「『ふりむくな鶴吉』鑑賞会」
〜「第6回沖雅也研究会」兼「『沖雅也よ 永遠に』第12回オフ会」〜

2015年10月3日(土)、NHKアーカイブス川口にて「ふりむくな鶴吉」を大画面で観る会を開催しました。
今回はNHKエンタープライズ『番組発掘プロジェクト』のS様のご協力により実現したもので、
場所が都内ではなかったにもかかわらず、22名の方が参加して下さいました。
出張で鳥取からいらしたしゅうさん他6名の方が初参加です。
参加出来なかった皆さまのために、貴重な内容を報告させていただきます。



午後1時から開始。
発掘プロジェクトのホームページに会の様子を載せたいということでカメラが入り、やや緊張気味の面々です。







まず、発掘プロジェクトのSさんがプロジェクトの内容や発掘に至る経緯、
そして取材の許可などについて説明して下さいました。
NHKアーカイブスでは、昨年から「番組発掘」を集中的に行うプロジェクトを立ち上げていて、
特に1980年代前半までに放送されたNHK未保存の番組を録画した
ビデオテープや台本などを収集し保存する業務を実施しているそうです。
現在、番組関係者はもちろん、広く一般視聴者の方にもお願いをしていらっしゃるそうですが、
その当時録画機器を持っておられた方が限られており、
なおかつすでに処分されてしまった方も多く、
収集が思うように進んでいないのが実情とのこと。
そこで、改めまして重点的に発掘を目指している番組のメイン出演者の方々
及び、関係者やファンの方々にご相談・ご協力をお願いしますとのことです。
特に、沖雅也さんが出演された「ふりむくな鶴吉」は、
名作でありながらほとんど保存されていない残念な状況だそうです。
元々保存されていたのは
第45回『伝蔵つむじ風』
第46(最終)回『ふたたび鶴が飛ぶ日』で、
発掘プロジェクトが発足してから新たに3作が発見されたそうです。

今回は見事発見された3本の中から第38回『その父その子』と、
感動の最終回『ふたたび鶴が飛ぶ日』が上映されました。
『その父その子』は葛藤を抱える親子の心の行き違いが描かれた秀作で、
個人の方が録画されていたそうです。
忘れもしません。「ふりむくな鶴吉」の放送が中盤を迎えた頃、
確かに一般家庭向けのビデオデッキが販売されました。
それは私の記憶では36万7千円で、一般家庭向けといいながら、
じぇんじぇん一般家庭向けの値段ではありませんでした。
これで鶴吉を録画したい!と思い、親にねだって「気でも違ったんじゃないか」と言われたことも記憶に鮮明です。
お金持ちの家庭に生まれたかったとつくづく思った瞬間でした。
さらに、当時は撮影テープ1本分が百万円したそうです。
当時の物価にすれば、高級車が一台買える値段です。
だからといって、どうして大事な自社の作品を消して、
上に違う番組を重ねて録画してしまったのか。
民放ではこの時代の作品が沢山残っていることを思うと、大変残念です。
この発掘プロジェクトが徹底して調査を行い、
全話が揃って視聴出来る日が来ることを心から祈らずにいられません。

『その父その子』は宇野重吉氏と共に劇団民藝を支えた重鎮・滝沢修氏の名演が光りますが、
この回はすでに全国のNHKにて視聴可能ですので、ご覧になった方も多いはずです。
しかし、いかんせん派手なアクションや沖さんの見せ場もなく、皆さんの反応が気になるところです。
そこで、終わったところで、この頃の沖さんが弱冠23歳であり、
やはり葛藤を抱えた親子関係があった実父の宗生氏が亡くなられて間もない時期であったことを説明し、
私・管理人は毎週土曜日にNHK放送見学センター(現・スタジオパーク)で撮影の様子をガラス越しに見ていて、
やよい役の竹下景子さんにいたずらをして少年のように笑って逃げる沖さんや、
キャッと声をあげながらも笑顔の竹下さんのことを見ながら悔しがっていた(笑)こと等を
熱く語ってしまいました。

管理人は竹下景子さんには大きな想いがあります。
沖さんと一番共演が多い女優さんであり、
のちに沖さんがトーク番組で、鶴吉撮影当時の秘話として、
自ら竹下さんにお弁当を作ってきて欲しいと頼んだエピソードなども話しておられましたし、
何より竹下さんと接している時の沖さんが、とても楽しそうに見えたのです。
沖さんが亡くなられてから何度もお手紙を書いては破り書いては破りを繰り返したのですが、
今回の上映会を逃したらもうお手紙を差し上げる口実もなくなってしまうと考え、
思い切ってこの会のことをご説明し、竹下さんへの想いをしたためてダメ元で送らせていただきました。
そして9月30日。お返事が届きました。
それはとてもお心のこもった、かつ竹下さんのお人柄が感じられる内容で、
しばらくの間は涙で文字が読めなくなってしまったほどです。
上映会当日にそれを似ても似つかない声で代読させていただいたのですが、
そこでも涙、涙でグズグズになってしまいました。
参加された皆さん、大変失礼しました。
以下がそのお手紙の内容です。

「ふりむくな鶴吉」鑑賞会に向けて

『鶴さんのこと』
お便り有難うございました。
「ふりむくな鶴吉」の項も懐かしく拝読しました。
偶然ですが、一昨日ある催事で初めてお目にかかった井浦新さんは ’74生まれと知って、
ドラマ「鶴吉」と同い年の俳優さんがもう41才という現実にびっくりしました。
とはいえ、私の中の沖雅也さんは今も色あせることなくキラ星のごとく輝いています。
たった一つ違いなのに、沖さんはとても大人の俳優さんでした。
キャリアからすれば当然なのかもしれませんが、今にして思えば若干22才、
一年間連続ドラマの主役を務めるのにプレッシャーの無いはずはありません。
でも、沖さんはいたずらに緊張することも逸ることもなく、
いつもクールに演じていた、というのが私の印象です。
レギュラーの顔ぶれも賑やかで、プレスリーの物真似なんかで場を盛り上げていた西田敏行さん、
ハナ肇さんの親分さんも中尾ミエさんとナベプロコンビで楽しい空気を醸していました。
その中にあって、決してはしゃぎ過ぎない沖さんの影の部分に私は惹かれていたのでしょうか。
ふとした折りに見せる爽やかな笑顔に、
まぶしいような、ホッと救われたような気持ちになったものです。
中でも忘れられないのは、宇野重吉さんの夢斎先生臨終のシーンです。
あのクールな沖さんが本番でポロポロと大粒の涙を流しました。
私は宇野重吉さんが大好きで今も大尊敬しているのですが、
収録の合間によくお話を伺っていました。
役者の仕事は振り子のようなもの。ひとつ処にとどまらず行ったり来たりの繰り返し。
その振れ幅が大切なのだ、というような。
親身になってくださる大先輩を沖さんもきっと慕っていたのでしょう。
あの美しい涙は芝居を超えて、愛する父との別れの涙のように見えました。
側にいた私も悲しくて切なくて胸がしめつけられるようでした。
40余年の歳月を経ても、端正でストイックではにかみ屋さんの沖雅也以上に美しい人を私は知りません。
「ふりむくな鶴吉」は私の青春そのものです。
10月3日の鑑賞会には舞台公演中のため伺えませんが、ご盛会をお祈りしています。
ありがとうございました。

9月30日
竹下景子


シーンと静まり返り、それから大きな拍手。
竹下さんの思いやりが参加者全員に伝わった瞬間でした。
竹下景子さん、本当に本当にありがとうございました。

その後休憩になったのですが、ZACさんが私の元に来て「良かった…」と涙で一言。
第一回のオフ会から参加して下さっているZACさんの一言に、私はまた涙、涙です。

休憩後は竹下さんのお手紙にもある宇野重吉さん演じる夢斎先生の臨終シーンがある最終回を上映。
沖さんが大粒の涙を流すと、あちこちから鼻をすする音が…。
管理人も当時のことが走馬灯のように思い出されて、涙が止まりません。
貸切のホールで観ると、安心して泣けます(笑)。

終了後はSさんがお一人お一人にカメラを向けての取材をされました。(緊張した〜)
どうして沖雅也さんを好きになったかという質問に「出会ってしまったんですね〜」と答えた管理人ですが、
鶴吉の撮影が終わった時の沖さんの涙を見たその日から、
沖さんの幸せのためなら自分は何でもしようと思ってしまったのさっ!というのが本当のところです。
いかんせんカメラ慣れしていないので、なんだかしどろもどろに喋っただけに終わりました(笑)。

他の方のお話しも感激しながら聞かせていただきました。
初参加のJUNさんの「沖さんが生きているような気がしました」という一言にも、ぐっと来てしまいました。

中身の濃い素晴らしい会となり、いつもは沖さんに思いが届かないことがもどかしい管理人ですが、
今日ばかりは、あちらの世界から喜んで微笑んで下さったような気がしました。

お忙しい中駆けつけて下さった皆様、
そして開催に向けてご尽力いただき、素敵なフライヤーまで作って下さったS様、本当にありがとうございました。
そして、参加出来ないながらエールを送って下さった全国の皆様にも心から感謝しています。

鶴さんは今も空に一際輝く星です。








※おまけ
今日は気合を入れて、沖雅也研究会の法被に鶴吉と同じウンスンカルタの柄を背中にプリントして臨みました。





NHKアーカイブス番組発掘プロジェクトのサイト



「沖雅也よ 永遠に」トップへ