、ブッチャ、ブッチャ・・・と、これまた気の抜けたような音。いいシーンなんだから、もっとムードのある曲に出来なかったんでしょうか。おまけに、これ「姿三四郎」のオリジナル曲だし。いつ知ったんだ、この曲(笑)。

イ:笑わないでください!たしかにおもちゃのオルガンでもあんな音出ないでしょうが(笑)、明治のオルガンの調律はあんなものだったということで。
私は感動しました。金子信雄さんの裏切りの涙。「愛のテーマ」が、途中、早苗のオルガンからBGMにシンクロしていく様子。
この番組の感動力は、この「愛のテーマ」をはじめ三木たかしさんのサントラの貢献が大きいと常々思っています。

マ:あ、勘違いしないで下さい、感動はしたんですよ、私も。でも、「あたくしのオルガン、聴いてくださいます?」なんて言いながらいきなりあの音だから、どうしても笑いが出てしまうんですよ。あれは「愛のテーマ」っていうんですね。
三木たかしさんのサントラの貢献度が大きいというのは、私も賛成です。荒野を想わせる「晴嵐の日々」、そして可憐な乙美の純愛にぴったりの曲。あの曲を聴くと、何故か風車が寂しく廻っている図が頭に浮ぶんです。

イ:私が気になったのは、オルガンの音ではなく、わらべ唄です(笑)。これがタイトルなので文句言っちゃいけないのですが(笑)、あの声が揃いすぎて綺麗なのがまず気持ち悪い。それから、あの替え歌。子どもが自力で考えるとは思えない。誰が入れ知恵したんだろう。

マ:そこまで三四郎の強さが世間に知れ渡ったということを象徴した替え歌なのでしょうが、確かにテレビもラジオもない時代に、子供達の情報入手が早すぎますよね。安あたりが自慢していいふらしたのかも。

イ:清閑寺の自殺のシーンですが、私は前から伊藤博文は誰が演じるのか気になっていました。結果的にこの後も伊藤は名前だけで、姿は出てきませんが。 実際いた人物は出てこないと思いきや、6話で谷干城が出てきますよね。とくにルールはないのか(笑)。

マ:私も伊藤博文を期待して待っちゃいましたが、考えてみれば三四郎と直接会う訳ではないので、わざわざ大物俳優を用意してギャラを払うほどのこともないと判断したのかも。ここで長さんを起用して太陽攻めにするという方法もあったかと思いますが、それではあんまりねえ。顔も似ていないし(笑)

イ:源之助も冷静ですね。椿が裏切った後すかさず暇を告げる(笑)。あれは清閑寺もこたえたでしょう。ピストルの音にちょっとビックリした源之助の顔、好きです。

マ:ありがとうございます。思わず見せた素顔って感じでいいですよね。元々打算で近づいた相手で、心中では軽蔑していましたから同情しなかったのでしょう。でも、こんなところが乙美に嫌われる(笑)
三四郎と源之助の明暗は、尊敬できる相手に巡り合えたかどうかで分かれたのかも知れません。

イ:厠へ行く途中の安。またお吟への嫉妬をひた隠すセリフですが、今回のこの言い方はいかにもDARTSなんです。バックで歌っている壇の歌がちょっと邪魔なんですけど(笑)
安とDARTSのつながりはなかなか見つけにくいのですが、何十回も見れば、DARTSになっている安がたまに見つかります。

マ:「俺にもお守りくれっかな」ですね。岡田晋吉プロデューサーは、のちに「姿三四郎」が失敗したのは時代劇から抜け出せなかったからだと書いていらっしゃいますが、安は唯一時代劇からかけ離れていますね。動きや台詞がDARTSになっていることで、時代劇の重苦しさから救ってくれているような気がします。あ、もう一人いた、時代劇じゃない台詞まわしの人。お吟ちゃん(長谷直美)。

イ:また、戸田と安がセリフを交わすシーンが登場しますが、これも恭兵ファンのうちではポイントで、山本紀彦さんとは、太陽にほえろ!のゲストで共演して、早速再び共演してビックリしました。

マ:山本紀彦さんなら沖さんだって共演が多いですよ。別に競うことじゃないですが(笑)、スコッチとも共演しています(『島刑事よ さようなら』)。元々日テレの出演が多い方ですよね。

イ:5話は、「音」がキーワードでしょうか。早苗のオルガン、妙に綺麗なわらべ唄、清閑寺のピストル、壇の歌、障子の落ちる音(笑)どれもバカにされたものばかり(笑)。

マ:三木たかしさんのサントラだけは二人とも絶賛ですね。

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

道場開きの記念試合で、もう障子が壊れてる

第六話「仇討ち」 1978年11月11日放送

『今日の檜垣』

新しく護衛を勤めることになった南小路家では、津久井譲介(中庸次)と再会しても無表情な檜垣源之助だが、乙美に瓜ふたつの令嬢・高子(竹下景子・二役)を見た時には、さすがに驚きを隠せない。その高子は姿三四郎の名前を出して「どちらが強いのかしら」と挑発するのだが、源之助は南小路子爵(渥美国泰)の前では猫をかぶって、微かに微笑むだけである。

高子に気に入られた三四郎は鹿鳴館に同伴することになるが、勘違いで英国書記官を投げ飛ばして逃走する。三四郎をかばうために「窓から暴漢が・・・」と演技をする高子を見て、『姿か』と見破る源之助は、タキシードに蝶ネクタイ姿ということもあって、さながらシャーロック・ホームズだ。
だが、源之助はちょっと卑怯にも、その日の出来事を乙美に告げ口する。乙美が三四郎に惹かれているのを見抜いてのことだ。
高子が乙美によく似ていることも話すのだが、乙美のいつにない厳しい拒否の口調に『おや?』という表情をみせる源之助。何かがある。だが、それを訊ねる代わりに、彼は乙美に求婚する。

「わかってるはずです。もうそろそろ私の妻になる決心をして欲しい。私はあなたの父上の柔術の、正当な後継者です。大きな夢も持っている。そして、あなたこそ私の妻としてふさわしい人だ」

相手の気持ちも読めないのに、言い切るぞ源之助。案の定乙美には「そのお嬢様のような方の方がふさわしいのでは。ご出世なさるためにも」と皮肉をこめた言葉で断られる。乙美は控えめでいて、かなり意志表現のはっきりした女性であることが、この言葉でわかる。だが、自己チュー源之助はさらに迫る。

「違う!私にとって妻としてふさわしいのは、あなただ」

逃げようとする乙美の背に追い討ちもかけてしまう。

「乙美さん、もしあなたが誰か他の男に心を動かされているのでしたら、それは間違っている。これだけはおぼえておきなさい。私は必ずあなたを妻にして見せる」

逃げ去る乙美を追う目が、少しだけ翳るのは、自分の言葉が乙美の心を動かさないことを悟っているかのようだ。


『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:安(柴田恭兵さん)は今回も出番が少ないですが、三四郎を想って涙するお吟を見守る目が何ともいいですね。早くお吟が気がついてほしいと思わせます。このあたりの表情は、年上キラーっぽい可愛さですね。

イ:沖ファンの方もご存じかと思いますが、長谷さんではなく、志穂美さんとの報道が起き、ビックリしました。ただ、安とお澄はドラマでは絡みはないんですよね(笑)。ここ重要。

マ:え、そんな報道ありましたっけ。当時ですよね?何で絡みがある沖さんと噂にならないんだ(笑)。
安と同様、このドラマを時代劇から救おうとしているのが野々宮役の秋野太作さん。
またまた三四郎に文句で申し訳ないのですが、勝野さんの三四郎は、もう少しとぼけた味を出して欲しい場面が多々あります。野々宮は三四郎を『柔道バカ』と呼んでいますが、世間に疎いところをコミカルに仕上げて欲しかったです。スポ根じゃなく青春ドラマなのですから。
それに対して野々宮は、鍋の具をくず野菜で増量するシーンなど、表情で場面を明るくしていますよね。ごぼうを一本丸ごと切らずに入れるのはどうかと思いますけど。一本丸ごとならクズじゃなくて、立派な野菜だと思うし(笑)。

イ:第六話はずいぶんと「俺たちの朝」勢の活躍が目立ちますね。秋野さんと勝野さんの絡み、勝野さんと長谷さんの絡み。
「太陽」勢が活躍するときは、たしかに深刻な話が多いからな。
恭兵さんも半分コメディキャラなのは、そういう流れも律儀に守っていたからか・・・(笑)

マ:「俺たちの朝」勢と「太陽にほえろ!」勢と分けましたか。なるほど、そういう見方も出来ます。いかに岡田プロデューサーが同じ人を使っているかもよくわかる(笑)
高子に連れられて来た洋服屋は、寸法を測ろうとして三四郎に投げられていますが、あの洋服屋、受け身が上手いですね(笑)心得があって良かった。

イ:NGにして欲しかったな(笑)

マ:前回話題になった伊藤博文も登場していますね。でも、あれはエキストラかな?一瞬小林桂樹さんかと思ったのですが、違いますね(笑)

イ:そうか、姿見えていましたね!なんだかよくわからないほど一瞬でしたな(笑)
ところで、津久井譲介(中庸次)が源之助を想起するシーンがありますが、すでにどこかで会っていたシーンなんてありましたっけ?ないですよね。あれ、なんだったんだろう。
ちなみに、これ見逃していたら、三四郎ファン失格だな。伊藤はいいとしても(笑)

マ:え〜、一話ずつ語ろうとおっしゃったのはイリちゃんなのに、忘れちゃったのぉ?!しかも第一話ですよ。椿は警視庁の稽古場で、津久井と稽古をしている源之助を見て雇うことにしたのです。確かに第一話では津久井の紹介がないから、忘れがちかも。
イ:あっ、理由がわかりました!第一話はカビで、音声だけの場面や画像だけで音声がない場面があるんですよ。その津久井のシーンは画面がなかったところだったんですね(^^;)

マ:テープがカビる・・・うう、怖い。
檜垣が鹿鳴館まで南小路子爵のお供をして行くのはわかるのですが、タキシードを持っていたのは意外でした。以前も着る機会があったのか、それとも張り切って新調したのか。しかも、子爵のそばにいないで、椅子に座っていました。踊るつもりだったのかな(笑)

イ:椿のときと同じで、わりと自由が利くのですね(笑)
そういえば、清新会(大追跡20話)に潜入していたときも、居心地良さそうでしたもんね(笑)
意外となじみやすいのね、沖さんって(笑)
それにしても、高子は初っ端から挑発的ですね。マフォンさんが三四郎に厳しくいくのなら、私は高子に厳しくいくかも(笑)

マ:高子はここではまだ、ただの高慢ちきなお嬢様ですが、彼女はある意味一途なので好きなキャラなんです。今後は対決になりそうですね(笑)
お澄の仇討ちのための猛練習は見事。この役は志穂美悦子さん以外には考えられないと思えるシーンです。受け身も見事だし。さすがはジャパン・アクション・クラブ出身ですね。
最後に父を想って泣き崩れる姿は女らしいし。あれ?私は志穂美悦子さんファンだったのかな?
そして、その対戦とシンクロさせて早苗の臨終シーンが映し出される演出がいいですね。見送られる父と見送る父の対比を表現しているのでしょうか。

イ:お澄も、あまり同情しづらいキャラです。
同じように悲しみを背負っている早苗のほうが、私はせつなくて同情します。 そう。せつなさ。せつない悲しみが好きです。早苗はもちろんせつないですが、お澄はせつないというよりストイック(笑)

マ:ストイックはせつなくないのか(笑)。早苗は死んでしまうからせつないのは当然ですが、お澄のせつなさは男の人にはわかりにくいのかなあ。強すぎるのでしょうか(笑)

イ:ところで、三四郎は、なぜ谷干城(西村晃)を知っているんだ?政治も勉強も興味ないという設定だろうに。

マ:実は知ったかぶりだったりして。よくあるでしょ、「ああ、あの!」と言っておいて、実は知らないこと(笑)

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

三四郎の門馬へのお見舞いの品に対する野々宮の一言 「死にかけてる病人に大福餅とはねえ」


第七話「慢心」 1978年11月18日放送

『今日の檜垣』

師匠である村井半助の元を訪れた源之助は、南小路子爵の政治力を利用して柔術を広めるという自説を展開するが、柔術と政治を一緒に考えたくない村井とは、意見が真っ向から対立してしまう。それでも乙美に生活費を置いて行こうとする源之助だが、乙美はそれを拒否。「すみません、よくしていただいたのに・・・」という他人行儀な言葉に、袋を握りつぶす手が怒りを表わす。

源之助がいつも通り警視庁に稽古をつけに行くと、いきなり村井が復活して稽古をつけている。そうならそうと先に源之助に言えば良いではないかと、いつもながら沖ファンとしては村井に怒りが行くが、源之助の表情は複雑だ。怒っているようではなく、むしろあきれたような、それでいて村井に対する憐れみや尊敬の念も残っている微妙な表情。こんな顔、なかなか出来るものではない。

剣道の修業をしている津久井譲介(中庸次)は、柔術を剣の修業の糧にしたいと源之助に試合を申し込むが、最初は断った源之助が高子の挑発にのってしまうのが面白い。「待ちたまえ」と譲介に呼び止められた瞬間、羽織の紐を縦にピンと張るポーズで振り向く。やる気じゃないの。三四郎に続いてまたしてもコテンパンにやられる譲介だが、彼は手加減した三四郎に対して、徹底的に痛めつけた源之助を師として選ぶことになる。

今回は、ナンバーワンの座を勝ち取った三四郎に対する、羨望と尊敬、そして同性ゆえの嫉妬を持つ男たちがテーマ。
男なら誰だってナンバーワンになりたい。だが、その星を持って生まれて来る者はごく僅かだ。その一人である姿三四郎という男に、同情されたり助けられたりして悩む市井の男たち。彼らがいかにして自分なりの生き方をみつけるかを、安(恭兵さん)、新関虎之助(佐山泰三)、そして十両の関取・錦灘を通して描き、その生き方が三四郎の中にある『慢心』を取り除いて行く。
矢野正五郎の「優しさも傲慢のひとつだ」という言葉が心に響く。


『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:今回の三四郎は褒めますよ(笑)。自分の中にある傲慢な心に気がつく回ですから。
今回のテーマは頂点に立つ三四郎が、普通に生きるしかない他の男たちに対して、無意識に抱いていた傲慢さに気がつく回。初めて勝野さんが三四郎に見えて来ました(笑)
三四郎ばかりが強くて優しくて、そうでない男たちに同情をする。
でも、同情は傲慢のひとつなのだと気がつく訳です。いいですね、この展開。

イ:「慢心」は大好きですよ。マフォンさんのおっしゃるとおり、男たちの友情がせつなく描かれていて、自分の青春時代にとても影響させていました。安ファンにとっても、10話の伏線となる大事な話。

マ:相変わらず皆に愛される三四郎に対して、源之助は師である村井にも乙美にも拒絶されて、とってもかわいそう。
村井半助が薬まで飲んでいることが、この回で明らかになりますね。明らかに病人なのに、あくまで源之助を排除しようとするところが頭に来るなあ。

イ:恭兵さんは、盗み聞きのシーンといい、演技がKIDっぽくなっていて、見応えがあります。
「デカイと思っていばってんじゃねえよ!」は、デビューの「大都会PART供廚任離札螢佞鰈牌覆箸気擦襦

マ:KIDの恭兵さんも「大都会Part供廚眞里蕕覆い里撚燭箸盡世┐覆て申し訳ないですが、ダーツっぽいとは言えますね。

イ:また、勝野さんとの絡みは、「俺たちの朝」のときと比べ、同じ友情を取り持つ話でも、一段と成長していることがわかる。俺朝のときはケンカをして和解するが、今回は、「弱さ」で結びつくのである。

マ:あれ、語り初めてない?「である」になっちゃってるよ。

イ:これこそ、私の好きな青春ドラマのパターンであり、イコールKIDなのである。

マ:お〜い、自分の世界に入ってるぞ〜!戻って来〜い(笑)
でも、道場に戻って来た安を見て、嬉しそうに駆け寄る三四郎の表情はいいです。
転んでバケツを倒してしまったり、雑巾を床に絞ったりする三四郎にツッこむ安もいいですね。

イ:まず冒頭のシーンがいいではないか。早苗に死なれた矢野と門馬に死なれた(笑)三四郎を、内緒で励まそうとする友人たち。それにお礼をしようとする三四郎。
この冒頭のシーンがあることで、「優しさ」をまず作り出している。

マ:あらら、今度は「ではないか」になっちゃってるよ。いよいよ「姿三四郎」に対するイリちゃんの思い入れがわかって来ました。
安に胸をたたかれて嬉しそうに笑う三四郎の表情も好きです。ああ、はじめて「好き」と言ってしまった(笑)

イ:「優しさも傲慢の一つだ」。これは、三四郎全体の中の名ゼリフの一 つでしょうね。

マ:人の話、聞いていなくない?一人で語ってない?

イ:三四郎の涙のラストシーンは、ほんとに感動だ。
安は、「俺がさあ、俺がどんなにみじめでさあ・・・」としか言わないが、この気持ち、結局三四郎は、理解できていたことになる。

マ:わかりました、わかりました(笑)
三四郎は自分から離れて行こうとする友人が二人も出て、はじめて他人の弱さについて振り返ることが出来たわけですね。
弱いといえば、三四郎って首が弱いみたい。今回も関取に対して「君は泳げるか」と、川に落とすぞ宣言をしながら、のど輪をかけられてかなり苦戦していました。最後は得意技「山嵐」まで出してる!相撲取り相手に(笑)

イ:大追跡川柳のときのツッコミ言葉を借りれば、「首がネック」ってやつですね(笑)
あ、今回全然ツッコんでないことに今気がついた(笑)

マ:おかえりなさ〜い♪ やっと戻って来てくれました(笑)

イ:実はツッコミ箇所もいっぱいある。そのシーンの前の、酔っぱらった安と錦灘のケンカ。公式試合や死闘のときに用いられる本格的なBGM、使わなくてもいいだろう(笑)

マ:画面はそんなに深刻なシーンじゃないんですが、三四郎が錦灘にのど輪をかけられているシーンなんか、BGMのせいで「死闘・江戸の川べり」状態(笑)

イ:それから、詩吟が下手くそだと言われる壇(笑)
その壇は、質屋に袴を売ったそうだが、あの半纏を売れって(笑)

マ:講道館に入門した時に捨てたんでしょう。あれっきり着てないもん(笑)
それにしても、中庸次さんは大きいです。確か身長は190cmを越えていたんですよね。沖さんが見上げる形になる、数少ない俳優さんです。

イ:中さんはその後、NHKの「宮本武蔵」で佐々木小次郎役をやり、「スケバン刑事」でもちょっと売れましたが、ぼく個人としては残念な感じです。やはり俺天のとき館野役でなくもう少しいい役にしてもらいたかった。
その中さんですが、7話は、これも俺天ファン感涙の、佐山泰三さんとの立ち合いのシーンがありますね!

マ:あ、またディープな世界に足をつっこみ始めましたね(笑)
注釈を入れますと、中庸次さんは俺天では鑑識課の館野康次、佐山泰三さんは第7話で家出して、もう一度家から連れ出してくれと依頼する大学生といえばわかるかな?
中庸次さんはもっと伸びても良い素質のあった方だと私も思います。「姿三四郎」がデビュー作だったんですよね。
今回は、矢野先生の言葉にしびれました。早苗を家に帰してしまったことも、自分の思い上がりだったかも知れないと後悔する言葉が素敵です。こんなに想われて、早苗さんも本望だったことでしょう。

イ:最後に。6話のときから気になってるんだけど、津久井(中庸次)が車に乗るとき。必ず両手を肩にクロスするの、やめてほしい・・・

マ:あ、あれは私も気になっていたんです。「何だ?変身でもするつもりか?」と一人でツッコんで観ています。多分大きすぎて、体を縮めないと車に入れなかったんでしょうね。

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

三四郎は首がネック。だから腰にお越し(ダジャレかい!)


第八話「暗殺」 1978年11月25日放送

『今日の檜垣』

乙美と逢った三四郎は、戊辰戦争で両親を亡くした過去を振り返り、今では「もう一人ぼっちじゃない」と告げる。三四郎を愛情のこもった目で見上げる乙美だが、その様子を一人ぼっちの檜垣源之助が見ていた。
今回から愛用のマントを翻して去る源之助。南小路家に出入りするようになって西洋かぶれしたのだろうか。鹿鳴館のパーティーに出席して味をしめたのか?
三四郎と試合をすることになった掛札兵助(浜田晃)を訪れた源之助は、この試合を利用してクーデターを企む伊沢(佐藤慶)に気をつけるよう忠告する。
柔術界の統合を目指す源之助は画策に走り、南小路子爵(渥美国泰)に相談して、
「試合はおそらく姿が勝ちます。その姿を倒すのはこの私だ」
「柔術界を統合するのは、この檜垣源之助でなければいかんのです」
と説く。えらく自信家だ。
柔術に興味のない南小路子爵だが、ここは二人の損得が一致することになる。不敵に笑う源之助にはある作戦があった。

南小路子爵と密談を終えた伊藤博文が帰宅する折、囮の馬車に同行した源之助は、伊藤博文暗殺を企む天誅党と掛札の一味に襲われる。
投げられた松明を受け止めて、馬車から勢いよく飛び降りる源之助。それだけでもカッコイイのに、忍者のようないでたちの敵をバッタバッタと倒す活躍は最高の見せ場で、暗殺の知らせをきいて駆けつけた三四郎の助太刀が邪魔にすら思える。案の定、源之助に「手出し無用!」と言われている。そーよ、このぐらいの敵、源之助さま一人で十分なのよ♪

警官が駆けつけて敵は蜘蛛の子を散らすように逃げるが、源之助は残った一人とまだ戦っていた。最後は源之助が逆さ十文字で首の骨を折って殺すが、それは伊沢の弟子の鬼石(横谷雄二)だった。

去って行く三四郎の背中に源之助は心の中で語りかける。
「姿、試合には負けるな。きさまに勝つのはこの俺だ」
ライバルである三四郎を温かい眼差しで見送る源之助。のちに芽生える友情を感じ取ることが出来るシーン。

試合の当日、柔術家でありながら洋装でマント姿のまま観戦する源之助。
彼は実はあらかじめ警察を呼んでおいた。三四郎に敗れた上に暗殺未遂で警察に逮捕される掛札、そして伊沢。伊沢は警察を呼んだのは源之助だと悟り、「これは誰から私のために残してくれた花道なのかも知れない」と言うが、源之助は無表情のまま立ち去る。


『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:「講道館四天王」という言葉が出て来ますが、その一人であるはずの壇(片岡五郎)は意外と弱いですね。掛札にやられちゃっています。

イ:元弟子ということで。それよりも詩吟が・・・

マ:それより、私には掛札の「名付けて逆ひねり」「岩石おとし」がツボでした。そりゃあないよね。あまりにも単純なネーミング。

イ:「岩石おとし」って、壇が岩石みたいな体だから成り立つのでは?(笑)

マ:原作ではね(笑)。片岡五郎さんは顔が岩石・・・って、何て失礼なんだ、私。
「岩石おとし」なんて、チキチキマシーンの岩石オープンみたいなので、それも笑えた理由のひとつ。あ、知らない?

イ:原始人が2人乗っているやつでしょ?(笑)

マ:知ってるんだ(笑)
安に三人(乙美、高子、お吟)のうち誰を選ぶのだと問い詰められた三四郎は、またうまく逃げていますね。本当はもう乙美に決めているのだから、そう言えばいいのに。
安もその方が嬉しいでしょうに。それとも三人ともキープしておきたいのか(笑)
それに比べて、お吟ちゃんがフラれるのは嬉しいことだが、彼女を傷つけたくもないと涙を流す安は純情です。
「お吟ちゃんにひどいことを言ってみろ。俺が承知しないからな!」だって。優しいなあ。これこそが本当の愛。

イ:この安のシーンも10話につながりますね。10話は何度見ても感涙しちゃうので・・・

マ:その第10話に向けて、いよいよ女のバトルが始まりますね。権力の座をちらつかせる高子、三四郎の着物を縫ってちらつかせる(?)乙美、そして鯛を放り投げるお吟(笑)

イ:高子へ対して投げつける「お高くとまって!」というセリフは、シャレだったんでしょうか?(笑)

マ:あ、そこまでは気がつかなかった(笑)

イ:それから、なんでお吟は、乙美と高子が瓜二つだということに気がつかなかったんでしょう?

マ:ジェラシーで頭に血が昇っていたのかな?お吟は高子にはツンとしていたのに、乙美に親しげな様子を見せるのは何故なんでしょうね。あとで着物を投げつけていたけど(笑)

イ:浜田晃さんは「大追跡」にも俺天にも出ていますが、この掛札の役が一番かっこいいですね!
風貌も一番似合ってます。俺天(11話)の大木戸役はスポーツ刈りですから(笑)三四郎と俺天のわずかな境目に何があったんでしょう(笑)

マ:逮捕されたので頭を剃られたんでしょう。それが1978年まで伸びなかった(笑)
その掛札との試合なんですが、三四郎は壁までおびき寄せてから掛札の頭を壁に何度も打ち付けますよね。あんな技はアリなんでしょうか。プロレスの反則技みたい。掛札はロープがあったらつかまっていた(笑)
案の定、檜垣に「たわけ」と言われていますよね。

イ:あれは三四郎に言ったんじゃないと思う(笑)。山嵐を掛けられる体勢になった掛札に対してでしょう。

マ:てへ!わかってて言ってみたのよ〜ん。
暗殺のシーンは、皆さん吐く息が白いですね。11月25日の放映だから、撮影はどんなに遅くても二週間前。夜中はもう寒かったのかなあ。

イ:関係ないけど、伊藤公、また顔が見えない・・・

マ:今ごろになって伊藤公の顔が気になっているのね(笑)
警察が試合後に乗り込んで来ますが、殺当流の面々は抵抗しているのにどんどん逮捕されちゃう。掛札は警察官にねじふせられる程度の腕だったの?だとしたら、彼らにコテンパンにやられてしまった壇の立場はどうなるんでしょう。講道館四天王なのに(笑)

イ:殺当流の技は、身内にしか効かないみたいね(笑)

マ:それじゃ役に立たない(笑)

イ:それにしても、暗殺シーン、天誅党&殺当流VS源之助&三四郎は、見応えありますね!
右京ヶ原での対決の前に、源之助と三四郎が協力する、感動のシーンです。

マ:やっとこのシーンについて言及してくれたのね。いつ言ってくれるかと思っていました(笑)。ライバルである二人が協力して闘ういいシーンです。源之助は「手出し無用!」といいながら、実は嬉しかったかも。だって、彼も一人ぼっちじゃないことがわかったんですから。だからこそ「きさまに勝つのはこの俺だ」という台詞が生きて来るのでしょう。
とうとう鬼石(横谷雄二)が檜垣の手にかかって殺されてしまいますね。CAPに殺されるゴリラ、またはスコッチに殺される吉野巡査(笑)

イ:鬼石も今思うと源三郎系で、表情と声がないよねー(笑)
マ:源三郎は軽い障害がある設定だから仕方ないけど、鬼石のあの無表情と無口は何だったんでしょう。

イ:伊藤公も無口だな、しつこいけど。伊藤公も源三郎系なのね(笑)

マ:矢野先生(露口茂)の最後の台詞がクサくて嬉しい。伊沢に「欠けているものがひとつだけある。それは『愛』だ」きゃあ〜、山さんしてる〜(壊)

イ:伊沢の場合、愛以外にもっと欠けているものたくさんあると思うが・・・優しさとか、冷静さとか、社会規範とか、清潔感とか(笑)

マ:確かに髪の毛ボサボサ。

イ:あー、やっぱり、なぜか三四郎に聞こえるように歌うあのわらべ唄、気になる・・・(笑)

マ:三四郎に聞かせるために、わざわざ河原まで追いかけて来て歌っていたとすると、あの子たちは殺当流の関係者の子供たちか?!(笑)

<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

伊藤公に欠けているものがひとつだけある。それは台詞だ


第九話「生きる」 1978年12月2日放送

『今日の檜垣』

いよいよ檜垣源之助の良移心當流と講道館の試合が決まった。講道館は姿三四郎が代表に選ばれるが、良移心當流は師範の村井半助が自分で出ることに決める。
自分が試合に出たいと村井に直談判する源之助だが、村井はそれを全く受け付けない。「私は先生よりも若い」という言葉が頭に来たのだろうか(違)。
「それほど大将になりたいのか」と、源之助を責める村井だが、村井こそ大将の座を明け渡したくないから抵抗しているに過ぎないように沖ファンには見える。
この試合に負ければ、柔術は柔道にとって替られ、二度と陽の目を見ることがなくなるであろう、それを防ぐためなら売名と言われようと構わないと主張する源之助に対して、村井の冷たい言葉が響く。
「君は術はあるが心がない」
「心・・・矢野正五郎と同じようなことを言われますね、先生」
源之助の顔が曇るが、その翳りの本当の意味は、今回も明らかにならない。

『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:いつの間にか三四郎と乙美が公認の仲になっています。
真崎には牛鍋屋でからかわれるし、村井は三四郎をわざわざ河原に呼び出して、乙美への気持ちを変えないでもらいたいと頼んでいるし。
試合を前に矢野先生も乙美のことに言及していますね。
意外と目利きな矢野先生。落としの山さん、聞き込みの矢野?(笑)
驚いたのは、お吟ちゃんですら乙美との仲を認めてしまったこと。三四郎は何も言わないのに、女の勘でわかったんですかね?

イ:安とお吟のプロポーズシーンや、野々宮や和尚のさよならのシーンも、セリフで済まされましたからね(笑)このぐらいは軽いほうかな(笑)

マ:会話の中で「○○も○○してしまったしなあ」と説明して既成事実にするパターンですね(笑)
「さよなら」と去るお吟ちゃんは、いつになく切ない表情でした。それをみつめる安の目がいいんだなあ。
乙美の父親と試合をする三四郎に
「俺なら逃げる。好きな人を一生苦しめるなんて俺には出来ない」
と言っていますが、これって試合が尋常な形で済まないことを前提としていますね。エスパー安?それとも、昔の柔道の試合っていつでも命懸けだったんでしょうか?
イリちゃんも明治生まれじゃないから分からないかも知れないけど(笑)

イ:私は西暦で言うと60年代の生まれですが(笑)、柔術側から見れば命がけだったそうですよ。
だからその条件で脚本が書かれていて正解だと思います。

マ:あの頃は桜田門外の変以来物騒なことが多く・・・って、そういうツッコミはいらないか(笑)

イ:はいはい、1860年代っていいたかったんですね(笑)
「柔道」の時代から命がけではない。つまりちょうどその変わり目のエピソードですね、三四郎を柔道ファンが語ると(笑)

マ:フーン、命懸けだったことを踏まえてみると、納得できるシーンがありますね。門馬の娘の「人殺し!」発言の意味は益々わからなくなるけれど(笑)
イ:確かに。

清水紘治さん、またもやいい味を出していますね。「大追跡」の第三話のバーテンは、この男の子孫かと思うほど似ているキャラクター。狂気をはらんだ人殺しの目が絶品です。

イ:大追跡川柳のときのマフォンさんの句「清水さん 三四郎でも この表情」、今、確認してきました(笑)

マ:わざわざ確認してくれてありがとう(笑)

イ:私はやはり24話(大追跡)の戸部役のほうが印象強いので、あ、でも、同じか(笑)

マ:役柄としては同じパターンですね。少なくともマイホームパパではない(笑)

イ:こういう役は、あとは後半の18、19話に出てくる福本清三さん(大追跡は9話)くらい。
貴重ですね。とにかく清水さんのこの病的な雰囲気が大好きです。
ただ、この役柄にしては、よくしゃべる殺し屋だよね(笑)

マ:病的によくしゃべる殺し屋(笑)死ぬ直前までしゃべってた。
福本さんは最近フィーチャーされているみたいですね。良かった。
三四郎はこの回でも闘った相手を殺してしまいました。源之助が刺客を殺したときいた時、軽蔑したような目で見た乙美にこのことを教えてあげたくなる私は、やっぱり源之助の味方です(笑)

イ:正当防衛という刑法はまだ成立していなかった時代でしょうけど、軽蔑する乙美が間違ってる!

マ:よかった、イリちゃんが同意してくれて。最近意見が食い違い気味なので(笑)

イ:今回の三四郎の殺しも、三四郎を弁護しよう。
ただ、折口の立場からすれば、なぜ、「生きる楽しみが生まれた」と三四郎に告知するときにさっさと殺さなかったんでしょう(笑)
おしゃべりのくせに、冷静で論理的なんだよなあ(笑)

マ:冷静で論理的なわりには、チャンスを逃がして逆にやられている(笑)
村井はどうしてあんなに源之助を敵対視するんでしょう。源之助は一番弟子だし、良移心當流のことを考えて言っているのはわかりそうなものなのに。「術はあるが心がない」なんて、よく言えたもんだ!!!!(机をたたく)

イ:その村井のセリフは、名ゼリフに入ってしまいますが、たしかに村井の誤解もありますね。

マ:え、名ゼリフなの?!

イ:そう、同じセリフを10話で今度は三四郎に言いますが、これは明らかに贔屓目ですね。

マ:セリフでの解説すらないから何故かは不明ですが、村井は三四郎が大好き。愛弟子の源之助より贔屓するってどういうこと?

イ:あと、気になるのは、この頃になると、乙美に源之助が近づくシーンになると、怖い音楽が流れる(笑)
いつからだろう。

マ:今回も「背後から忍び寄る邪悪な影」風な登場でした。ひどいじゃないの〜

イ:あと、リスターが今話で登場しますね。
当時見てた時あせりましたよ、というか忘れてたんですけど。

マ:リスターは第16話「スパアラ」で再登場しますね。

イ:ビックリしました。後半また再登場すると思っていなかったんで(笑)

マ:高子の西洋かぶれした高慢なキャラをひきたてるだけの役かと思ったら、意外な一面があることまで判明しちゃいますが、今回は・・・。

イ:まあ、重大な役ではないな(笑)

マ:なんというか、スポーツ選手らしく見えないし(笑)

イ:高子は、めんどくさいからさっさとリスターと一緒になっちゃえばよかったのに。自分の好奇心を満たすだけで、男を道具のように使う女は「最低だ!」(大追跡3話より)

マ:お忘れですか。リスターは妻子持ちでっせ。
それに、鹿鳴館で一緒だった英国公使なんとかという肩書きの青年の方が収入が良さそう(笑)
でも、高子も彼女なりに三四郎を一途に想っていたんです。イリちゃんは嫌いでしょうが(笑)
それから、この回で講道館の四天王は、揃いも揃って仕事をしていないことが判明。三四郎も車屋をクビになっちゃうし。

イ:バイト先の親方に楯突くって、戸田らしくないと思うんだけど(笑)


<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

講道館の四天王は、術はあるが職がない


第十話「父と娘」 1978年12月9日放送

『今日の檜垣』

父・村井半助と三四郎が命を賭けた試合をすることに胸を痛める乙美は、三四郎に向かって、万一のことがあったら「私も死にます」と訴える。
このセリフは「ふりむくな鶴吉」の最終回で、竹下景子さん扮する弥生が鶴吉に向かって言う台詞と全く同じなので、同じ顔の竹下景子さんが、源之助にではなく三四郎に向かって言うところから、既に腹立たしい。もちろん鶴吉と源之助は同じ人物ではないのだが、沖雅也が演じた全てのキャラクターを愛する私としては、悲しい思いでこのセリフを聞いてしまうのだ。

高子の乗馬に付き合う源之助は試合のことをきかれて、姿に勝つ柔術家は自分しかいないと宣言する。それでは源之助が代表になるべきだったのではないかという高子の言葉に苦笑する源之助。「あなたとは妙に気が合う」という言葉は、逆に源之助が高子に好感は持っていないことを表わしている。「同じ気持ちであって欲しい人は、いつも敵側にいる」とつぶやく源之助。そうなのだよ、乙美さん。

何とか村井に替って試合に出ようと画策する源之助は、村井が病気であるという噂を流し、それが警視総監の耳にも入る。だが、村井は「わしがいつ病気の体になった」と、逆に源之助を責める。村井は薬を飲んでいたので、確かに病気だったと思うのだが、それより源之助は、村井には三四郎に勝つ実力がないことを見抜いていた。そして、村井の敗北は柔術が講道館柔道にその座を奪われることを意味することも。

「生き残るためです。柔術だけが私の目的ではありません。柔術界を統合した後、その地位を利用して政界に打って出る。今は実力の時代ですよ!良移心當流の後継者が、この日本を動かす人間になることも、決して夢ではないのです 」

村井に訴える源之助だが、聞く耳を持たない、いや、むしろその野心を嫌う村井は、「何を言っても無駄だ。帰れ」と源之助をあしらう。その村井の背中に源之助が静かに言い放った。「そうですか。やむを得ません。他の相手なら、先生もむざむざ負けはしないでしょうから」

安と話している三四郎の前に、源之助が現れた。三四郎に争う意志がないことがわかると、今度は闇夜で安を襲い、腕を折ることで三四郎を挑発しようとする。
事件を知っていきりたつ三四郎だが、彼のために呼び出しの場所を教えない安。三四郎は村井の元に駆けつけて源之助の居場所を知ろうとするが、逆に村井になだめられる。「それでも私の弟子なのだ」という村井の台詞は、物語を通じて唯一源之助を労る言葉だ。

その頃、当の源之助は、安に知らせておいた場所で三四郎を待っていた。源之助の弟子となった津久井(中庸次)に、源之助は政界に出ることに、ここまでこだわる理由を語りはじめる。

「君は家畜の餌を食べたことがあるか」

不審な目を注ぐ津久井には構わず、彼は、琉球が本土から占領された時の苦難を語り始める。茶碗一杯の粟を家族6人で分けて食べたこと、本土から来て彼らを奴隷のように扱った役人は、以前源之助の父が空手の試合で命を助けたことがある男だったこと・・・。
「権力に勝つためには、権力しかない!そいつを手に入れるためなら、俺は何でもする。何でも、だ」
その目はもう津久井を見ず、何ものかを思い出したように鈍く光っていた。 結局、源之助の画策は無駄となり、高子に「姿さんの方が一枚上手だったということかしら?」と笑われる。無表情に「臆病なんです」と言う源之助は、まだ諦めてはいないようだが・・・。

『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:とうとう前半の山場が近づいて来ました。安と檜垣を中心としたこのお祭りでは、むしろこの回が最大の山場かも知れません。

イ:「父と娘」!「父と娘」!ついにやってきましたね!
檜垣と安の出会い。沖さんと恭兵さんの最初で最後の戦いですもんね!
沖ファン恭兵ファン、身震いするほどの超注目話!
そして恭兵ファンだけから言うと、安の一番の主役話!

マ:まあまあ、そう興奮しないで(笑)

イ:境内のシーンで、檜垣と安が一度会うのが特に重要ですね。

マ:三四郎を挑発した檜垣に対して、安が先に一歩前に出ますね。自分も講道館の人間だと言って。
それなのに、後で村井が三四郎に檜垣が腕を折ったのは柔術家かと聞くと、三四郎は「いえ、車屋です」と答える。
まあ、そうなんだけど、柔術家でもあるよね(笑)

イ:別にいいです(笑)

マ:良くないです!三四郎はここで村井に檜垣の悪どさを強調して伝えているんです。卑怯だぞ、三四郎!(笑)

イ:まあまあ、そう興奮しないで。公私混同して観てますね(笑)
このシーンも大好きなので、恭兵さんと沖さんの目線に注目するのですが、恭兵さんは沖さんを、怖い人を見る目なんですね、つまり他人。
安と檜垣の関係からして当たり前なんだけれど。

マ:役柄混同して観てますね(笑)
共演三部作で、唯一敵味方に分かれたのがこの「姿三四郎」ですから、他の作品を観た後だと、ちょっと寂しい・・・。
それにしても、あの骨を折るポキリンという音は怖いですねえ。檜垣のためにちょっと弁解させていただくと、折る前にちょっと躊躇しています。

イ:そのあたりが、大追跡や俺天と三部作になる象徴なんでしょうか。ファンはどうしても深読みしてしまいますね。

マ:それは深読みしすぎな気がします(笑)。さすがの源之助もちょっと罪悪感を抱いたんでしょう。安は源之助の思惑に全く関係ない無実の人間ですから。

イ:それにしても貴重なシーンですよね。沖さんが恭兵さんの腕を折るなんて・・・

マ:警官が二人も来て、一人は大急ぎで三四郎に知らせに走ってくれたのに、「気をつけて」と帰してしまう。
事件にならないのか(笑)

イ:たつみ屋はわからなくて、三四郎が先に知ったというのがポイントですね。

マ:あ、そうだ、警官はどうして三四郎に知らせに行ったんだろう。安はたつみ屋を出て講道館に居候していた時期だったから、講道館に行ったのかも。それこそどうでもいいんですが(笑)

イ:ポイントといえば、悲劇が起こる前に、行きつけの酒屋で「安の楽しさ」を演出。明暗を際だたせていますね。
その呑み相手は、やはり福崎さん(笑)。ほんと親近感のある役者さんたちに囲まれて、ぼくは幸せです(笑)

マ:マニアでない方のために解説させていただくと、福崎さんは俺天でいつも秋野太作さんに怒られているテレビ局の人です。
マ:安のあの涙で、彼もひとりぼっちの人間だったことがわかりますね。

イ:このシーンで泣かなかったら、逆に自分がイヤになるでしょう。
ほんとにいつ見ても泣いちゃう。恭兵さんの相手が長谷さんということもあります。
安はなぜ泣いたのか?手を握ってもらってよほどうれしかったのですね。

マ:ひとりぼっちだった自分の前に愛する人がいてくれて、手を握ってくれている。
観ているこちらまで、心が春みたいにポカポカ温かくなるシーンです。

イ:9話まで、三四郎を通してお吟への気持ちをアピールしていた安が、お吟本人には、こうして涙を流すことによって伝えられた。気持ちを汲むことができたお吟もえらい。

マ:彼女も安の手の温かさに、真実の愛に気がついたのでしょうね。

イ:また、障子の隙間からそれを伺う辰吉。辰吉父娘の立場から見ても幸せそうで感動してしまいます。
そして、何よりもこのBGM。このBGMが泣かせます。恭兵ファンはもちろん、柔道ファンだって泣くでしょう(笑)

マ:タイトルの「父と娘」は、村井と乙美、そして辰吉とお吟という二つの父娘の物語を示しているのが、ニクイ演出です。BGMだけは、このお祭りで力説しても伝わらないから無駄ですよ(笑)
檜垣が津久井に「君は家畜の餌を食べたことがあるか」ときくシーンですが、津久井は確か子爵出身でしたから、ないでしょうにね。

イ:家畜の餌を食べる津久井を思い浮かべるなんて、絶対にやだあ(笑)
津久井は最後まで超二枚目でいてもらいたい。

マ:初めて源之助が自分の中を見せたのが、津久井だったとは。村井や乙美にもこう言っていれば、もう少しわかってもらえたのに。上昇志向の裏側にあるものを、師匠である村井半助にはわかってもらいたかったなあ。
生き方が下手な男ですが、そこが私には魅力的です。

イ:「権力に勝つには権力しかない」は名ゼリフですね。
家畜の餌で思い出したけど、たつみ屋でのお吟の出すおかずの大きさ。ほんと相変わらず極端だよね(笑)

マ:三四郎が来た当初は、三四郎に大きな魚を出していましたよね。愛情を魚の大きさで示す女(笑)
それからこれも無駄なツッコミですが、高子と檜垣の乗馬シーン、あからさまに替え玉ですね。

イ:これは知りませんでした・・・

マ:三四郎に向かって「必ず闘う気にさせてやる」と言い放ち、足早に立ち去った檜垣ですが、軒に頭をぶつけそうになって、あわててよけてますね。長身の人の宿命とはいえ、撮り直ししないのかいな。車のダッシュボードに頭をぶつけるCAPじゃないんだから(笑)

イ:これも気づいたことなかったぞ。どうやら、ぼくの場合、10話は細かい部分は気にしてないらしい(笑)

マ:最後に三四郎をバッタバッタと投げる矢野先生も、手順を間違えそうになって、一瞬手がもつれていますね。
まあ、露口さんがあれだけ出来るのは、大したものだと思いますが。

イ:矢野も、いつもペンばかり持っているから、半助以上に弟子が脅威じゃなかろうか!(笑)

マ:そういえば、稽古しているのを初めて観たぞ(笑)

イ:ところで、檜垣を捜しに半助の家を訪ねる三四郎ですが、源之助はいつもどこに住んでいるの?(笑)

マ:え、南小路子爵家に住み込みなんじゃないの?

イ:でも子爵から、もう帰ってよい、と言われていたことなかったっけ?

マ:津久井のところに居候していたら、嫌だなあ。後半、津久井が檜垣の家に来て炊事をしているシーンがあったけれども、違うよね(笑)

イ:あれは檜垣が・・・ネタばれになるから、これはその時にまた語りましょう。

マ:しかし、もし一人で住んでいたのなら、自分の家賃と村井家の生活費を稼いでたいたことになるんですね。車屋をクビになっても就職活動もしない三四郎と比べたら、なんとまともな人であろう(笑)


<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

家の軒に頭をぶつけそうになって、素早くよける檜垣源之助。セットは実際の家より小さいみたいね


第十一話「男の闘い」 1978年12月16日放送

『今日の檜垣』

何とか村井に替って三四郎との試合に臨もうとする檜垣源之助は、試合の前日に津久井を伴って講道館へ出向く。なぜかマントがお気に入りの源之助は、今回はとうとう襟をたててドラキュラ伯爵状態だ。雨の中、立ち尽くす横顔が美しい。
飛び出てきた講道館門弟たちに「静かにしろ!」とどなる源之助。
「姿、この程度の技では俺には勝てん。それだけは肝に銘じておけ」
勝手に人の庭に入り込んで、それはないだろう。

今回の試合は何故かデスマッチ。審判はなく、相手が参ったと言うか、起き上がれなくなるまで闘うという決まりだ。だからこそ自分が闘うべきだと再度村井に掛け合う源之助だが、村井は姿の得意技「山嵐」破りを会得した、と源之助に宣言する。
「馬鹿な。姿の山嵐、先生に破れるはずがない」

次の手を考える源之助は、南小路家へ行って高子を挑発する。
「何故、姿を投げ飛ばして欲しいのですか。あなたにひざまずかないからですか。町の下賎な女に惹かれて、あなたに見向きもしないからですか」
あっさりその事実を認めた高子は、それが試合と何の関係があるのかと息巻くが、姿の惹かれる人は村井の娘であると源之助にきいて、彼女なりの策略を練る。それは父・南小路子爵に頼んで、警視庁総監に源之助を代理に推薦する手紙を書いてもらうことだった。

その手紙を手に総監を訪ねた源之助は、村井が病み上がりであること、半年も実践から遠ざかっており、試合が命にかかわる危険があることを話して説得を重ねる。講道館も弟子の三四郎をたてて来たので、良移心當流も弟子を試合に出しても良いだろうと総監が考え始めたその時、村井が部屋に入って来る。
「この半年、私が病気がちだったことは認めます。ですが、今ほど心も体も充実したことはありません」
力強いその言葉に総監は急に翻意、逆に源之助を責める。
「武術家は力の強さを試すものではない。心を試すものだ」

「こころ・・・?!」源之助の目が遠くをみつめる。

「かって私どもの島を手中に収めた本土の人々はこう言ったそうです。『貴様らに人の心などいらん』」

机を叩いて足早に去る源之助の後ろ姿をみつめて、村井が初めて哀しそうな眼差しで源之助をみつめる。
「檜垣・・・」

試合は源之助が案じた通り、村井は山嵐で投げられて起き上がれない。二度投げられたところで席を立つ源之助。彼はすでに医師を呼んでいた。
倒れた村井を診て首をかしげる医師に、源之助は三四郎を憎しみの目で睨む。
そう、どんなに蔑まれても、彼は村井の弟子であったのだ。
ああ、それなのに、それなのに、担架で運ばれる村井は三四郎にこう言った。
「姿君、君は強かった。立派だった。心身共に強くなければ、ああはならん。私は矢野さんが羨ましい」
それをきいて、はっと息を呑む三四郎。これが源之助を思いやる驚きであって欲しいと願わずにはいられない。

『今回のツッコミ姿三四郎』 (イ=イリちゃん、マ=マフォン)

マ:いやあ、替え玉の村井半助は強いですねえ(笑)
出来れば、髪型も北村和夫さんと同じ人にして欲しかったです(笑)

イ:え、試合は北村さんがやっているのではないのですか!?

マ:北村さんにあんな受け身が出来るとは思えないです。台詞だっておぼえられないので有名なのに(笑)
しかし、村井の得意技の名前が『肩車』とは。なんともアットホームな名前です。

イ:もう少し前に名前だけでも紹介しておけばよかったのにね(笑)。11話になっていきなり言われるより。
肩車破りを体得した三四郎。しかし、序盤の戸田の着地のほうが数倍美しいよね(笑)

マ:第一話で私がツッコんだ通り、勝野三四郎は技にキレが足りません。本当の柔道の有段者なことが、かえって邪魔をしているのかも知れません。テレビの技って派手な方が見栄えがするのに。

イ:津久井がだんだんカッコよくなってきている。紘道館の庭で源之助の前にスーッと出るあの腰つき。
良移心当流はカッコいいですね。

マ:講道館柔道もカッコイイ時がありますよ。戸田とか(笑)
もう良移心當流の物腰を身につけたとは、さすが津久井。出て来た間が良かっただけかも知れないけど。
妹とよく似た娘に会って、「身内とはどういうものか、やっとわかった」と微笑む三四郎ですが、源之助は乱暴者の弟が二人だから、自ずと考え方が異なって来るのね(笑)

イ:辰吉は、なぜ試合前に三四郎と彼女を会わせたんでしょうね。試合前に会ったほうがいいから、と言っていますが、さらに動揺させるような行為をしてるって分からないのでしょうか。ゆっくり後で会えばいいのに。
まあ、でも、23話の伏線は、このあたりで一つほしいところですしね。

マ:三四郎が妹を必死で探しているというエピソードをこのあたりで入れることにしたのでしょうが、試合の直前というのは確かにまずいですよね。かといって、試合の後ではそれどころではない(笑)

イ:23話のほうで、竹田かほりさんは出てほしかったな。

マ:私もそう思う!彼女が本当の妹だったら良かったのに。でも、武士の娘には見えない(笑)
試合ですが、警視庁がする大試合にしては、会場が狭い!客席にまで飛んで来そうで怖いぞ。

イ:実際、客席近くまで寄ってましたね(笑)。だいたい、あんなに客入れるか?(笑)

マ:安と辰吉はいい席をとっていますね。家族割引だったのかな(笑)
いちいち「あ〜っ」とか「やった〜」とかリアクションをする安の表情が面白いです。

イ:安の腕がまだ治ってないのが、三四郎の脚本らしくなくていいです。
珍しく時間の流れを正確に表しています(笑)

マ:そうだぁ、そういえばその通り。「太陽にほえろ!」だって怪我した刑事が翌週はピンピンしていたのに(笑)
それにしても、何で源之助は洋装で試合を見学しているんでしょうね。柔術家なのに。

イ:南小路の推挙の手紙を受け取るのに正装が必要、それを三島警視総監に見せるときも正装が必要、着替えるひまなかったんでしょうか(笑)
まあ、現実、試合中に途中退出してますから、ダメと決まってはじめから部外者の立場をとっていたんでしょう。

マ:その割には上座に座っていますけどね。途中退出しやすい出口のそば(笑)

イ:ところで、俺天や大追跡でおなじみのゲスト、柿沼大介さんはどこに出ていたでしょう?
たぶん良移心当流の弟子の一人のような気がするのですが、気がつきました?

マ:柿沼さん自身のお顔がすぐには浮びません。この三部作(大追跡・姿三四郎・俺たちは天使だ!)にすべて出演している人が、沖さんと恭兵さん、長谷直美さんの他にもいたのね。

イ:村井は、ちょっと目の隈、濃くないか?(笑)。試合時間って、そんなに長くないはずだよ(笑)

マ:山嵐はそれほどの殺人技だったということですかね。「言ったこっちゃない!」という檜垣の目に激しく同意します!

イ:矢野さん、三四郎の風邪を心配するのはいいけど、独り言も斜め見なの?(笑)
とくに今回斜めの度合いがすごいけど(笑)

マ:特に右からのアングルがお気に入りみたいですね(笑)

イ:乙美に比べて、ほんとに高子はダメですね。「三四郎がひざまずかないから憎い」。
図星を言われても冷静でいなくっちゃ。

マ:こういう正直な人、私は好きだったりする(笑)

イ:高子に対してもズバリ物を言う源之助、好きです。
ところで、13時間後が午後1時だということは、彼らの会話は午前0時。二人とも早く寝ろよ!(笑)

マ:こういうツッコミ、大好き!(しばし笑いが止まらない)
逆算すると確かに二人は夜中に会話していたことになりますね。しかも二人とも正装のまま(笑)
椿子爵は意外と娘を放っておいたのですね。夜中に男と部屋で二人きりにするとは。


<<今日のベスト・オブ・ツボ>>

水をかぶって心身統一をする三四郎の背中から湯気が・・・・それ、お湯じゃない?

第12話〜最終回はこちら』

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