第7回「沖雅也研究会」兼「『沖雅也よ 永遠に』第13回オフ会」

2016年6月5日(日)、今回も映画監督・脚本家の柏原寛司氏のご協力により、
人形町「Base KOM」にて「第七回沖雅也研究会」が開催されました。
今回はゲストに元・東宝のプロデューサー、石井幸一氏をお迎えしました。
「大追跡」「姿三四郎」「俺たちは天使だ!」という名作を世に送り出して下さった方です。
今回は初参加の方も多く、北海道から日帰りで参加された方や最年少22歳の男性、
シャンソン歌手の方など多彩な22名です。
参加出来なかった皆さまのために、貴重な内容を報告させていただきます。

午後2時から研究開始。
今回の研究テーマは「姿三四郎」第17話『死闘・峰の薬師』です。





兄・源之助が三四郎に敗れたと知って沖縄からやって来た弟・鉄心と源三郎は、
三四郎をおびき寄せるために紘道館の門人たちを闇討ちにします。
そしていよいよ峰の薬師で鉄心と対決する三四郎。
源之助と鉄心は沖さんの二役で、二人が会話するシーンは
左右に沖さんが二人いるという、おいしい画面が展開します。





激しい決闘シーンを吹き替えなしで演じる沖さんと勝野洋さん。
鉄心が崖から落ちるシーンでは「ああ〜」という声が上がます。

そして午後3時、本日のゲスト・元・東宝の石井幸一プロデューサーと
我らが柏原寛司監督にご登場いただきました。






(以下、石井幸一氏=黒、柏原監督=青、質問=茶 で表示。敬称略)

まず、プロデューサーとして役者さんたちはどうでした?







めんどくさい人は全然いなくて、今日出て来た中で言えば、勝野っていうのは善人です。
沖ちゃんっていうのはあんまりお世辞も言わないけれども、しっかりした人で、
あまり我儘なことも言わないし、自分のやるべきことは必ずやると。
特に愛想も言わないけど、ああいう格好のいい人だし。
柴田恭兵っていうのは、いろんなことが出来るんだけど、
デビューして、柏原さんとか僕らがやったドラマで段々人気が出て来てスターになった人だから、
僕らのところでは我儘なことは全然言いません。
今はあれから何十年も経って、東映では大活躍してるから、多少…
いや、いい人だから言わないでしょう(笑)。
それから、長谷直美はもう人のことは関係なくてああいう人だから(笑)、
魅力的な女の子です。
竹下景子さんは良く出来た人ですよ。これもまた文句言わない人。
竜ちゃんは我々とずっと友達付き合いをしながら仕事もするし、
ドラマの撮影もするし、酒も飲むし麻雀もするしっていうようなことで。
現場で苦労するってことはほとんどないですね。
一番苦労するのは脚本家の先生が…柏原先生だけじゃなくて、
皆さん上がりが遅い。(爆笑)
早く書いてくれませんか書いてくれませんかっていうことが、一番大変だったです。

何をそんなことを今頃。(笑)

今観てて、ずいぶん丁寧に撮ってたんだけど、ああ、こういうのをやったんだって…。
でも、当時のテレビ映画としてはかなり真面目に丁寧に撮っていて。
峰の薬師っていうのも僕よく覚えてるけど、
あの川っぷちにあった小屋は、たぶん川にロケセットを作ってた。
だから当時はずいぶん会社から文句を言われて怒られたんじゃないかなあと、
観ながらそう思ってました。
あんなことをするテレビドラマはほとんど当時でもなかった。
映画は当たり前でしたが。
で、僕は個人的に言うと、東宝の出身なものですから、
ほとんど砧で映画をやっていて。
時代劇っていうと東映だったんだけど、
監督が稲垣浩だとか黒澤明だとか、
物凄い傑作を撮っている監督がけっこういたんです。
稲垣組によくついていましたから、こういう設定のロケーションなんていうのは
僕は慣れていたから当時は当たり前と思ってたんだけど、
(姿三四郎は)相当会社からは怒られたような気がします。
金の使いすぎっていうことで(笑)。

この二役で、沖さん同じ画面に出て来たりしてるじゃないですか。

「あれも原一民さんっていうキャメラマンさんですけれど。
皆さん、沖雅也研究会っていうのは勿論沖雅也が主なんでしょうけど、
『大追跡』なんかもご覧になって下さっているんでしょ?
そうすると『大追跡』なんかも撮った西村潔っていう監督がいたんですよ。
その人の映画の作品はこの原一民さんがキャメラマン。
東宝の撮影所は砧撮影所って言ったんですけど、
今日の作品は誰が監督だったかな?

これ山カン(山本迪夫監督のこと)さんですよ。

山本迪夫とか出目(昌伸)さんもそうだけど、
何かあると皆(キャメラマンは)原さんにしてくれないかっていうんですね。
僕よりか10ぐらい先輩ですけど、もう今はテレビとか映画とかやれないんで、
普通の写真を撮って読売だとか東京新聞だとかに投稿して、けっこう入選してね。
写真でも原一民っていう名前をみかけますよ。

『俺たちの朝』も山本さんがメインでしたよね。

あれは音楽も良かったね。

峰の薬師っていうのは、石井さんは行かなかったんですか。

行かなかったんじゃないかな〜。

これ、殺陣なんかもけっこうハードでしたよね。

これは林邦史朗っていう人が殺陣をやっていて…NHKの大河なんかやってる…

前にゲストでやっぱり来て下さって。

ああ、そうですか。あの古武士のおじさんみたいな(笑)。

あれなんか見てると、勝野さんは柔道じゃないですか。沖さんは空手?

そう、空手が入ってるのね。

やっぱりいいですよね、沖さん。動きがいいから。

そうね。勝野は青山学院大学なんですけど、
大学時代にちゃんと柔道部に入って選手だったんですね。
本職だからいいですよね。
で、沖雅也は何やってもシャープでしょ。
沖さんはやっぱり今見てもシャープでいいよね。
檜垣源之助より鉄心の方がずっといいよね。
あれはね、黒沢明大監督がデビュー作で『姿三四郎』っていうのを撮ったんですよ。
その時の檜垣は月形龍之介っていう人がやって。
皆さんお若いからご存知ないかな。
月形龍之介っていうのは日本の時代劇の大スターだったんです。
片岡千恵蔵とか、そういう人たちと伍してやってて。
その月形龍之介の檜垣が、富田常雄さんの小説では
今のフジテレビの前のお台場。
外国からの船が侵入しないようにお守りをするっていうので大砲をつけて守ってたっていう場所があったんですが、
そこが人が寄り付けないほど当時は辺鄙なところで、何もないとこだったんです。
小説ではそこが三四郎と檜垣の決闘の場所だったんです(※1)。
でも、僕らがこれをやるころ、黒沢さんが撮る頃には人が住むようになっちゃっていたので、
黒沢さんは箱根のすすきのある大草原でこの名場面を撮ったんです。
今日のこの場面は、山本監督も原キャメラマンも
黒沢さんの『姿三四郎』はよく観て知ってるから、
けっこう苦心していい場所をみつけてるんじゃないかと思います。
当時のテレビ映画としてはかなり丁寧に撮ってるなあってあらためて思いました。
これイーストマンカラーなんですけど、今やカラーは青しかないもんね。
今はもうフィルムで撮る作品はゼロに近いでしょ。
パッケージで送って来るのを上映しているわけだから、映写機とかはないわけですよ。
そういう意味では貴重な作品を見せてもらって。

我々がメインでやってる頃はフィルムでしたからね。

沖ちゃんの話と違うけど、僕らがやってたころは、
フィルムに撮影したものをまず現像所に出してネガを作ってもらう。
ネガ現が終わるとそこからポジを作って
監督のOKが出てるとこだけラッシュプリントっていうのを作って、
それを監督を中心として僕らが観て、カットするとこ、
つなぎにしようっていうのをやったんですけど、今はもう電子。
ラッシュっていうのはないんですって。

皆パソコンで出来ちゃうんですよ。

だから、柏原さんはまだ直接『あぶない刑事』とか実際の作品に参加してるけど、
僕なんかは現場を引退してもう10年近くになっちゃったんで、
今のやり方は全くわかんないわけですよ。

今はデジタルが進歩してるから、もう一年経つと全く変わっちゃうんで、
10年だと全く違いますもんね。

もうちょっと古い話をすると、僕が東宝の撮影所に入ったのは昭和32年なんですが、
その頃は上がってきたプリントを映写するのに
国家試験を通った映写技師というのがいて、
カーボンで灯りをここに写して…信じられないでしょ、
なんのことだかわかんないでしょ(笑)。

もう今はデジタルなんで、合成も簡単で、アクションもすごく楽なんですよ。
フィルムの時は役者さん全部自分でやらなきゃいけないから大変ですよ。

そうね。当時としてはものすごく時間と金がかかったわけね。
だからたぶん怒られてると思うよね。

石井さんは結構現場側に立つんでね、
『大追跡』の時も金を使いすぎてるって東宝側からはね(笑)。
また、日活の監督を大量に東宝の監督より数多く入れたんで(笑)。
でも現場はすごく喜んでたんですけどね。

そう言ってますけどね、日本テレビのプロデューサーの山口(剛)さんがまた映画が大好きで。
今はキネマ旬報に映画の評論を書いて、実に愛情溢れる映画評で、
僕は密かに自分が映画を観る時の道案内にしてるんですが、
その人と柏原さんが仲良しなもんだから、もうやりたい放題やるわけ(爆笑)。

石井さんがいたから『大追跡』は上手く行ったんです。

さっきの話に戻りますと、同じ人物をひとつの画面に入れる時は、
カメラのレンズを半分隠して撮っておいて、
今度は反対側を黒く潰してっていうやり方なんですけど、
センターのラインがどうしても上手に行かないんですよ。
そこがキャメラマンの腕なんだけどね。
ライティングがどうやったら不自然でないように出来るかっていうので苦労していて、
それは大変上手に出来ていたねえ。
だから多分、あの技術は今でも相当いい出来栄えじゃないかと思います。
まあ、何といっても沖雅也が色気たっぷりだし、最高ですよね。

ちゃんと沖雅也を褒めて、ね。(笑)
もう皆、沖雅也の話を聞きたくて仕方なくて。(爆笑)

沖雅也は結局『太陽にほえろ!』、『大追跡』と、
それから『俺たちは天使だ!』、『姿三四郎』、まあこの4本ぐらいなのかな?

あとは必殺とか。

市川昆の映画の『火の鳥』なんかは吹き替えの声で出たりして(※2)。
あれ大変だったの。『大追跡』の撮影中に市川昆さんから声がかかったから是非出たいといって。
沖雅也のマネージャーっていうのは和田平っていって、
この世界では有名なマネージャーだったんだけど、
僕らなんかよりはるかに先輩で、『大丈夫なの、あれで』って言うくらいおじいさんのマネージャーだったんだけど(※3)、これが来て
『石井さん、沖も出たがってるし、市川昆大監督の作品なんで、ぜひ出演したい』と言ってきて。
『スケジュールないじゃない』って。結局ごまかされるんだけど、出てうまく行った。
沖ちゃんは映画はあまりないんです。今日皆さんにお会いするっていうんで、
なんで映画がないのかなあと思って『沖雅也と大追跡』(※4)をパラパラ見てたら、
映画の話は惜しいっていうのが2本あるんですね。
沢田さんっていう『大追跡』を撮っている監督なんですけど、広瀬昌助なんかが出てるやつ。

『八月の濡れた砂』ですか?

ああ、それ。『八月の濡れた砂』は沖ちゃんに最初出演交渉が来たんだそうです。
沖ちゃんは交通事故を起こしちゃって(※5)、どうしても間に合わないと。
当時の日活は急いでやると言ったらすぐにかけないと作品のキープがないから諦めたらしい。
それが惜しかったなあというのがひとつと、
皆さんご存知の『戦場のメリークリスマス』っていう…その話もご存知なんでしょ?
あれ、考えてみたら坂本龍一は上手いけれども、
沖ちゃんだったらまたちょっと違う味が出てたかも知れない。
その2本は出られなくて沖ちゃん自身は残念という気持ちは
あったんじゃないかなあと僕も思いました。
沖雅也が死んでから多分30年以上経つでしょう。
『大追跡』や『姿三四郎』に出てた頃は沖雅也は26か27なの。

若いなあ。

若いのよ。若いのに色気があって渋いっていうのは、なかなかいないのよ。
それはやっぱり素晴らしいと思っていて。
今でいうとどういう役者になるのかと勝手に思っていたら、
皆さんの顰蹙を買うかも知れないけど、
僕は個人的に言うとラッセル・クロウっていうのがいるじゃない。
『グラディエーター』とか、経済学者やった、題名出て来ないんだけど
(『ビューティフル・マインド』か?)、
それなんかやったら良かったんじゃないかと思って。
あと、ラッセル・クロウでいうと『スリー・デイズ』とか。
これは非常に寡黙に、自分の信じた道をやり通すっていう男を実に巧みに演技していて、
こういう役柄だったらカッコいい沖ちゃんがやったらすごくいいんじゃないかなあと思っていて。
そういう面じゃ、もう何十年も前に亡くなっているんだけど、
個人的には僕らの中には、沖雅也はまだ生きてるぞっていうような理屈づけをしながら観てた。

じゃあ、石井さんに沖さんについて何か質問ありませんか。現場のこととか。

さっきの決闘の場所っていうのはわかりますか。

あれは多分、田名っていうところだと思う。
田名ってね、相模湖の方に相模川が流れていて橋本ってあるじゃない。
そっちのほうに田名っていう場所があるんですよ。
最近は開けちゃって大きなビルがあるみたいですけど、この頃はまだ河原もあって水も流れていて。
あそこは活劇の場面とか『鬼平犯科帳』だとか
時代劇の河原での立ち回りっていうとよく使った場所なんですよ。
多分そこだと思います。

河原を探してみます!(笑)

女性と同じで30年経つと変わっちゃいますから。(笑)

生きていらしたら63歳になっていらっしゃると思うんですが、
63歳になった沖雅也さんってどういう作品でどういう役が合うかっていうことと、
それともうひとつ、沖雅也さんを漢字一文字で表すとしたら(笑)。

そうねえ…。ものすごく昔っから時代劇のスターさんには男の色気っていうのがある人は
いいよね…と言いつつなかなか出ないんだけど、
そういう意味じゃ「艶」とかね。
この人はもう耐えるっていうことを割りと平気でやるじゃないですか。
最期は哀しい死に方をしたけれども、
そういう意味では「忍」なんていうのは、この人が持っているところかも知れない。爽やか。
で、作品はさっき言ったような…。昨日NHKのBSで『レ・ミゼラブル』やってました。
あれの刑事はやっぱりラッセル・クロウがやってましたが、ああいうのも出来るんじゃないかな。
つまり意地悪っぽく見えるんだけど、
ひたすらこの男は、どういう事情で眼の前にいる人が
人生を送っているのかということに思いを馳せて、
自分も一緒になって人生を考えてやるっていうような役は、
この人はものすごく上手いんじゃないかと。
で、自分は親切をしてるっていう風にも演じないだろうし、と思うと、この人がいたら…。
実際はラッセル・クロウより沖雅也の方が10歳ぐらい年上のはずなんですけど、
そういう感じはします。
まあ、トム・クルーズじゃないよね。(笑)

普通のホームドラマのお父さんとか、そういうのはありえない?

いや、僕らは多分考えないと思うんですけど…ちょっと引きずりこまないと不利だと思うんで(笑)。
でも、昔『家族ゲーム』って映画あったでしょ。
伊丹十三が子供をぶん殴るおやじさんをやったじゃない。
ああいうのは沖ちゃんは出来ると思うね。一見乱暴そうな。
沖さんはやっぱり自分の子供でさえも、愛情を持ってちゃんと育てたいために、
普通の人がいいとか言ってる尺度じゃないものを見つけ出そうっていう、
そういう人は出来るんじゃないかって思いますけどね。

他に何かありますか。

沖さんの走っている姿がすごく好きで、
『太陽にほえろ!』でも『大追跡』でも走っている場面が多くて、
『大追跡』なんかは柴田恭兵さんと競争してたなんていう話があるんですけど、
この『姿三四郎』も柔道とか空手なんかも全部沖さんがやられていたんですか。

基本的には全部そうですね。沖雅也も勝野洋も自分で全部やってました。
ただ、林邦史朗さんのところには若駒っていう殺陣のグループがその頃からあったと思うので、
林邦史朗さんが殺陣師としてどうしてもここは見せたい技、みたいなところは二人では無理だから
吹き替えの場面とかはあったと思います。

沖さんと石橋正次さんが練習だって言ってやっている引きの場面とかは、
もしかしたら違う人なのかなと思って今見てたんですけど。

相当プロの見方ですね(笑)。そういうことだと思います。

やっぱり役者さんに怪我させちゃいけない時は、吹き替えでやるということ。
怪我させちゃうとそこで(撮影が)止まっちゃうから、えらいことになるんで、
高いところから飛び降りるとか危ないところは、吹き替えでやる時は多い。
映画だとそれで終わりだから、いいや怪我してもってことを話しちゃう(笑)けど、
テレビの場合はこの回が終わっても次の回があるから怪我されるとえらい騒ぎになるんで。
そういうところは若駒使ってましたよね。

それはこの作品だけじゃなくて、日本国中今やっている作品は全部そうだし、
アメリカの映画だってそうだし、スタントの数がすごいですよ。
僕らが現場の勉強をしたときに教わったのは、
役者っていうのは主役や準主役や、その他の役もあるけれど、
画面に映った時にそれは平等なんだと。
たとえ小さな役でもその人が怪我したら代わりはないから、
丁寧に大切に対応しろっていうことは厳しく言われました。

僕なんかアクションの現場なんか見に行くと、
当然○○さん(大物俳優)にもダブルがいるわけですよ。
だから、ヤバイところは使っているわけです。
でも『大追跡』とか誰もいなかったから、スゲエなって。(笑)
ホントにやってるんだって。

『大追跡』も『俺たちは天使だ!』もそうなんですけど、
担当プロデューサーとしては言い訳になるんだけど、
そんなことやってる予算はないわけ。(爆笑)
これはもう、ひたすら性善説に立脚してるわけ。
ひどいことは監督がしないだろう、
死に至るようなことは俳優が自分でこれはちょっと自信がないから、
違うやり方はありませんかって言ってくれるだろうと思わないと、とってもやっていけない。
もうひとつ手前味噌で言うと、砧(東宝撮影所)の一番偉い役者は三船敏郎さんなんです。
三船さんは吹き替えがいないんです。全部自分でおやりになる。
剣が交錯するっていう場面は三船さんじゃなくていいと思うけど、
三船さんの顔が映っている場面はほとんど100%といっていいほど(本人)。
『蜘蛛巣城」っていう映画があるんですが。

あ、あれ弓がね。

最期に弓がダーッと来るでしょ。あれ全部ご自分が。本物なんですよ。
あとで色々聞いてみると、ああいうときはいつもは作り物の矢を作ったりするんです。
(その時は)流鏑馬で鍛錬している人を雇って来てするんですが、
三船さんより2メートルとか3メートルの距離で打って来る。
でも、手元が狂ったら(笑)…そういう苦しみは三船さん味わったみたいね。
それがやっぱり監督としては、その恐怖の顔の表情が演技になるわけだから、
それを狙ってしたっていう、僕らにはちょっとわからないことがあって。
三船さんが夜「黒澤のバカヤロー」って怒鳴ってたって噂もまことしやかに残ってる(笑)。

『俺たちは天使だ!』の沖さんの絵はどなたがお描きになったのですか。

あれは日本テレビの広報の、特定の人は知りませんが、作ってくれたんです。
あれはものすごく良かったよね。

イラストレーターじゃなくて?

はい、イラストレーター。
日本テレビの広報部にそういうポジションの人がいるわけでしょ。
『俺たちは天使だ!』を担当した日本テレビの山口さんっていう宣伝マンが仲良くしている人に描いてもらったんです。

先ほどのお話しのダブル(スタントのこと)っていうのは、大体同じ方がやっているんですか。

だいたい決まった人がいるんです。

どの現場に行ってもその方がいらっしゃるんですか。

います。同じような格好してるから、すぐわかる。(笑)

役者さんの年齢が上がってくると、やっぱり同じ位の年齢の方を?

アクションをする方は、ずっと(同じ方が)来てるよ。

大事なのは顔つきじゃないですよ。顔はどうしたって(役者さんには)かなわないわけだから、体つきね。
それから監督は普通の人では出来ないような動きが欲しいわけですから、
身軽な人、運動能力が極めて優れた人っていうのを選ぶと思います。

だいたいパターンとしては、スタント・チームの一人。
恭兵だったらステップが踏める人。(笑)

でも、恭兵ちゃんの代わりは大変よね。
ああいう運動神経のすごい人の代わりは大変だと思うね。

今度の『さらば(あぶない刑事)』も自分でやってました。

『姿三四郎』だとか『俺たちの朝』で、これも脚本は柏原寛司さん。
恭兵ちゃんのゲスト編は一本の予定が良かったから2本になっちゃったんだけど、
何でも自分でやりたがったわけね。若かったし。

『大追跡』は元々加山さんが何かやりたいとおっしゃって出来た企画とうかがったんですが、
沖さんはどういうところから起用が決まったのでしょうか。

僕は本当のところはわからないのね。
日本テレビの火曜9時っていう枠が出来て、
そこで加山雄三が、当時日本テレビの岡田さんっていうプロデューサーが
『太陽にほえろ!』で色々やっておられて撮影所でしょっちゅう会うんで、
加山ちゃんが岡田さんに「俺も何かやらせてよ」と言って出来た企画だと書いてありました(笑)。
それは大いにあり得ると思う。

じゃあ沖さんはどこからキャスティングが?

加山さんが言ってみれば石原裕次郎さんとか渡哲也さんみたいな存在の役で収まって、
周りをどうしようかっていうのは日本テレビの山口さんと僕が中心になって、
どういうレギュラーの顔ぶれにしようか、人数は何人ぐらいがいいのか、
女の子がいた方が良いのかっていうのをやっていて、
沖ちゃんは『太陽にほえろ!』でもものすごく良かったし、
岡田さんの関係者でもあったわけだから岡田さんも出しやすいだろうと。
で、ものすごくいいよね、沖雅也もね。本当にいいよね。
本当だったら俺のレギュラーなんだから他の番組に出ないでくれって言いたいほどいいですよ。
だからたぶん、岡田さんだからそういうことで成立したんだと思うし、すんなり決まったわけですよ。
で、藤さんは僕なんか預かり知らぬところですでに
山口さんがどうしても藤竜也でやりたいっていう思いがあったみたいで。
このへんは僕より柏原さんの方が詳しいかも知れない。
で、あとどうするかっていうんで、女の子も一人入れようっていうんで長谷直美。
これは割合すんなり。その時『俺たちの朝』でレギュラーやってて、
すごくあっけらかんとしてるし、言ってみればノンセクシャルだし(笑)。
可愛いし。ちょっとチャーミングじゃないですか。
ここにも直美ちゃん来てるわけだから皆さんお会いになっているだろう(※6)けど、
とにかくいい人柄でしょ。それが画面に出るんじゃないかっていうのがひとつ。
あと一人は若いのっていうので、柏原脚本で『俺たちの朝』でゲストやってた
柴田恭兵っていうのがいいぞって。
山口さんも村川透監督と「大都会」なんか日活で。

『大都会PART供廚能个討襪鵑任垢諭

それで恭兵ちゃんいいって伝わって来たんで、
思い切ってレギュラーにしようということで入れたんです。

大成功ですよね、あの5人はね。バランスもいいし。

だから、作曲の大野雄二さんが、これは結局日活と東宝の混ぜっこが
上手く行ったんじゃないかって言ってたし、
普通は加山さんがいたら他の役者はあまり思いつかないけど、
沖雅也が出ていたことによって
『大追跡』はものすごく味付けが上手く収まったっていうことを大野さんが言ってたんだよね。
それ僕は当たりだと思いますよ。

じゃあレギュラー陣の中では加山さんありきで、
沖さんはわりと早い段階で決まったっていうことですか。

いや加山さんありきなんだけど、(その段階では)加山さんが
果たしてどういう役でどれ位でて、っていうのは、よくわかんないのね。
加山雄三さんはまだ現役でバリバリだし大俳優だし、
僕なんかも砧撮影所でデビューした頃からいろんな作品で付き合いがあるんだけど、
同情すべきはあの(『大追跡』の)時、スキー場で大怪我しちゃって思うように動けなくてね。
あの人はものすごい運動神経の優れた人ですから、国体でスキーの代表になっちゃったり、
すごい才能の持ち主なんだけど、そういうこともあって。
その頃フジテレビで『江戸の旋風』っていう、これけっこう視聴率が良くてずっと続いていたんで、
加山ちゃんの気持としては石原さんみたいに最後に決めれてね、自分の指図で全部が動いて決まって。
それで加山雄三主演作品になるのが魅力だったんじゃないかと、夢の中ではそう思ってます(爆笑)。

逆に加山さんがあまり表に出て来られないから、
他のレギュラーがカッコよくなったってこともありますよね(笑)。

加山ちゃんの名誉のために言うと、現場が終るとしょっちゅう
お茶会やったり飲み会やったり食事会やったりして、チームをまとめてくれたみたい。
それを他のレギュラーの人たちも喜んで、チームワークが良かったということを聞いたことがあります。

加山さんのお宅にレギュラーの方が招かれたというのを聞きましたが。

みたいですね。加山ちゃんがいいところがあって。
彼の役名は新田っていうんですが、
新田っていうのは加山さんが所属しているレコード会社の社長さんの名前なんです。
新田さんとは1回か2回お会いしてお茶したことがあるんですがその程度で、
加山ちゃんの船、光進丸なんかも深く知恵出したりしていたみたいで。
加山さんがその新田さんのことをとても信頼しているということがあって、
そういう事情のようです。
加山ちゃんが少しでも自分でこうしたいということで。

加山さんが自分で役名を変えちゃった?

そう。最初の企画書では大河内っていって(笑)。
それを新田にしてくれっていう希望が出たの。
それはどっちでもいいので、はいって言った(笑)。

ドラマの名前、フルネームでありますよね。それは何かあって決めるものなんですか。

それは何もないですよ(笑)。やっぱり言いやすい名前とか。
"かしわばら”って五文字は言いにくいから、四文字ぐらいなら。
あと、あだ名で呼びやすいよう水原の水さんとか。言いやすい名前にはつけてる。

大河内は…

俺は一話じゃないから、他の人がつけたんだ(笑)。大河内って言いにくいよね。

むしろあの企画書を作った人に、なんで大河内にしたのって聞きたいくらいだね(笑)。

やっぱり知り合いから名前を持ってきちゃうとか、あるんですか。

あるある。俺はやらないけど、あるライターは自分の好きな女の名前にする。(笑)
それで、ポイント上げる、と。振られた時どうすんのって(笑)。

個人的なことなんですけど、半世紀生きてきて大好きなドラマのベスト3が
『太陽にほえろ!』『大追跡』『俺たちは天使だ!』なんですが、今年1月『あぶない刑事』が『さらば…』で復活しましたよね。
石井プロデューサーが続編を作るとしたら、どの作品にしたいですか。

う〜ん、やりたいことはやったので、新しいものをやる方がいいかな。

あぶ刑事の復活がとても嬉しいことだったんで、
私は『大追跡』も復活しないかなとずっと夢なんですけど。もし…

『大追跡』は山口剛さんと柏原さんがどう思うかってことによるとは思うんだけど、僕はあまり嬉しくないね。
どうしてかっていうと、『ミッション・インポッシブル』みたいな画面はね、
日本のテレビ映画の予算では作れませんよ。
どうしたって勝てない。知恵とかじゃないと思います。
役者は幸いにもこうして沖雅也だとか柴田恭兵みたいな才能のある人がいるから
何とかなるかも知れないけれど、
あれはもうとってもじゃないけど出来ないと思います。

映像的に、ということですか。

ええ、ああいう映像は出来ないでしょう、たぶん。

だってあぶ刑事は今回横浜で撮影出来ないもんね。

ちなみに威張って言うと、横浜は『大追跡』が開拓した場所ですから。

そうそう。

それは(柏原監督を指して)この人がずっと勉強もしないで、
あそこをずっと若い頃から探索してたおかげです。(笑)

夜な夜な探索していたおかげで(笑)。

横浜っていうのはやっぱり結果としてはとても効果的だった。
あれからみんな横浜ですよね。

当時の東宝のご事情ですが、『姿三四郎』もそうなんですが、
当時東宝さんは勝野さんと竹下景子さんを売ろうとしていたということなんでしょうか。

え、それはどうかな。

『ブルークリスマス』っていう映画も、沖さんは二人を結びつけるみたいな役で…。
東宝さんとしては、沖さんはどういう扱いだったんでしょうか(笑)。
レコードは東宝から出しているのでちょっと推してはくれてはいたみたいではあったんですが、
映画はどちらかというとお付き合いでちょいちょいしか出ていらっしゃらなくて。

『高校生無頼控』は?

あれは唯一の主演映画なんですが、あれで随分ファンが去ったんです(笑)。

あれは国際放映さんだね。江崎実生さん(監督)でしょ。

ファンが去っちゃたんだ。どうして?内容か?(笑)

東宝さんは沖さんを売ろうとしていらしたのかと…

東宝社員としてはそうして欲しいかも知れないけど、
沖ちゃんのために何かを考えてやろうっていうのは、なかなか難しかったたんじゃないかしら。

では、『姿三四郎』なんかも岡田さんの方から?

いや、企画は岡田さんが相当イニシアティブを持っていらしたとは思いますが、
東宝にも梅浦っていうのがいて、
岡田さんと二人でこういうものを作ろうっていうことは十分出来た人だからあったと思いますが、
東宝が会社を挙げて、沖ちゃんだけじゃなくて…
藤本(真澄)さんっていう大プロデューサーがいて、加山雄三の育ての親なんだけど、
藤本さんが退かれた後は新しい俳優さんを育てようという動きはなかったんじゃないかな。
だから三浦友和も山口百恵さんなんかも、
東宝じゃなくてホリプロとか川口(厚)っていうプロデューサーが一生懸命育てたわけで、
東宝が育てたわけじゃないと思います。

大手5社がしっかりしていた頃は、それぞれが役者さんを育てていて、
その人の主演映画を作って、大部屋に俳優さんが沢山いてっていう風にしていたんだけど、
テレビが全盛になってから、そういうことはないですよね。
だから、東宝は大部屋を全部解雇しちゃって、
ホームセンターにいて可愛そうだなって思ったこともあったんだけど。
そうやって全部バラしちゃってるから、会社自体が俳優さんを育てようっていうことはもうない。

そういう意味では東映がピラニア軍団だとか作って、東映の方が続けてたんじゃないかしら。

その代わりに各プロダクションが強くなってきてキーマンになったんです。

勝新太郎さんがひところ勝プロで映画を作ったものを、大映がなくなっちゃったんで、
東宝で活躍をしたっていう時期があったり。

『俺たちは天使だ!』の主題歌の『男達のメロディー』が私あの頃大好きだったんですけど、
出演者の方が主題歌を口ずさんだり鼻歌を聴いたことはないですか。(笑)

どうかなあ(笑)。それはあまり聴いたことないなあ。(※7)
『俺たちは天使だ!』を愛してくれたってことは、当時の女子学生がそう言ってくれたんで、すごく勇気づけられたんです。

(質問者を指して)あなたのような。(笑)

『姿三四郎』はどうして再放送とかDVD化がされないんでしょうか。

あれDVDないの?あれは視聴率あんまり良くなかったからじゃないの。

結構有名な方々が沢山出ていらっしゃると思うんですが、
全く再放送がないので、どうしてかなと思って。

ファミリー劇場でもやってないの?

(一度も)やってないんです。

この作品を再放送するとかDVDにするとかは制作会社にはほとんど権利はなくて、
決めるのはテレビ局ですから、今の案でいうとVapっていう会社があるでしょ。
Vapに岡田さんなりが働きかけてやるケースと、反対なケースね、
Vapから日本テレビにやりましょうと言ってくる時がある。
だから『大追跡』なんかもしばらく出なかったのは、一般には好いて下さる方はいたんですが、
Vapが取り上げてくれてからはおかげさまで出るようになった。

この頃の作品って権利が制作会社。だから権利は東宝なんです。
今の作品はテレビ局が権利を持っているから。
Vapは日テレ系だから局の利益になるの。
この作品だとDVDを作るとなると東宝にお金を払わなくちゃならないから、
そういうことと予想の売り上げ枚数と比較した時に、
これだと儲からないと思って止めたんでしょう。

『姿三四郎』なんていうのは再放送だとかDVD化をして欲しいと思います?
(思います)
ありがたいことです。

あと、手としては東宝の事業部っていうのがあって、事業部がDVDとか色々作ってる。
そこが『Vapが出さないならうちで出しますよ』ってことを言うかも知れない。

たぶん言わないでしょう(爆笑)。

じゃあリクエストはどちらに?

もう、日本テレビ側にやるしかないと思います。

『俺たちは天使だ!』の前の企画が『新撰組』だったというのを聞いたことがあるんですけど。

僕はそういう話はチラッと聞いたことあるんですけど、知らないんですよ。
僕の推理は、『新撰組』をやりたいという気持は
『姿三四郎』をやりたいっていう気持とやや似てると思うんですよ。
当時の時代がかっているんだけど、
これだけ純情に自分の人生を社会とかかわりながら良くして行こうという人間がいたっていうことで、
こういうものをやったんだと思うけど。 これも柏原さんと僕が一緒にやったんだけど、
木曜ゴールデンドラマっていうのが始まった途端に
『坂本竜馬と中岡慎太郎』(※8)っていうのをやったんですよ。
これねえ、けっこう出来は良かったんだけど、視聴率は惨憺たるものだったの。
何故かっていうと、これはよみうりテレビの枠だったんですけど、
よみうりテレビが時代劇で行った方が良いのか、現代劇で行った方が良いのか…
現代劇でも例えばホームドラマが良いのか、
アクションが良いのかっていうのが、まだ決まっていなかったみたい。
それは色んな事情があったと思います。
本質的にどうしたもんかと思って態度が決まらないってこともあったかも知れないし、
主だったスポンサーからこういうのがやりたいっていうのが色々あったんで、
とりあえずやってみようっていうんでやったんだと思います。
で、僕らがやった『坂本龍馬と中岡慎太郎』は惨敗。
それで『新撰組』は潰えたんじゃないかと。

チラッと言うと、当時岡田さんと雑談で話してて、岡田さんは『太陽』がベースなんで、
僕が『太陽にほえろ!』は構成的に新撰組ですよねって俺が言ったの。
つまり近藤さんが裕次郎さんで、土方歳三が露口さんで、沖田総司が若い刑事で。
だから、そのまま新撰組行けるじゃないですかっていうような話をしてて。
その時は俺天の前だったから、沖雅也で何かやるっていうんだったら沖さんは土方ですよねって。
恭兵が沖田総司みたいな話をしてたんですよ、あくまでも雑談で。
で、たぶん、時代劇は石井さんがおっしゃったみたいな形で消えたんで、
岡田さんが抱えている役者さんのチームで何かやるっていうんで『姿三四郎』に。

企画の段階で、多岐川さんじゃなくて島田陽子さんだったとか。

それはわかんないなあ。

それはわかりません。

やっぱり力関係とか、プロデューサーとの付き合いの多いプロダクションとかあるじゃない。
それで、どうキャスティングするとか、色々あって、わかんないよね。
でも、この頃竹下さんは旬でしたよね。

そうね。竹下景子良かったよね。

お嫁さんにしたいナンバーワンだった頃だし。

でも、この作品のおかげで、僕はこの何年か後に火曜サスペンスで『恍惚の人』やったでしょ。
その時に加藤(正俊)さんっていうプロデューサーと山口さんと二人が
その二時間ものの責任者だったんだけど、
『恍惚の人』っていうのをやろうということになって。
雑談になって申し訳ないんだけど、
その頃、僕はテレビ部であんなり言うことをきかなかったからクビになって(笑)、
砧撮影所に飛ばされちゃったわけ。
そこでまたお前はいらないからテレビに戻れって。
その間に山口さんが何故か撮影所まで来てくれて『恍惚の人』をやろうと思うって。
誰がいいかっていう話で、竹下景子っていうのは火サスに出たことがないというので、
それに挑戦しようってことになって。
たまたまラッキーだったのはね、東宝の演劇部の芸術座、
今のクリエで竹下さんがやった小幡欣治さんの(※9)…
小幡欣治っていう東宝のヒットした作品を何本も書いている脚本家がいたんですが、
この人と竹下さんが前に何かやろうって言ってたのが、
ある種の事情で出来なかったってことが竹下さんの想いとして残っていて。
話しているうちに偶然そういうことがわかって来たので、
小幡欣治脚本で『恍惚の人』をやるのなら是非やりたいと手を挙げて下さった。
それで、おじいちゃんの方を誰にしようかって…
僕はわりと民藝と長い付き合いだったんで大滝秀治さんにお願いをして実現したの。
だからそれは『姿三四郎』のおかげでもあるの。竹下景子さんとは。
すぐ続いて上手く行くこともあるし、それがもう3年、
あるいはずっと後になってから上手く行く場合もあるかと思います。


(※1)この日研究した回は源之助ではなく鉄心との決闘だったので、
峰の薬師は今の相模原市緑区三井。
(※2)吹き替えで出演されたのは『地球へ…』。『火の鳥』はご本人が出演。
(※3)和田平マネージャーは「わだへいちゃん」と呼ばれていて、
『大追跡』当時は50代後半のはず。(!)
(※4)かわだわかさん著の沖雅也評伝。
『大追跡』だけでなく俳優としての実績をまとめたものと、

ゆかりの方々のインタビューで構成された沖雅也ファン必携の書。
(※5)実際は『八月の濡れた砂』の撮影は始まっていて、
沖さんは撮影中に平塚市の浜辺でバイクで転倒、肩の複雑骨折で降板した。
撮影が始まってからの降板なので、ポスターには顔は見えないまでも沖さんの姿がある。
(※6)沖雅也研究会の記念すべき第一回のゲストは長谷直美さん。
(※7)『俺たちは天使だ!』の中で、探偵たちが一緒にサビを歌うシーンがある。
(※8)放送タイトルは『俺たちの明日』で、沖さんも沖田総司として出演している。
放送日は1980年5月8日。
(※9)「遺書『限りなき愛』」のことと思われる。1982年と1983年に芸術座で竹下景子さんが主演の舞台。









トークの終了後は、2F三日月座へ移動してオフ会に。





今回は『頑張れ!ひまりちゃんキャンペーン』と管理人が銘打って、
闘病中のひまりさんを励ます会として開催されました。
ひまりさんからは皆さんへ幸福を呼ぶ鈴(綺麗な音色です)が、
おひとりおひとりへの手書きのカードをつけて管理人に託されました。
ひまりさんからのお手紙です。

「第7回沖雅也研究会 及び 第13回オフ回の開催おめでとうございます。
そして"頑張れひまりキャンペーンとして下さった会長・マフォン様、いつもいつも本当にありがとうございます。
私事で恐縮ですが、2015年2月に急性骨髄性白血病を発症してから
抗がん剤治療を受けましたが寛解に至らず、臍帯血移植を受けました。
経過をみていただいていましたが、この4月、再発を告げられ、より強い抗がん剤治療を行ってきました。
治療を行っても、また再発すると言われています。
初めて告知を受けた時は、なぜか乗り越えられると思ったのか、私も人生いろいろあったので
「お、今度はそう来たか」と、さほど動揺も不安もありませんでした。
しかし、今回は正直、この先を考えると不安と恐怖が襲ってきてしまいます。
ただ、不安や恐怖はあっても、一日一日、何とか過ごせています。笑えています。
沢山の方々の血液を頂きました。貴重な臍帯血というものを頂きました。
私は沢山の方々のおかげで、今、生きています。
マフォン様を筆頭に掲示板でも有難いメッセージを頂いたり、
私に大きな励みを与えて下さっている皆様にも、深く感謝致します。
本当に本当にありがとうございます。
神様が許して下さるなら、もう一度、がん細胞のない身体にしてもらいたい。
もっともっと自由に飛び回らせてもらいたい。
沖研にバンバン参加させてもらいたい!!

今回は自宅から皆様のパワーを受け取りますが、
次回からは元気な姿で皆様とお逢いしたいです。
柏原寛司監督、石井幸一様、
本日は残念ながらお逢いしておはなしをうかがうことはできませんでしたが、
いつか直接お逢いして、おはなしを聞かせて下さいね。
そのためにも、いつまでも沖雅也研究会をごひいきに!!

皆様、本日は本当にありがとうございました。
乱筆乱文にて」

ひまり
2016.6.5






ひまりさんは強い方です。
きっと乗り越えて下さると信じて応援して行きます。
続く乾杯の音頭では、石井様から快癒を祈る温かいお言葉もいただきました。

そして、なんと今日のために石井様から
『大追跡』の赤いジャンパーを提供していただくというサプライズが!
どよめきが起こります。
公平を期すため柏原監督とのじゃんけん大会を実施。
VETことナビさんがゲットされました。
さすがに美しい嫁(トコさん)をゲットする引きの強さが、ここに出ました。
いや、嫁のパワーでしょうか。
帰り道ではトコさんがジャンパーの入った袋をしっかりと抱え込んでいる姿を目撃しましたから。

他にも、ミルキーさんが沖さんの写真入りのマグカップを持参して下さり、
そちらもじゃんけんで、たいぞうさんがゲット。
たいぞうさんは開始前に沖雅也研究会と書かれた法被を着て
入り口に立って下さっていたのですが、道を歩く沖さんと同年代の方に
「こんな会があるんですか?私、大好きだったんですよ〜。
私達の時代はバリバリアイドルだったんです」と声をかけられ、
私のサイトを宣伝して下さったそうです。
さすが一日一膳、いや一善、幸運が舞い降りました。
さらに、いつものようにミルキーさん特製おちゃめな沖さん、
または檜垣源之助カードが全員に配られました。
ミルキーさん、いつもありがとうございます!

そして自己紹介タイム。今回はなぜ沖さんにハマッたかをカミング・アウトしていただきました。
初参加のmiwakooonさん、ノリノリさん、しんかいさん、ヨウスケさんが緊張の面持ちでご挨拶される中、
シャンソン・シンガーの美雷さんはさすがにお話し上手です。
昨年秋の「『ふりむくな鶴吉』鑑賞会から研究会は初参加というhaseyukiさん、すずさん、JUNさん。
そしていつもの面々。(急にざっくり)
マシュマロさんが当時の後援会のバッジを家の中からみつけたというので
持参して下さったのですが、見せていただくのを忘れました。
次回もう一度ご持参下さいね。
ヨウスケさんが22歳とおっしゃった瞬間、急にざわざわとする面々。年齢ネタに弱い世代が多い証拠です。
若い世代にも沖さんの魅力を語り継いでいただきたいものです。

無茶振りで石井様と柏原監督にも自己紹介をしていただきました。
石井様には「どんな会かと思っていたんですが、来て良かったです」と言っていただき、胸をなでおろしました。
ものすごいおかしな人たちの集まりと思われていないか心配しました。
石井幸一様は大変気さくで温かいお人柄であることが伝わり、柏原監督もそうですが、
当時の貴重なお話とともに
「本当に偉い方というのは、決して偉そうにはしないのだ」
ということをしみじみと感じる一日でもありました。
終了後に柏原夫人で、懇親会会場の三日月座のオーナーでもある久美子夫人が
「片付けは主人がやりますから」とおっしゃるので、
「偉い方にやっていただく仕事ではありません」と申し上げると、
「もうやってるから」と一言。確かにすでにテーブルを移動させていらっしゃる御大。
「こんな偉い方に申し訳ありません!」と焦ると、奥様は 
「私は仕事(作品)を見ていないからかも…。
でも私、実は『俺たちは天使だ!』にエキストラで出てるんですよ。知り合う前ですけど」。新事実です。
「それはもう、赤い糸がその時からつながっていたんですね!」 と申し上げると、
「どうかしらねぇ。赤い血じゃないかしら。何しろうちのパソコンで『けっこん』と入れると『血痕』って出るんですから」
奥様、もちろんでございますとも。パソコンもハードボイルド仕立てに育っているのです。

今回もこんな素敵な柏原夫妻のご尽力と、
監督がお声をかけて下さった素晴らしいゲスト・石井幸一様、
そして気持のよい参加者の皆様のおかげで、楽しく実のある会となりました。
皆様に、ここでお礼を申し上げます。

付記:ミルキーさん、マイマイさん、ノリノリさんのブログもご覧下さい。
マイマイさんがオークションで落札した台本を鑑定団のお二人(柏原監督と石井幸一様)に鑑定していただいたところ、
手書きの部分が山本 迪夫監督の直筆であることが判明!
山本監督は2004年に逝去されているので、字を見るとしみじみとしてしまいます。






「ミルキーさんのブログ」

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