第四回「沖雅也研究会」兼「『沖雅也よ 永遠に』第10回オフ会」

2014年9月28日、今回も映画監督・脚本家の柏原寛司氏のご協力により、
人形町三日月座「Base KOM」にて
「第四回沖雅也研究会」が開催されました。
今回はゲストに吉沢京子さんをお迎えすることが出来、
参加者も27名と過去最多。盛り沢山な内容となりました。
参加出来なかった皆さまのために、貴重な内容を報告します。

午後3時から研究開始。
本日の研究テーマは
1971〜1972年放送「さぼてんとマシュマロ」から
その3(この作品にはサブタイトルがありません)と その6 を研究。脚本は鎌田敏夫氏です。
その3は、先だって「爆報!THEフライデー」で吉沢さんがお話をされた毛布のエピソード(後述)のあった伊豆ロケの回、
その6は息の合ったお二人の演技が観られる箱根ロケの回です。







午後4時、いよいよ本日のゲスト、吉沢京子さんの登場です!
まずは1972年8月13日に大分市民文化会館で行われた「沖雅也故郷に帰る」コンサートに
吉沢さんがゲストでいらした時の会話と童謡メドレーを、
懐かしい沖さんと吉沢さんの写真を見ながら聴いていただきます。

そして柏原監督にご登場いただき、お二人のトーク。贅沢な空間です。







(以下、吉沢さん=赤、柏原監督=青、管理人=黒で表示。敬称略)
「さっき上でカミさんがいたから言わなかったけど、実はファンでした」
キャッチーなお言葉で、吉沢さんを目の前にして緊張する参加者をなごませる柏原監督ですが、
「さぼてんとマシュマロ」当時の吉沢さんはまさにアイドルナンバーワンの存在でした。
本当に優しくて、大好きでしたと冒頭から話される吉沢さんは、
マシュマロの真理ちゃんそのものの笑顔です。

まずはラブラブショーのお話。

「私は本当に恥ずかしくって、ドキドキしていたんです」
「お母様も一緒に出演されて、本当のお見合いみたいでしたね」
「母は沖さんのことが大好きで」
「沖さんは礼儀正しくて好青年とよく言われていて、目上の方にも好かれてたようですね」
「本当にそうです。母は沖さんが大好きだったんですよ。
その当時、私は母と一緒に仕事に行ってたんですけど、帰りはもうクタクタなんですよ。
朝早いし撮影もけっこうハードでしたし。
すみません、私車の名前をよくわからないんですけど、沖さんは真っ赤なスポーツカーに乗ってたんですね。
そうすると沖さんが新宿、私がちょっと手前の千駄ヶ谷に住んでいたので、いつも送って下さって。
私はもうクタクタだから『京子ちゃん後ろで寝てな』って言って下さって後ろで寝ちゃってたんですね。
母が助手席で」(爆笑)
「本当は助手席に来て欲しかったんじゃないですか?」
「いや〜、『寝てな』って。いびきかいて寝てたんで(笑)。だからほとんど覚えていないんです」
「沖さんの方も『彼女のこと好きなんじゃないの?』みたいな話を事務所でされていたみたいなんです」
「妹さんが私と同じ年かなんか…で、よく妹さんのお話をなさってました。すごく綺麗な妹さんだって」
「だから『お兄さんみたいね』っておっしゃっていたという…」
「本当に私そんな感じだったんです」
「それ以上の感覚はなくて?」(笑)
「それは(笑)…お兄さんと思ってた。なにしろ優しくって。お化粧でもね、私すごいがさつなんです」
「へえ(笑)」
「よく怒られました。『リップの色が違うよ』とか」

一同から「えー」の声があがります。

「沖さんは日活ですからね。だから日活の人ってちゃんとしてるんです。」
「そうなんですね。俳優さんはね。だいたい俳優さんの方がそういうのは細かいですよね?」
「そうですよね」
「だいたい女優の方がちょっと男っぽいというか。だから仲良くやって行けるんですね」
「画面から観ていて、なんか仲良いなあっていうのは当時から感じていて」
「嫉妬するんじゃないの」(笑)
「そうですよ!」
「私も十七になったばかりで、今の十七歳とは全然違うから」
「沖さんも十九なので、全然幼い感じではあったんですが、観ている方はやきもきしながら」
「けっこう大人っぽいストーリーでしたものね」
「でも7時半からの放送なので、ほっぺにチューするシーンなんかも私はスロー再生して観るんですけど(笑)、
ついてないんですね、ちょっとやった真似だけして。
あと、当時のドラマは平手打ちするシーンがありますよね」
「歩行者天国でね。オープニングの。隠し撮りで早朝」
「斎藤監督ですね」
「はい」
「光正さん。怖かったでしょ」
「怖いです。何を言い出すかわからないし、突然え〜っと思うことを、あの道の真ん中でさせられて」
「面白いでしょ」
「面白いです。『思いっきりここでビンタやれ』とか言われて、え〜、皆いるのにと(笑)」
「あの時、沖さんは肩を骨折していらしたのを覚えていらっしゃいますか」
「そんな時ありましたね!」
「これを逃したら私にはチャンスはないと思ってということで、無理にギブスを外して参加されたということでした。
だから右利きなのに左手でボールを投げたりとか。
もう日活がダメになって来た頃で、覚悟して臨んだ作品なので、思い入れもあったのではないでしょうか」
「これ、岡田晋吉さんとは一発目?」
「たぶん、この前の「クラスメート」という作品があったんですよ」
すみません、後で調べたら岡田晋吉氏は「クラスメート」には絡んでいらっしゃいませんでした。「さぼてんとマシュマロ」が最初です。
「岡田さんがけっこう沖さんを好きで、だから「太陽にほえろ!」も岡田さんが」
「そうなんですね。だから「さぼてんとマシュマロ」の後も岡崎友紀さんの作品なんですが、沖さんは続けてという形で出られて」
「これは何回?」
「25回ぐらい…半年ですから」
すみません、また間違えました。26回です。
「でも30分だから、撮りは短いですよね」
「そうですね。週に3日か4日撮影で」
「鎌田さんが全部書いたんですか?」
「はい、全部。だから話がつながっている感じですね」
「鎌田さんも大ブレークする前だから、若々しくていいですよね。」
「鎌田先生が代表作のひとつと言って下さっているそうです」
「そうですか…そう、この間水沢有美さん、女性記者の役で出ていらっしゃる…それが私最初ちょっと思い出せなくて。
たまたまFacebookを通して彼女と友達になって。
でも私絶対どこかでこの人とお仕事していると思っていたんです。(笑)
それでお芝居を観に行ったら
『京子ちゃん、昨日いらっしゃれば鎌田先生いらしてたのよ』って。
それで私
ああ、鎌田先生、私16歳シリーズの映画で鎌田先生の…
『何言ってるの、さぼてんとマシュマロでしょう!』って言われちゃって」(爆笑)
「代表作のひとつと先生がおっしゃっていて感激していたんですけど(笑)。丁寧に作られていますよね」
「鎌田さん、よく飲みに行きますよ」
「吉沢がよろしく言っていたとお伝え下さい」(笑)
それでは「爆報!THEフライデー」の毛布の話なんですけど、それをもう一度うかがえたらと思うのですが」
「私の記憶では箱根小涌園かなとも思ったんですが、私より記憶力が良い母が、あの時は海があったと。だから伊豆ですね。
本当に寒くて息も出来ないぐらいでガタガタガタガタ震えて。
で、撮影隊が毛布を持っているじゃないですか。汚い毛布ですね。
でも、その時は本当に助かりました。毛布でくるんでくれて」
「そのままずっと?」
「はい」
「かぁ〜!」
思わずカラスのように声を出す管理人に、 「すみません」と謝られる吉沢さんです。
「怖いぞ、嫉妬するから」(笑)
「でもその時は『好きになっちゃいそうでした』とおっしゃっていましたよね」
「ええ、本当にそれはもう。今までそういう俳優さんいなかったですからね」
「今まで誰一人?桜木健一さんも?」(笑)
「全然!全然!(笑)」
「沖さんも生き生きしていて。若かったというのもあるんですけど、
後から沖さんはクールな役柄が増えて、だんだんこういうコメディっぽいのは…」
「私、これから何年後かに『嫁の縁談』っていうドラマでもご一緒させていただいて」
「御夫婦の役ですよね。結婚式のシーンもあって」
「モノクロの結婚式のシーンの写真(大分のコンサートの音声と一緒にスクリーンに映し出された写真のこと)の?」
「そうです。沖さんが『高砂や』を歌って…ハラハラしながら観ていたんですけど」
ここでファンが爆笑ってどういうことでしょう。言い出した私もいけないのですが(笑)。
「これ出てきたから、『さぼてんとマシュマロ』で最後結婚したのかと思った」(笑)
「ABCがまだ毎日放送って言っていた頃で」
「小山明子さんとか出ていらして。初めて奥さんの役をされたということで。
その相手が沖さんだったということで、ファンが最初にヤキモチを焼いた相手ですね(笑)
沖さんのショーのゲストにも来て下さっていて、沖さんが江東劇場でショーをされた時も来て下さったんですよね」
「そうです」
すでに申し訳なさそうな吉沢さんですが、管理人はさらに詰め寄ります。
「大分はずいぶん遠くまではるばる来て下さって。あと、吉沢さんのお誕生会の写真もあって」
「いっぱい色んな写真を…」
「はい、当時から色んな写真をキープしていたものがいっぱい」
「この人たちは、色んなもの持ってるからね」(爆笑)
「私はほとんど初めて見る写真ばっかり」
「諜報員としてもCIAとしても務まります」
さすがは柏原監督、例えがハードボイルドで嬉しくなります。
その頃は平凡や明星、ジョトモ(女学生の友)といったグラビア雑誌が沢山出ていて、
毎月必ず沖さんも吉沢さんも載っていたものです。
座頭市の資料を持っていらした方が差し出されたので、その説明があったので、
「(大分でのショーで)『京子ちゃんが座頭市じゃないの?』なんて、沖さんふざけてましたね」
「ふざけてましたね」
「ああいうノリのいい感じだったんですか、沖さん」
「結構冗談言ってましたよ。明るいですよ、私の知ってる限りでは。
本当に怒ってるの見たことない。ただその化粧のことでね注意されたり」(笑)
「雑誌にドラマの中でものすごい真理ちゃんがメークをして来るシーンで、
メークをして来た吉沢さんを見て沖さんが笑ったら吉沢さんが泣いちゃったって書いてありましたけど。笑われたんですか」(笑)
「(照れながら)笑ってましたね」
「それで気を遣って化粧はこうでって言ってたんじゃないの?」(笑)
「本当に『さぼてんとマシュマロ』は和気あいあいとして、楽しい撮影でしたね。スタッフさんも」
この研究会のほんの数日前、吉沢さんは偶然みつけたという
「さぼてんとマシュマロ」のスタッフとの集合写真をアップしていらっしゃいました。
吉沢さんの隣りには、「だから大好き!」で着ていらしたブルーの服の沖さんの笑顔があります。

「馬越さんは監督としても穏やかな方ですよね」
「そうですね。優しかったですね」
「光正さんの方が注文が多かったんじゃない?」
「そうですね。出来ない注文が多くて。何メートル飛べとかね」 (え〜?!)
「馬越さんは意外と穏やかだよね」
「はい、すごい優しい方で」
「その後、 『必殺仕置屋稼業』とかゲストで出ていらっしゃいますけど、その時はあまり沖さんとは」
「そうですね、あんまり接点とか…」
「『新・江戸の旋風』でも、一緒に写っているのはワンシーンだけなんですが、頭の位置が違いすぎて一緒に映ってないですね」(笑)

ここで再びラブラブショーの話を。

「沖さんは初対面の印象を『京子ちゃんって可愛いね』とラブラブショーの時言われていたのを、
キー!となりながら観ていました。」(笑)
「(困って)でも、沖さんのファンの方はやっぱり優しいよね。他の方のファンの方…
どうしても取材とかで一緒に写真撮ったり仲良く見せて撮ったりするじゃないですか。
○○○のファンの方なんかすごかったですよ。石投げるしね」(えー)
「実は怖いんですよ」(笑)
と私を指す柏原監督。光栄でございます。
「タレントさんによっては手紙にカミソリ入ってたり、結構キツかったですよ。
どうしても仲良く見せて撮るじゃないですか。それで」
手紙にカミソリとは、懐かしいです。いえ、私は入れたことはありませんので。念のため。

そして質問すべきか悩んだことですが、和やかな雰囲気なので思い切ってうかがってみました。
「亡くなられる少し前に偶然ばったりお会いになったとか」
「そうです。青山の骨董通りで。私美容院がすぐ近くだったものですから帰り際に。
沖さんがランニングを着て、パンツ穿いてジョギングしてて。「えー、沖さん!」って。
大きいからすぐ分かりますよね。(笑) そうしたら『おう!』とか言って。『京子ちゃんさあ』って。
すごいノリが良かったですよ、走ってたから。
『京子ちゃんさあ、数少ない正統派の女優なんだから、頑張れよ』って。」
「それだけで?」
「うん、わかった〜って」
それだけとはもったいない!
「それが本当に最後の…一週間ぐらい前だったんじゃないかな。
私、大分にいたんですよ。大分で訃報を聞いたの」
色々なことを詳しく覚えて下さっている吉沢さんです。
亡くなる前年に吉沢さんが大胆なシーンもある悪役に挑戦されたのをご覧になっていなかったから、
沖さんの中では清純派のままだったんですねなどと、隠れ吉沢ウォッチャーの管理人。
「私はずっと吉沢さんが気になってチェックしていたんです!」(爆笑)

座頭市で勝新太郎さんや石原裕次郎さんとご一緒された時のことを質問された吉沢さん。
日本舞踊をされてたことから勝さんのご両親と知己があり、そこから勝さんの映画に出演されるようになったところ、
ある日勝さんから「裕次郎紹介するよ」と言われて裕次郎さんと会われたそうです。
「もうね、ハンパないオーラで、思わず後ずさりしてしまいそうでした」
「『河内山宗俊』(『痛快!河内山宗俊』のこと)も出ていらっしゃって、
あの時裕次郎さんも出ていたから、あの時?」
「いえ、裕次郎さんとは座頭市で」
ここで“歩く昭和映画ドラマ人間”のスーさんから、詳しい解説がありました。
彼の知識は詳しすぎて、しかも話しかける顔が怖い
(最後は「スーさん、笑顔笑顔!」と皆さんに突っ込まれていました)ので、
吉沢さんも驚くばかりです。
「それは監督もこだわって…本当に、昔はそういう意味でこだわったカットが多かったですよね」
「そうですそうです」
「役者はそんなに力がなくても、監督の力でいくらでも上手に綺麗に写してもらって」 そんなことはありません。
「着物とかヅラ(時代劇のです!)すごい似合いましたから、吉沢さん」
おやおや?柏原監督、意外と本気でファンだったのでしょうか。
柏原ファンの私たちには、新たな火種です(笑)。
「時代劇、すごく似合うから、勝さんに目をかけられたのがわかりますよ」

「『さぼてんとマシュマロ』ではとても自然な演技をされているんですが、それは」
「し…素人だから」
「ぜんぜん素人じゃないじゃないですか!」(笑)
「元々がたぶん私は自然な、あまり作らない方が」
「かえって良かったという指導だったんでしょうか」
「はい」
「アドリブなんかはあったんですか」
「たまたま私が面白いことを言っちゃったら、それがそのまま採用になったりとか。
その辺は漫画ですから、あまり神経質には」
「演出する方からすれば、自然な感じの面白さっていうか。
間違えたら間違えたで、そのまま可愛みたいな。
当時俺たちがファンだった頃は、妹みたいな感じだったから。
今でも妹ってすごいモテるけど、一番初めの走りみたいな感じだったよね」
「女優さんは妹キャラから始めるって言いますよね」
「だから沖さんもそういう風に、妹みたいな感じだったんじゃない」
ここでkyokoさんから質問が入ります。
「沖さんがアドリブをバンバン飛ばしたということはなかったですか」
「そういうところはありますね。ホント、沖さんおかしい人だった…(笑)
おかしいというか、面白い。頭良かったから。」
「回転が早いと」
「うん、うん」
個人的にこの頷き方が可愛すぎてツボでした。
「『嫁の縁談』の時なんですけど、ごめんね、またヤキモチ焼かないでね。(笑)
沖さん、外国に行ったんですよ、ロケで。」
「グァム?オーストラリアかな?その頃だと」
「オーストラリアかな?『京子ちゃん、お土産があるんだけど』って言って
(何故かすでに笑う吉沢さん)、『持ってっていい?』って言って」
「どこまで持って来てくれたんですか?!」
すでに前のめりになる管理人です。
「ホテルで」
「どこのホテルですか?!」(笑)
「もう潰れちゃったけど、朝日放送だから、プラザホテルってあるんですよ。
私そこで結婚式したんだけど、つぶれちゃってないんですよ」
笑って良いのか悩むところですが、ここはスルーです。
「みんなそこ定宿なんです。で、『はい』って袋に入って持って来てくれて、毛皮のマフラーでした」
「えぇ〜?!」
一同、前にのめります。
「あ、そうするとぉ」
柏原監督、意外とイジワルな突っ込みです。
「ちゃんと、それだけ置いて帰ったよ」(爆笑)
「それは沖さんも次の言葉がなかったんですね」
ここで声があがります。
「沖さん毛皮好きですよね」
「好きですよね」
「高級品ですよね」
「でも、それほど高級品でもなかった」(笑)
「でも、わざわざ持って来て下さったんですね」
「そうそう。他の人に買ってなかったから」
「え、じゃあ吉沢さんだけに買って来たんですかぁあああ?!」
あちこちから奇声が飛ぶ事態となりました。
「あと、沖さんの趣味知ってますか?」
「盆栽?その頃から?」
「『さぼてんとマシュマロ』の頃から『盆栽が好きで』って。
私、なんかオジさんみたいだなあって。
やっぱり盆栽が好きな人って老成しているんでしょうか。
完璧主義ですね、やっぱり。
で、私テレビで言ったんですが、『さぼてんとマシュマロ』やってる時にね、
『オレさあ、三十まで生きるかな』って…」
「それ、さぼてんの頃だったんですか?」
「そう、生きるかなって…。『なんで?』って聞いたら『いや、ヤダ年取るの』って」
「それは暗い感じで?深刻に?」
「そうでもないけど、『年取るってどういうことですか』って言ったら
『シワが出来たりさあ』って言うのね。
『だって沖さん、私なんか十代の頃から目の下にシワが出来たりしてるのに (そんなことありません)、
私どうなるの?』って」
「十七歳なのに。(笑)
「沖さんの方も心を開いていたんですね。吉沢さんにそんなことを…
普通仲が良くないと言わないですよね」
「うん、うん」
この可愛い頷き、クセになりそうです。
「それで、その後どういう話になったんですか」
「なんか目が」
また、人を指して笑う柏原監督です。
「そのまんま。死ぬなんてもったいないって話をして。
だから美意識が人一倍強かったかも知れないですね」
「そのぐらいの年でそんなこと考えてるっていうのは、相当大人っていうのか、頭いいんですよね」
「そう、すっごい頭いい」
「普通、そんなこと考えませんからね」
「それから数年後に沖さんが『奥さま八時半です』に沖さんの特集をした時に
来て下さって、
竹下景子さん、仁科亜季子さん、女優さん三人が話をするっていうので、
その時はとても控えめで、お兄さんみたいな感じでしたっておっしゃっていたんですけど、
『吉沢さんのことは京子ちゃん、でしたね』とぱっと沖さんはおっしゃっていて。
その後占いの部屋っていうのがあって」
「五味康祐さんでしょ!」
「そう、それで三十までって五味康祐さんがおっしゃったんですよ」
「沖さんのこと?」
「そうなんです、あの方はいつも辛辣なんですけど、
その時は本当に『この若者好きなんだけど』っておっしゃったんですけど…」
「私はお嫁行っても別れて帰ってくるって」
「えっ?!当たっちゃった?!」
「当たっちゃった」(笑)
こちらが避けて通ろうとした水たまりに、自ら飛び込んで下さる吉沢京子さん。
かなりいい方です。
「その時沖さんが言われているのは」
「それは聞いてなかったですね」
「でも、沖さんが『吉沢さんの場合は京子ちゃんって』と、パッとおっしゃったので、
たぶん仲良かったんだろうなあと思っていました」
「たぶん、デビューした時から一緒だったからでしょうね」
「お嫁さんの役もしたしってことで」
「そう、本当になんか身内みたいに思ってくれていたという感じですよね」
「仲の良いのって、画面からやっぱり見えますよね。んとなく、ストーリーとは別に」
「きっとそれはそうね…。私自身も『さぼてんとマシュマロ』が大好きな作品で。
ドラマになる前からセブンティーンに連載してて」
「私、今日原作持って来ました」
すかさずトコさんが「全4巻」と差し出します。
吉沢さんの目に、私たちがどう映っているか多少心配になって来ました。
ええ、そうです。ワタクシたちはマニア集団です。
「『柔道一直線』とかやっていて本当に忙しくて、自分の時間ってなかったんですよ。
唯一、この連載が好きで毎週買って読んでたの。それでその話が来ちゃったから、舞い上がっちゃって。
だから思い入れがあるんです」
「ぴったりですよね。マシュマロって感じですよね」(笑)
「だから限りなく洋服自前なんですよ。この原作に近いような感じにしようと」
「オープニングでカツラをかぶったりしているのは、原作に合わせたのかなと思っていたんですが」
「そうなんです。思い入れが」
「沖さんも最初は骨折したから降ろされそうになったのを、
原作者の武田京子さんが沖さんならピッタリだからって後押しして下さって」
「根性あったからね、沖さんは。すごい根性ありますよ。ギプス覚えてるもん、私。ふだんはしてて」
「初対面の時にお見舞いに行かれている記事がありますよね」
「それ病院じゃないですよね」
「病院ですよ」
後で記事をよく読んでみたら、病院から退院した後と書いてありました。失礼しました。
「最初は新宿の伯父さんの家に…私ビックリしてね、伯父さんの家がね、
今だったらどうっていうことはないんですが、シャギーのカーペットってあるじゃないですか。
真っ白なシャギーのカーペットが敷いてあって、スタンド…スポットが紫っぽい感じで」
え〜?怪しい〜 と声があがります。
それにしても、吉沢さんの記憶力には脱帽です。
当時の記事にもたしかに「白いカーペット」と書いてあります。
「事務所兼みたいな感じで、そこで最初は…一緒に写真撮ってますよね。
そこで紹介をしていただいたんですよね。今度一緒にやる方って」
「どんな印象でした?」
「仁くんとソックリだと思って」
再び溜息のような歓声があがり、kyokoさんが質問。
「伯父さんっていうのはどなたなんですか」
「日景さんですよ」(笑)
「決まってるじゃない。白いカーペットに紫のスポットが当たってるんだから。」(爆笑)
「でも、伯父さんっていうけど、若かったのよねその当時はきっと。
でも、日景さんもいい人だったよ」
だんだんタメ口になる吉沢さんが嬉しい!と密かにほくそ笑む不気味な管理人をよそに、
吉沢さんは大きな目をクリクリさせて、年上とは思えない可愛らしさです。
「本当に沖、沖、って言って沖さんのことを売り出すのに一生懸命でしたし、すごいいい人でしたよ。
私なんかまだ子供だから大人のことは分からなかったけれど、私の目には」
「日景さんは京子ちゃんみたいな人をお嫁さんにって」
「そう、母にそう言ったみたいです」
「くゎ〜!」(笑)
悔しいような、そうだったら良かったと思うような、複雑な気持ちがこみ上げます。
「親同士で話を決めているみたいな感じになっているのがヤケます。
沖さんの方からそういう感じは全然なかったんですか?」
「ない!」
「気がつかなかったとか…」
「気がつかないっていうのもあるかも知れない(笑)。
そうね、ほら私、当時ちょっと、十六の時からずっとお付き合いしていた人がいるんで、それを沖さんもわかってて」
「知ってたんですか?沖さん」
「うん。よく知ってた」
「だからそれで諦めていたのかな〜」(笑)
天下の二枚目、まさかの片思い?
お付き合いをしている人がいるのではどうにもならなかったのかも知れないと思うと、
十九歳の沖さんがまた愛しくなります。
それにしても、またもや私が避けて通っていた水たまりを勢いよく正面から飛び越えた吉沢さん。
きっと、今でも恥じることのない素敵な恋だったのでしょう。

質問を募ったのですが、皆さん生ヨシザワさんに緊張気味でしたので、
集合写真とツーショット撮影会、そして2F三日月座にて、懇親会となりました。



ツーショットの後で握手をしていただきましたが、
沖さんも触れた小さな可愛い手を固く握り締めた途端、涙腺が緩み出した管理人。
吉沢さんから沖さんのお話をうかがうという永年の夢が叶ったのは、きっと沖さんが
「京子ちゃん、ちょっと俺のファンのために頼むよ」と、背中を押して下さったように思えてなりません。

遠慮がちだった男性陣も色紙や最新のCDを差し出してサインをいただいていました。
そしてビニールに包まれた本を差し出した男性が「開けない方がいいかも」というので、一同かえって興味をそそられます。
「ビニ本?」と、からかう声に
「じゃあビニ本を開けて…」と笑う吉沢さんは、中身をすでに予想していらしたようです。
吉沢さんのセクシー写真集はもちろん管理人もチェック済です。
こちらも沖さんが亡くなる前年に出版されているので、
先ほどの正統派発言からして、沖さんはご覧になっていないのかも知れません。
写真集が出て来た途端、低い声で「うぉ〜」と歓声をあげる私たちは、かなりアブナイ集団です。

それにしても、一世を風靡したアイドルで、今も活躍されている女優さんが、
他の俳優の話をするために足を運んで下さったことに、一同感謝感激するとともに、
吉沢さんのお人柄に魅了された一日となりました。

吉沢さんは十二月三日に、またライブをされるとのこと。
吉沢さんはライブでは必ず「さぼてんとマシュマロ」の主題歌「恋をするとき」を歌われるそうです。
最初にスローな大人バージョン、それからテンポをあげて元のバージョンで。
そして、いつも沖さんの思い出も話されるとうかがい、
今も沖さんとの共演を大事にして下さっていることに胸が熱くなりました。
「恋をするとき」は作詞が岩谷時子さんで、
十七歳の“京子ちゃん”にはちょっと意味深で大人っぽい歌詞もあったのですが、
今の吉沢さんがそれをどう歌われるのか、とても興味が湧きますね。

ミルキーさんから、今回も全員に自作のポストカード等のプレゼントがあり、一同感激。
詳細はミルキーさんのブログをご覧になっていただければわかりますが、Tシャツの後ろ姿がすごいです。
上着を羽織って電車に乗ったのか気になるところです。





最後に挨拶をされた吉沢さんは
「きっと沖さんも喜んでいると思います。いつまでも皆さんの心に沖さんがいますように。私も頑張ります」
と言って下さいました。
ありがとうございます、私たちも「さぼてんとマシュマロ」を大事に愛して行きます。
すっかり吉沢さんファンになってしまった私たち。
これからの吉沢さんのご活躍も心から、心からお祈りしております。


吉沢京子さんオフィシャルブログ「吉のつれづれ」
※2014年9月24日に、「さぼてんとマシュマロ」の記念撮影のお写真があります




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